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47話《後日談・1》

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「よぉし!鍵!あるなッ!」
「うん!無事──クリア──しました!!!」
「さっすが俺のカレシ!!!で!!!どうだった!!!」
「いっぱい、泣きました……!!!!」
「よぉしッ!さっすが俺のカレシ!!!よーしよし!!よーしよしよし!!!」
「りょう、俺は、犬じゃないから……」
「すぐ引っ付いてきて、犬みたいなモンだろ!」
「だってせっかく恋人になったんだから、くっついてたいし……」
「ギャアァッ!あちこちナデナデすんなぁ!!!」

 俺がその頭をワシャワシャヨ~シヨシとしてるにも関わらず、ギュウッと抱きついてくる油断も隙もねぇはじめに、俺は顔を真っ赤にして怒鳴りつける。
 無事はじめがエン‥エレのトゥルーエンドをクリアして、無事俺達はお付き合いすることになって。そっからはじめはタガが外れたんじゃねぇかって勢いで俺にベタベタだ。もちろんまだまだ恋愛に耐性がない俺はいちいち大騒ぎ。でももう俺が暴れたとこではじめは退いてくれないし、むしろ気にせずグイグイ来る。

「ねぇ。ちゅーしていい……?」

 ほ、ほら!!!!
 こんな風にィ──……!!!!!

「ウッ……!い、今はそういう場面じゃないだろぉ……!?」
「俺はいつでもりょうに触りたいし、ちゅーしたいよ。ね。いいよね。するよ?」
「あ、あっ、あわっ。ん、んぅ……!」

 ……そして俺は為す術もなく、はじめから唇を押し付けられる。そもそも本気で逃げようって思ってないんだから、そりゃそうなるだろって結果になる。柔らかくて意外と厚いはじめの唇。もう何回も触れてきた、やらかくて熱いくちびる。それがもう俺も気持ちよくなってて。ずっと触れててもいいな、とか思うんだから……タチが悪ィ。

「ん、んぅ……ッ」
「ん……っ。ぷはっ!」
「あれ……まだ息、止めてるの?」
「しょ、しょーがねぇだろっ!キンチョーしてると息止めちまうんだよッ!」
「じゃあ……今度からは……舌、挿れよっか?」
「し、し、シタァ!!!」

 舌、舌、舌ってことは、ベロチュー……!!!!!
 さすがにそれは、と思うものの、話をしながら俺の身体をあちこち触ってくるはじめを見るに、それ以上もヤりたい、と思ってるのは明白だ。ううぅ……なんだよ、おとなしいふりしてカレシには肉食系なのかよぉ、はじめぇ……。。(うっ……それはそれで、かっこい///)

「べ……ベロチューはともかくっ!『開発室』見るんだろっ!今日はその約束だろッ!」
「あ、うん!そうだよね。それも大事!いちゃいちゃするのは、もっと暇なときにしようね♡」
「う、うぅ……♡ほ、ほらぁ、はやくッ!」
「はいはい」
「うひぃッ!!」

 サラマンダー様のマネするみたいに俺の額にチューをして、やっとこ俺から離れるはじめ。当然俺はそれだけで真っ赤ドテンパり状態なのに、はじめはナニ食わぬ顔をしてゲーム機の電源を入れる。く、くそぉ、ホントッ、なんでコイツこんな冷静なんだ!?
 い、いや……だが、遂に本題へたどり着いた。
 ムチャ今更だが俺達が集まったのは『開発室』を見るため。はじめのトゥルーエンド終了を祝して、やっと開放された『開発室』を一緒に拝見しようっちゅーワケである。

「えっと、『鍵』を持ってれば大丈夫なんだよね」
「おう、勝手にアイテムとして使用されるからな。つーか『開発室』出てたとき鍵使わなかったんか?」
「いや、もうそれこそいつの間にか勝手にしゃんちゃんと開発室が出てたから……ゲームも操作できない状態だったし、ゲームの中の『開発室』の挙動とか、ぜんぜんわかんなかったんだって」
「クッソ、ボイス付きしゃんちゃんとかヤンデレクソ重ノアとかなんでそういう美味しいモンを俺は見れなかったんだよぉ……!解せねぇぇ~……ッ!」

