THE NEW GATE

風波しのぎ

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1巻

1-15

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「シュニーから連絡があったら、こいつを使って教えてくれ。俺がどこにいても連絡がつくはずだ」

 シンはそう言って、『蒼月』の隣にシンプルなデザインの便箋びんせんとメッセージカードを置く。

「これを使うと手紙が送れるの?」
「一方通行だけどな。カードにメッセージを書いて、送りたい相手の名前を便箋に書く。あとは送信、と言えばいい」

 シンが指差しながら使い方を説明する。
 ゲームでは誕生日やクリスマスによく使われていたアイテムだ。開いた瞬間にきらびやかなエフェクトが出るような、凝ったカードを作る人もいた。
 ゲーム内では普通にメールした方が早く、特定の時期だけ使われるアイテムだったが、この世界ではそもそもメールやフレンド登録といった機能が使えないので、実に重宝しそうだ。

「こんな便利なアイテムもあるのね……」
「使わなすぎて、盛大に余ってるけどな」

 これらに限らず、クエストやイベントの報酬でもらっても滅多に使わないアイテムというのはことのほか多い。シンのアイテムボックスの中には、こういった『ゲーム』ではたいして役に立たないが、『現実』では意外と役に立つアイテムがけっこう眠っていたりする。

「こんなカードが普及したら、すごいことになると思うけど」
「だろうな」

 相手がどこにいても届けられるなど、ティエラから見れば技術革命にも等しい。だが、そんなアイテムを持つシンはティエラの言葉の裏に込められた、広めないの? という質問をスルーした。
 優れた技術や便利な技術は、必ずしも発案者や開発者の意図したとおりに使われない。人の歴史を紐解ひもとけば、そういったケースは枚挙まいきょにいとまがない。それに、シンは技術革命など、起こす気もなければ興味もなかった。
 そもそも今回のアイテムは【THE NEW GATE】にもともと存在した物である。その内誰かが発明するだろ、とも考えていた。

「……ねぇ。思ったんだけど、わざわざ伝言頼まなくても、これで直接師匠に連絡を取ればいいんじゃない?」

 メッセージカードを片手に、ティエラはふと思いついたように口にする。

「それができればいいんだけどな。これは直接会ったことがある奴にのみ送れるんだが、なぜか会ったことがあるはずのシュニーには送れなかったんだ」

 そう、直接送ればいいという案はシンも思いついてはいたのだ。しかし、理由は不明だが不可能だった。
「カードに不備があるんじゃない?」とティエラが言ったので、実際に外に出て、メッセージカードを送って見せる。
 突然目の前に現れた便箋に驚きながら、ティエラは、少なくともアイテムに不備があるわけではないと納得したようだ。

(リストが初期化されてるっぽいんだよな)

 送れない理由はこれだろうとシンは当たりをつけていた。メッセージカードの説明欄には、『冒険で出会った人たちに、あなたの気持ちを届けよう』という1文がある。
 この世界で会ったことがない人物には、たとえゲーム時代に会っていても、メッセージを送れないのだろう。

「ねぇねぇ、これ余ってるならもう何枚かもらってもいい?」
「別にかまわないが、知らない奴にはあまり使わない方がいいと思うぞ」
「使うんじゃなくて、研究したいのよ。私、これでも魔導士を目指してるから、こういう珍しいマジックアイテムを見ると仕組みが知りたくなるの」

 事実、メッセージカードを使ったあたりから、ティエラは楽しい玩具おもちゃを見つけた子どものように目をキラキラさせていた。

「まあ、そういうことならいいか。じゃあもう5枚渡しとく。シュニーからの返事を俺に伝える分も含んでるから、全部は使うなよ? あと、これだけ渡すんだから伝言代はサービスということでよろしく」

 アイテムが余っているからといって、無料配布はどうかと思ったので、ものは試しと提案してみるシン。

「わかってるわよ。それに無闇に使う気もないから安心して。下手に誰かに使ったら、騒ぎになっちゃうもの。それに、こっちもただで提供してもらう気はないから。とりあえず伝言の代金は無料でいいわ。残りは期待してなさい」

