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11巻
11-2
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宗近が来てから数分の間を空けて、今度はカグツチをはじめとしたフジの面々が姿を現した。
「ぴよ!」
「くぅ!」
数珠丸恒次の頭の上でヒヨコモードのカグツチが羽を広げながら鳴くと、シンの頭上でユズハが尻尾を持ち上げて鳴き返した。1羽と1匹はそれぞれシン、恒次の頭上から降りると、ぴよぴよくぅくぅと何やら会話をし始める。
シンと恒次は、顔を見合わせて苦笑した。
「皆様、この度は国綱を助けていただき、感謝いたします」
唯一真面目に礼を言ったのが、安綱だった。
「では、俺たちの仕事はこれで終わりですね」
「はい。ですが、某はシン殿にこの身を救っていただきました。力が必要ならば、いつでも馳せ参じましょう」
根が真面目なのだろう。その表情は至って真摯だ。
「……ちょっと安綱。抜け駆けは禁止よ」
「そうだな。抜け駆けはいかんな」
いつの間にか光世と宗近が安綱の背後に移動していた。それぞれ片手で安綱の肩を掴み、ギリギリという音が聞こえそうなほど力が入っている。
「いや、某はそういう意味で言ったわけではないのだが……」
安綱はダメージを受けているわけではないらしく、少し困った表情で返答していた。
「何かあったら連絡するよ。……メッセージカードが送れるか試しとこう」
天下五剣は、カテゴリーとしてはモンスターもしくは武器だ。
この世界の人相手にもメッセージカードを使えることはわかっているが、擬人化した相手に使えるかわからなかったので、すぐに試すことにした。
空メッセージを送ると、とくに問題なく届けられた。
「なるほど。これがあれば、いつでも連絡が取れるわけか」
感心したように言う宗近の隣で、光世が悔しがっていた。
「く、なんで私たちには生産スキルがないのかしら!」
「いやはや、毎度のことながら驚かせてくれる御仁じゃわい。――ところでシン殿。これだけ恩を受けた状態で言うのはいささか心苦しいのだが、ひとつ儂の願いを聞いてくれんか?」
「聞くかどうかはわかりませんが、なんですか?」
恒次に尋ね返すシン。
「いやなに、儂も真打というものになってみたくなってのう。宗近や光世の変わりようを見ておったら、興味が湧いたのだ」
「む、それは確かに。我らは人のように姿が変わることはありませんからな。しかし、これ以上シン殿に無理を言うのは……」
真打に関しては安綱も興味があったようだ。ただ、シンには救ってもらったと礼を言ったばかりなので、恒次の隣で難しい顔になっている。
「そうですね。それほど手間もかからないので、大丈夫ですよ。ここは霊脈も通ってますし、防衛力を強化しておいて損はないでしょう」
シンとしても、どんな変化をするのか興味があったので、2人の頼みを引き受けた。
ならば私も、と国綱も乗ってきたので、まとめてやってしまうことにする。
時刻はすでに午後5時過ぎ。山頂付近にいるため日差しが強くわかりにくいが、すでにだいぶ日が傾いていた。
「では、私は夕食の用意をしておきますね」
「あ、手伝います」
シュニーとティエラに夕食を頼み、シンは鍛冶場に向かう。
すでに『三日月宗近』と『大典太光世』の強化をしていたので、コツのようなものをつかんでいた。そんな理由もあり、作業は1時間とかからずに終了する。
鍛冶場を出てリビングへ続く通路を歩いていると、リビング前5メルほどのところにシュニーが立っていた。
「無事に終わったのですか?」
「ああ、持ってる分は全部真打にしてきた」
「お疲れ様です。こちらもいろいろと準備をしておきました」
