THE NEW GATE

風波しのぎ

文字の大きさ
21 / 369
2巻

2-5

しおりを挟む
 しばらくして平静を取り戻した2人はカードを実体化させ、それが本物であることをしっかりと確認し合った。

「お前も紹介状持ちだったとはな」
「それはお互い様だろ」

 脱力気味のヴィルヘルムに苦笑しながらシンが返す。
 ミリーの仲介があったとはいえ、何がしかの警戒はされているだろうと思っていたシンと、「みだりに力は使わねぇだろうが……」という前提のもと、シンの能力を警戒していたヴィルヘルム。
 表面上は問題なくとも、心の片隅に存在したわずかな疑惑を、互いの手にある紹介状がのごとく吹き飛ばしていた。

「これ以上に信用できるもんもねぇからな。どうりでシュニー・ライザーだとわかるわけだ」
「俺の場合、もらったのはティエラからだけどな。ヴィルヘルムはシュニーからもらったのか?」
「ちぃとばかし稽古けいこをつけてもらったことがあってな。つっても一方的にボコられただけだがよ」
「ああ……生真面目きまじめなとこあるからな、あいつ」

 キャラ設定をしたのはシンなのだが、性格面はあくまで大まかに決めただけで、事細ことこまかに手を加えたわけではない。ゲーム時代のシュニーとはいろいろ違ってもおかしくないと覚悟していたのに、ヴィルヘルムの話を聞くと、ほとんど変わっていないような気がしてきた。
 人と変わらないようなAI、なんてものを積んでいたわけではないので、あくまで印象でしかないが。

「さて、そろそろ行かねぇとラシアが来ちまう。続きは歩きながらだ」
「もうそんな時間か」

 壁にかけてある時計を一瞥いちべつしてヴィルヘルムが立ち上がる。
 もともとそう長居する気もなかったが、互いに紹介状を持っているという予想外の事態のせいで思ったより時間がかかった。といってもかけた時間に見合うだけの収穫はあったので満足だ。
 紹介状持ちというのは1人1人が破格の能力を持ちながら、人格破綻を起こしている者がほとんどいないという。これならば教会の抱える面倒事も、一息にどうにかできるかもしれない。

「ところでお互い信用できるってのがわかったから聞くが、ヴィルヘルムも選定者なんだよな」
「今さら隠す気はねぇが、なぜそう思う? Aランク冒険者が全員選定者ってわけじゃねぇぞ」
「いや、お前の持ってた武器な。あれ普通の奴じゃ装備できない――はじかれるんだよ。だからそれを普通に持ってる時点で『ああ、こいつただ者じゃない』っていうのはわかってたんだ」
「はっ! そういうことか。どうりで鑑定だのスキルレベルだのやけに食いついてきたわけだ。初めっからあれがどういうもんかわかってやがったな」

 ヴィルヘルムの持つ伝説レジェンド級の魔槍『ヴェノム』。
 これはプレイヤーのSTRが500を超えていなければ装備できない代物しろものだ。シンが初めてヴィルヘルムに会ったとき、武器に目が行ったのはそういう理由もあった。
 本来、伝説レジェンド級の装備は特定のステータスが350を超えるくらいで装備できるようになる。それを考えれば『ヴェノム』の要求するステータスは異常に高い。ただこれにもしっかりとした理由があるのでバグというわけではなかった。

「大勢の前で話すわけにもいかなかったからな。あとお前、さっき何もないところからカードを出してたけど、アイテムボックスが使えるのか? 使用者は少ないって聞いてるけど」
「ああ、あれはちょっとした裏技みてぇなもんだ。『拡張キット』っつうアイテムを使うと、容量はそれほどじゃねぇがアイテムボックス……みてぇなもんが使えるようになる。誰でもってわけじゃないようだがな」
「へぇ、そうなのか」

 やっぱりその機能は残ってたかと思い、シンは相槌を打つ。それはサポートキャラクターやパートナーモンスターに大量にアイテムを持たせるための機能で、最終的にはプレイヤーとほぼ変わらない容量までアイテムボックスを拡張できる。
 多くのプレイヤーは、いざというときにサポートキャラクターがアイテムで自己回復できるよう、『拡張キット』を1、2個使って、いくらかアイテムを持たせるようにしていた。
 シンのサポートキャラは全員が限界まで拡張されていた。これといった理由があったわけではない。ただのこだわりである。