 結果は代金無料に加え、何やら特典が付いてくるようだ。シンは楽しみにしておこうと思いつつうなずいた。
 ティエラの方は何から試そうかしら、と楽しそうな表情をしている。
 研究が好きなら錬金術師を目指した方がいいんじゃないかと思ったシンだが、魔導士も研究をしておかしくはないので、わざわざ口を出すことはしなかった。
 実際、職業:魔導士、副職:錬金術師というプレイヤーは少なくなかった。

「じゃあ、俺はこれで。シュニーによろしくな」
「任せて。師匠が帰ってきたら最初に見てもらうから」

 軽く挨拶を交わして、シンは月の祠をあとした。
 私がメッセージカード送れば、その場ですぐに連絡つくじゃない! とティエラが気づくのは、シンが去ってしばらくしてからのことである。


 月の祠を出たシンは、そのまま一直線に北の森を目指した。
 スカルフェイスの調査に来たギルドの関係者と遭遇するのは面倒なので、周囲に人がいないことを確認しながら進む。
 当てがあるわけではないのでほぼ勘頼みだ。ただ、なんとなく森の奥が怪しい気がしたので、とりあえず歩き続ける。
 もちろん調査員を避けるため、スカルフェイスのいた場所とは別の方向へ進む。以前来たときには散策しなかったところだ。
 スカルフェイスのいた場所は北の森の南東。
 シンは森の奥を目指しつつ北西に進路を取っているので、北の森の中心部分に近づいていく。
 進めば進むほど木々が生い茂り、日の光をさえぎっている。東の森とは比べ物にならない、夜のような暗さだ。
 木々の高さ自体が東の森よりも高く、鬱蒼うっそうとした雰囲気は人の進入を拒んでいるようにすら感じられた。
 事実シンは、進めば進むほど、「ここから去れ」という考えが自身の頭の中に浮かんでくることを自覚していた。
 勘や予知のたぐいではない。もっと明確な、意識に働きかけるがこの場にはある。

(これは結界なのか?)

 こちらを害しようとする意思はほとんど感じられなかったが、強力な幻惑魔術なので、そうとは言い切れないかもしれない。
 普通の人間なら近づくだけで忌避感きひかんが出るくらいの強力な結界である。多少腕に自信がある程度の者では、そもそも意識することすらできないほどだ。
 だが、精神干渉系の耐性をとくに強化していたハイヒューマンのシンにとっては、結界の効果などあってないようなもの。むしろ『この先に何かありますよ!』と知らせているようなものだった。
 暗い森を、警戒しながらひたすら足早に歩くシン。結界の効果ゆえか、モンスターの姿もない。
 しばらく歩き続け、一際大きな樹の横を通り過ぎた瞬間、目の前の暗闇が取り払われ、柔らかい光がシンに優しく降り注いだ。
 開けた視界の先には、その部分だけ丸く切り取ったかのように地面がむき出しになった、直径30メルほどの広場があった。
 中央には鮮やかな朱色の鳥居とりいと、小ぢんまりとした神社が建っている。

「ここが結界の中心か」

 森の中に唐突に出現した空間に足を踏み入れたときから、精神干渉を受けている感覚がなくなっていた。さすがのシンも、神社があるとは思わなかったが。

「ん~? ……この神社、どこかで見たような」

 ゲームでは和風建築も珍しくなかったが、神社を建てるようなモノ好きはあまりいなかった。なので記憶に残っているはずなのだが、あと一歩と言うところでどうしても思い出せない。