「準備?」
シュニーがどこかそわそわした様子で見つめてくる。準備と聞いても、シンには思い当たる節がなかった。違和感があるとすれば、シュニーの頬が赤いことか。
食事の前に何かあっただろうか? とシンが考えたところで、シュニーがおもむろに切り出した。
「しょ、食事にしますか? お風呂にしますか? そ、それとも、あの……わ、わた……」
そこまで言って、シュニーは両手で顔を隠してしゃがみこんでしまった。恥ずかしかったのだろう。銀髪の間から覗いている長い耳が、真っ赤に染まっている。
「えー!? ちょっとシュニー! そこまで言ったなら最後まで言わなきゃだめよ!」
「無理です! 自分から誘うなんてはしたないこと、できるわけないでしょう!!」
シュニーがしゃがみこむのに続いて、隠蔽スキルを使っていたフィルマが姿を現していた。言い返したシュニーの顔は、リンゴのように真っ赤だ。
「何をしてるんだお前ら……」
フィルマがいるのは知っていたので、シンは「説明しろ」という意味で視線をぶつける。
「前にカシミア様とヘカテー様が話してたのよ。これが、シンのいた世界で妻が夫を出迎えるときの正式な作法なんでしょ? 夫を労いつつも子孫繁栄まで考えた、良い迎え文句ね!」
「恥ずかしがってるシュニーには悪いけど、それが正式な作法ってわけじゃないからな……やる人もいるけど」
夫、妻発言には触れないように、シンはフィルマの言葉を訂正した。
漫画くらいだろ、と言いたいところだが、実の両親がやっているのを見たことがあるだけに、シンははっきりと否定できなかった。
「そうなの? でも、ヘカテー様とカシミア様が、そうやって旦那様を迎えてみたい、って言ってたのは本当よ?」
「それは俺も聞いたことがあるよ。ヘカテーさんは婚活中だったからな」
確かにオフ会でそんな話題が出たことがあった。
未成年が半数を占める『六天』で唯一の成人女性だったヘカテーは、就職と同時に廃人から足を洗っていた。
シンにとって、しっかりと働いている大人の女性というのが現実世界でのヘカテーの評価だ。
スレンダーな体型で、泣き黒子がチャームポイントの美人。性格も悪くなく、なぜ彼氏ができないのか不思議だった。
「まあ、ヘカテーさんのことは置いといてだ。フィルマはあんまりシュニーをからかうなよ」
「からかってるわけじゃないわよ。少しは焚きつけないと、関係が進まないんだもの」
「お前、それをここで言うなって」
シュバイドと同じく、フィルマもシンとシュニーを早く結び付けたいようだ。シュバイドと違うところは、かなり直接的に動いているところか。
「仕方ないでしょ。あなたがいなくなってからじゃ、手遅れだもの」
「……なるほど、聞いたのか」
シンが元の世界に帰る方法を探していることを、フィルマは知っていたようだ。
「そもそも、帰れる当てもないんだけどな」
「それならなおのこと、今のうちに動かなきゃでしょ。方法が見つかっちゃったら、アウトなんだから」
シンを見つめるフィルマに、いつもの軽い雰囲気はない。
「フィルマ、それ以上は――」
「悪いけどこの件に関しては、シンよりシュニーを優先させてもらうわ。理由は、わかるわよね?」
シュニーの言葉を遮って、フィルマが問う。もちろん、その意味をシンはわかっていた。
サポートキャラクターナンバー2、フィルマ・トルメイア。
彼女はシンのサポートキャラクターで間違いないが、本来の立ち位置はシュニーのサポートという設定だった。
そして、それはこの世界でもフィルマに影響を与えているようだ。
「あらためて、理解したよ」
「なら――」
「フィルマ!」
今度はシュニーがフィルマの言葉を遮る。語気を強めた叫びに、フィルマも動きを止めた。
