星訪ねの旅人

ささがき

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第1章 旅立ち

第2話 遅れて来た搭乗者

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 東部飛行艇発着場ターミナル。
 乗合馬車や自家用馬車の行き交うその広いロータリーに、一頭立ての荷馬車がのどかにぽこぽこと入ってきた。
 手綱を握る中年男性の他に、荷台には小さな女の子。
 10歳くらいだろうか。
 くりくりカールしたセミロングの髪に大きな帽子を乗せ、腕いっぱいにリュックを抱えている。
 御者の男性が馬車をターミナル玄関口につけるのも待てずに、女の子はリュックを背負って荷台を飛び降りた。
「こら、あぶない!」
 御者の男性が叱るが、女の子は止まらない。
「ごめんおじさん、急ぐから!ありがと!」
「待ちなさい…!ああまた言うこと聞かないで…」
 呼び止めようとしたが、少女は他にも停車しようとする馬車の間をすり抜け、玄関口目指して一目散に走って行く。
「ミラちゃーん、気をつけていくんだぞー!」
 追いかけてくる御者の声にちょっとだけ振り向き、女の子――ミラは大きく手を振った。
「行ってきまーす!」
 これから3日間の旅路の始まり……の、はずだった。

『ご搭乗時刻についてご案内いたします。11時30分発、西部空港行きにご搭乗の皆様は、この後3番ゲートよりご案内をいたしますー』
 魔導スピーカーから流れる音声と、行き交う人々の喧騒の洪水を掻き分けるようにミラは走る。
 エントランスを抜け、お土産屋の間を走り、長い階段をふうふう言いながら駆け上がりー
「先生ー!」
 集合場所に見慣れた塾の講師の女性を見つけて駆け寄った。
「ミラちゃん!」
 若い講師の女性もミラを見つけると走ってきた。
 その顔は心配と動揺に揺れている。
「どこ行ってたの!集合時間はもうー」
「先生飛行艇!まだ出てないよね!?」
 言葉を遮るように、ミラは息せき切って尋ねる。
 見上げる顔は、走ってきたことと、興奮で真っ赤になっていた。
「出発まであと10分あるよね!?」
 言いながらあたりを見回すと、フロアの中央に立つ時計は10時50分を指していた。
 搭乗予定の飛行艇は11時ちょうどだったはずだ。
 ――間に合った!
「それは――」
 講師は困った顔で後ろを振り返った。
 そこには制服を着たスタッフが控えていた。
 集合場所に現れないミラを一緒に探してもらっていたのだ。
 視線を受けたスタッフは、申し訳なさそうに口を開く。
「申し訳ございませんが、先ほどご搭乗手続きは終わってしまいまして…」
「え…」
 ミラは呆然とする。
「だ、だってまだ時間…」
 ぶるぶると震え出したミラに講師は気遣わしげに説明する。
「ミラちゃん、飛行艇ってね、鉄道と違って出発時間ギリギリまで乗れるものじゃないの。だから集合時間、だいぶ早かったでしょう?」
 ミラにはその説明は半分も頭に入ってこなかった。
 講師はため息をついてスタッフの方へ向き直り相談を始める。
「すみませんが、他の便に振替などはできませんか?」
「あいにくお客様の行き先への便は、週一本でして…」
 大人たちの会話の横で立ち尽くすミラは、ギュッとスカートを握りしめた。
「…だって。」
 好きで遅れたわけじゃない。
 そのスカートの端は汚れてボロボロになっていた。

 ミラはまた時計を見上げる。
 出発時刻はあと5分になっていた。
 視線を動かせば、ゲートの向こうの大きなガラス張りの壁面の向こうに、飛行艇がまだ見えていた。
 あれに乗って、合宿に行くはずだったのに…
 どうにかできないの?
 泣きそうになりながら辺りを見回すと――
「えっ、払い戻しもできないのか!?」
 低いがよく通る声が響く。
「申し訳ございませんがー」
 搭乗手続きカウンターでスタッフに詰め寄っている人達が見えた。
「あははー遅れた上に払い戻し不可。散々だねーって、いたたっ蹴らないでよ!」
「だーまーれ!」
「痛い痛いって!もー」
 途中からスタッフそっちのけで足を踏んだり肘鉄で返したり。
 何やら揉めている2人連れの旅行者がいた。

 スタッフと話している男はその場にいる人間で一番背が高く、もう1人は少し背が低くて華奢で、髪が長い。
 彼らも乗れないのは同じのようだが、深刻そうな気配はなかった。
 ――もしかしてなんとかできる?
 淡い期待を抱いて、ミラの足はふらふらとそちらへ吸い寄せられるように向かう。
 と、背の低い方の人がふいに振り向いた。
 その目が真っ直ぐこちらを向き、バチっと目が合う。

 不思議な目だった。

 吸い込まれるような深い緑――
 しかも、見たことがないほど綺麗な顔だった。
 え、女の人??
 一瞬錯覚しそうになる。
 でもさっき話していた時の声は…高めだったけど男の人だったはずだ。
 こんな人、今まで見たことない。
 見た目と声のミスマッチにポカンとしてミラはその人を見上げる。
 その間に、綺麗なその人はミラのそばに来てしゃがんで目線を合わせる。
 そして視線をミラがスカートを握りしめている手に落とした。
「あれー?君、どうしたの?ボロボロだね、服も手も。大丈夫?」
「あ…」
 言われて初めて思い返す。
 そうだ。これのせいで集合時間に遅れた。でも。
「おい何してる――」
 綺麗な人の連れの大きい人が、こちらに向かってきた。その時。
『11時ちょうど発、学園都市行き、ただいま出航いたしますー』
 魔導スピーカーのアナウンスが響き、見送る人達が動き出す飛行艇に歓声を送る。
 ガラスの向こうでゆっくりと飛行艇が動き出す。
 普段なら心踊るその光景は、今のミラにとっては遠く灰色の景色に映った。
 隣で見ている旅行者の2人は、あまり切迫感のない声でやり取りする。
「あーあ、行っちまった」
「どうしようねえ」
「どうもこうもないだろー…っておいどうした!?」
 大きい男がしゃがんでこちらを覗き込んできた。
 でもその顔は、涙で滲んでよく見えない。
 ミラの目からポロポロと涙が溢れる。
 ――終わった。
 受験のために頑張ってきた日々は、これで無駄になってしまったのだ。
「う…うわあああああん!」
 耐えてきた糸がぷつんと切れて、ミラはとうとう泣き出してしまった。

「ミラちゃん大丈夫!?あなたたちなにを!?」
 スタッフと話していた講師が異変に気づいて走り寄ってくる。
「は?俺たちは何もしてねえよ!」
「いやーしたんじゃない?君の顔が怖かったとかさ、アロウ。」
「こんな時まで混ぜっ返すな、リル!」
 再び揉め始める旅行者2人と、集まってくるスタッフや警備員。
 その真ん中で、どうしたらいいかわからないミラは泣き続けるしかなかった。

 ――それが、2人との出会いだった。
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