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第3話 あなたが池に落としたのは「溺愛される人生」それとも――
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「唯花、あなたが落としたあなたという人間は、どんな人生をおくっていた女性か、AかBで答えてください」
「Aか、B……?」
「そうです、いわゆる二択クイズです」
「……ちょっ、ちょっと待って! ……なんで急に二択クイズなんてはじめるのっ?」
精霊さんは私の質問には答えず、しれっとクイズを開始する。
「(A).あなたは、地位も名誉もあるイケメンから、なぜか熱烈に愛されています。周囲からたいした妨害やよこやりもなく、あなたとイケメンは、毎日のように甘々な、いちゃらぶ生活にいそしんでいる、そんな人生。
(B).あなたは、影があって危険な香りのするイケメンから、なぜかものすごく執着されています。そのイケメンは独占欲から、強引な方法でせまってくるけど、それは全部あなたへの愛ゆえ。あなたはイケメンから、毎晩のように求められて、いちゃらぶ生活にいそしんでいる、そんな人生。
さあ、(A)と(B)どちらかしら?」
……はい? (A)も(B)も、私のいままで送ってきた人生と、これっぽちもかぶっていません。
だいたい、なぜ二択クイズがはじまったのかも謎。
さっさと答えて、この会話を終わらせよう。
「精霊さん! 私の人生は、(A)でも(B)でもありません。私は(A)や(B)みたいな、女性向け小説のヒロインっぽい人生は送っていません! 今日だって、初めてできた彼氏からスマホでサクッと別れ話をされ、あっさりフラれてしまうくらいなんですからっ」
はやくクイズを終わらせたい私は、まくしたてるように一気に話す。
精霊さんは私の回答を、うんうんとうなずきながら聞いたあと。
「あなたはわたしに、自分の歩んできた人生を正直に話しましたね。正直者のあなたには――」
『歩んできた人生』って……いま、私は異性関係の話しかしてないじゃない。
人生っていうからには、恋人や恋愛に関することがらだけじゃなくて、家族とか友人とか――子供時代や学生時代にあったこと、仕事で奮闘したこと。
日々の生活。日常でおきた、楽しかったことや、つらかったこと。
いろいろなことがまざりあっての、私のこれまでの人生だと思うんだけど……、そういうことはどうでもいいの?
私が精霊さんの言葉にひっかかりをおぼえたことに、彼女も気づいたのだろうか。
精霊さんは、言おうとしたことをいったんひっこめ、フォローするように、私に言った。
「別にわたしは、あなたの人生における、恋愛以外の部分を否定しているわけではないのですよ。……ただ、私は恋をつかさどる精霊ですから、どうしても、もののみかたが恋愛中心になってしまうだけです」
「……『恋をつかさどる精霊』? 精霊さん、さっきは自分のことを『池の精霊』って言っていたような……」
「たしかに私は池の精霊ですよ。森の精霊や山の精霊ではありません。つまり、活動拠点が池で、担当ジャンルが恋愛の精霊とでも思ってくれればいいです」
そういうことかぁ。一瞬、もう設定が変わったのかと思ってあせっちゃったよ。
精霊さんは声を大にして主張した。
「ですから! 学業や仕事、健康や蓄財に関する効果を期待する者たちは、他のパワースポットに行けばいい、わたしはずっと恋愛に関するジャンルで精霊としての活動を続けていく、そういうスタンスです」
精霊さんは、池の精霊ではなく火の精霊かと思わせるほど、熱く語った。
これと決めたジャンルでやっていこうという精霊さんの、一本木な姿勢を否定する気は、私には、まったくない。でも私は――。
「そもそも私、なにかしらの効果を期待して、パワースポットめぐりにきたわけじゃなくて、公園の池に待ちあわせにやってきたんであって――」
「そういえば、そうでしたね」
精霊さんはポンと手をたたいた。
……わかって、くれた?
なにかを理解したとき手をたたくしぐさは人間のそれと、変わらない雰囲気だった。けど……油断はできない。
この精霊さんは、悪い精霊さんにはみえないけど、私の意見をあまり聞いてくれてない気がする。何度も話をさえぎられてるし――。
私の不満に気づいたのか、気づいていないのか、精霊さんはにっこりとほほえんだ。
(心が読めるなら不満に気づいてもよさそうだけど、心を読まれようが、本音を口にしようが、この精霊さんには私の伝えたいことがあんまり伝わっていない気がする。さっきからのやりとりを思いかえしてみると。……私、異世界に行きたいなんて言ってないし――)
精霊さんは微笑をうかべたまま、私に告げた。
「きっかけはどうあれ、唯花、あなたはわたしに正直に(A)と(B)どちらの人生も歩んでいないと打ちあけました。そんな正直者のあなたには、(A)と(B)、両方の人生をおくれる、異世界での生活をあげましょう」
(A)と(B)、両方の人生をおくれる、異世界での生活???