「すみませんでした、シン。フィルマには、私から言っておきますので」
「ちょっとシュニー。あなたはそれでい――」
食い下がるフィルマの口に指を当て、シュニーは微笑む。
「私は、大丈夫です。それに、諦めるつもりはありません」
「……はぁ、わかったわよ。ここは大人しく引くわ」
シンの前ではっきり宣言したシュニーに、フィルマは小さく肩を竦めてうなずいた。
「でもね」
次の瞬間、フィルマがシュニーの不意を突いて軽いステップでシンに近づき、耳元に口を寄せる。
「今なら、あたしもついてくるわよ?」
そうつぶやいて、シンの頬に口づけた。
「なっ、おいこら!」
「フィルマ!?」
「シュニーもこのくらいしなきゃだめよ~」
言うが早いか、フィルマはリビングへ走り去ってしまう。
ここまでするかと、シンは頬を触りながらフィルマの背中を見送った。
「シュ、シュニーさん? 視線が痛いんですが」
じっと見つめられていることに気づきシンがたじろぐと、シュニーは無言で近づいてくる。
「……っ」
やがておもむろにシンの顔を両手でつかみ、そのまま口づけをしてきた。
一瞬前までの圧力が嘘のような、そっと唇をふれ合わせる優しいキス。
「このくらい……私にも、できます」
緊張していたのだろう。口づけを終えたシュニーは、スイッチが切り替わったかのように真っ赤になっていた。
「しょ、食事にしましょう! 皆さん待っています!!」
羞恥に耐えきれなかったのか、シュニーはそれだけ言って、フィルマ同様、リビングへ走り去ってしまった。
「……どうしたもんか」
シュニーを思うフィルマの気持ちも、自身に向けられるシュニーの気持ちも、わからないわけではない。しかし、シンはまだ、元の世界への帰還を諦めることができなかった。
「それがなけりゃ、すぐにでもOKなんだけどな」
帰ろう――そう言って死んだマリノの言葉が、シンの心に深く打ち込まれている。
シン自身も、元の世界への未練があった。
ティエラに過去の話をしたからというわけではないだろうが、自身が生まれ育った世界は、そう簡単に捨てられないのだと強く実感していた。
「行くか」
小さくため息をついて、シンもリビングへ向かった。
†
「これが、真打ですか」
「へぇ、光世や宗近が得意げになるわけだわ」
「ふむぅ……」
食事を終え、完成した真打を渡された安綱、国綱、恒次の反応は、3人一緒とはならなかった。
喜びや感心といった感情を露わにしたのは安綱と国綱のみで、恒次は渋い顔をしている。
「ええと、恒次はどうしたんだ?」
「うむ、どうやら、儂はこれに意識を移すことができないようでな」
恒次によると、復刻版は器としての容量がまるで足りないとのことだった。
「復刻版じゃダメなのか」
今までの経緯を考えると、意識を移せるのはいちから打ったものか、ゲームのイベント時に手に入れたもののみなのだろう。
「さすがに、もう1回あれは勘弁してほしいな」
『数珠丸』を打つことはできるが、そうなれば『童子切安綱』のときの苦行をもう一度繰り返すことになる。
武器のレシピはそれぞれ違うので、天下五剣の1本が打てたからといって、他の4本が打ちやすくなることなどないのだ。
「いや、ここまでしてもらったのだ。儂はもう我がままは言わぬよ」
残念だと全身で表現していたが、恒次は納得してくれた。
「おお、某はこうなるのか!」
「私は、予想通り宗近寄りだったみたいですね」
肩を落とす恒次の隣で、真打仕様となった安綱と国綱が喜びと驚きを露わにしていた。
安綱は細身ながらもより筋肉がつき、顔立ちも精悍になっている。技を鍛え、経験を積んだ若き武将を彷彿とさせる。
国綱は宗近同様、美しさに磨きがかかっていた。違いといえば、髪の艶や肌の白さよりも、出るところはさらに出て、引っ込むところはいっそう引っ込むという女性的なスタイルが向上している点だろう。