 はじめの話じゃエーテルーフのチカラで『開発室』が開放されてボイス有りのしゃんちゃんと話せたようだが、俺はそれを結局一度も見ねぇままトリップが終わった。
 しかもはじめの前で本性をブッ放したノアはそりゃもうドン引きするレベルの開発者&しゃんちゃん過激派っぷりだったらしく、どう考えても俺の好み。なのに……わりとノア推しだった俺がそれを結局一度も見ねぇままトリップが終わったってのは、マジで解せねぇトコロだよなァ……!?

「でも俺もノームくんとかマナ先生には会えなかったし……そこはまぁ、お互い様じゃない?俺もマナ先生に叱られたかった……」
「た、確かにマナ先生も包容の野郎だな……クソッ、お前、そんなにママみが好きなのかよ、はじめぇ……!」
「? 俺が好きなのはりょうだよ?」
「だああぁァァッ!!!!行け!はよ!開発室!行けェ!!!!」

 相変わらず真顔でアホ恥ずかしいことを言うはじめに、俺はビシッと画面を指差す。
 このまま会話を続けてたらいつまたなんどきこのクソ恥発言をブッ込まれるかわからねぇ。頭から湯気を出しながら指示すると、はじめはおとなしくコントローラーを握って、手早くエン‥エレを操作した。

「よいしょ。これで──えいっ!」

 軽やかな操作で、「『鍵』を使用しました。開発室を開放します」というメッセージが出てくる。そして画面が切り替わって──遂にはじめにとってはお初となる、開発室のお披露目だ。

「……うわぁ!すごい!前にみた画面とおんなじ!」
『コンニチハ!あーしちゃんは開発者さまが残した超有能AIちゃん!開発室の守護者にして開発者さまの代弁者、「開発しゃん」です!みなちゃまはお気軽に「しゃんちゃん」って呼んでねっ!』
「うわああぁ!すごいっ!最初のセリフも、おんなじっ!!」
「クッソ、コレをこのまま喋ってたのか……!下にテロップでCV出してくれぇ……!」

 興奮した様子のはじめだが、それは前に見た景色がガチでモノホンだったのを感動してる感じだ。しゃんちゃんはこのゲームで唯一の女(?)キャラ。しかも機械の身体だから声の具合が想像もつかねぇ。カワイイ系なのかオモシロ系なのか……!それだけでも教えてくれェ!

「でも、ここから先はわかんないから!どうすればいいっ?」
「とりあえずしゃんちゃんに話してみろよ!色々教えてくれるぜ」
「へぇ~……いろいろ?」
『ハジメちゃんのデータは達成率94%。あとちょっとで100%だよっ!EDの開放があと少し足りないみたい。頑張ってみてねっ><』
「おおお……!ちゃんとこの顔文字使ってる~!達成率も出るんだね、やさし~!でも達成率まだ足りてなかったんだ?ちゃんと全部埋めたと思ってたのに……」
「そこのPCで今までのデータ全部確認できんぜ。見てみろよ」
「あ、このパソコンにそんな役目が……!あのね、このパソコンでノアくんがいろいろ作業してたんだよ!」
「なにィ!?あ、アチィ……ッ!!」

 蔵書舎の地下にこのまんまの『開発室』があるってのははじめからちょろっと聞いてたが、まさかエターニアにこの部屋のまま存在してて、NPCが使ってるなんて想像もしてなかった。しかもそこが実質システム側だけのヒミツのお部屋ってのは……さすがに熱ちィ!ああ、俺も見たかった……ノアがこのオンボロPCでダカダカ作業してるトコぉ……。