「とりあえず、入るか」

 1人でうんうん唸っているのも馬鹿らしいので、さっそく鳥居をくぐって神社の境内けいだいに入る。
 鳥居の下から、参道がまっすぐに本殿ほんでんまで続いている。鳥居のそばでは、狛犬こまいぬならぬ狛狐がその存在を主張していた。
 神社に付き物の手水舎ちょうずや賽銭箱さいせんばこが置いてある弊殿へいでんなどの施設はない。ただ鳥居から本殿に進んで終わりである。
 しかし、たとえシンプルな造りであろうとも、ここが神聖な場所であると知らしめるように、鳥居をくぐった瞬間からシンを取り巻く空気が一変していた。
 深い森の中であることを忘れるほどの清々しい風が、シンの頬を撫でる。さまざまな生き物の臭いが混じり合う森の中を通ってきたシンには、それが一層強く感じられた。
 ここが特別な場所だと、否応なく自覚させられる。
 境内はとくに荒れてもおらず、しっかりと管理されているように思えた。
 本殿は床が高く張られており、装飾も少ない。一般的な神社しか知らない者から見れば、違和感を覚えるだろう。
 シンが本殿にたどりつく直前、ピシリという音が耳に届いた。

「なんだ?」

 なにか、ガラスにひびが入ったかのような音だ。結界にひびが入ったのだろうか。
 シンは何もしていないのだが、あまりいい予感はしない。
 俺のせいか? とあたりを見回してみるが、とくに変わったところはない。空気は変わらず澄んでいるし、神聖な雰囲気も薄れていない。
 本殿の扉はわずかに開かれていた。元から開いていたのか、音と共に開いたのかはわからない。
 なんだか、早く開けろと言っているかのような状態だ。中を覗けるほどの隙間はないが、一旦気になってしまうと意識をそらすのが実に難しい。

「……開けてみるか」

 あまりほめられたことではないなと思いつつ、シンが本殿の扉を開くと、薄暗かった室内が、外からの光を受けてその全容をあらわにする。
 最初に目に入ったのは床に書かれた文字だ。梵字ぼんじのような文字が円形に並んでいる。複数の円を一際大きな円が包んでおり、その様はまるで魔術陣のようだ。
 そして、その中心。大小さまざまな円の中央に身を横たえる影が1つ。

「……狐?」

 光に照らされてもなおぐったりと床に伏しているのは、銀色の毛並みを持つ子狐であった。

「って、呑気のんきに見てる場合じゃないか」

 トラップがないことを確認してからシンは子狐に駆け寄る。
 目に見える外傷こそないものの、子狐のHPゲージはレッドゾーンの半ばを過ぎていた。そのうえ、【ポイズンテン】【呪いカーステン】の状態異常にまでかかっている。
 普通ならこの状態で放置されれば、体力が尽きるのはもはや時間の問題だろう。

「ミリーの言ってた狐って、こいつか?」

 こんな場所にいる以上、ただの狐でないことは確かだ。
 間違っていたらそのときはそのとき! と、シンはメニュー画面からアイテムボックスを開く。
 ズラリと並んだアイテムの一覧から、万能回復薬エリクサーを選択し、アイテムカードではなくじかにアイテムとして取り出す。
 HP、MP、一部を除いた状態異常、部位欠損まで全回復させる金色の液体が詰まった瓶のふたを親指ではじき、子狐の口元に当てがおうとしたところで――ガシャン! という、大量のガラスを砕いたような派手な音が、連続してシンの耳に届く。

「今度はなんだ!?」

 シンはとっさに【気配察知】を発動させ、周囲の状況を探る。
【気配察知】はシンに敵意を持ったプレイヤーやモンスターを発見する【索敵サーチ】と違い、感知範囲内に存在するすべてのモンスター、およびプレイヤーの位置や数を知ることができる。
 感知範囲が【索敵サーチ】より狭いのが欠点だが、建物や遮蔽物しゃへいぶつの陰から周囲の状況を探るにはこちらの方が効果的だ。
 シンがざっと確認しただけでも、軽く50体以上のモンスターが本殿に向かってきているのがわかった。どうやらさっきの音は、結界が破られた際に生じたようだ。
 マップを見れば、砂糖に群がる蟻のように本殿を赤いマーカーが取り囲んで、じわじわとその包囲を縮めてきていた。

(狙いはこいつか?)

