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10話《俺が選ぶのは、こいつです。》

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「こんにちはぁ゙~、来訪者くん。また来たのぉ゙……?」
「来ましたよ~!おほ♡今日もノアきゅん陰湿根暗全開だねッ♡かわい♡ちゅき♡♡♡」
「キッモぉ゙~……ッ。用事があんなら、とっとと行ってぇ゙~……」
「おっおっ、まぁまぁ、話聞けって。ウンディーネ、居る?」
「おん゙……?あぁ゙、ウンディーネくんなら、奥に居るよぉ゙~……。ハァァ゙~~……ッ。」

 完全なる不快顔のクソデカタメ息で俺を出迎えたのは──ノア。
 この蔵書舎を管理してるNPCキャラだ。蔵書舎はエン‥エレ内での用語やキャラ、世界観なんかのデータを閲覧できたり、エターニアに関する本を読んだりできる施設で、このノアが司書って設定になっている。
 ノアはマナ先生と対照的?にギザギザっ歯のデザインだ。上から下まで真っ黒の服を着て、いっつも帆立のぬいぐるみ……帆立ぬいを持ってて、暇さえありゃギザっ歯でその帆立ぬいをガジガジと齧っている。
 口の悪い連中が多くも基本的に善性で構成されてるキャラがほとんどのエターニアだが、ノアはその中でも随一の悪意バリバリ根暗キャラだ。しかしある意味「ヘキ」がド詰まりしてる感じで俺はこいつが結構好きだったりする。こいつ根暗だけど、基本的に図々しいのがイイんだよな。フィクションなら、こんくらい大げさに行き過ぎのキャラのほうが小気味いい。
 ウザったそうに俺を一瞥してビシッと奥を指差すノアに、さんきゅ~と告げて俺は奥へ向かう。
 テコテコ歩いて、思うのは……はじめのこと。
 エターニアに来てからはいろんなことに夢中になったり不安になったりアレコレ忙しいけど、ちゃんとあいつのことだって考えてる。特にさっき、シルフと話したから余計だ。
 シルフははじめが最初にクリアしたキャラだ。莫大な包容力にグッと来たらしく、今でもエーテルーフの次に好きなキャラらしい。包容力なんて俺には全然ねぇな、とその時なんとなく思ったことはまだ記憶に新しい。なんとなく、それを感じてモヤっとしたのも。
 はじめは優しい。優しすぎて、自分のことをいつも後回しにする。あいつが自分の世話できねぇのも、自分自身に構おうって気がないからだって俺は思ってる。
 だから今も、あいつは自分のことそっちのけで、俺を心配してんのかもしれない。俺のこと探し回ったりしてるかな?それとも案外、まだぐーすか寝てるかな?あいつも、なんか変なとこで図太いしな。でも、起きて俺が居なかったら……またピーピー泣いちまうのかな。さみしがりで、こわがりな、子供みたいに……。

「──おっ」
「……おや、リョウ様。サラマンダーの所に行ったものかと思っていましたよ」

 頭にワンワン泣いているはじめを想像すれば、足音で気づいたのか奥のテーブルで本を読んでいたウンディーネが声を掛けてきた。うーむ……。こいつにサラマンダー様のことを言われるとやっぱやらしさも憎らしさ100倍だッ!!!

「かーっ、嫌味だな~陰険メガネっ!そんな敵意剥き出しにしなくたっていいじゃんよっ」
「剥き出しになんてしていませんよ。貴方こそわざわざ「陰険メガネ」などと彼と同じ呼び方をしなくてもいいと思いますが?」
「だってぇ!それは、お前がサラマンダー様とイチャイチャしてっからじゃん!?!?」
「……。……イチャイチャ、ですか」
「……んっ???」

 しかし、俺が吠えればウンディーネは退く。やっけに落ち込んだ顔をして、開いていた本をパタリと畳む。普段なら丁寧に栞を挟んで本を閉じそうな、几帳面なその男は。今日、今、その日……やけに態度が粗雑で、ぞんざいだった。

「な……なに?どったの?具合、悪いんけ?」

 その行動に、はじめにも感じていた「自分どうでもいい感」を嗅ぎ取った俺は、そそくさとウンディーネの隣の席へ腰掛ける。ウンディーネは冷たくてツンツンで厳しいやつであるが、その実おっそろしく真面目で誠実な男だ。だがその分自分への責任感もハンパなく、賢者という己の立場を最優先することが多々ある。そう……「ウンディーネ」個人の感情を無視してでも、だ。
 今回もそんな臭いを感じ取った俺は、ベタァと机にへばりついて、下から覗き込むようにウンディーネを見上げる。その無理矢理の上目遣いにギョッと顔を強張らせて、ウンディーネはすぐに俺から視線を逸らした。