「あっ、かなり最初のほうのバッドエンドが埋まってない……!え、これなに?選択肢はぜんぶ埋めたと思うんだけど……」
「あーこれ、寝っぱなしでなんもしないで終わるEDだわ。お前やった?」
「え!?寝っぱなし……!?そんなのあるのぉ!?」
「マナ先生のトコで休息できんだろ?あれを一年やり続けんだよ。そうすっとこのED見れるはず」
「ええぇ、そ、そんなサボりエンドがあるの……!し、知らなかった……」
「じゃあとっととやっちまえって。コレ終われば多分100%だろ?」
「う、うん!ボタン連打でいいよね?」
「おー。じゃあ俺茶でも淹れるてくるわ。菓子あった?ホットケーキでも焼く?」
「あ~!あのさ、ポンポンするポップコーンある!でもアレは時間あるとき一緒にやりたい!えとぉ……じゃあ……お茶だけでいーや!」
「あーい。一応冷蔵庫見んぞ~」
「うん!おねがい~」

 甘えた声を出すはじめに、しょーがねーな~~と思いつつもキュンと来る。やっぱ俺ははじめの世話すんのも、こういう風にはじめに甘えられんのも好きなんだな、って実感する。ンオォ……案外俺にもあんのか!?ママみぃ……っ!

「ンアッ!なんだよ、ヨーグルト賞味期限切れてる!オォ!このぶどうまだ食ってねぇの!?干からびそうじゃん!」

 急須に湯と茶っぱ(なぜ大学生の家なんぞに茶っぱなんかがあるかというとはじめの実家由来の仕送りだからであ~る)を入れた俺は、完全にはじめが忘れているであろう食材を取り出していく。同じく実家から送られてきたっていう美味ぇぶどうは数日前一緒に食ったが、まさかまだ残ってるとは思ってなかった。俺はプンスカしながらヨーグルトを器に出して、ぶどうの皮を剥いてボドボドヨーグルトの上へ乗せる。

「オイはじめぇ!食いモンハンパに残すなって言ってんだろ!ヨーグルト賞味期限切れてたぞ!」
「えっ。ご、ごめん。でも賞味期限だから、半月くらいはいけるかなって」
「お前の腹が丈夫でよかったよ!オラッ、ぶどうもあったから入れたぞ、食え!そっちは終わったかッ!?」
「うん、ボタン連打してたらあとちょっと!もう終わり──よしっ、いけた!」
「おしッ!見ながらヨーグルト食うぞッ!これ茶!」
「ありがと~。あー、あまいっ!おいし~♡」

 ガチャガチャとテーブルの上に茶とヨーグルトを置くと、すぐにはじめはそれを取ってバクバクと食い始める。痩せてるわりに大食いのはじめは、なんでもメシを美味そうに食う。俺はその顔を見るのが好きだ。
 そして画面には、バッドEDである「知らない間に世界崩壊」が流れていた。『来訪者』がグースカ寝てる間に異変が蔓延して、エターニアは滅んでしまいました……という、どうしようもねぇEDだ。

「うーん。俺達が行ったエターニアがこんなことにならなくてよかったね」
「これもエーテルーフがリセットしてんのかなぁ。こんなのでリセットさせられんのたまんねーよな」
「うん……。でも!これで達成率100%になったはず!『開発室』に戻るね!」
「おう」

 あっつい茶を念入りにフーフー(俺は猫舌なんだにゃん)しながら飲んで、はじめのプレイを見守る。『開発室』へ戻ると、そこにはさっきと違ってカラフルな紙吹雪が舞っていた。

『ハジメちゃん、おめでとう!見事このデータは達成率100%になりました!そのお祝いに、特別ゲストをご紹介します!』
『──やぁ、ハジメ。久しぶりだな』
「う、うわぁ……!」

 そしてしゃんちゃんから紹介されて登場したドット絵姿のエーテルーフに、はじめは速攻で目を潤ませて大声を上げる。

『このエーテルーフ──テルっちはね、ハジメちゃんが一緒に旅したテルっちなんだ。本人が選んで、納得して、そうして……消える存在だったけど。でも……あーしちゃんが自分のワガママで保護したの。やっぱり、テルっちはあーしちゃんの大切な友達だったから!』
『……うむ。ボクとしてもこんな結末を迎えるとは驚きだったが……こうして拾われたからには、ここで過ごしてゆきたいと思っている。ボクもしゃんちゃんを素直に友人と思えるのなら、それが一番だからな』
「いや……っ。そ、そうだったんだぁ……!よ……よかった!よかったよぉ……!」

