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14 思い出したのに、婚約!(8)

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 そうして、あれよあれよと事が進み、私とクリス様の婚約が国内に発表され、婚約披露パーティーの夜が訪れた。

 聖石はお兄様の功績ということになってはいるのだが、公爵領で私が領民の治療を行ったことが広まってしまい、何故か私が『聖女』だと言われるようになってしまっていた。
 時を同じくしてクリストファー殿下との婚約を発表したことで、我がメイトランド公爵家と王家の婚約は大きな反発もなくまとまってしまったのである。シナリオが強すぎる!

 そして今夜は国内の主要な貴族を集め、私達の婚約を祝してパーティーを開くことになったのだ。

 今日の私は、優しいライトブルーのドレスに身を包んでいる。胸元から裾まで金糸の刺繍が入った華やかなオフショルダーのデザインだ。さすが王室お抱えデザイナーの仕事ぶりを感じさせる最高級ドレスだ。

 国宝レベルのブルーダイヤも身につけさせられ、慣れない装いにドキドキしていた。帯剣していないこともあって全く落ち着かない。
 そこへ、同じく着飾ったクリス様がやってきた。

「綺麗だよ、リディア」
「……ありがとうございます」

 クリス様こそスチル通りの完璧な王道イケメンだ。正真正銘、名実ともに、紛う事なき王子様である。
 細身の純白のパンツに、華やかな白シャツ、光沢のあるワインレッドのベストに白のジャケットをまとっている。ベストと同じ色のチーフに、ジャケットの襟には美しい金の刺繍。正装しているクリス様は眩しすぎて直視できない。
 視線を外すと、それを拒むかのように頬に手を添えられた。見上げると、いつもの甘い瞳が私を見つめている。

「お披露目なんてせずに、このまま寝室に持ち帰ってしまいたい」
「ええっ……」
「ふふっ。私のせいで困る君を見るのも嬉しいものだね。……行こうか」

 そうして優しく腕を差し出し、私を広間までエスコートしてくださる。
 途中の廊下で、大きなガラス窓に自分達が映った。すると、私のドレスは殿下の髪と瞳、殿下のベストは私の髪色をイメージしているのだと気付いてしまった。おしゃれに疎い私でも、これは恥ずかしい! 羞恥で顔から湯気が出そうになった。

「リディ」
「は、はい!?」
「今日は私のそばを離れてはいけないよ?」
「?」
「今夜の君はとても綺麗だから」
「!」

 な、何その顔! ちょっと拗ねたような顔が、本当は私を皆に見せたくないのだと語る。か、可愛いすぎて死ぬ……。

「クリス」

 その時、クリス様の背後からよく通る声がした。若々しく堂々としたその声の方向を向くと、そこには、二年前からずっと会いたかったアラン様が立っていた。

「アラン様!」
「!?」

 私が思わず名前を呼んだことに対して、アラン様は怪訝な表情をしたが、気にとめずクリス様に今夜の警備について説明を始める。

「分かった。あと、私とリディの警護はアラン以外で頼む」
「?」

 アラン様は驚いた顔の後、意味がわかったというかのようにニッと笑った。

「ふーん。クリスが嫉妬するなんて意外。分かった」

 そしてアラン様は護衛の騎士を引き連れて立ち去っていった。聖騎士団の一員だということは知っていたが、部下を連れているということは、お父様の地位を脅かすくらいもう出世されているのかしら。騎士服の推し、かっこよかったなぁ。ヒロインに早く見せてあげたいわ。

「アランとは、二年前の、君が倒れた茶会以来会ってないと思うが」

 ふと気付くと、アラン様の立ち去った方をじっと見ていた私を、ものすごくドス黒い笑顔を浮かべたクリス様が見下ろしている。先程までの可愛さは無く、私が鍛錬していなければ泣いてしまうくらい恐ろしい。これは、間違いなく、怒っていらっしゃる……?!

「あの、えっと、聖騎士団の騎士様に憧れがあるというか……ほら、私、剣術を習っておりますし……」
「へぇ~」

 うわぁ、怖い。苦しい言い訳は嘘だと見抜かれたようだ。でも本当のことを言っても信じてくださらないでしょう!?
 黒い笑顔が怖くて一歩後退りするたび、クリス様もジリジリと私に迫ってくる。

「アランが気になるの?」
「はっ?!」
「アランみたいな男が好みというわけか」
「なっ」

 予想外の尋問に次の言葉が出てこない。好みも何も前世の推しですけど? しかもヒロインとくっつけたいから、気になるとか好きとかそういうことじゃないけど! でもこれってどう説明すればいいの? そもそも私がクリス様に誤解されたらどうなるんだろう? 困るの? 
 混乱しながら後退りしていると、壁に背をついてしまった。クリス様が私の顔の横に手をつく。

「アランが好きなのか?」
「めっそうもない!」

 じっと私の目を見つめるクリス様は、なんだか余裕がなさそうだ。どうしてそんな顔をするの?

「まぁいい。君はもう僕の婚約者だ。逃しはしない」
「殿下? あの」
「違うよリディ。『クリス』と」

 壁に手をついていない方の手で、顎を持ち上げられる。さすがゲームの登場人物! 何をさせても絵になる! 目を瞑りたいくらいの混乱の中、でも見逃したくなくて目を開ける。私の顔に熱が集まり、うっすらと瞳が潤む。

「クリス……様」
「だめだよ」
「クリス……」

 そう呼ぶとクスっと笑い、私の唇ギリギリの頬にキスを落とした。

「君の心を手に入れる。必ず」

(な、な、な!!?)

 そしてクリス様は何も無かったかのように私を広間までエスコートしたのだった。
 この混乱しまくった頭の中を顔に出さずに済んだのは、お母様の厳しい淑女教育の賜物だった。今日ほどお母様に感謝したことはない。
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