なにそれ、どういう意味?
トリップ先の異世界で、(A)のような溺愛人生をおくり、その異世界で命がつきる。そのあと、さらに別の異世界に転生して、今度は(B)のような人生をおくるという意味?
それとも――。
これからとばされる異世界で(A)のような、恋人になった女の子をひたすら溺愛してくれるヒーローと両想いになりつつ、(B)のような執着系ヒーローにも愛されてしまう……という意味?
それならば。同時進行で、ふたりのヒーローから想われるモテモテ人生!?
でも、精霊さんの言葉だけじゃ、どっちの意味なのか、わからない――って。
……あれ? この展開。
異世界うんぬんじゃなくて、正直に話したから褒美に両方あげるよって展開……。
これって! 有名な童話で似たパターンの話があった気がする。
たしか、金の斧と銀の斧がでてくる。子どものころ読んだ話だ!
むかし、むかし。
正直者の男が、池に普通の斧をあやまって落としてしまう。
すると、池から精霊さんだか女神様だかがあらわれて――。
『おまえの落とした斧は、金の斧か。それとも銀の斧か』
って聞くの。
超自然的存在キャラの左右の手には、それぞれ黄金の斧と銀の斧が輝いていて――!
だけど男は、正直に『私の落とした斧は金でも銀でもありません』と返答。
男は真実を語ったご褒美として、金の斧も銀の斧ももらうことができました。
めでたし、めでたし――そんな童話。
題名は『金の斧』だったり『金の斧 銀の斧』だったり、超自然的な存在としてあらわれる者の性別が、男だったり女だったり――。
本によって多少ちがってたけど、基本的に内容はおなじだったはず。
(ん? 私がもし、自分自身じゃなくて、まちがって池にスマホを落としていたら……。金でできたスマホと銀でできたスマホをみせられて『落としたのはどっち?』って聞かれて――。正直に『普通のスマホです』って答えたら、金と銀のスマホをもらえたのかな?)
私の心を読んだのか、精霊さんがピシャリと言った。
「唯花、さきほど、わたしは――。恋愛以外の効果を期待する者はよそのパワースポットに行けばいい、わたしは恋の精霊だ。自分の活動ジャンルをかえるつもりはないと言ったはずですよ」
そういえば、そうでした。なんか、すみません。
「あやまるほどのことではありません。まあ、人の心を読んだり、人間を異世界におくることが可能なのは――自分で言うのもなんですが――精霊のなかでも、とくに霊力が強い者のみ。あなたが心のなかで精霊に対して多少失礼なことを言っても、気づかない精霊も多いでしょう」
……そっか、精霊のみんながみんな、人の心を読めたり、異世界に人間をおくりこめるわけじゃないんだ。
「わかればよろしい」
このセリフはもちろん精霊さんのセリフだ。
そんな優秀な人材(精霊材?)が、地元のちいさな公園の池にいたなんておどろきだけど、精霊さんに会ったこと自体が、私にとってかなりの衝撃だからなぁ。
感慨深い気持ちになる私にむかって、精霊さんが告げた。
「それでは唯花、わたしがただの精霊ではない、特別な力を持った精霊だとわかったところで――」
「わっ、わかったところで……?」
「そろそろ、あなたを異世界におくります」
言うがはやいか、精霊さんは、さっと右手を頭上にかかげた。
一瞬だけあたりが光につつまれ、まっ白になったかと思うと、私の体は、なにか強大な力にはねとばされ――、上へ上へとあがっていった。
さっきまで私は精霊さんの真正面にいたはず。なのに、いまの私の体は、彼女の頭の何メートルも上にある。
「せ、精霊さ~ん!」
助けを求めるように、眼下の精霊さんを呼ぶ私。
精霊さんはというと……。
「今度こそ、しあわせになるのよ~」
彼女は私に向って手を振っている。私の前途を祝福するように。
……私、いったい、どんな世界にとばされちゃうの?