「な、何でもありません。なんですか突然、心配するような真似をして……」
「えぇ?だってよぉ、文句言うにも、相手が元気ねぇと言い甲斐がねぇっつか」
「何ですか、その理由は……つまり私に文句を言いたいだけですか?」
「いや、まぁ、それもあっけど。ここへ来たのは、シルフに言われて……、……。」

 ムチャのクチャにあきれた顔をするウンディーネ。その慣れっこ辟易フェイスに安心するのも事実だが、机にへばりついたせいか、ウンディーネが読んでいた本の背表紙がふと目に入った。
 そのタイトルは──。

「……──〈賢者と異変の関係性について〉」
「!」

 俺がそれを読み上げると、今度は全身を強張らせて、ウンディーネは本を胸へ抱え込む。それを見てすぐさま俺はピンと来た。シルフが言っていたのは……つまり……このことだったのだとッ!

「オッ。なんだよッ。ウンディーネッ!その本!なんかマズいのかぁ!?」
「ちょっ、リョウ様、なにを……ッ、うわ!」
「どおりゃッ!!」

 俺はウンディーネに襲いかかり、その胸に抱えた本を勢いよく奪い取る。タッパはあるが体力がねぇ文系代表のウンディーネ相手なら、こんな強行が俺でも可能。奪い取った本をすぐに開き、すばやく目を走らせる。

「なになにィ~~~!?賢者の接触に於ける、「異変」との関係性だってぇ~~~~!?!?」

 その本は──正にシルフが言っていた「賢者同士の接触」に関する蔵書。俺にも読んでみろと勧められたモノに違いない。

「んだお前!?なんでこんなの読んでんだ!?」
「い、異変の原因を探るためですよ。私は水の賢者。元素の乱れを治めるためには、どんな理由も考慮しなければなりませんから」
「ほほぉ~……ッ?」

 確かに尤もらしい理由ではある。賢者として理由を探る──当然辻褄は合うだろう。
 だが、怪しい。とんでもなく怪しい。なぜなら明らかに動揺した様子をウンディーネは見せている。この文献にこいつの秘密が隠されていることは間違いないだろう……!

「わざとらしく怪しまないで下さい、きちんと他の文献も参考にしていましたよ!ほら、御覧なさい!」
「んおっ」

 しかしそんな俺の疑念はウンディーネも当然お見通しだったのか、横に積んでいた本をドサドサと俺の前に置き始める。なになに!?〈環境と元素の関係〉、〈元素の不調和原因〉、〈エーテルと元素〉──。

「!? エーテルっ!?!?」

 その一番上に置かれた本を、俺は咄嗟に手を取った。それは正に……俺自身が疑問に思っていた内容、そのまんまだったからだ。まさか……エターニアにそういう本があるなんて!?
 さっきまで手にしていた本を放り投げて(※誇張表現です。ちゃんと机に置きました。)バサバサページを捲り始める俺を見て、窺うような視線をウンディーネは向ける。

「……貴方も、エーテルが気になるのですか?」
「えッ!?俺ッ!?」
「……。ええ。ノームが言っていましたから。リョウ様はエーテルの管理方法に酷く驚いていた、と」
「なッ。」
「……。実は私も、エーテルに関しては違和感というか……不審な点があるのです。勿論、これはただの私の推測で……正確な内容ではないのですが……」
「なぁッ……!?」

 な、なんだと!?ウンディーネも……エーテルに違和感、だってェ!?
 なんだかとんでもねぇ話になっちまった。まさか、またここでエーテルの話に戻るとは。しかもウンディーネも……ここに居る賢者もエーテルに疑問を持ってるっつうのは、俺にとってはものすごく重要な情報だ。

「い……違和感て?具体的には……どういう?」
「エーテルはこの大地に根付く四大元素を安定させる、とても貴重な媒介であり秘器です。元素は通常とても不安で、私達の管理下に於いても時にバランスが崩れることがありますから」
「あっ……それが、元素の乱れッ!」
「ええ。丁度今起きている現象ですね。それは『来訪者』様達の『祝福』の力、そしてエーテルの恵みによって抑えられてきました」
「うむ……」