 ボロボロ涙を流して、ウンウンと頷くはじめ。やけにいろんなことに納得してる様子だ。

「どした?なんか辻褄合ったか?」
「うん……!しゃんちゃんがりょうのトリップしたエターニアを保存するときに、『前にも似たようなことがある』って言ってたんだ。それにエーテルーフくん自身も「リセバエーテルーフ」とか言ってたから、このことだったんだぁって……!」
「オオッ……エーテルーフ本人のリセバエーテルーフ発言……さすがに、そのメタ極地な発言は、聞きてェ……ッ!」

 グスグス泣くはじめを横に、俺はまたもレアな場面を見逃したことを知って悔恨する。くうぅッ、エーテルーフ……!自分からリセバネタバレ……!俺が話しただけでも相当なオモシロだったが、はじめとの会話でもキレッキレだったんだな、あの野郎……。

「じゃあまさかの御本人から微妙にネタバレ食らっちまってたワケか。ご愁傷様だったな」
「でもそれ以降はネタバレないようにちゃんと注意してくれたから。それにまさかこんな登場だとは思わなかったし!」
「そっか。そんならよかったな。こんだけ泣いてるっちゅーことは今も感動してんだろーし」
「そりゃそうだよっ!俺エーテルーフくんが消えちゃったとき、あんまり切なくってボロッボロに泣いちゃったんだからっ!」

 トゥルーエンドは、エーテルーフ自らが純粋な「キャラクター」になることを望み、「エーテルーフ」という『システム』の消失で終わりを迎える。エターニアはエーテルーフをただのキャラクターとして内包し、今までとは異なる世界になって、『エント‥エレメント』という物語も終わりとなる。

『キミがボクにあの世界を、そこで生きることを、キャラクターとして在る意味を教えてくれたんだ。だからこそボクは生まれ変わることを選んだ。選ぶことが出来た。それは紛れもなく、キミのお陰だ。ハジメ。』
「う、うぅ゙……!こちらこそだよぉ……!ありがとぉ、エーテルーフくん……!」

 その世界に『来訪者』は存在しない。
 かつて来訪者だった俺達「ゲームプレイヤー」は、エーテルーフの『選択』を導いて、きれいさっぱりエント‥エレメントの世界からはお別れするのだ。
 そう──エン‥エレはエーテルーフを、エターニアに生きる、ほんとうのキャラクターにして終わる。俺達プレイヤーは「ひと」として「キャラクター」に奉仕して、エターニアから消え失せて。その役目を、終えるんだ。
 遂にご対面したリセバエーテルーフのセリフにいよいよ号泣するはじめ。それを見て、なんとなく俺は気づく。トリップしていた俺の旅路。俺達の旅路。

「……そっか。俺達は……結局。このゲームとおんなじことしてたんだな」
「えっ?りょう、どういうこと?」
「だって、俺らはキャラのやつらが自分の好きなように生きるのを護りたいってさ、そう思ってこん中で暴れ回ってたワケじゃん?それはさ、トゥルーエンドで俺らが「ゲームプレイヤー」としてエーテルーフのために立ち回ってたのと、そう大差なかったなって」
「あ……そう、だね。確かに、その通りかも!」
「中に居る間は夢中で気づかんかったけどさ。結局、そうだったんだなって。俺らはちゃんと、俺らなりに……しっかりエン‥エレそのものを追体験してたんだなって思ったわ、今」

 そうだ。きっと……そうだった。
 俺がサラディネのために命張ったのも、他の奴らを全力で巻き込んだのも、ぜんぶは……「キャラクター」のためだった。
 つまりは、俺達はそのままエン‥エレの本質と同じように行動していたワケだ。
 今更ながらそれを知って、なんだか俺も感動した気分になる。