「そういうお前もアイテムボックスを使ってただろうが」
「俺の場合最初から使えたんだよな、これが」
「やっぱり選定者だろ、お前」
「むむ……この際もう、それでいいか」

 細かい説明をせずとも選定者だからで納得してくれそうなので、それでいいやと考えることを放棄する。逐一ちくいち設定を考えるのも面倒だし、どこかで矛盾が出るかもしれないので、この際選定者で通そうと決めた。
 そんな会話を続けながら来た道を戻る。2人が東門に着くと、ラシアがキョロキョロしていた。

「あ、ちょっとヴィル。昨日は買い物を私に押しつけてどこ行ってたのよ!」
「わりィ、わりィ。こっちも用事があってな」
「そんなこと言って、またいかがわしいお店に行ってたんじゃないでしょうね」
「行くか! まだ寝ぼけてんじゃねぇだろうな」
「シンさん。ヴィルが誘ってきてもついていかないでくださいね。まったく……1度痛い目を見たほうがいいんです」
「話を聞け! つうか誤解を招くようなこと言ってんじゃねぇ!!」
「とりあえず2人とも落ち着け」

 なにやら痴話喧嘩ちわげんかを始めた2人をなだめ、さっそく出発する。遠慮なく好きなことを言い合える関係がちょっと羨ましかったのは内緒だ。
 今回の移動手段は馬を使うことになっていた。ヴィルヘルムがギルドで借りてきたらしい。
 ギルド子飼いの馬貸しが連れてきたのは、馬について素人のシンでもわかるくらい立派な体躯たいくと見事な栗毛を持つ2頭だった。
 シンの頭上で脱力したままのユズハを見た瞬間、馬の動きが止まる。ユズハが小さく「クゥ」と鳴くと、それに答えるように「゛う゛るるっ」と小さくいななき、おとなしくなった。
 何やらシンにはわからないやり取りが行われたようだ。
 片方の馬にヴィルヘルムとラシア。もう片方にシンとユズハという組み合わせで馬を走らせる。シンは本物の馬に乗るのは初めてだったが、どうやら【騎乗ライディング】スキルの補正が生きているらしく、問題なく乗りこなすことができた。ゲーム中では馬に限らずグリフォンやドラゴンなど様々なモンスターに乗る機会があったので、スキルレベルもかなり上がっていたのだ。
 ゆっくりとした馬車の速度で5日か6日かかるらしいので、この速度ならもっと早く着くなとシンは思った。無論、シンが走ったほうがはるかに速いのだが、一般人のラシアを抱きかかえていくわけにもいかず、話に出すことはしなかった。
 途中で馬を休ませつつ、特にこれといった問題もなく進んでいく。アイテムボックス保持者ホルダーが2人いるため荷物はほとんどなく、その分だけ距離が稼げた。
 さらに言うならいろいろと道具を持っていけるので、野営するときも味気ない保存食ではなくそれなりの料理が並んだ。そのおかげで旅に不慣れなラシアも、そこまでこたえてはいないようだった。
 砕けた口調で話せる程度まで親睦しんぼくを深めつつ、馬を走らせること4日。昼前にはシンたちは亡霊平原と呼ばれる一帯に到着していた。
 日が高いにもかかわらず平原一帯は薄暗い。森と平原の切れ目に見えない壁でもあるかのように日光がさえぎられているのだ。よく目をらせば、地面からゆらゆらとした濃い紫色のもやのようなものが湧き出し、それが境界線のように平原の周囲を覆っていた。
分析アナライズ】で見ても何も表示されないことから、状態異常を引き起こす効果があるわけではなさそうだ。

「触っても特に反応なしか。ここが境界線ってことで間違いなさそうだな」
「ああそうだ。ついでに言やあ、ここから出ちまえば中にいるモンスターは追ってこれねぇ。奴らが存在できんのはこん中限定みたいだからな」
「そうなのか?」
「1度引っ張り出したことがある。昼間だったってのもあるだろうが、装備まで一瞬でボロボロに砕けちまったから間違いねぇ」
「いざというときは外に逃げられるようにしとくか」

 ラシアがいるので、不測の事態に備えて脱出ルートを確保しておく。シンやヴィルヘルムならともかく、ラシアにとってこれから相手にするモンスターはかなり危険なのだ。

「とりあえず拠点を作っといて、いざってときはそこに逃げ込む方向で。あとこれが【祈りの聖玉】な。これ持ってないと意味がないから。それとこれはおまけ。ドラゴンのブレスだってはじくぜ」
「わ、わかりました! ありぎゃ……いひゃい……」

