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〚ぼくのせんぼう〛
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「ふぅ……」
社会人になって初めての長期出張はトントン拍子に終わって、俺は満足な成果を得て帰ってきた。自分へのご褒美に帰りはグリーン車に乗って、ちょっと高めの駅弁なんかも嗜んだりして。でも上々な結果も、ふかふかで快適な座席も、美味しい駅弁も、俺を慰めてはくれなかった。頭の中にはずっと吉乃さんのことがちらついて、離れずにいたからだ。メールはちゃんと伝わってるかなとか、うまく代理の人と打ち合わせはできたかなとか、俺のことで気に病んでないかなとか……仕事以外はそんなことばっかり考えて、ずっと上の空だった。
結局気持ちは晴れないまま、俺は駅のホームへ降りる。ああ、戻ってきちゃったな。これから吉乃さんと顔を合わせるのが、気まずい。でも……ちゃんと謝らないと。そうしないと今後の仕事に支障が出るし、会社にも、吉乃さんにも、俺のせいで不利益が生じてしまう。そんなのはダメだ。絶対に、ダメ。
まだ後ろめたくて。辛くて。悲しくて。申し訳なくて。なにより……とてもとても怖い、けど。でも。晦吉乃さんの担当として、俺が行ってしまったことへの責任は……ちゃんと、取らなくちゃ。
「東雲さぁん!!!」
「えっ。あっ。……真野くん!?」
とにかく一度吉乃さんに連絡を取ろう。そう考えて改札を抜けると、途端に大声。何事かと思ってそっちを見れば、半泣きで俺の元へ近づいてくるのは──真野くんだ!一体、どうしたんだろう?まさか、トラブル!?この前も打ち合わせで喋り倒して、一時間くらい予定が押して大変なことになってたけど、またなにかやらかしちゃった!?!?
「東雲さんっ。しののめさぁん!」
「えっ何、どうしたのっ?わざわざ迎えに来てくれたの!?」
「俺……俺ッ!ずっと東雲さんに謝らなきゃと思っててぇ……!マジ、マジすんません……っ!!」
「やっ、ちょ……っ。とりあえず、ちょっと、落ち着こっか……!?」
俺に抱きついて、わんわんと声を上げる真野くん。出迎えは嬉しいけど、流石にこの場所じゃ目立ちすぎる。俺は完全に泣き出してしまった真野くんをどうどうと宥めると、構内のカフェへ連れてゆく。
「──成程。スミさんとの件、真野くんも気にしてたんだ」
「もぉ、ほんとっ、すんません……っ!!」
カフェに入ると、すぐにまた頭を下げられた。「橘さんと居たときのこと、申し訳なかったっす!」って、大声で。スティックシュガー八本分をようやくキャラメルマキアートに全部入れ終えた俺は、頷きながらスプーンを回す。そっか。真野くんも俺のこと、気遣ってくれてたんだな。
「いや、そりゃ、気にしますよっ!俺が言ったことで明らかにショック受けて目の前から逃げられるとか、マジトラウマっすもん……」
「あはは。そんなのうまくフォローすればいいだけなんだから、別に真野くんが気にしなくても良いのに」
「だからっ、俺と東雲さんとじゃ経験値がハナから違うんすよッ!……大丈夫かなって思ってる内に東雲さん出張行っちゃうし、まゆ……っと、彼氏にも『ミスは迅速なフォローが肝要でしょう、二週間も何をやっていたんですか!?』って怒鳴られるしで……。俺、またやっちまったなぁって……」
「うーん。まぁ、やらかしたのは事実だけど」
「事実じゃないっすかぁ!!」