 それっぽい返事をしているが、正直この国に関する歴史の細かいとこはうろ覚えだ。だがウンディーネが言うなら間違いではないだろう。ゲーム中に修練してる間もウンディーネは、大体こういう先生じみたエターニア豆知識を教えてくれる。まぁ、そもそもプログラムされた存在なんだから、間違いを言うはずもねぇんだけど。
 頷く俺に、そっとメガネを押し上げたウンディーネはまっすぐに俺を見る。澄んだ瞳で、まっすぐに俺を捉える。まるで『来訪者』で『記憶者』の俺を、見定めでもするように。

「しかし……あの秘器がどのようにこの国へ齎され、ああして安置されるようになったのか、誰も知らないのです。このようにエーテルと元素の関係を示した文献はあっても、エーテルそのものに触れた文献は何も残されていない。少し……不気味ではありませんか?」
「……。」

 『だれも、しらない』。
 いや……違う。
 誰も知らない、わけじゃない。

「リョウ様。貴方は『記憶者』だと伺いました。もしかしたら……何か、御存知なのではありませんか?」
「……。」

 ……ああそうだ。
 ウンディーネ、その通りだ。
 俺にはわかる。
 どうしてそんな貴重なエーテルが、この国にあったのか。そんな奇跡みたいなシロモノが、どうしてあんな場所に安置されていたのか。俺には、わかる。
 それは、そのエーテルを護っていたやつが居たからだ。たった独りで、独りきりで、その役割をきちんと全うしていたやつが居たからだ。
 俺にとっては欠けたままの世界。
 その存在を誰もが認知していない世界。
 それはエターニアであってエターニアじゃない。
 ……俺にとって楽しくも、切ない世界。

「それ……他の誰にも話してねぇ?」
「エーテルのことですか?はい、勿論。エーテルは今やこの国に無くてはならない宝ですからね。おいそれと不用意な内容は口に出せませんよ」
「……。」

 ……ああ、それなら。
 俺がこの世界で選ぶのは、こいつなのかもしれない。その予感に、俺もまっすぐにウンディーネを見つめ返す。自分にも他人にも厳しいメガネ。いつでも責任感に押し潰されそうなのを、必死で踏ん張って涼しい顔で誤魔化してるやつ。弱い自分が大嫌いで。必死に努力して藻掻いて。それをひとつも、他のやつには見せようとしねぇ男。
 俺は、そのひとつひとつを知っている。
 画面越しに。ゲーム越しに。
 それを、『来訪者』として。
 もう、見てきてんだから。

「ウンディーネ。俺の話を……聞いてくれるか」
「は?」
「いや、その、ガチな話だ。さっきのことはさっきのことで俺にとってはガチではあるが、なんつうか……これはその。エターニアにとって、めちゃくちゃ……ガチな話だ」
「……」

 ガチを連発する、この期に及んでの偏差値激低の発言だが(マジでスマン)、あくまで真剣な顔で、俺はウンディーネへと伝える。俺はその実真剣なんだと、確かに証明するように。俺の態度に少しだけウンディーネは意外そうに目を開いたが、すっくりと姿勢を正すと、身体全体を、静かに俺のほうへと向けた。

「……判りました。聞かせて下さい、リョウ様」
「……」

 俺を掬うその言葉、その姿勢に、俺はウンディーネの本質を視る。
 どんなに相手に冷たくて厳しくても、こいつは他者を見下すような真似は絶対にしない。簡単に相手やモノの評価を決めたりしない冷静さと慎重さが、こいつには確かに備わってる。
 それも俺が、こいつとのルートで知ったこと。
 それを俺が……蔑ろにしていい、ワケがない。

「おう!じゃあ……聞いてくれッ!」

 だからこそ俺も、きちんと身体をウンディーネに向けて、口を開く。
 俺の見てきた、俺なりの、「ほんとう」。
 エーテルーフが護ってきた──この世界の物語を、紡ぐために。

「この国の秘密。この世界を護ってた……この世界で一番、孤独なやつのことを。」


【TIPS】
・エーテルーフは祭壇内に封印されている間、一切誰とも関わりがなく独りきりでエーテルを護っていたとされている。実際には「システム」側の存在と接触があったため完全に独りというわけではなかったが、エターニアに於ける「キャラクター」とは最後までほとんど接点がないまま、物語は終わる。
・ノアは身長165cm。嫌いなものは他者とうるさい環境。齢22。
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