「無念じゃ……」
喜ぶ2人を見て、恒次が深く肩を落とす。
「宗近といい国綱といい、ふざけんじゃないわよーっ!!」
そして、すでに真打になっている光世が、泣いているのか怒っているのか判断のつきにくい叫び声を上げた。
「シン!! もう1回よ。もう1回強化するのよ! そうすれば、そうすれば私も2人みたいになるはずなのよぉお!」
変化の違いに納得できずシンに迫ってくる。
「で、きなく、はな、い、けどな……っと、光世の場合、むしろ望みと逆になるパターンだって考えられるんだぞ。あっちとは、明らかに変化の仕方が違うからな」
襟首を掴まれ前後に揺すられていたシンは、どうにか光世の手を振りほどき言った。
「そ、そんなわけ……」
「いや実際、ドワーフみたいに小柄で強いやつらもいるわけで」
ちなみに、ドワーフ全員が小さいわけではない。NPCが他種族と比べて小さい設定というだけだ。ただ一般論として、シンの言うことも的外れではなかった。
「なんでよ。なんで私だけ……」
「こればっかりは、俺からはなんとも言えないな」
初期状態からして光世は、宗近や国綱とは見た目の設定が違っていた。その影響かもしれないとシンは思ったが、はっきりとしたことなどわからないので明言は避ける。
「諦めろ。儂なぞ真打にすらなれんのだぞ」
「わかってるわよ。少し甘えただけじゃない」
拗ねたように言いながら、光世は大きく深呼吸した。
切り替えたのだろう。一息ついたあとの光世には、数秒前までの不機嫌さはなかった。
「お主が、我ら以外に甘えを見せるとはのう」
「……何が言いたいのかしら?」
黒い笑顔を向けてくる光世に、恒次はおどけるように笑って返す。
「感情表現が豊かになったのう。まあ、そう怖い顔をするでない。爺の戯言じゃよ」
「しかし、本当に真打を借りていいのか? 再現できるとはいえ、シンにとって貴重なものには変わりないだろう」
話題を変えて話しかけてきた宗近に、シンはアイテムカードの束をふたつ取り出した。
「いいさ。頼りにできるやつは多いほうがいい。それとだ。瘴気対策に、これ渡しとく」
受け取った宗近は、カードの絵柄を見てもどのようなアイテムかわからなかったようで、小さく首を傾げている。
「これは?」
「こっちが装備品。こっちが使い捨て。使い方は簡単で、装備品ならそのまま装備する。使い捨てなら、瘴気に触れさせればいい」
シンが渡したのは、一定量以下の瘴気を無効化したり、溜まった瘴気を打ち消したりするアイテムだ。使い捨てのほうが効果は大きいが、当然1回きり。装備品は使い捨てよりも効果は低いが、持続時間は比較にならない。
一長一短のそれらを組み合わせれば、よほど濃い瘴気でなければ対処できる。
「何から何まで、すまないな」
「気にしなくていい。ここを落とされたら俺も困るしな。それにユズハの仲間……って言っていいのかわからないけど、カグツチに何かあるとユズハが落ち込むだろうし」
そう言ってシンが視線を向けた先には、テーブルの上でじゃれ合うヒヨコカグツチとユズハの姿があった。
「そういえば、カグツチの力は戻ってきてるのか?」
「ああ、結晶化した本体があっただろう? シンたちが国綱を探しに行ってからしばらくして、あの結晶化が解けたのだ。以前のヒヨコの姿は意識があるだけの分身のようなものだったが、今ではあれが本体だ」
ユズハと同じく、姿はある程度変えることができるという。ただ、人型にはなれない。
「あれで、あの姿も気に入っているようだぞ。抱きかかえられると落ち着くらしい」
「そういえば、ユズハも似たようなことを言ってた。元が巨大だし、そういう経験がなかったんだろうな」