しょぼん、とした態度から一転、また声を張り上げる真野くん。確かにあのときのことだけを挙げるなら、原因は真野くんだ。でも……。
「でも、根本の原因は俺だしさ。結局俺がこれまで頓着なく好きに遊んでたのが原因だから。真野くんの言葉はただのきっかけに過ぎなくて……いつかはああやって、どこかで衝突してたと思う」
「そう……なんすか?」
そう、結局、元を辿れば全部俺だ。俺の今までの行動が、あの状況を招いた。俺自身が、吉乃さんを傷つけてしまったんだ。
俺の言葉に、真野くんは不安げにこっちを見る。そこにはどこか安心したような雰囲気も滲んでいて、現金だな、と俺はすこし可笑しくなってしまう。真野くんはすぐに感情が表情に出る。いろいろ抜けてて要領も悪いし、すぐ調子にも乗って、お世辞にも優秀だとは言えない子だ。でもそのやたら人間臭い所が可愛くて、なんだか、ほっとけない。それに好きなものへの情熱は凄いし、スケベなことに関しては、俺以上に詳しいしね。
まぁそんな評価は別にして、どんなきっかけだったにせよ、真野くんを責めることはできないし、したくない。吉乃さんを一番苦しめてしまったのは、俺が告白して……そのまま逃げたせい、なんだから。
「うん。吉乃さん……あ、俺と一緒に居た人なんだけど。俺、あの人のこと好きになっちゃってさ。それで真野くんと別れた後、告白したんだ。でも、玉砕しちゃって……だから元の関係に戻りましょうって言いたかったんだけど、どうしても言えなくて。俺、そのまま逃げ出しちゃったんだ。だから、俺のしたことのほうが、真野くんよりよっぽど酷いんだよ」
「はっ?す、好き?……え!?あの人、セフレさんじゃなかったんすか!?」
「いや、まぁ、セフレではあったんだけど。吉乃さんと関係持ってからは、吉乃さんとしかシてなくて……いつの間にか、本気で好きになっちゃってたんだ」
「なっ。えっ。ちょっ……」
俺の説明に、みるみる青ざめる真野くん。流石にこの内容は寝耳に水かな。でも、事実を話さないと先の内容も話しにくいし、関係者の真野くんにそこを隠しているのも不誠実だろう。だから、とあのときの経緯をかいつまんで説明すると、がたん、と椅子から真野くんは立ち上がる。さっきよりもよっぽど切羽詰まった雰囲気だ。
「い、言ってくださいよぉっ!それッ、ガチで俺のせいだ!ダメっすよッ!!」
「えっ?」
「それはっ、だ、ダメっす!完全にその、それはっ、良くねぇわッ!!」
「え、ちょ、真野くん?」
「いやっ、俺はっ、彼氏にっ、ちゃんと好きって言えなくて……っ、それで、彼氏に、ヤバい勘違いさせてた、から……ッ。だから誰かがそういう思いするの、もう、ヤなんすよ!」
「あ、うわ!?」
「っ、行きましょう!その、吉乃さんのトコ!ちゃんともっかい話してッ、誤解、ときましょう!ここ、俺が払いますから!」
「えっいや、俺っ、それこそ今から吉乃さんに謝りに行こうと思ってたんだけど……っ、ていうか千円じゃ足りない足りない……っ!」
ものすごい勢いで叫んで、俺を喫茶店から連れ出す真野くん。俺は真野くんが置いた千円を掴んで、慌てて電子マネーで支払いをしてからその後を追う。なんだか絶妙に先走ってるみたいだけど、真野くんが本気で俺のことを心配してくれているのは伝わってくる。やっぱり真野くんも責任を感じてるのかな。このまま黙って後をついていったほうがいい?でも真野くん、吉乃さんの連絡先知らないよね?一体どうやって吉乃さんに会いに行くんだろ……?