 腕の中で「クゥ……」と弱々しく鳴く子狐を見ながらシンは考える。
 エリクサーを飲ませたので状態異常はすでに治癒しており、体力もレッドゾーンからイエロー、グリーンへと順調に回復している。ただ、いまだ弱っている様子から見るに、どうやらかなり長い間衰弱すいじゃくしていたようだ。

「まずはこいつの安全確保だな。【防壁バリアテン】発動!! …………ん? 発動、しない?」

 この場所、そして子狐にどんな意味、役割があるかわからないシンは、とりあえず最大級の防壁を展開しようとした。しかし、スキルは発動しない。

「これはどういう……まさか!」

 そこでシンは、ある可能性に気づく。
 神社、狛犬の代わりに置かれていた狐の像、本殿の中にいた子狐、発動しない結界系スキル。
 ここから導き出される可能性は――。

「エレメントテイルの、領域か?」

 狐の像を見たときに気づくべきだったと後悔しながら、子狐を抱いて本殿の外に出る。
 ゲーム時代、エレメントテイルという高レベルのボスモンスターがいたエリア内では、結界系のスキルが使用できなかったのだ。低レベルのプレイヤーですら知っているような情報である。
 これで、子狐の安全を確保するためには、シンがそばを離れるわけにはいかなくなった。
 正直に言えば事態がまだよく理解できていないが、ここで子狐を見捨てるという選択肢はない。
 確かにこの世界は、ゲームに似ているだけの、シンには関係のない世界なのかもしれない。だが震えながらシンを見つめてくる子狐を、ただのNPCだのモブキャラだのと考えられるような思考は持ち合わせていなかった。
 安心させるように子狐の頭を一撫でしてから、シンは周囲の状況を把握するため【気配察知】に意識を向ける。

「クゥ……」
「悪いが少しじっとしててくれ。邪魔な奴らは俺が蹴散けちらしてやるからな」

 ゆっくりと包囲を狭めてくるモンスター。
 シンの目にまず映ったのは、錆びた剣と鎧を身に着け、眼窩がんか仄暗ほのぐらあかりをともした骸骨戦士――スカルフェイスたちが、夢遊病者のようにシンたちの方へと向かってくる光景だった。
 それを見ただけで、神社内の清浄な空気が汚染されていくような感覚を覚える。
 いったいどこから湧いたのかと首をかしげるほどの数だ。シンの視界に入った個体だけでも20体以上いるだろう。

「質がだめなら、量でってとこか?」

 視界に広がるスカルフェイスの群れを見ながらシンはつぶやく。前回戦ったジャック級のような特異な装備やレベルの個体は見当たらず、ゲームと同じポーン級やジャック級によって構成されていた。
 自分たちを取り囲んでいたのが普通のスカルフェイスだとわかったシンは、発動していたスキルを【気配察知】から、より広範囲をカバーできる【索敵サーチ】に切り替える。それにより、すべてのスカルフェイスを補足した。
 今回問題となるのは数だ。【索敵サーチ】によって、敵の数が3桁近いことがわかった。もし少しでも取り逃がせば、またベイルリヒト王国に被害が出る可能性もある。
 シンの脳裏をよぎるのは、スカルフェイスがブレイクダンスをしていた地面に広がる血だまりの跡と、その近くにわずかに残っていた………ヒトだったものの残骸ざんがい。今さら正義漢を気取るつもりはないが、余計な被害を出さないようにしようという心意気くらいはある。

「悪いがお前ら、1体も逃がさん!」

 群がる敵に向かって踏み出しながら、シンはアイテムボックスから新たに武器を取り出す。
 その手に実体化されたのは1本の槍。柄は白銀に輝き、穂には翡翠ひすいのような鮮やかな緑色をした刃を備えている。魔術が付与されているので、槍全体が白い輝きで覆われていた。
 槍を右手で一回転させ、穂先を前方の敵に合わせると、【制限リミット】を一気にⅡまで解除する。
 力を完全に制御可能で、なおかつ最も戦闘能力が高まる状態まで力が解放されたのを確認し、シンは地面を蹴ってスカルフェイスの群れへと突進した。

