ツンチョロ年上男子さんとスパダリ年下わんこくん

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〚ぼくはこととう〛

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「あ──……」

 車を降りて、連れてこられたのは──喫茶ハチメ。
 俺が一番最初に吉乃さんをセックスに誘ったその場所で、吉乃さんは、スミさんと一緒に椅子へ座っていた。二週間ぶりに見た吉乃さんはただでさえ痩せてるのにもっと痩せたように見えて、それだけで胸が締め付けられる。心配……だけじゃない。こうやってただ見つめるだけで、まだ、この人を好きだと思う。好きだと思って、そんな人を傷つけた事実に、苦しくてたまらなくなる。俺がしてしまったことの重さを感じて、一瞬でぐちゃぐちゃになる気持ち。それはまだ俺自身が、なにひとつ割り切れていない証だろう。……この分じゃ自分で謝りに行っても、ちゃんと思うようにできてなかったかもしれないな。
 でも、二人に背を押されてしまった。『いいなぁ』、と。そう思った関係を築いたそれぞれから、想いを貰ってしまった。それを蔑ろにはできない。無碍にはできない。それも俺が抱いた本当の本心。それなら……それもきちんと抱いて。吉乃さんに、伝えなきゃ。

「……晦さん」
「あ……。」

 スミさんに声を掛けられて、吉乃さんが顔を上げる。まだお店の入り口に立ち尽くしたままの俺を見つめて、困ったように崩れる顔。それを見て恐怖が浮かぶ。今覚悟を決めたと思ったばかりなのに、もう、怖くなってしまう。

「ほら。行ってきなさい」
「あ。……。……、はい……」

 だけど緋鷹さんに肩を叩かれて。その静かな重みが、俺の足を進ませた。席へと向かう。椅子へと、座る。

「……吉乃、さん。」
「悟……」
「……僕、向こうへ行きますね。後は、おふたりで……ゆっくりお話、してください」
「あ……うん。……スミさんも……わざわざ、ありがとう、ございます」
「ううん。僕がしたかったことだから。……頑張ってね、悟くん。」
「……はい。」

 そっと微笑むスミさんに頷いて、視線を戻す。喉が乾いていて、緊張していて、どくどくと心臓が鳴っていた。目の前に居る吉乃さんの姿はやっぱり痩せていたけど清潔に洗練されていて、ちょっとだけよそ行きで、でも、きちんとそのままの吉乃さんだった。それが切なくて愛おしかった。俺はまだこの人に恋をしていると、強く、そう、思った。
 
「吉乃さん。……久しぶり、だね」
「……ああ。出張は、どうだったんだ」
「バッチリ。先方さんも喜んでてさ。大成功だったよ」
「そうか。……やはり悟は、優秀、だな」
「……あはは。吉乃さんが褒めてくれるなんて珍しい。雨でも降っちゃうかな?」
「……ふっ。相変わらずだな、悟は」

 深刻なはずの状況には似合わない俺のつまらない軽口に、幽かに吉乃さんは口元を引き上げる。勝手に回る舌に、ああ、言いたいことはこんなことじゃないのに、とそう思う。いつもこんな軽い態度だから、俺は、ダメなんだって。
 ……でも、こんな流れるようなやり取りは、俺達がずっと交わし合ってきたものだ。俺がからかって。吉乃さんが反応して。何年もそういう風に接してきて、俺達の距離はゆっくりゆっくり縮まった。だから、俺は吉乃さんへ触れることができた。
 そうやって俺に染み付いた吉乃さんへの対応は、そんな簡単にはなくせない。こんなやり取りだって、俺と吉乃さんが築いた、かけがえのない時間の一部なんだ。だから今からどんなことが起こっても、どんな風になるにしても、俺は当たり前に培われてきた俺達の「これまで」を、「これから」も続けていくために、いつものままの俺を、捨てちゃいけないとそう思った。

「……だが、雨が降ってもおかしくないな。私は……これからもっと、私らしくないことをする」
「え?」

 だけど、吉乃さんはまるで自嘲でもするように肩を揺らせて。そうして──まっすぐに俺へ、向き直った。その表情は硬く引き締まって、覚悟を滲ませているようにも見えた。
 そして静かに。音もなく──。
 吉乃さんは俺へ向かって、頭を下げた。

「悟。──すまなかった」
「え……っ」

 しっかりと下げられた頭に、簡潔だけど丁寧な謝罪。
 俺がするべき行為、俺が言うべき言葉が先に視界へ広がって、一瞬、戸惑いに身体が固まってしまう。なんで。どうして。俺じゃなくて……吉乃さんが。あのときと同じように、疑問が頭の中を支配する。でも、今度こそ間違いたくなくて、俺は声を大きく張り上げる。もう間違いたくない。もう偽りたくない。もう吉乃さんに、うそを、つきたくない。

「ち、ちが!俺……っ、俺が謝らなきゃいけないんだよ!吉乃さんは、悪くないっ!」
「……いいや、違う。私が悪いんだ。私が勝手に悟の想いを決めつけて。お前を遠ざけてしまったのが、原因なんだ」

 それでも、吉乃さんはかぶりを振る。顔を上げて、俺の目を見て、淀みなく言ってのける。それは決まったセリフを言うみたいで、でも血肉が通っていて、ほんとうに、このひとがずっとずっと抱いていた、俺だけに捧げようとして、織った言葉なんだと思った。
 それが驚くぐらい如実に伝わってきて、でも、それでも、俺は、吉乃さんを悪者にしたくなかった。だって、逃げたのは俺なんだ。あのとき。背を向けたのは、俺なのに。