構内から外に出ようと走る真野くんを見つめながら妙に冷静になる頭であれこれ考えるけど、そこでぶるりと、胸元でスマホが震えた。……電話だ。俺は真野くんに声を掛けて、駅の出口前で立ち止まる。
「! ごめん真野くん、ちょっと電話!」
「え!?でんわ!?」
「そう、だから、ちょっと待って!」
俺の呼び掛けに、真野くんも振り返る。変わらず慌てた様子は焦っているのが丸わかりだ。もしかしたら駅に出てからのことは、ノープランだったのかも……。なんとなく働く勘に、俺はすぐに電話へ出る。番号は未登録の知らない番号。ああもうっ、こんなときに、一体誰──。
「……えッ!?ひっ……緋鷹さんッ!?」
***
「初めまして♡私は鳳緋鷹。真澄の伴侶候補です♡」
「真澄……え、橘さんの!?あんたが……ッ。いやいやっ、あなたが噂のド金持ちセレブさん!?た、確かに見てるだけで溢れる大物オーラ……っ!」
「は~い、ド金持ちセレブさんです♡真澄、私のこと他の人にも話してくれてるんだねぇ。嬉しいな~♡」
「あっ……お、俺っ、少し前にtaQtaへ異動してきた真野拓斗ですっ!よ、よろしくお願いしますっ!」
「うんうん、私も君のことは悟から聞いてるよ。全然お仕事できないんだってね~♡」
「えぇ!?ちょ、東雲さんッ!?ひでぇ~~~!!」
「……な、なんでこんなことに……。」
にこやかに……いや、俺を非難するように見つめる真野くんと名刺交換をする緋鷹さんに、俺は頭を抱える。電話を切ってからものの五分。颯爽と真紅のストールを靡かせた緋鷹さんは、いつものように悠々と無邪気なまま、俺の前へ現れた。毎度のセレブオーラに真野くんも大興奮。気づけばこんな事態に陥っている。
「そ、それで緋鷹さん。どうしてここへ……」
「真澄から話を聞いたんだ。晦くんと偶然会って、話をしたって。そこで、悟の話をしていたらしいんだよ」
「えっ、そうなんすか!?」
「よ、吉乃さんが?スミさんと……っ?」
吉乃さんが……スミさんと。
一体、どうしてそうなったんだろう。あのときみたいな偶然が、まさかまたあるなんて。もしかして吉乃さんかスミさんが、会社まで行ったりしたのかな。お互い、責任感が強い人だから……そこで鉢合っちゃったのかもしれない。
「そうだよ♡晦くんは悟にとって大切な人なんだろう?それなら私も一肌脱がなくちゃって思ってね。こうやって悟を迎えに来たってわけさ」
「む、迎え?どこに?」
「それはもう♡君達もよーく知ってる所だよ♡」
「よーく、知ってる所……」
「さぁさ、早く乗って♡折角だし、真野くんも一緒にどうぞ~♡」
「えっ、いいんすか!?あ、ありがとうございます……!」
「あ、あっ。わ……っ!」
緋鷹さんに肩を抱かれて、外に停めてあった高級外車に促される。中には運転手さんが居て、視線を向けると、そっとちいさく会釈をされた。
「胡白、待たせてごめんね。出していいよ」
「……まったく。こういう無茶、鷺紺様は黙っていませんからね」
「分かってる分かってる。それじゃ、よろしくお願いします。」
「畏まりました。」
顔見知りのような二人の短いやり取りで、すぐに車は出発する。広い車内はリムジンみたいにシートが向かい合う造りになっていて、俺と真野くんが隣同士、向かいに緋鷹さんが座る形になった。流れる景色は見慣れた東京の街並み。でも、俺の気持ちは定まらない。もちろん、吉乃さんと話し合うことは俺自身がそうしようと思っていたことだけれど、いざ、強制的にその場に連れられることになったら、どうしたらいいのかと思ってしまう。またあのときみたいに、不用意なことを口走ってしまったら。その言葉で、吉乃さんを傷つけてしまったら……。
「悟?……大丈夫かい?」
外をぼんやりと見つめてあれこれと考えてしまう俺に、緋鷹さんが声を掛けてくれる。下がった眉は真野くんと同じように、俺を本心から心配してくれているとわかる表情だ。なんだか申し訳ない。皆、わざわざ、俺のためにここまでしてくれるなんて。
「あ……っ。は、はい。ええと……すみません。俺のために、こんな……」
「いいのいいの♡だって、親しい人と誤解したままなんて淋しいじゃない」
「そ、そうっすよね!東雲さんっ、いつもと違って全然元気ないしっ。本人と話せるなら、ちゃんと話したほうが良いっすよっ」
