ツンチョロ年上男子さんとスパダリ年下わんこくん

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〚きみのざんぞう〛

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「──。」

 泣いていた悟の顔を、毎日、夢で見る。目が覚めていても、時にその顔が幻のように視界へ滲んで、咄嗟に、手を伸ばしてしまう。あの時彼を追っていたら。声を掛けていたら。本当は私もお前とずっと一緒に居たいんだと、そうはっきり、言えていたら……。

「……止めよう。無意味だ」

 虚しい思考に溜息をついて、PCを閉じる。
 あの日から一週間。悟とは会えない毎日が続いている。それも当然、現在悟は地方へ出張中。物理的な距離のせいで、私達は隔たれている状態だ。メールで連絡は来るが、次の打ち合わせは代理を立ててくると伝えられており、顔を合わせる機会もなさそうだ。忙しいからという理由だが、私と直接会うことを避けているのは、明らかだろう。
 だがそれも悟の優しさなのだろうと、私には思える。悟自身が私を避けているというよりは、私が悟と会わずに済むように、極力気を遣っているのだろう……と。私が悟と会っても、どんな顔をしていいのかわからないから。どんなことを話して、どう接したらいいのか、わからないから──。そうやって遠回しに、私を慮っているんだ。
 ……あいつの考えをそう好意的に解釈する程度には、私は悟のことを悪いように思えなくなってしまった。
 実際、私は間違いなく臆病者で、小心者だ。日々感じている後悔を拭うほどの勇気を持ち合わせているような人間ではない。悟に自分の心や想いを伝えることすらできない、自尊心ばかりが育って身動きがとれなくなった、愚かな大人だ。

「──。」

 それでも、そんな私を変えたのも悟だった。
 それが誰にでも差し出される優しさで、博愛だったとしても。私はそんな悟の心に感化され、ほんの僅かだけだとしても、変化した。人は変わる。それが今より優れていたとしても、そうでなかったとしても。私は東雲悟というただひとりに──既に、変えられてしまったんだ。

「……よし」

 服を着替え、街へと出る。
 行き先は、taQta。
 私が現在主な仕事を請け負い、そして悟が勤めている──私達を繋いだ、アダルト会社だ。


***


「ああ、晦さん!すみません、お待たせしてしまって」
「いや、良いんだ。貴方にはいつも無理を聞いて貰っているからな。……しかし相変わらず弍王頭には振り回されているようだな」
「は、はい。お見苦しい所をすみません。ちょっと、部屋を片付ける時間も余裕もなくて……」
「米倉さんを頼ったらどうだ?彼なら君に協力してくれるだろう」
「それが、米倉も弍王頭さんに捕まっていて。なんでも、彼のファンだったらしく……僕の代わりに、今は彼が弍王頭さんに対応しているんですよ」
「そうなのか。……慌ただしいようなら出直すが」
「いえ!晦さんとお話できる機会は、中々ありませんし……ぜひ、近況を聞かせてください。仕事に問題はありませんか?東雲は、どうです?」
「ああ、特に不満はないよ。東雲くんも、よくやってくれている。私の我儘にも、律儀に応えてくれるしな」
「そうですか。それは良かった。安心しました」
「ああ。だからこそ東雲くんの出張で少々驚いてしまったよ。彼が担当してくれてから、初めてのことだったから」

 すんなり入れた社長室。スケベ好きな気弱な男が始めた会社はあれよあれよと大きくなって、今やビルの一角を占めるほどになった。それがこの男、大麦進が起業した『taQta(タクタ)』だ。アダルトコンテンツとグッズを主に展開しているこの会社はアダルトビデオ作品で多くのファンを獲得しながらも赤字続きだったが、買収によって経営を立て直し、そのタイミングで出版したマニュアル本で大ヒットを飛ばした。今はそのお陰で以前よりは自転車操業が落ち着いたようだ。
 ここに来た理由は単純。悟のことを聞くためだった。彼が今どこに居るのかを、尋ねられたらと思ったから。会えないのなら会いに行けばいい。そこで直接、もう一度悟と、話し合えればいい……そう思ったからだった。
 そんな個人的な主題である出張の話題で言葉を区切った私に、大麦さんは八の字に下げた眉で申し訳なさそうに笑う。押しに弱い性格が滲み出る表情は、しかし人の良い、愛される雰囲気に満ちていた。

「……実は今回の出張、僕から提案したんです。東雲が少々、塞ぎ込んでいるように見えたので」
「……な。そうだったのか?」
「ええ。彼、優秀でしょう?担当している方からも信頼されていますし、その手腕や交渉もスマートで……人への気遣いも忘れない。だから僕も上司としてそこに甘えてばかりで……東雲を気遣ってやれる機会がなかったんです。そのことに、最近の東雲の態度を見て気づいたんです。だから、僕の判断で背を押しました。東雲は前に地方の企業へ興味を抱いていたので、せっかくだから行ってこいと。東雲は最後まで渋っていましたけどね」
「な、成程。私はてっきり、東雲くんが自ら申し出たのかと思っていたが……」
「そんな!東雲は簡単に担当のお客様と距離を取りませんよ。その姿勢に、僕らもいつも助けられていますから」
「そうか。……そうだな。彼は……そういう、男だな」
「晦さんにも、出張の件でご迷惑を掛けて申し訳ありません。でも、うちにとっても東雲は大切な社員ですから……僕にできることはしてあげたくて。過保護に感じるかもしれませんが、ご納得していただければと思います」
「いや、構わないよ。大麦さんは未だに頼りない所があるが、流石、お人好しな性格で会社をここまで大きくしただけのことはあるな。人の機微にはとても敏感だ」
「えぇっ!?ちょ、ちょっ……!本当に厳しいなっ、晦さん……!」

