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第29話 私たちが抱きあっていたのは ほんのわずかな時間なのに

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 ラウレアーノ先生をお見送りするために館をでていったペピートは、まだ戻っていない。
 お見送りから、かれこれ一時間以上の時が流れた気がする。

(あれ? ペピートが先生をむかえにいったときは――。行きと帰りの時間を合計しても、数分程度だったはず……)

 さっきはお医者さんであるラウレアーノ先生を急いでつれてくる必要があったから、鳥に変身したまま帰ってきた。
 でも、今回は人の姿で徒歩で帰ってくる途中。
 だから、時間がかかってるとか?

――だとしたら。

 ペピートには私のせいで余計な仕事をふやしてしまったことになる。
 だけど、彼は笑顔で館を去っていった。
 ペピートにも感謝の気持ちでいっぱいだ。

 いっぽう、私といえば、あいかわらずロエルとふたりで客間にいるものの……。
 私はもう、ロエルに抱きついたりしてない。

 ソファで私たちが抱きしめあっていたのは、時間にしたら、ほんのわずかなあいだだけだった。……だけど。
 ロエルの硬い胸が、私の頬にも、耳にも、ふれ……。服越しに、彼の心臓の鼓動に気がついた、そのとたん――。

 私はなにやら急にドキドキしてしまい、あわてて彼の体から、パッと自分の体を離した。
 その動作はあまりに不自然で、ロエルを意識してることがバレッバレ……な、はずだ。

 無性に恥ずかしくなった私は、ますます不自然に小芝居をはじめてしまう。

「あっ、ロエル! ……こ、この部屋のテーブル、とってもすてきね……」

 ソファの向かいに置かれたテーブルが素敵なのは本当だ。
 この客間に通されたときから、ヨーロッパ的な意匠の、品のよいテーブルだと思っていた。
 でも私は、そのテーブルのすばらしさを――。ロエルの体にふれていると彼を意識しすぎてしまうから、彼から自分の体を離す口実に使ってしまう。
 ソファから立ちあがって、ロエルに背を向け、テーブルに見入るフリをしてしまう。

(まぁ、みればみるほどセンスのいいテーブル! ……って演技をしたいのに、上手くできない――)

 私がロエルを意識してしまったことに、彼自身は気づいているのか、いないのか――。
 ロエルもスッと立ちあがり、目のまえのテーブルについて説明する。

「これはクルミの木からつくられたテーブルだ」

 解説しているロエルは、私の背後に立ち、ごく自然に私の肩に手を置いてきた。
 その手つきは全然いやらしくなくスマートなぶん、よけいにこちらの心拍数はあがってしまう。

「……そ、そうだったのね……、このテーブルは木から。植物の木から つくられたのね。な、なるほど……。あ、私のいた世界でも、木からテーブルをつくること、多いなぁ……」

 うわぁ、完全にテーブルなんて、本当はうわの空なこと丸わかりの、すっとんきょうな声が自分の耳にも届いて痛々しいこと、このうえなし。

 どうか、いまの私を放っておいて。お願いだから! と思うのに、ロエルは私に話しかけてくる。

「ユイカは、この世界の家具に興味があるのか」

 ロエルの質問に、「え、えっと……」としか言えないでいたとき――。
 部屋の扉をトントンと叩く音がした。
 だ、誰!?

「ロエル様、ただいまもどりました」

 あ、この声はペピートだ。
 私はロエルとふたりきりという状況でなくなったことに、ほっと胸をなでおろす。
 館にもどってきたペピートは、裏口から人の姿で館に入ったようだった。

(やっぱり徒歩で帰ってきたから、時間がかかっちゃったのかな。たくさん歩かせてしまったとしたら、もうしわけない……)

 客間にあらわれたペピートと顔をあわせることができた私が、ペピートにお礼を言おうとしたとき。ロエルが私に話しかけてきた。

「ユイカ、さっきも話したが、この館はオレが普段生活している館ではないんだ」

 そういえば、ロエルはそんなことを話していた気がする。
 でも、なぜまたその話題をふるの?
 ロエルの真意がみえないまま、彼の言葉に耳をかたむける。

「そこできみに相談なんだが……。明日まで待っても、チョーカーの副作用が特にあらわれないようだったら――、オレといっしょに この館をでないか」

 ――え、この館をでる……?
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