「うんうん。どんな関係になるにせよ、お互いにきちんと自分の気持ちを伝えないとしこりが残ってしまうからね。それはきっと晦くんも分かっていることだと思うよ。なにせ、真澄と話せたんだから♡」
「それは……」
そう……なのかな。そう……なのかも、しれない。
スミさんはとても純粋で誠実な人だ。弱々しくて押しに弱い所はあるけど、芯はすごくしっかりしていて、揺らがない信念を持っている。弱いように見えて強い。そういう人が、吉乃さんは弱点だ。確かにそんなスミさんの言葉なら。吉乃さんにも……なにか感じられるものが……あるの、かな。
「自分が本気で思ってること、相手に伝えるのは、怖いっすけどね。恥ずいけど、やっぱ……言おうとするとビビっちまうし」
「真野くん……。うん。そうだね。……怖い、よね」
「でも……でもホントの気持ちなんて、やっぱ言わねぇと、分かんねぇから。分かんないまま勝手に悪いほうに考えて、勝手に相手のこと嫌になって、遠ざけて……俺が、そうだったから。それ、後悔してるから……。そういう気持ちを、どうにかするには……ちゃんと、向き合うしか、ないんすよね」
「……そっか。そう、だよね……」
肌で感じる言葉の説得力は、真野くんが実際に何度も、悔やんだことだからだろう。誰だって本心を伝えるのは怖い。怖いし脅える。そこで勇気をふり絞るのは、とてもとても大変なことだ。怖くて、怖くて。でも……。
「……はい。俺はずっと、弱虫で、ダサくて、いじけて、ばっかで……。まゆに、ずっと迷惑かけて。それでも、ずっと、あいつは俺のこと、見ててくれたから。見捨てないでくれたから。だから。ちゃんと勇気出して、向き合えて。ホントに良かったって、思ってます。」
でも、照れ臭そうに微笑む真野くんを見て、俺の心はまた「いいなぁ」と羨望を描く。それは自分の恋とその痛みに向き合った人への羨望。そして賞賛だ。真野くんは俺が今まで経験してきたよりもずっと怖い感情に対峙して、その想いを成就させた。その勇気や努力の結果が、この笑顔なんだろう。『まゆ』。それは真野くんの彼氏さんの名前だ。真野くんだけが呼べる、特別な、大切な名前。
……いいなぁ。俺も。願わくば。君みたいに……。
「そうだね、怖いけど……でも、私も、真澄も、悟を応援しているから。お互いに、後悔だけはしないようにね。どんな結論を出すにせよ、ちゃんとお互いの気持ちを話し合って。」
「俺もっすよ!応援、してます!東雲さんには、マジっ、世話になってますから……っ!」
「うん。うん。……ありがとう。本当に……ありがとうございます、二人とも。」
社会人になって初めての長期出張はトントン拍子に終わって、俺は満足な成果を得て帰ってきた。自分へのご褒美に帰りはグリーン車に乗って、ちょっと高めの駅弁なんかも嗜んだりして。でも上々な結果も、ふかふかで快適な座席も、美味しい駅弁も、俺を慰めてはくれなかった。頭の中にはずっと吉乃さんのことがちらついて、離れずにいたからだ。メールはちゃんと伝わってるかなとか、うまく代理の人と打ち合わせはできたかなとか、俺のことで気に病んでないかなとか……仕事以外はそんなことばっかり考えて、ずっと上の空だった。
結局気持ちは晴れないまま、俺は駅のホームへ降りる。ああ、戻ってきちゃったな。これから吉乃さんと顔を合わせるのが、気まずい。でも……ちゃんと謝らないと。そうしないと今後の仕事に支障が出るし、会社にも、吉乃さんにも、俺のせいで不利益が生じてしまう。そんなのはダメだ。絶対に、ダメ。
まだ後ろめたくて。辛くて。悲しくて。申し訳なくて。なにより……とてもとても怖い、けど。でも。晦吉乃さんの担当として、俺が行ってしまったことへの責任は……ちゃんと、取らなくちゃ。
「東雲さぁん!!!」
「えっ。あっ。……真野くん!?」
とにかく一度吉乃さんに連絡を取ろう。そう考えて改札を抜けると、途端に大声。何事かと思ってそっちを見れば、半泣きで俺の元へ近づいてくるのは──真野くんだ!一体、どうしたんだろう?まさか、トラブル!?この前も打ち合わせで喋り倒して、一時間くらい予定が押して大変なことになってたけど、またなにかやらかしちゃった!?!?