「まずは1発っ!!」

 突っ込むと同時に槍術系武芸スキル【轍貫わだちぬき】を発動。
 シンの膂力りょりょくによって突き出された穂先がスカルフェイスを数体まとめて貫いた。スキルの発動によって発生したエメラルドグリーンの光が、螺旋らせんを描きながら敵の剣に、鎧に、そして本体に牙をむく。
 まるで水平に撃ち込まれた砲弾のごとき威力で、密集していたスカルフェイスを粉々に打ち砕き、一直線に骨と鉄片でできた轍を形成していく。
 突進の勢いそのままにスカルフェイスの包囲を抜けたシンは、敵の位置に注意しながら、一旦距離を置く。

「次はこいつだ。【スター・マイン】!」

 スキルが発動すると、シンの周りに数十個の光弾が出現し、スカルフェイスの群れを取り囲むように移動していく。
 光術系魔術スキル【スター・マイン】とは、光属性の光弾を、空中に機雷のように設置するスキルだ。
 発生した光弾は本殿を囲むスカルフェイスのさらに外側に配置され、スカルフェイスが森に逃げられないように退路を断っていく。
 光弾の設置が完了したのを確認すると、先ほど討ちもらした――未だに本殿に群がっている――スカルフェイスに、シンは再び攻撃を仕掛ける。
 今度は槍術系武芸スキル【閃華せんか】である。
 エメラルドグリーンの軌跡を残して槍が横一文字に薙ぎ払われると、直撃を受けたスカルフェイスが粉々になり、さらには砕けた鎧や剣が射程外にいたスカルフェイスに襲いかかった。
 尋常ではない威力を有した一撃によって吹き飛ばされたそれらは、ポーン級、ジャック級を問わず貫き、スカルフェイスの群れを文字通りハチの巣状態にしていく。
 ジャック級のスカルフェイスがシンに攻撃しようと剣を振り上げるが、シンの槍に返り討ちにされ、次の瞬間には即席の弾丸と化して味方に突き刺さっていた。

「もう一丁!!」

 子狐を胸に抱きながら片手で操っているとは思えない速度で、縦横無尽じゅうおうむじんに槍を振るうシン。
 スキルを使い一撃で10体近くのスカルフェイスを薙ぎ倒し、なおかつ破片による簡易散弾攻撃まで繰り出すので、敵の数は見る見るうちに減っていく。
 もとよりジャック、ポーンといったクラスのスカルフェイスは、ゲーム中では雑魚に分類されるモンスターだった。いくら子狐を抱えていようと、能力ではるか上をいくシンが苦戦するはずもない。
 完全にシンの独壇場となったこの場で、そんなモンスターが生き残れるはずもないのだ。
 シンが戦闘を開始して10分足らずで、スカルフェイスの群れは完全に駆逐されていた。
 森に逃げることも想定していたが、そこまでの知能はなかったのか、すべての個体がシンに向かってきた。そのため、【スター・マイン】はムダになってしまったが、取りこぼしもなく全滅させられたのだ。
 シンの周りにはスカルフェイスの残骸ざんがいが散乱し、地面が見えなくなっている。ドロップアイテムも、アイテムボックスに入りきらないわけではないがかなりの量だ。
 さすがにすべて拾う気など起きなかったので、スルーすることにした。

「さて、これからどうす――っ!?」
「グギュッ!?」

 敵を全滅させたことで漏れた独り言を呑み込み、シンは子狐を抱えたまま瞬時にその場から飛びずさる。突然の高速移動に子狐がくぐもった悲鳴を上げたが、シンの視線は子狐に向いていなかった。
 敵はいなくなったはずなのに、突然感じた敵意に反応したのだ。
 先ほどまでシンがいた場所には、2メルほどの氷柱が突き刺さっていた。
 攻撃手段から見て、スカルフェイスの生き残りがいたというわけではないだろう。スカルフェイスは、たとえキング級でも魔術スキルは使えない。使えるのは武芸スキルのみだ。
 シンは氷柱が飛んできたであろう方向へと目を向ける。
索敵サーチ】には、先ほどまではなかった赤いマーカーが出現していた。マップの上の敵の位置と、氷柱が飛んできた方向は完全に一致している。