「あ゙~……そっか。あの世界は、いつものエターニアとはぜんぜん違ぇって思ってたけど。ちゃんと、エン‥エレの根っこは生きてたんだな。開発者の意志は、あそこでも生きてたワケだ……」
「開発者さんは『可能性』って言ってたもんね。それが、ちゃんと証明されたのかも」
「へ?可能性?」
「ほら、特典冊子のインタビューで言ってたじゃない。あえてプログラムを残したって。それは「可能性」を残したんだって。俺、トゥルーエンドクリアしてちょうど昨日インタビュー読んだからさ。すごくそれが印象に残ってたんだ」
「あ~……──ああ!確かに、言ってたな!マナ先生も言ってたわ、ぜんぶあのプログラムが発端だったって!」
「えっ!マナ先生も!」
「そうそう。まぁアレは巷でもワケわかんねー言い訳とか言われてたしなぁ……」
「えっ!?い、言い訳。そんなひどいこと言われてたの?」
「おう。だって意味わかんねぇじゃん?ただでさえ移植ソフト自体はローディングの改善くらいで追加要素はナシだったのに、使われんプログラムだけ残されてさ。製作者の自己満とか追加分作れんかった言い訳とか、散々な言われようだったぜ。まぁ、ミステリアスな言い回しに考察はかどる!って喜んでた勢もわりかし居たけどな!」
「そうなんだ……。でもさ、結局ホントにあのプログラムが今回のバグの一番の原因だったわけじゃない?そう考えると……開発者さんの「可能性」って話も、案外嘘じゃなかったのかもって」
「ん~。どーだかなぁ。それはちょい受け手に都合いい解釈じゃね?『作者そこまで考えてませんでした案件』だと思うぜ、さすがに」
「うーん。まぁ、さすがにトリップなんて非現実的なことが起こるとは思ってなかっただろうけど……つまりはキャラクターが、もっと自分らしく生きれるように、って。そういう、開発者さんなりの祈りだったんじゃないかな。ほら……開発者さん、本編に祈り籠めがちだし」
「うーむ……」

 正直眉唾だが、まぁ……はじめの言うことを信じたい気持ちは、ある。そこまで開発者が考えてたとは到底思えねーが、フィクションには、それくらいの希望や甘さがあったっていいと思う。馬鹿みたいに明るくて幸せなハッピーエンド。それを俺達が導けたのかはわかんねーけど。
 実際トリップまでした側からすりゃ、そうだったらいいな、って思わずにいられないのは……事実だ。

「そう考えると、やっぱ。はじめがEDクリアしてなくて、良かったよな」
「ん?トゥルーエンドのこと?なんで?」
「いや……賢者達から、お前がすげぇ賢者達を尊重してくれてたって聞いてよ。あ~、はじめはあのED見てねぇから、あいつらを本気で「ひと」として信じられたんだなぁって思ってよ。だからそういうはじめがトリップしてくれて良かった……ってコト?」
「ああ……。そう、だね。確かに。作品の中で、エーテルーフくんはキャラクターであることにすごく自分が産まれたことの意味を見い出してたから……先にあれを見ちゃったら、確かにちょっと躊躇っちゃたかな、とは思う」
「だよなぁ」

 やっぱりそうだ。
 見る前と後。
 その境でどうしたって見方は変わっちまう。
 開発者の祈りを知らないはじめが、中のやつらの背を押した。
 それはなんだか皮肉で。でもそれも、悪くねぇ筋書きだなって思う。わざわざメタ表現なんてモンを使うやつはきっと、クッソ面倒くさくてクッソ我が強い、ひねくれた天邪鬼だ。だから……それをなにも知らないまま。エン‥エレの意図もエーテルーフの選択もトゥルーエンドも知らないはじめが、主人公然としてこんな結末を導いたのは。笑えるくらいに皮肉で、お似合いだなって。

「……だから、お前が来てくれてよかった。お前が来てくれたから……サラマンダー様とウンディーネは、お互いの手をとれたんだ。それはお前のお陰だよ、はじめ」
「えっ。そ、そう言われると、恥ずかしいけど……でも。そこまでりょうが頑張ってくれたから、俺も覚悟を決められたんだ。だから……ありがとう、りょう」
「へへっ」

 俺は笑う。
 なんでって?
 やっぱここで、その言葉を聞いたからだ。
 水のように世界でもっともありふれていて、地面のようにすぐそばにあって、風のように流れて消えて、あるいは心に灯り続ける火になる言葉。