成長したユズハも、なんだかんだで子狐モードが気に入っていた。眠るときも、シンの寝具に潜り込んで丸くなっていることがよくある。
ゲームでもプレイヤーに試練を与える役割だったからか、人懐っこいのだ。
「ぴよ!」
「む、そうか……シン、カグツチが話があると言っている。お仲間も集まってもらえるだろうか?」
宗近の肩に止まり、小さく鳴いたカグツチ。
シンたちが集まると、一旦外に出るように促された。
全員が外に出ると、ヒヨコモードだったカグツチが宗近の肩から飛び立つ。それと同時に、カグツチが巨大な黄金の炎と化した。
「本来の、カグツチか」
黄金の炎は次第に嘴や翼を形作り、数秒で巨大な鳳に変わった。
火の粉がきらきらと輝きながら宙を舞うが、まったく熱を感じない。
「コタビノコト、世話ニナッタ」
カグツチの口から、姿に見合った重厚感のある声が発せられる。重々しい響きは、神獣としての威厳を感じさせた。
「礼トシテ、我ガ神炎ノ加護ヲ贈ル」
カグツチの言葉と同時に、シンたちを黄金の炎が覆う。こちらもまったく熱くなく、ほんの数秒で消えた。
シンのメニュー画面の称号欄に『NEW!』の文字が浮かび上がる。
思考操作で称号欄を開くと、『神炎ノ加護』という称号がしっかりと追加されていた。
効果は、一定以上の炎属性のダメージを軽減。それ以下は無効化するようだ。
具体的にはシュニークラスの攻撃でないと、満足なダメージを受けない。炎属性無効とすら言えそうな、強力な加護だった。
「いい、のですか?」
つい「いいのか?」とタメ口で聞きそうになったシンだが、さすがに今のカグツチ相手にはマズイかと思い直し、とっさに言い直す。
カグツチは気にした風もなく、「ヨイ」とだけ言ってヒヨコモードに戻ってしまった。
「ぴよぴよ」
ヒヨコ状態で羽を小さく上下させながらうなずく仕草を見ていると、「いいから、もらっとけ」とでも言われているような気になってくる。
「わかった。ありがたく受け取っとくよ」
カグツチの用事はそれだけだったようで、一行は月の祠に戻った。
一夜明けると、いよいよ下山となった。
「あらためて、世話になった。またいつでも訪ねてきてほしい」
「絶対また来なさいよ! 絶対よ!」
「光世が爆発しないうちにお願いしますね」
「道中、お気をつけて」
「心配はいらんだろうがのう」
「ぴよ!」
宗近、光世、国綱、安綱、恒次、カグツチに見送られ、シンたちはフジを降りる。
次に目指すのは、エルトニア大陸に船を出している港町だ。
アオキガハラを抜けてから馬車を出し、カゲロウに引かせて街道を走る。
フジに向かうときとは違い、あまり目立たぬよう、商人や旅人、冒険者の集団などとすれ違うときは、普通の馬車程度の速度に落としておいた。
なぜなら、フジにほど近い街で、街道を爆走する謎の馬車の噂を聞いたからだ。
国綱を探しに行くときもかなりスピードを出していたので、噂が広まっているようだった。
幸い目撃証言から、シンたちが向かう港町とは反対方向に出没すると思われているらしい。カゲロウを幻影魔術で馬に見せれば、注目されることはなかった。
†
「港町だけあって、魚がすごいな」
目的地に着くと、林に隠れて馬車をカードにし、徒歩で入った。
適当に歩くだけで、新鮮な魚を売りにした店が多く見られる。現実世界でも見慣れた魚から、この世界特有のモンスターの魚肉までさまざまな商品が扱われていた。
「2週間は、長いわね」
渡航者用の船の予定を聞き、ティエラがため息をつく。ちょうど1日前に出たばかりのようで、次まで時間が空くとのことだった。
急ぎの旅ではなかったが、あまり娯楽もない港町で2週間も足止されるのは無駄なので、引き続きエルトニア大陸に向かう商船を探した。