「東雲さんっ。しののめさぁん!」
「えっ何、どうしたのっ?わざわざ迎えに来てくれたの!?」
「俺……俺ッ!ずっと東雲さんに謝らなきゃと思っててぇ……!マジ、マジすんません……っ!!」
「やっ、ちょ……っ。とりあえず、ちょっと、落ち着こっか……!?」
俺に抱きついて、わんわんと声を上げる真野くん。出迎えは嬉しいけど、流石にこの場所じゃ目立ちすぎる。俺は完全に泣き出してしまった真野くんをどうどうと宥めると、構内のカフェへ連れてゆく。
「──成程。スミさんとの件、真野くんも気にしてたんだ」
「もぉ、ほんとっ、すんません……っ!!」
カフェに入ると、すぐにまた頭を下げられた。「橘さんと居たときのこと、申し訳なかったっす!」って、大声で。スティックシュガー八本分をようやくキャラメルマキアートに全部入れ終えた俺は、頷きながらスプーンを回す。そっか。真野くんも俺のこと、気遣ってくれてたんだな。
「いや、そりゃ、気にしますよっ!俺が言ったことで明らかにショック受けて目の前から逃げられるとか、マジトラウマっすもん……」
「あはは。そんなのうまくフォローすればいいだけなんだから、別に真野くんが気にしなくても良いのに」
「だからっ、俺と東雲さんとじゃ経験値がハナから違うんすよッ!……大丈夫かなって思ってる内に東雲さん出張行っちゃうし、まゆ……っと、彼氏にも『ミスは迅速なフォローが肝要でしょう、二週間も何をやっていたんですか!?』って怒鳴られるしで……。俺、またやっちまったなぁって……」
「うーん。まぁ、やらかしたのは事実だけど」
「事実じゃないっすかぁ!!」
しょぼん、とした態度から一転、また声を張り上げる真野くん。確かにあのときのことだけを挙げるなら、原因は真野くんだ。でも……。
「でも、根本の原因は俺だしさ。結局俺がこれまで頓着なく好きに遊んでたのが原因だから。真野くんの言葉はただのきっかけに過ぎなくて……いつかはああやって、どこかで衝突してたと思う」
「そう……なんすか?」
そう、結局、元を辿れば全部俺だ。俺の今までの行動が、あの状況を招いた。俺自身が、吉乃さんを傷つけてしまったんだ。
俺の言葉に、真野くんは不安げにこっちを見る。そこにはどこか安心したような雰囲気も滲んでいて、現金だな、と俺はすこし可笑しくなってしまう。真野くんはすぐに感情が表情に出る。いろいろ抜けてて要領も悪いし、すぐ調子にも乗って、お世辞にも優秀だとは言えない子だ。でもそのやたら人間臭い所が可愛くて、なんだか、ほっとけない。それに好きなものへの情熱は凄いし、スケベなことに関しては、俺以上に詳しいしね。
まぁそんな評価は別にして、どんなきっかけだったにせよ、真野くんを責めることはできないし、したくない。吉乃さんを一番苦しめてしまったのは、俺が告白して……そのまま逃げたせい、なんだから。
「うん。吉乃さん……あ、俺と一緒に居た人なんだけど。俺、あの人のこと好きになっちゃってさ。それで真野くんと別れた後、告白したんだ。でも、玉砕しちゃって……だから元の関係に戻りましょうって言いたかったんだけど、どうしても言えなくて。俺、そのまま逃げ出しちゃったんだ。だから、俺のしたことのほうが、真野くんよりよっぽど酷いんだよ」
「はっ?す、好き?……え!?あの人、セフレさんじゃなかったんすか!?」
「いや、まぁ、セフレではあったんだけど。吉乃さんと関係持ってからは、吉乃さんとしかシてなくて……いつの間にか、本気で好きになっちゃってたんだ」
「なっ。えっ。ちょっ……」
俺の説明に、みるみる青ざめる真野くん。流石にこの内容は寝耳に水かな。でも、事実を話さないと先の内容も話しにくいし、関係者の真野くんにそこを隠しているのも不誠実だろう。だから、とあのときの経緯をかいつまんで説明すると、がたん、と椅子から真野くんは立ち上がる。さっきよりもよっぽど切羽詰まった雰囲気だ。
「い、言ってくださいよぉっ!それッ、ガチで俺のせいだ!ダメっすよッ!!」
「えっ?」
「それはっ、だ、ダメっす!完全にその、それはっ、良くねぇわッ!!」
「え、ちょ、真野くん?」
「いやっ、俺はっ、彼氏にっ、ちゃんと好きって言えなくて……っ、それで、彼氏に、ヤバい勘違いさせてた、から……ッ。だから誰かがそういう思いするの、もう、ヤなんすよ!」
「あ、うわ!?」
「っ、行きましょう!その、吉乃さんのトコ!ちゃんともっかい話してッ、誤解、ときましょう!ここ、俺が払いますから!」
「えっいや、俺っ、それこそ今から吉乃さんに謝りに行こうと思ってたんだけど……っ、ていうか千円じゃ足りない足りない……っ!」
ものすごい勢いで叫んで、俺を喫茶店から連れ出す真野くん。俺は真野くんが置いた千円を掴んで、慌てて電子マネーで支払いをしてからその後を追う。なんだか絶妙に先走ってるみたいだけど、真野くんが本気で俺のことを心配してくれているのは伝わってくる。やっぱり真野くんも責任を感じてるのかな。このまま黙って後をついていったほうがいい?でも真野くん、吉乃さんの連絡先知らないよね?一体どうやって吉乃さんに会いに行くんだろ……?