「ほら、見てみろよ!エン‥エレ最後のイベントだぜ!」
「えっ?」

 それを示すために、俺は画面を指差す。
 プレイしたやつがエン‥エレをこの表記にしてるなによりの理由が、ここにはぜんぶ詰まっている。それをようやく、はじめにも伝えられる。

『エント‥エレメントは終わる。もちろんこの場所は永久に残り続けるが──この作品の終わりは、間違いなくここだろう』
『達成率100%、だね!テルっちはいつでも、終わりと共にあるんだねぇ……><』
『それがボクの運命なのだろう。だがボクはずっとここに居るし、キミといつでも話すことが出来る。それはボクにとっての、間違いのない希望の灯だ』
『あーしちゃん達はいつもここに居る。物語が終わることと、フィクションが永遠であることはちゃんと共存するんだよ。だからさみしくなったらいつでもここに来てね!』
『よぉし!では──終焉だ!』

 終焉。
 やたらにカッコつけた言葉の、めちゃくちゃデカいフォントでそう叫ぶと(実際はポコポコポコ……音だけだが)、エーテルーフはドット姿のまま白い紙を取り出す。そしてそれを机の後ろにある壁へ貼り付ける。
 画面が切り替わって、そこに映るのは一枚のスチル。
 それは、エーテルーフがエント‥エレメントというタイトルロゴに、デカい毛筆で手を入れている場面。‥の部分をバッテンで消して、トの部分にその‥を移動させている場面──。

「あ……えっ……この点々って、そういう!?あぁ……ッ、だから文字表記でわざわざこの『‥』付けてる人いっぱいいたんだ!?なんでそんな面倒な表記する人ばっかりなのかなって思ってたけど、あれクリアした人の証みたいなモノだったんだね!?」

 はじめが驚愕の声を上げる。
 まぁ一回見りゃそういうことかって思うタイトル回収……タイトル回収?だが、初見だとああ~!とはなる。
 そう──それは、エーテルーフが、『エント‥エレメント』を『エンドエレメント』にしている光景。この物語をタイトルから終わらせちまおうという、最後の仕掛けなワケだ。

『これでこの物語は終わりだ。ボクのダブルピリオドによって、エンドという本当の了が付く。それをキミに、見守って貰いたかった』
『ありがとう、ハジメちゃん!賢者ちゃんやエターニア、あーしちゃん達……そしてエント‥エレメントってゲームの最後まで、付き合ってくれて!』
『ありがとう、ハジメ。キミが居たからボクはここへたどり着けた。このボクとして、再び産まれることが出来たんだ。キミに出逢えて……良かった』
『ありがとう!』
『ありがとう……!』

 代わる代わる伝えられる感謝に、ああ、と深くはじめが頷く。
 ありがとうという言葉。
 おそらく幾度となく伝えられてきた、その意味に。

「ああ、そっか……ありがとうって、こういう意味だったんだ。一番最後の。プレイヤーのための、お別れの、感謝の言葉……」
「そうそ。トゥルーエンドでもエーテルーフが言ってたろ?だから、そーゆー意味でもエン‥エレ的には大事な言葉なんだよな」
「そうだったんだね。エーテルーフくんがさ。トリップする前、俺とお別れになるかもって時にさ。ありがとうって言ってくれたんだ。あの時のエーテルーフくんも、このイベントと同じように『ありがとう』を使ってたんだな……」
「まぁ、こっちにトリップしてきたエーテルーフはリセバエーテルーフだったって話だしな。このイベ通過してるワケだし、それもそうだろ。──てかあいつ、トリップ前ってことはそこで例のフラグ発言したんじゃねぇか!?」
「えっ?フラグ発言?」
「俺に会えなかったのが残念とかナントカ!言ってたろ!?」
「ああ……、あぁ、そうだね!言ってた言ってた!りょうと会えなかったのだけが残念、って。確かに言ってた!」
「俺ァその発言のせいで大変な目に遭ったんだぞゴルァ!お前も俺のこと鳴き声とかナントカ言いやがって!俺に惚れてたくせに!」
「わ、わぁ!」