 ラシアは亡霊平原からただよってくる冷気を感じて緊張しているようだ。道中はヴィルヘルムに噛みつくことが多かったのだが、彼女なりにリラックスしようとしていたのかもしれない。
【祈りの聖玉】と一緒にシンが渡したのは腕輪型のマジックアイテムで、一定値以下のダメージを無効化、それ以上はダメージを軽減する効果がある。シンお手製のアイテムなので、たとえキング級のスカルフェイスにたこ殴りにされようともびくともしない。耐久性も折り紙付きだ。
 そのため緊張は不要とも言えるのだが、荒事に慣れていない者にはいくら言葉をかけたところでどうしようもない。こればかりは慣れるしかないのだ。
 ちなみにラシアがヴィルヘルムに対して素の口調なのは、幼馴染おさななじみなので遠慮する必要がないからだそうだ。

(ユズハ、頼む)

 頭上のユズハに念話を飛ばす。契約した直後から使用可能になった念話を用いれば、テレパシーのように頭の中で念じた言葉を伝えられる。
 ユズハからは了承や拒否などの簡単な意思のほか、ある程度の喜怒哀楽が伝わってくるようになった。
 念話を受けたユズハはシンの頭上から降り、ラシアの肩に飛び乗るとその頬に顔を擦りつけた。

「ちょ、ちょっとユーちゃん! くすぐったいよ」
「クゥ~」
「元気出せってさ」
「あ……ユーちゃん、ありがとね」
「クゥッ!」

 少しは元気づけられたのか、多少ぎこちなさはあるものの無理のない笑みを浮かべるラシア。
 思惑どおりに動いてくれたユズハにシンが感謝の念を送ったところで、一旦別行動をしていたヴィルヘルムが茂みから姿を現した。


「拠点のほうはどうだ?」
「言われた通りテントの周りに設置してきたが、ありゃなんなんだ?」

 ヴィルヘルムが森の先を目で指し示す。シンたちのいる場所からは見えないが、その先には四方を直径10セメルほどの宝石に囲まれたテントがあった。いくらモンスターが平原から出てこれないとはいえ、念のために距離を取ってテントを設置したのだ。

「ちょっとした迎撃アイテムだ。モンスターが近づくと魔術で攻撃する。モンスターを侵入させない結界だって張れるから、簡易拠点としては申し分ないだろ」
「んなアイテム聞いたことねぇぞ」

 本来ならシンが【防壁バリア】を張ればいいのだが、いくら選定者だとしてもまた怪しまれると考え、迎撃用アイテムを使用することにした。
 選定者が規格外なのはわかったが、選定者には選定者なりの限界があり、それを超えた力を見せるのはマズい。困るのはその限界がいまいちはっきりしないところなのだが。

「そこは選定者だからで納得してもらうしかないな」
「都合のいい呼び名だな、まったくよ」
「えっ? シンさんも選定者なんですか!?」

 どうやらラシアも選定者の意味を知っているようだった。ヴィルヘルムから聞いたのだろうか。

「あれ? まだ言ってなかったのか?」
「タイミングがなかったからな」

 ヴィルヘルムが苦笑する。

「もしかして出発の日に2人でいたのはそれを確かめるため?」
「そういうことだ」
「なら最初から言ってくれればいいのに!」

 ものにでもされたと思ったのか、不機嫌になるラシア。

「言わなくても予想できると思ってたんだがな。シンがそれくらい強くないと、条件が厳しすぎるのはわかってただろうが」
「ヴィルができるって言うから、それくらい普通なのかなって思って」

 小首をかしげながら言うラシアにヴィルヘルムもあきれ気味だ。

「んなわけねぇだろ」
「だ、だって選定者なんてヴィルしか知らないし。ヴィルが強いのは知ってるけど、どのくらいなのかはよくわからないのよ」

 選定者がどういう存在か知っていたとしても、実際にその力を目の当たりにしなければ、本当の意味で理解などできないのだろう。
 そもそもヴィルヘルムが本気を出すような戦場にラシアを連れていくはずもないので、仕方のないことと言える。