1時間ほど船乗りに聞き込みをして、2日後に出る船があると聞き、さっそく乗せてもらえないか交渉をする。
余裕がないと最初は渋られたが、護衛もするということで了承を得た。
シンやティエラはまだ冒険者ランクが低いが、シュバイドはランクAの冒険者カードを持っている。
これは、シュバイドが正体を隠して活動するためのもう1枚のカードだ。冒険者ギルドに貸しが多く、特例で認められているらしい。
「俺たちだけじゃ、乗せてもらえなかったかもな」
「そうね。シンはDだし、私なんてまだFよ? 師匠はカード上でCだけど、足手まといを連れているように思われたでしょうね」
ティエラはバルメル防衛戦の後片付けの際にFに昇格している。
もっと上にとの意見もあったが、敵を切り裂いたあの弓の威力はティエラ本人の力だけではないということで、1ランクのみの昇格になった。
シンのほうは功績が功績だけに、ギルド内で話し合いが続いていた。何やら揉めているらしかったので、当時は結果だけ後で聞こう、とキルモントヘ出発しようとしたのだ。
その矢先に教会とのあれこれがあり、実は今、シンが何ランクなのか、誰も知らなかったりする。
「海は陸よりも危険が多いからな。初めて海で戦ったときは、勝手が違ってやりにくかったもんだ」
護衛の依頼ひとつとっても、海は陸上よりも数段ランクが上がるのだ。
「Aランクの冒険者に、パーティメンバー全員がスキル継承者となれば、護衛として十分でしょう」
シュニーの言うとおり、いまやティエラもスキル持ちだ。シンが教えた【分析】以外にも、攻撃用、補助用などのスキルを発現させている。
ティエラは弓が使え、シュバイド、シュニー、シンはスキルによって水上および水中戦闘ができると交渉したことで、すでに乗船していた専属護衛との役割分担でも揉めずにすんだ。
船の護衛手段は基本的に遠距離攻撃がメインとなる。しかしシンたちなら、いざというときに囮となって敵を船から引き離し、そこを狙撃してもらうという戦法が使える。
船と自分たちの安全を考えれば、専属護衛のパーティも反対することはなかった。
「ぴよ!」
「くぅ!」
数珠丸恒次の頭の上でヒヨコモードのカグツチが羽を広げながら鳴くと、シンの頭上でユズハが尻尾を持ち上げて鳴き返した。1羽と1匹はそれぞれシン、恒次の頭上から降りると、ぴよぴよくぅくぅと何やら会話をし始める。
シンと恒次は、顔を見合わせて苦笑した。
「皆様、この度は国綱を助けていただき、感謝いたします」
唯一真面目に礼を言ったのが、安綱だった。
「では、俺たちの仕事はこれで終わりですね」
「はい。ですが、某はシン殿にこの身を救っていただきました。力が必要ならば、いつでも馳せ参じましょう」
根が真面目なのだろう。その表情は至って真摯だ。
「……ちょっと安綱。抜け駆けは禁止よ」
「そうだな。抜け駆けはいかんな」
いつの間にか光世と宗近が安綱の背後に移動していた。それぞれ片手で安綱の肩を掴み、ギリギリという音が聞こえそうなほど力が入っている。
「いや、某はそういう意味で言ったわけではないのだが……」
安綱はダメージを受けているわけではないらしく、少し困った表情で返答していた。
「何かあったら連絡するよ。……メッセージカードが送れるか試しとこう」
天下五剣は、カテゴリーとしてはモンスターもしくは武器だ。
この世界の人相手にもメッセージカードを使えることはわかっているが、擬人化した相手に使えるかわからなかったので、すぐに試すことにした。
空メッセージを送ると、とくに問題なく届けられた。
「なるほど。これがあれば、いつでも連絡が取れるわけか」
感心したように言う宗近の隣で、光世が悔しがっていた。
「く、なんで私たちには生産スキルがないのかしら!」
