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第一章「冒険者編」

第三十二話「魔法都市ヘルゲン」

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 魔法都市ヘルゲンに向けて移動を初めてから三日目、俺達は遂にヘルゲンに辿り着く事が出来た。エリカがガーゴイルの羽衣を使って俺達を運んでくれたから、徒歩で移動するよりも遥かに短時間で旅を終える事が出来た。

 大きな石の門をくぐって都市に入る。エリカは初めて見る人間の町に驚きながらも、何度も足を止めて、建造物や店で売られている商品の質の高さを賞賛した。それから、私自身も人間になれて嬉しいと、何度も喜んだ。

 エリカの頭部に生えている二本の角を見て怪訝そうな顔をする人も居るが、エリカの美貌に気が付く人も居る。若い男達はエリカを穴が空くほど見つめるのだ。エリカは視線を気にせずに、頭部に生える角を恥ずかしがる事も無く、楽しそうに町を見物している。

 暫くローラとエリカを連れて観光をしていると、エリカに目を付けた三人の男が俺達の前に立ちはだかった。エリカの体を舐める様に見ると、俺の肩に手を置いた。

「お兄ちゃん。随分綺麗な女の子連れてるね。俺達も混ぜてくれねぇか?」
「混ぜる? 俺達はパーティーですから、部外者を加入させるつもりはありません」
「まぁそう邪険にしなさんなって。一人で可愛い子独り占めにしてないでさ。俺達も混ぜてくれよ」
「しつこいですね。忙しいので失礼します」

 顔中に髭を生やした二十代程の男が不満そうな表情で俺を睨むと、俺は男の手を振りほどき、エリカとローラを連れて歩き出した。背の低い小太りの男がローラを見つめて気味の悪い笑みを浮かべている。

 三人は腰には剣を差しており、身長百九十センチ程の、金属製のメイルを纏った体格の良い男が俺に前に立った。髭面の男は小太りの男と体格の良い男の背後に隠れている。

「若造。俺達を無視して逃げようってのか? 何日か女を貸してくれるだけで良いんだ」
「俺はこの金髪の子が良い! 小さくて可愛いから俺の好みだ!」
「じゃ俺はそっちの背の高い子な」

 髭面と小太りの男はローラとエリカを舐める様に見ている。この場にバシリウス様が居たら、問答無用で叩き潰しているだろう。俺にはバシリウス様程の力はないが、それでも大切な仲間を守りきるだけの力はある。

 小太りの男がローラの頭に触れた瞬間、俺は無性に怒りがこみ上げてきた。他の男がローラに触れているからだろうか? いつからか、ローラは俺だけのものだと思っていた。俺がローラに抱く感情は恋愛感情なのだろうか……。

「ローラから手を放して貰おうか」
「へぇ、若いのに俺に勝てるっていうの?」
「勿論」

 俺は小太りの男の腕を掴み、下半身に力を込めた。それから全力で地面を蹴ると、俺は小太りの男を抱えて空高く飛び上がった。町の遥か上空まで飛び上がると、一気に落下を始めた。男は突然の出来事に狼狽しながらも、徐々に地面に近づいて死を感じているのか、涙を流しながら何度も謝罪した。

 俺は男を抱いて地面に着地すると、髭面の男は言葉を失ってゆっくりと後退を始めた。俺達と戦うつもりはないのだろう。体格の良い男は腰に差している剣を引き抜くと、俺に切っ先を向けた。

「私のギルベルトに剣を向けるなんて……。許せない男ね」
「許せなかったらどうするんだ? 牛女」
「牛……? 私を侮辱するなんて愚かな男。ギルベルト、この男を仕留めてもいいかしら?」
「怪我をさせてはいけないよ」
「出来るかしら……。戦いで手を抜いた事はないの」
「俺を甘く見るなよ……」

 流石に武器すら持たないエリカが巨体の男に勝てる筈は無いので、俺は騎士のガントレットをエリカに渡した。ローラは何が起こっているのかも分からず道端に生えている野草を摘んで食べ始めた。それから小さな金色の虫がヨチヨチと歩いていたので、虫と一緒になって歩き出した。ローラは虫を追っている最中に綺麗な石を見つけたので、楽しげに笑みを浮かべて石をポケットに仕舞った。

「ローラ、その辺の草を食べたら駄目だよ」
「だってお腹すいているんだもん」
「後で沢山食べさせてあげるからね」

 男が俺とローラのやり取りを聞いて激昂し、剣をエリカに振り下ろした瞬間、エリカは涼しい顔をして両手で男の剣を受け止めた。周囲には野次馬が多く集まっており、既に小太りの男は戦意を喪失して逃げ出した。髭面の男は離れた所から傍観している。