「おーい、取り込み中のとこ悪いがそろそろ始めようぜ。のんびりやってる暇もないんだろ」

 しばらく2人を静観していたシンが、軽く声をかける。

「そうだな。ほれ行くぞ。少しはマシな気分になったろ」
「えっ? あ、ちょっと待ってよ!」

 ヴィルヘルムがラシアの緊張をほぐそうとしているのはわかっていたので、頃合いを見計らっていたのだ。さらに楽しそうに続ける。

「さて、1発目は何が出るかな」
「昼間ならスカルフェイス、バイオハウンドにマッドゾンビあたりだろうな。日が出てるうちは実体のある奴のほうが多い」
「レベル帯を考えると、狙い目は夜か。まあ今回は慣れも兼ねてるから適当に腕慣らしをしたら切り上げて、夜に本格始動だな」
「あとはラシア次第ってとこか……さてさっそくお出ましだ」

 杖を抱えて震えるラシアの前に出て、シンとヴィルヘルムは近づいてきた影に視線を向ける。靄のせいで視界が限られているが、2人の危機察知能力がおとろえることはなかった。
 靄の中から姿を現したのは、ジャック級スカルフェイスが2体とバイオハウンドが3体。
 体が半分腐り、崩れ落ちているバイオハウンドを見て、ラシアは手で口元を押さえた。ゲームよりリアルになった分、余計にシンでも直視しがたいものになっている。

「前哨戦としてはまあまあってとこか」
「バイオハウンドが邪魔くせえがな」

 シンは腰を低くし、ヴィルヘルムは『ヴェノム』を構える。ラシアもやっと覚悟が決まったのか、若干顔色を悪くしつつも杖をかざして詠唱に入っている。
 先に仕掛けてきたのはスピードにのあるバイオハウンド。
 知能が足りていないのか正面からまっすぐに飛びかかってくる3匹に対し、まずはシンが動いた。片手を前に突き出し、神術系スキル【一葉いちようみそぎ】を発動する。
 これはプレイヤーが、任意の位置に限定的な【防壁バリア】を張れるスキルだ。
 シンの前方に、直径1・5メル程度で半透明の【防壁バリア】が展開される。突撃してくるバイオハウンドはかわしきれずに【防壁バリア】に激突し、ぐしゃっという音を立てて地面に転がった。
 神術系スキルはアンデッドに対して有効なものが多く、それは防御用のスキルでも同様だ。
 バイオハウンドのHPは【防壁バリア】への突撃という自爆行為と神術スキルの対アンデッド効果によって、一瞬でレッドゾーンへ突入していた。そして、それを見逃すシンではない。
 バイオハウンドが地面に転がると【防壁バリア】を解除し、ラシアに指示を飛ばす。

「バイオハウンドに攻撃!」
「はい!」

 詠唱を完了していたラシアは、シンの指示に即座に反応する。
 ラシアのかざした杖から白い光が放たれ、バイオハウンドたちに降り注ぐ。発動したのは神術系アーツ【ヒール】だ。
 神術系ほどの威力はないが、回復魔術がダメージとなるアンデッドモンスターには効果てき面。残っていたHPは消滅し、それに続くようにバイオハウンドの死体も消えていった。
 それを見て、ダンジョン内ではモンスターは死体を残さないというルールは今も適用されていることをシンは確認した。どうやら亡霊平原一帯がダンジョン内とみなされているようだ。

「次が来るぞ!」

 ヴィルヘルムの言葉にフィールドに関する考察を一旦切り上げ、迎撃態勢を取る。
 2体のスカルフェイスは鎧のこすれる音を響かせながら、バイオハウンドと同じく一直線に突撃してきた。少し違うのは、しっかりと盾を前に構えていることだ。

「【シールドバッシュ】か」

 つぶやくシンにヴィルヘルムが声をかける。

「おい、さっきの【防壁バリア】で受け止められるのか?」
「任せろ。隙ができたら反撃できないように手足を叩き斬れ! できないとは言わないだろ?」

 ヴィルヘルムの言葉に強気に返し、再度【一葉ノ禊】を発動する。
 展開した【防壁バリア】にスカルフェイスが激突するが、バイオハウンドと違い盾を介しているのでダメージはない。だが【シールドバッシュ】まで防がれるとは思っていなかったのか、スカルフェイスは大きく体勢を崩していた。直後にシンは【防壁バリア】を解除、たたらを踏む2体の間にヴィルヘルムが魔槍を構えて飛び込む。

「誰に言ってやがる……つぁらあっ!」

 大きく弧を描きながら繰り出されたのは槍術系武芸スキル【閃華せんか】。
 空気を切り裂きながら放たれた一撃は2体のスカルフェイスの両足を粉々に砕き、空中に深紅しんくの軌跡を残した。
 攻撃はそこで終わらない。
 ヴィルヘルムは槍を振り抜いた勢いを殺すことなくそのまま一回転。遠心力をまとった追撃で、右側のスカルフェイスの剣と盾を弾き飛ばした。
 両足と武器を失ったスカルフェイスが地面へと倒れ込む。