 私の軽口に、大麦さんは参ったな、と大袈裟に頭を掻く。情けない態度だが、それを憚らず相手に見せられるのが、彼の強さと言えるだろう。……そうか。大麦さんが、悟を。
 ひとつの覚悟をもってここに来た私だが、大麦さんの話を聞いて、考えを改めざるを得なくなった。悟の上司である大麦さんが悟を気遣って出張を切り出したのなら、それを邪魔するわけにはいかないと感じたからだ。悟の不調の原因は間違いなく私で、そんな状況で無理やり彼に会って我を押し通したら、更に拗れてしまうかもしれない。大麦さんが悟を大切に思っており、taQtaにとって欠かせない社員だと認識している感情も、私を引き止めるのに充分な理由だった。
 結局数日後に行う予定だった打ち合わせをその場で大麦さんと行い、私は社長室を出る。宙ぶらりんになったなけなしの勇気は霧散して、行き場がない。ああ、もしかしたら悟はこうして私がここに来ることさえ、予想していたんだろうか?このまま悟が帰ってくるまでの二週間、ただおとなしく待っているしかないのかとぼんやり扉の前で立ち尽くせば──大麦さんに負けず劣らずの弱気な声が、近くから響き渡った。

「あ、あの……?どうされました?大丈夫……ですか?具合が悪いとか……っ?」
「っ……?──あッ!?……お、お前は……ッ!!」
「へっ?……ぁっ!あ……ッ!!あ、あなたは……!さ、悟くんの……っ!!」

 ……そこで会ってしまったのは、諸悪の根源、全ての元凶。
 私の顔を見て脅えたように全身を縮める……丸眼鏡の男の姿だった。


***


「……どうしてお前がここに居るんだ」

 廊下の端に移動して、私は件の男を睨みつける。悟との衝突はいずれ起こっていたことだと頭では理解していても、こんな状況で問題の「原因」と再会すると、流石に刺々しい態度を隠せなかった。私の視線に、男は平謝りに頭を下げる。小汚いツナギ姿の格好は明らかに仕事を抜け出してきた雰囲気で、髪の毛も整えられておらずボサボサだ。

「す、すみませんっ。商品の納品に不足があって……!追納のために、直接こちらへ伺ったんです。当社の不手際だったので……」
「商品?不足?……当社?ここで扱っているのはアダルトグッズだろう。どうしてお前がそんなものをいちいち運んでくる。配達業者なのか?」
「あっいえ!そのっ、TACHIBANAは、ウチの、会社、でして……っ。」
「……。……何?お前の……会社?」
「じ、自己紹介が遅れて、すみません。私っ。た、TACHIBANAの代表をしている、橘真澄、と、申します……っ」
「な。……なっ?……なに──────っ!?!?!?!?」

 申し訳無さそうに差し出される名刺には、確かに「(有)TACHIBANA代表取締役社長 橘真澄」と書かれている。それを手にした私は、憚りなく絶叫した。当然だ。この男があの、TACHIBANAの!?笑えない冗談にも程がある。しかし名刺に虚偽の内容を書いて差し出すほど、馬鹿な輩は居ないだろう。いかにも小心者じみたこの男に、そんな度胸があるとも思えない。つ、つまりは、この男は、本当に……ッ!

「お前がっ、TACHIBANAのッ、だ、代表……ッ!?」
「は、はい。父の始めた町工場を継いで、今はtaQtaさんに商品を卸しています……」
「っ、ッ、っ──!?!?!?」

 思わず、混乱に頭を抱える。こ、この冴えない男がッ、ほ、本当にッ、TACHIBANAの、社長……ッ!!あのとんでもなくいやらしいアダルトグッズを作っているッ……!?あの。あの、TACHIBANAの……っ!?!?!?私はどうにか冷静を保とうとするが、自慰を行っていた日々を思い出してすぐ目眩に襲われる。つ、つまり私は毎日毎日っ、こいつの会社の製品に、世話に、なって……!?こ、この男がっ、この男がっ、こ、この男が……ッ!!!!

「あ、あの……っ。大丈夫、ですか?」
「だ……ッ、大丈夫だッ!いきなりとんでもないことを言われて頭がパンクしただけだッ!」
「すっ、すみません!驚かせてしまって……っ。僕っ、いつも人に自己紹介をすると驚かれて……ごめんなさい!」

 再びぺこぺこと何度も申し訳なさそうに謝罪する男の姿を、私は見下げる。こんなに腰が低くてまともに社長業をやっていけるのか。大麦さんといい、立て続けに似たような人種に会ったせいで立て続けに似たような疑問が頭を過ぎり、そこで私はどうにか自らへ理性を引き戻すことに成功する。

「ふ……ふん。何でもいいが、お前の事情など私には関係ない。自己紹介も済んで誤解が解けたならそろそろ私は行くぞ」
「あっ!ま、待ってくださいッ」
「ッ、なんだ急に!シャツを掴むなッ、生地が伸びるっ!」
「うわっ、す、すみません!でも僕っ、そのっ……!」

 しかし顔を上げた男──いや、橘は私を真剣に見つめ、口を開く。困り果てたように下がったままの眉は、それでも……やけに芯が通った、気丈なもので。

「あ、あの、僕……!どうしても、あなたにお話したいことがあるんです……!」
「っ……。」

 ……私はどうにも、その切実な腕を振りほどくことが、出来なかった。
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