(精霊さんは、私を送り込もうとしている異世界に関して、イケメンがいるということしか情報をくれてないから、どういった文化圏で、どんな気候風土なのかとか、謎のまんまだし……)
そう思ったのを最後に、私は自分の意識がフーッと消えていく感覚につつまれていった。
「Aか、B……?」
「そうです、いわゆる二択クイズです」
「……ちょっ、ちょっと待って! ……なんで急に二択クイズなんてはじめるのっ?」
精霊さんは私の質問には答えず、しれっとクイズを開始する。
「(A).あなたは、地位も名誉もあるイケメンから、なぜか熱烈に愛されています。周囲からたいした妨害やよこやりもなく、あなたとイケメンは、毎日のように甘々な、いちゃらぶ生活にいそしんでいる、そんな人生。
(B).あなたは、影があって危険な香りのするイケメンから、なぜかものすごく執着されています。そのイケメンは独占欲から、強引な方法でせまってくるけど、それは全部あなたへの愛ゆえ。あなたはイケメンから、毎晩のように求められて、いちゃらぶ生活にいそしんでいる、そんな人生。
さあ、(A)と(B)どちらかしら?」
……はい? (A)も(B)も、私のいままで送ってきた人生と、これっぽちもかぶっていません。
だいたい、なぜ二択クイズがはじまったのかも謎。
さっさと答えて、この会話を終わらせよう。
「精霊さん! 私の人生は、(A)でも(B)でもありません。私は(A)や(B)みたいな、女性向け小説のヒロインっぽい人生は送っていません! 今日だって、初めてできた彼氏からスマホでサクッと別れ話をされ、あっさりフラれてしまうくらいなんですからっ」
はやくクイズを終わらせたい私は、まくしたてるように一気に話す。
精霊さんは私の回答を、うんうんとうなずきながら聞いたあと。
「あなたはわたしに、自分の歩んできた人生を正直に話しましたね。正直者のあなたには――」
『歩んできた人生』って……いま、私は異性関係の話しかしてないじゃない。
人生っていうからには、恋人や恋愛に関することがらだけじゃなくて、家族とか友人とか――子供時代や学生時代にあったこと、仕事で奮闘したこと。
日々の生活。日常でおきた、楽しかったことや、つらかったこと。
いろいろなことがまざりあっての、私のこれまでの人生だと思うんだけど……、そういうことはどうでもいいの?
私が精霊さんの言葉にひっかかりをおぼえたことに、彼女も気づいたのだろうか。
精霊さんは、言おうとしたことをいったんひっこめ、フォローするように、私に言った。
「別にわたしは、あなたの人生における、恋愛以外の部分を否定しているわけではないのですよ。……ただ、私は恋をつかさどる精霊ですから、どうしても、もののみかたが恋愛中心になってしまうだけです」
「……『恋をつかさどる精霊』? 精霊さん、さっきは自分のことを『池の精霊』って言っていたような……」
「たしかに私は池の精霊ですよ。森の精霊や山の精霊ではありません。つまり、活動拠点が池で、担当ジャンルが恋愛の精霊とでも思ってくれればいいです」
そういうことかぁ。一瞬、もう設定が変わったのかと思ってあせっちゃったよ。
精霊さんは声を大にして主張した。
「ですから! 学業や仕事、健康や蓄財に関する効果を期待する者たちは、他のパワースポットに行けばいい、わたしはずっと恋愛に関するジャンルで精霊としての活動を続けていく、そういうスタンスです」
精霊さんは、池の精霊ではなく火の精霊かと思わせるほど、熱く語った。
これと決めたジャンルでやっていこうという精霊さんの、一本木な姿勢を否定する気は、私には、まったくない。でも私は――。
「そもそも私、なにかしらの効果を期待して、パワースポットめぐりにきたわけじゃなくて、公園の池に待ちあわせにやってきたんであって――」
「そういえば、そうでしたね」
精霊さんはポンと手をたたいた。
……わかって、くれた?
なにかを理解したとき手をたたくしぐさは人間のそれと、変わらない雰囲気だった。けど……油断はできない。
この精霊さんは、悪い精霊さんにはみえないけど、私の意見をあまり聞いてくれてない気がする。何度も話をさえぎられてるし――。
私の不満に気づいたのか、気づいていないのか、精霊さんはにっこりとほほえんだ。
(心が読めるなら不満に気づいてもよさそうだけど、心を読まれようが、本音を口にしようが、この精霊さんには私の伝えたいことがあんまり伝わっていない気がする。さっきからのやりとりを思いかえしてみると。……私、異世界に行きたいなんて言ってないし――)
精霊さんは微笑をうかべたまま、私に告げた。
「きっかけはどうあれ、唯花、あなたはわたしに正直に(A)と(B)どちらの人生も歩んでいないと打ちあけました。そんな正直者のあなたには、(A)と(B)、両方の人生をおくれる、異世界での生活をあげましょう」
(A)と(B)、両方の人生をおくれる、異世界での生活???