 それからエリカは剣を力ずくでもぎ取ると、剣を全力で地面に叩き付けた。剣はいとも簡単に折れると、男はあからさまに狼狽してエリカを見下ろした。それから男は拳を握り締め、体重が乗った強烈な一撃をエリカに振り下ろすと、エリカは左手で男の拳を軽々と受け止めた。

 なんという力技なのだろうか。男の剣や拳を容易く受け止め、涼しい表情を浮かべているのだ。エリカは拳を強く握り締めると、男の腹部を殴り上げた。百九十センチ程の巨体は宙に浮き、男が身に付けている金属製のメイルは大きく変形した。

 レッサーミノタウロス時代のエリカは人間よりも二倍以上も体が大きく、筋肉も異常なまでに発達していたのだ。人間の俺からすれば、男はあまりにも大きくて屈強に見えるが、バシリウス様やレッサーミノタウロスの戦士達と暮らしていたエリカには、男は子供の様に小さく見えているのだろう。

 それからエリカは男の胸ぐらを掴み、力の限り地面に叩きつけた。男の骨が折れる音が町に響くと、エリカの力技に市民達は熱狂的な拍手を贈った。髭面の男は罰の悪そうに男を抱えて歩き始めると、ローラが二人の前に立った。

「怪我しているよ。大丈夫?」
「どけ。小娘」

 戦意を喪失した男が呟くと、ローラは天地創造の杖を頭上高く掲げ、美しい金色の魔力を放出した。魔力が男の体を包み込むと、幻想的な魔法の輝きに市民達は息を飲んだ。ローラの回復魔法を受けた男は怪我が癒えたのだろう、何度も自分の体に触れてから、ローラに小さく頭を下げた。

「あの子、なんて優しいんでしょう! まるで天使だわ」
「なんと澄んだ魔力だろうか。非常に強い回復効果がある魔法なのだろう」
「魔術師ギルドのメンバーかしら。この町にこんなに純粋な魔術師がいるなんて!」

 ローブを纏った中年の魔術師達がローラを賞賛すると、野次馬達が再びローラとエリカに拍手を贈った。エリカは柔和な笑みを浮かべてローラの頭を撫でると、ローラは可愛らしく微笑んだ。モンスター娘とは何と美しい生き物だろうか。

 ローラの純粋な心は賞賛に値する。ローラは男の悪意を感じたにも拘らず、次の瞬間には男の体の心配をしたのだ。普通の人間なら放っておくであろう。二度と関わりたくないと思うのが当然だ。俺はそんなローラの純粋な優しさが大好きだ。旅の間も、何度もローラの魔法に救われた。

「やっぱりエリカは強いな。早くエリカの強さに追い付きたいよ」
「私はギルベルトのためならいくらでも強くなるわ。だけど人間になったからか、モンスター時代の力は出せないけどね……」
「今でも十分強いよ。巨漢をいとも簡単に倒すんだから」

 エリカはガントレットを外して俺に差し出すと、俺はガントレットを身に着けた。エリカのための新しい装備が必要だな。一体どんな武器が良いのだろうか。力が強いのだからロングソードやハンマーなんかが良いだろうか。

「ローラ。よく出来たね。俺はローラを尊敬するよ」
「怪我をしていたからね」
「もしローラが一人の時に、ああいう男達が声を掛けてきたら、決して近づいてはいけないよ」
「ローラはギルベルトと居るんだから、一人にはならないもん」
「それはそうだね」

 可愛らしく俺を見上げるローラの頭を撫でると、彼女は満面の笑みを浮かべた。何と素直で優しい子なのだろうか。一部始終を見ていた市民達はローラとエリカを褒め称えた。それから俺の跳躍力を賞賛してくれた人も居た。

 やはり羽根付きグリーヴの力は偉大だ。小太りの男を抱えても遥か上空まで飛び上がる事が出来るのだからな。それに、着地の際には衝撃すら感じなかった。俺自身がマジックアイテムの効果を引き出せているからだろうか。

「エリカ、ローラ。シャルロッテを探しに行こうか」
「うん! 早く白猫ちゃんに会いたい!」
「私も早くシャルロッテと話してみたいわ。どんな子なのかしら」
「優しくて仲間想いの素敵な女の子だよ。俺達の頼れる魔術師さ。きっと冒険者ギルドで俺達の帰りを待ってくれている筈だよ」
「すぐにギルドに向かいましょうか」

 俺はエリカとローラの手を握りながら、シャルロッテと合流するためにギルドを目指して歩き始めた……。
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