構内から外に出ようと走る真野くんを見つめながら妙に冷静になる頭であれこれ考えるけど、そこでぶるりと、胸元でスマホが震えた。……電話だ。俺は真野くんに声を掛けて、駅の出口前で立ち止まる。
「! ごめん真野くん、ちょっと電話!」
「え!?でんわ!?」
「そう、だから、ちょっと待って!」
俺の呼び掛けに、真野くんも振り返る。変わらず慌てた様子は焦っているのが丸わかりだ。もしかしたら駅に出てからのことは、ノープランだったのかも……。なんとなく働く勘に、俺はすぐに電話へ出る。番号は未登録の知らない番号。ああもうっ、こんなときに、一体誰──。
「……えッ!?ひっ……緋鷹さんッ!?」
***
「初めまして♡私は鳳緋鷹。真澄の伴侶候補です♡」
「真澄……え、橘さんの!?あんたが……ッ。いやいやっ、あなたが噂のド金持ちセレブさん!?た、確かに見てるだけで溢れる大物オーラ……っ!」
「は~い、ド金持ちセレブさんです♡真澄、私のこと他の人にも話してくれてるんだねぇ。嬉しいな~♡」
「あっ……お、俺っ、少し前にtaQtaへ異動してきた真野拓斗ですっ!よ、よろしくお願いしますっ!」
「うんうん、私も君のことは悟から聞いてるよ。全然お仕事できないんだってね~♡」
「えぇ!?ちょ、東雲さんッ!?ひでぇ~~~!!」
「……な、なんでこんなことに……。」
にこやかに……いや、俺を非難するように見つめる真野くんと名刺交換をする緋鷹さんに、俺は頭を抱える。電話を切ってからものの五分。颯爽と真紅のストールを靡かせた緋鷹さんは、いつものように悠々と無邪気なまま、俺の前へ現れた。毎度のセレブオーラに真野くんも大興奮。気づけばこんな事態に陥っている。
「そ、それで緋鷹さん。どうしてここへ……」
「真澄から話を聞いたんだ。晦くんと偶然会って、話をしたって。そこで、悟の話をしていたらしいんだよ」
「えっ、そうなんすか!?」
「よ、吉乃さんが?スミさんと……っ?」
吉乃さんが……スミさんと。
一体、どうしてそうなったんだろう。あのときみたいな偶然が、まさかまたあるなんて。もしかして吉乃さんかスミさんが、会社まで行ったりしたのかな。お互い、責任感が強い人だから……そこで鉢合っちゃったのかもしれない。
「そうだよ♡晦くんは悟にとって大切な人なんだろう?それなら私も一肌脱がなくちゃって思ってね。こうやって悟を迎えに来たってわけさ」
「む、迎え?どこに?」
「それはもう♡君達もよーく知ってる所だよ♡」
「よーく、知ってる所……」
「さぁさ、早く乗って♡折角だし、真野くんも一緒にどうぞ~♡」
「えっ、いいんすか!?あ、ありがとうございます……!」
「あ、あっ。わ……っ!」
緋鷹さんに肩を抱かれて、外に停めてあった高級外車に促される。中には運転手さんが居て、視線を向けると、そっとちいさく会釈をされた。
「胡白、待たせてごめんね。出していいよ」
「……まったく。こういう無茶、鷺紺様は黙っていませんからね」
「分かってる分かってる。それじゃ、よろしくお願いします。」
「畏まりました。」
顔見知りのような二人の短いやり取りで、すぐに車は出発する。広い車内はリムジンみたいにシートが向かい合う造りになっていて、俺と真野くんが隣同士、向かいに緋鷹さんが座る形になった。流れる景色は見慣れた東京の街並み。でも、俺の気持ちは定まらない。もちろん、吉乃さんと話し合うことは俺自身がそうしようと思っていたことだけれど、いざ、強制的にその場に連れられることになったら、どうしたらいいのかと思ってしまう。またあのときみたいに、不用意なことを口走ってしまったら。その言葉で、吉乃さんを傷つけてしまったら……。
「悟?……大丈夫かい?」