「やるもんだな」

 ヴィルヘルムの動きを見つつ、シンも左側のスカルフェイスの両腕を刀術系武芸スキル【砕刃さいは】で砕いていた。その手にはすでに刀が握られている。
 深紅の刀身を持つ日本刀『あかちどり千鳥あかちどり』。雷属性をび、切れ味、耐久度ともに、以前使っていた『数打かずうち』をはるかに凌駕りょうがする伝説レジェンド級の1刀である。
 頭と胴体のみになったスカルフェイスは、コアにはさしたるダメージを受けていなかった。しかしHPは、刀身から朱色の電撃が走るたびに勢いよく削られていく。
 雷属性の追加ダメージはモンスターの体に微弱な電撃が走ることで発生するので、コアに直接武器が当たらずともHPを削れるのだ。スカルフェイスのような、コア以外の部位にダメージ判定がほとんどないモンスターには特に有効で、シンが『朱千鳥』を選んだ理由もそれだった。

「ラシア! 俺の前にいる奴にひたすらヒール!」

 ヴィルヘルムも視界に入れつつ、詠唱の終わったラシアに指示を出す。

「は、はい!!」

 頭と胴だけで足掻あがこうとするスカルフェイスを押さえつけながら、視界の及ばないところへと感覚を伸ばす。もやのせいで視認することはできないが、戦闘音に引かれたのか複数のモンスターがこちらへ向かってきているのを【気配察知】が捉えた。

「追加が来るぞ。手早く頼む」
「これ以上は無理ですー!!」


 さすがに100以上レベルが上のスカルフェイスのHPを削るのは、ラシアのアーツでは時間がかかるようだ。
 ヴィルヘルムが舌打ちしながら尋ねてくる。

「アーツの【ヒール】じゃこんなもんか。おいシン! さっきの【防壁バリア】で敵を押さえながら内側から攻撃ってのはできねぇのか?」
「無理だな。仮にできたとしても俺にはやり方がわからん」

 ヴィルヘルムの言うように【防壁バリア】の内側から攻撃できれば楽なのだが、結界系のスキルは展開した結界の外と内とを完全に遮断してしまう。そのため片方から一方的に攻撃するという手段は使えないのだ。
 ゲームとは違い多少融通の利くこの世界でなら、工夫すればどうにかなるのかもしれないが。

「ちっ、しょうがねぇ。手っ取り早くボコるしかねぇか」
「それしかないな」

 倒さずに動きを止めるという戦闘は意外と労力がいる。普通の冒険者ならそもそもそんなことはできないのだが、シンたちの口から漏れたセリフは「やってみるとやっぱりめんどくさい」だった。

「ちょっとぉ! こっちは必死なのに、なんでそんなに余裕なのよー!?」

 ラシアから文句が出るが、2人はそんなものはどこ吹く風と、適度な緊張感を保ちながら武器を構えていく。

「やっぱり平原の端だからモンスターのレベルが高くないな」
「少しは奥に進む必要があるかもしれねぇな。つってもしばらくは、ラシアが強くなるまで待つしかねェが」
「もともとが10だったからけっこうレベル上がってるぜ。今じゃ24だ。バイオハウンドもなんだかんだで60くらいレベルあるしな。おっ、一気に40になった。とどめだけでも100以上レベル差があると、上がるの早いな」

 地道にレベル上げをしている冒険者から「ふざけんなコラァ!!」と言われそうだが、何ヶ月も時間をかけていられないのでそこはスルーだ。
 大声を上げ、震えながらも【ヒール】を唱え続けるラシアに文句をつけるのは酷というものだ。常人なら放心するか脇目も振らずに逃げ出すのが当たり前の状況にいるのだから。
 いくら守られているとはいえ、本来なら一撃で殺されるようなモンスターが殺気全開で目前に迫ってくるのだ。本人からすれば常に死の恐怖にさらされているのとなんら変わらない。
 戦いを生業なりわいにしていない者にとって、それは冒険者が感じる恐怖のはるか上をいく。もし精神的なストレスが数値化されたなら、異常な値を叩き出しているだろう。

「でも精神力が限界っぽいな。Mピ――魔力切れもあるんだろうが、やっぱいきなりバイオハウンドはきつかったか」
しおりを挟む
感想 394

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。