 エーテルーフからつんつん地獄の刑に遭わされたかつての災難を思い出し、ポコスカジャンとはじめの腕を叩く俺。そう考えると俺もあの短い時間の中で相当エーテルーフに振り回されたと言える。流石だな……エターニアの均衡者。

「でも……これで、本当に終わったね」
「おう。これでお前も立派なエン‥エレファンだ!」
「やった~!俺もやっとあの点々つけて『エン‥エレ』って書けそう!」
「そりゃよかった!!」

 ああ、本当だ、そりゃよかった。文句ナシ。やっとはじめも俺と肩を並べてくれた。これからはカレシとしてファンとして、なんの気兼ねもなくネタバレエン‥エレ感想を言い合うことができる……つまりはついに、朝までりょうくん生語りの開催と相成るワケだ!

「……あ。……つかよォ。そいえば俺のデータ、どうなった?」

 しかし、俺は『エンドエレメント』の紙がバァンと張られた終わり仕様の開発室を見て、大変重要な事実に気づく。
 そう……俺らが命を懸けてまで守護したエターニアは一体どこに行っちまったんだ……というモノだ。

「えっ?」
「だってしゃんちゃんが俺のデータとして救ってくれたんだろ?そういう話だったじゃねぇか。はじめ、お前ソレ見てねーの?」
「見てないって!だって俺は俺のハジメくんでトゥルーエンド迎えるのが最優先だったから……そっちは全然手つかず!」
「んだよ、それなら確認しなきゃダメじゃねぇかッ!」
「えぇっ。でも、それはあくまで概念的っていうか……俺達に見えないところで保存する、って意味じゃないの?しゃんちゃんも『来訪者』くんが居ないデータじゃ、ちゃんとゲームとして起動するかどうかもわかんないって言ってたよ?」
「それはそんときの推測だろォ!?だから実際確かめようって言ってんじゃねぇかッ!ほらッ!見る見るッ」
「はいはい。ちょっと待ってね」

 慣れた調子で暴れる俺を窘めながら、一度開発室から出てトップメニューの『つづきから』を選択するはじめ。するとズラァ~……ッと大量のセーブデータが画面に映る。

「オォッ……こいつぁ……ヤベェ量だな」
「いや、違うんだって!好きなイベントすぐに見返したくて、そのタイミングで毎回セーブしてたらこうなっちゃって……!」
「いや、わかるがよォ……いっくらエン‥エレが無制限セーブ仕様だからって、ここまでせんでも……いや、これならお前が調べようとしねーのも納得だわ。画面見てソッコー嫌んなったんだろ」
「そ、そんなことないって!確かに調べるのちょっと面倒だな~とは思ったけど……」
「思ってんじゃねぇかッ!!!!!オラッ、俺が居るんだからもう逃さねぇぞッ!『来訪者』リョウくんのデータ、探せ探せェ!」
「わ、わかったから肘でゲシゲシしないで!うーん、ほんとにあるのかなぁ……りょうも見つけたらこれ!って言ってね」
「おう!」

 と、お互い意気込んでただただ文字と数字が並ぶセーブデータ画面を見つめる時間が小一時間流れる。
 実際俺も、本気で俺のデータでゲームがプレイできるとは思ってねぇ。いくらエーテルーフが帰って世界が安定したからって、バグだらけでプログラムもされてないエターニアの中を見れるはずがねぇのはわかってるつもりだ。
 だが……それでも。俺達が頑張った証があんなら、それをこっち側から見届けたかった。あっちで俺らはあんなに走り回ったんだ。なんかのバグのついでで開発者が血迷って書いて隠してたサラディネシナリオが出てこねぇかって……そんな期待ぐらいは、したっていいだろ!

「「──あっ!」」

 そして、とある画面で俺達は揃って声を上げる。
 そこには確かに、名前があった。
 『ハジメ』というはじまりの名前が並ぶセーブデータ画面の中で、たった、ひとつだけ。
 終わりという意味を示す、「了」を表す、俺の名前が。
 『リョウ』という間違いのない名前が……そこに、確かに、刻まれていた。
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