外をぼんやりと見つめてあれこれと考えてしまう俺に、緋鷹さんが声を掛けてくれる。下がった眉は真野くんと同じように、俺を本心から心配してくれているとわかる表情だ。なんだか申し訳ない。皆、わざわざ、俺のためにここまでしてくれるなんて。
「あ……っ。は、はい。ええと……すみません。俺のために、こんな……」
「いいのいいの♡だって、親しい人と誤解したままなんて淋しいじゃない」
「そ、そうっすよね!東雲さんっ、いつもと違って全然元気ないしっ。本人と話せるなら、ちゃんと話したほうが良いっすよっ」
「うんうん。どんな関係になるにせよ、お互いにきちんと自分の気持ちを伝えないとしこりが残ってしまうからね。それはきっと晦くんも分かっていることだと思うよ。なにせ、真澄と話せたんだから♡」
「それは……」
そう……なのかな。そう……なのかも、しれない。
スミさんはとても純粋で誠実な人だ。弱々しくて押しに弱い所はあるけど、芯はすごくしっかりしていて、揺らがない信念を持っている。弱いように見えて強い。そういう人が、吉乃さんは弱点だ。確かにそんなスミさんの言葉なら。吉乃さんにも……なにか感じられるものが……あるの、かな。
「自分が本気で思ってること、相手に伝えるのは、怖いっすけどね。恥ずいけど、やっぱ……言おうとするとビビっちまうし」
「真野くん……。うん。そうだね。……怖い、よね」
「でも……でもホントの気持ちなんて、やっぱ言わねぇと、分かんねぇから。分かんないまま勝手に悪いほうに考えて、勝手に相手のこと嫌になって、遠ざけて……俺が、そうだったから。それ、後悔してるから……。そういう気持ちを、どうにかするには……ちゃんと、向き合うしか、ないんすよね」
「……そっか。そう、だよね……」
肌で感じる言葉の説得力は、真野くんが実際に何度も、悔やんだことだからだろう。誰だって本心を伝えるのは怖い。怖いし脅える。そこで勇気をふり絞るのは、とてもとても大変なことだ。怖くて、怖くて。でも……。
「……はい。俺はずっと、弱虫で、ダサくて、いじけて、ばっかで……。まゆに、ずっと迷惑かけて。それでも、ずっと、あいつは俺のこと、見ててくれたから。見捨てないでくれたから。だから。ちゃんと勇気出して、向き合えて。ホントに良かったって、思ってます。」
でも、照れ臭そうに微笑む真野くんを見て、俺の心はまた「いいなぁ」と羨望を描く。それは自分の恋とその痛みに向き合った人への羨望。そして賞賛だ。真野くんは俺が今まで経験してきたよりもずっと怖い感情に対峙して、その想いを成就させた。その勇気や努力の結果が、この笑顔なんだろう。『まゆ』。それは真野くんの彼氏さんの名前だ。真野くんだけが呼べる、特別な、大切な名前。
……いいなぁ。俺も。願わくば。君みたいに……。
「そうだね、怖いけど……でも、私も、真澄も、悟を応援しているから。お互いに、後悔だけはしないようにね。どんな結論を出すにせよ、ちゃんとお互いの気持ちを話し合って。」
「俺もっすよ!応援、してます!東雲さんには、マジっ、世話になってますから……っ!」
「うん。うん。……ありがとう。本当に……ありがとうございます、二人とも。」
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飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
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彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
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