「ちがう……っ、違うよ!!だって、俺が、吉乃さんの言葉を、最後まで聞かなかったから……っ!俺が、自分のことしか、考えられなかったから……っ!!」
「だが、悟をそうさせてしまったのは私だろう?だからお前はあの時あんなに泣いていた。あんなに……悲しそうな顔を、していたんだろう?」
「っ……そ、それは……」

 わからない。実際ショックだった。苦しくなった。でも、それは、俺の本心を言い当てられてしまった辛さで、俺の行いが吉乃さんを苦しめていたと気づいたショックだった。だから泣いてしまった。居た堪れなくなってしまった。だから。だから……。

「……ならば、それを謝らせてくれ。私が悟を悲しませたのは、事実なんだ」
「ッ……吉乃、さん……」
「あの時は、申し訳なかった。お前の気持ちを、無碍にして。蔑ろに、して……。本当に、すまなかった」
「っ。っ……。」

 また、頭を下げられる。その姿に、視界が滲んでいく。どうして、あなたが、謝るの。俺が。ひどいことをしたのに。あんなに、ひどいことをして、吉乃さんを傷つけてしまったのに。どうして、あなたが謝ってくれるの。俺なんかの、ために。
 俺が泣いたって仕方ないのに、そうしたって意味なんかないのに、こんなに真剣に謝ってくれる吉乃さんを見ると、涙があふれて、止まらなくなる。俺がなにも言えないまま情けなく立ち止まっているのに、こんなにもきちんと俺と向き合ってくれる吉乃さんに、嬉しくて、申し訳なくて、でも嬉しくて、涙が、とまらなくなってしまう。俺、こんなに涙もろかったっけ。こんなに、情けなかったっけ。でも隠せない。もう、俺は俺を、隠せない。きたない俺を。ばかな俺を。自分のことばっかりで。吉乃さんのことを、なにも考えられていなかった、俺を。

「おれっ。俺もっ、ごめんなさい……っ!俺はっ、誰にでもいい顔してっ、誰にでも優しくしてっ、みんな幸せになればいいって、そういう、甘っちょろい考えで、生きてきて……っ。それが、吉乃さんを傷つけて悲しませてるなんて、これっぽっちも、気づいてなかった……っ」

 話すたびに涙がこぼれる。いい加減な自分が晒されて、むき出しになって、ばらばらなままこぼれ落ちる。でも俺だ。これが、俺だ。あのとき逃げて、隠そうとしてしまった、俺自身。ぼた、とテーブルへ落ちる雫に、目をこする。

「俺っ、ほんとに、ダメなんだ。これまで誰も大切にできなかった。大事に、できなかったんだ。だから吉乃さんのことだって、好きな人のことだって、傷つけた。あんなに、苦しませちゃった」
「いいや、違う。お前は、いつも誰かのために動ける人間だ。自分を後回しにしても、擲ってでも、誰かを助けてやれる人間だろう」
「なんで、そんなこと、言うの。おれっ、こんな自分が、いやなのに。こんな情けなくて、自分が、ゆるせ、ないのにっ。俺。おれ……っ。吉乃さんが思ってくれてるような人間じゃないんだよ。おれは。ほんとに。いやな、人間なんだ……っ。」
「……だが、お前がそんなお前でなければ、私は悟とこんな関係になることもなかった。お前に心を……許さなかっただろう。私がこうして今ここに居ることが、お前自身の人間性を、間違いなく証明しているんだ」
「っ……。」

 吉乃さんが。ここに。いることが。
 ……俺の。
 どんなに自分で自分を貶めても、誰でもない吉乃さんから「俺」を指し示されると、なにも、言えなくなってしまう。吉乃さんが告げる心が、その素直な本心があまりにも不意打ちすぎて、なにも、言えなくなってしまう。

「お前の行動が、お前の意識が、東雲悟がそう在ったからこそ、私は、こうして勇気が持てた。お前を諦めない、その覚悟を持てたんだ」
「よしの、さん」

 俺の呆けた反応に、ふ、と吉乃さんは微笑んだ。それは自嘲めいていて、どこか優しくて、少しだけ湿っていた。それは俺がいつも見てきた皮肉っぽくて刺々しい、だけど根っこの優しさをどうしても隠しきれない、そんな吉乃さんに思えた。俺がずっと触れ合ってきた。俺がずっと可愛いと思ってきた。ツンツンしていて、チョロくて、愛おしい。俺が大好きな。晦吉乃さん、だった。
 
「どうしてか、わかるか?プライドが高くて、人嫌いで、高慢な私が。こんなにも……見苦しいほど。お前に、こうやって、語りかけているのか」

 わからない。どうして、あなたが、そんなに、そこまで、俺へ、向き合ってくれるのか。
 どうして俺に、そうしてまで言葉を投げかけてくれるのか。
 俺、そんなことも、はっきりとは、わからない。
 だから、わかりたい。知りたい。理解、したい。
 おしえて。よしのさん。
 俺に。なにもしらない、おれに。
 おしえて、ください。

「わかんない。おしえて。吉乃、さん。俺っ。知りたい、です……っ」

 かすれて、頬から涙が伝って、首筋から垂れてゆく。シャツまで染みるそれが、じわりと胸に落ちて、ぽつんと俺の心へさざ波を立てる。
 その波紋を眺めるように、もう一度、吉乃さんは笑った。
 それはとても優しくて、優しくて、優しくて。
 それは、俺が、何度も、何度でもこのひとに恋をすると感じる──甘い甘い、とても芳醇な、表情だった。

「悟。私も。お前が──好きなんだ。」
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