「狛犬ならぬ、狛狐か?」

 そこにいたのは鳥居のそばの狐像だ。
 本来の神社なら狛犬が置いてあるのだろうが、ここは九尾きゅうびであるエレメントテイルの領域。お稲荷いなりさまのようになっていても何の不思議もない。

「なんだ、あれ」

 つい言葉が漏れる。
 静かに鎮座ちんざしていたはずの狐像は、今、シンの目の前で大きな変貌を遂げようとしていた。
 石だった体は、どう変化したのか動物特有のしなやかさを獲得し、四肢ししは太く発達。頭から背に向かってたてがみのような体毛が伸びる。尻尾は2股となり、眼には鈍い輝きが宿っていた。

「おいおい、こんなの見た覚えないぞ」

 シンが呆然としている間も変化は止まらない。
 その額と四肢の付け根からは、それぞれ赤と青に染まった結晶のようなものが飛び出し、口は喉元まで裂けていく。体色は絵の具をぶちまけたかのような、毒々しい紫と青だ。
 そして、最後に黒々としたもやをまとってその変化は終わった。その姿からはもはや狐だった頃の面影は感じられない。
 開閉される口から漏れるのは黒い息。ただの黒ではない、深みを感じさせる、粘性すら感じられる重い黒だ。

「GURRRrrrr……」

 聞こえてくる唸り声は、石をすり合わせたかのように響く。
 姿が変わるのにかかった時間はわずか数秒。狐像から全く別のモンスターへと変貌を遂げた2体は、ゆっくりとシンを挟み込むように動いた。
 禍々まがまがしい顔つきとは裏腹に、その動きは野生の獣よりもなめらかだ。
 乗っていた台座が完全に崩れたことで、狐像に相当自重があることはわかっていた。それが俊敏に動くということを再確認させられるのは、精神的に辛いものがある。

「……レベルは674。なるほど、瘴気しょうきか」
分析アナライズ】によって得られた情報がシンの頭を冷やす。
 今でこそこんな姿になってしまっているが、もともと神社に設置してあった狐像は、エレメントテイルと戦う前の腕試しだったはず。
 レベルはジャスト500で、あえて言うならエレメントテイル戦の練習相手。実はエレメントテイルが操っているゴーレムで……というのがシンの知る設定だった。
 主人たるエレメントテイルがいなければ動くことのないただの石像。それが動いた理由は、その身を包む黒いもやだろう。
 スカルフェイスの群れを見たときに感じた、空気がにごるような感覚は間違いではなかったらしい。
 モンスター名はゴーレム・インベイド。
 名前の後半についているインベイドとは、瘴気によって強化されたモンスターにつくものだ。
 どうやら神聖なはずの神社に瘴気が入ってきているらしい。まだ瘴気に汚染された地域特有の状態にはなっていないようだが、このまま2体を放置すれば、そうなるのも時間の問題だろう。

「恨みはないが、勘弁な」

 瘴気に侵され変化しきったモンスターを元に戻す手段はない。
呪いの称号カースドギフト】や状態異常としての呪いとは違い、【浄化】スキルでも不可能だった。変化途中ならまだ可能性はあったが、予想外の事態にシンは反応できなかった。もう倒す以外に方法はない。
 子狐を抱え直し、槍を構える。
 2体の狐像は本来、爪と牙による物理攻撃と、炎と水属性の魔術スキルによる遠隔攻撃が主な攻撃手段だった。少なくともそれは変わらないのだろう。何せ変貌を遂げる最中も、氷柱がしっかりシンに襲いかかってきたのだから。
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