なにそれ、どういう意味?
トリップ先の異世界で、(A)のような溺愛人生をおくり、その異世界で命がつきる。そのあと、さらに別の異世界に転生して、今度は(B)のような人生をおくるという意味?
それとも――。
これからとばされる異世界で(A)のような、恋人になった女の子をひたすら溺愛してくれるヒーローと両想いになりつつ、(B)のような執着系ヒーローにも愛されてしまう……という意味?
それならば。同時進行で、ふたりのヒーローから想われるモテモテ人生!?
でも、精霊さんの言葉だけじゃ、どっちの意味なのか、わからない――って。
……あれ? この展開。
異世界うんぬんじゃなくて、正直に話したから褒美に両方あげるよって展開……。
これって! 有名な童話で似たパターンの話があった気がする。
たしか、金の斧と銀の斧がでてくる。子どものころ読んだ話だ!
むかし、むかし。
正直者の男が、池に普通の斧をあやまって落としてしまう。
すると、池から精霊さんだか女神様だかがあらわれて――。
『おまえの落とした斧は、金の斧か。それとも銀の斧か』
って聞くの。
超自然的存在キャラの左右の手には、それぞれ黄金の斧と銀の斧が輝いていて――!
だけど男は、正直に『私の落とした斧は金でも銀でもありません』と返答。
男は真実を語ったご褒美として、金の斧も銀の斧ももらうことができました。
めでたし、めでたし――そんな童話。
題名は『金の斧』だったり『金の斧 銀の斧』だったり、超自然的な存在としてあらわれる者の性別が、男だったり女だったり――。
本によって多少ちがってたけど、基本的に内容はおなじだったはず。
(ん? 私がもし、自分自身じゃなくて、まちがって池にスマホを落としていたら……。金でできたスマホと銀でできたスマホをみせられて『落としたのはどっち?』って聞かれて――。正直に『普通のスマホです』って答えたら、金と銀のスマホをもらえたのかな?)
私の心を読んだのか、精霊さんがピシャリと言った。
「唯花、さきほど、わたしは――。恋愛以外の効果を期待する者はよそのパワースポットに行けばいい、わたしは恋の精霊だ。自分の活動ジャンルをかえるつもりはないと言ったはずですよ」
そういえば、そうでした。なんか、すみません。
「あやまるほどのことではありません。まあ、人の心を読んだり、人間を異世界におくることが可能なのは――自分で言うのもなんですが――精霊のなかでも、とくに霊力が強い者のみ。あなたが心のなかで精霊に対して多少失礼なことを言っても、気づかない精霊も多いでしょう」
……そっか、精霊のみんながみんな、人の心を読めたり、異世界に人間をおくりこめるわけじゃないんだ。
「わかればよろしい」
このセリフはもちろん精霊さんのセリフだ。
そんな優秀な人材(精霊材?)が、地元のちいさな公園の池にいたなんておどろきだけど、精霊さんに会ったこと自体が、私にとってかなりの衝撃だからなぁ。
感慨深い気持ちになる私にむかって、精霊さんが告げた。
「それでは唯花、わたしがただの精霊ではない、特別な力を持った精霊だとわかったところで――」
「わっ、わかったところで……?」
「そろそろ、あなたを異世界におくります」
言うがはやいか、精霊さんは、さっと右手を頭上にかかげた。
一瞬だけあたりが光につつまれ、まっ白になったかと思うと、私の体は、なにか強大な力にはねとばされ――、上へ上へとあがっていった。
さっきまで私は精霊さんの真正面にいたはず。なのに、いまの私の体は、彼女の頭の何メートルも上にある。
「せ、精霊さ~ん!」
助けを求めるように、眼下の精霊さんを呼ぶ私。
精霊さんはというと……。
「今度こそ、しあわせになるのよ~」
彼女は私に向って手を振っている。私の前途を祝福するように。
……私、いったい、どんな世界にとばされちゃうの?
(精霊さんは、私を送り込もうとしている異世界に関して、イケメンがいるということしか情報をくれてないから、どういった文化圏で、どんな気候風土なのかとか、謎のまんまだし……)
そう思ったのを最後に、私は自分の意識がフーッと消えていく感覚につつまれていった。
応援ありがとうございます!
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