「いやはや、毎度のことながら驚かせてくれる御仁じゃわい。――ところでシン殿。これだけ恩を受けた状態で言うのはいささか心苦しいのだが、ひとつ儂の願いを聞いてくれんか?」
「聞くかどうかはわかりませんが、なんですか?」
恒次に尋ね返すシン。
「いやなに、儂も真打というものになってみたくなってのう。宗近や光世の変わりようを見ておったら、興味が湧いたのだ」
「む、それは確かに。我らは人のように姿が変わることはありませんからな。しかし、これ以上シン殿に無理を言うのは……」
真打に関しては安綱も興味があったようだ。ただ、シンには救ってもらったと礼を言ったばかりなので、恒次の隣で難しい顔になっている。
「そうですね。それほど手間もかからないので、大丈夫ですよ。ここは霊脈も通ってますし、防衛力を強化しておいて損はないでしょう」
シンとしても、どんな変化をするのか興味があったので、2人の頼みを引き受けた。
ならば私も、と国綱も乗ってきたので、まとめてやってしまうことにする。
時刻はすでに午後5時過ぎ。山頂付近にいるため日差しが強くわかりにくいが、すでにだいぶ日が傾いていた。
「では、私は夕食の用意をしておきますね」
「あ、手伝います」
シュニーとティエラに夕食を頼み、シンは鍛冶場に向かう。
すでに『三日月宗近』と『大典太光世』の強化をしていたので、コツのようなものをつかんでいた。そんな理由もあり、作業は1時間とかからずに終了する。
鍛冶場を出てリビングへ続く通路を歩いていると、リビング前5メルほどのところにシュニーが立っていた。
「無事に終わったのですか?」
「ああ、持ってる分は全部真打にしてきた」
「お疲れ様です。こちらもいろいろと準備をしておきました」
「準備?」
シュニーがどこかそわそわした様子で見つめてくる。準備と聞いても、シンには思い当たる節がなかった。違和感があるとすれば、シュニーの頬が赤いことか。
食事の前に何かあっただろうか? とシンが考えたところで、シュニーがおもむろに切り出した。
「しょ、食事にしますか? お風呂にしますか? そ、それとも、あの……わ、わた……」
そこまで言って、シュニーは両手で顔を隠してしゃがみこんでしまった。恥ずかしかったのだろう。銀髪の間から覗いている長い耳が、真っ赤に染まっている。
「えー!? ちょっとシュニー! そこまで言ったなら最後まで言わなきゃだめよ!」
「無理です! 自分から誘うなんてはしたないこと、できるわけないでしょう!!」
シュニーがしゃがみこむのに続いて、隠蔽スキルを使っていたフィルマが姿を現していた。言い返したシュニーの顔は、リンゴのように真っ赤だ。
「何をしてるんだお前ら……」
フィルマがいるのは知っていたので、シンは「説明しろ」という意味で視線をぶつける。
「前にカシミア様とヘカテー様が話してたのよ。これが、シンのいた世界で妻が夫を出迎えるときの正式な作法なんでしょ? 夫を労いつつも子孫繁栄まで考えた、良い迎え文句ね!」
「恥ずかしがってるシュニーには悪いけど、それが正式な作法ってわけじゃないからな……やる人もいるけど」
夫、妻発言には触れないように、シンはフィルマの言葉を訂正した。
漫画くらいだろ、と言いたいところだが、実の両親がやっているのを見たことがあるだけに、シンははっきりと否定できなかった。
「そうなの? でも、ヘカテー様とカシミア様が、そうやって旦那様を迎えてみたい、って言ってたのは本当よ?」
「それは俺も聞いたことがあるよ。ヘカテーさんは婚活中だったからな」
確かにオフ会でそんな話題が出たことがあった。
未成年が半数を占める『六天』で唯一の成人女性だったヘカテーは、就職と同時に廃人から足を洗っていた。
シンにとって、しっかりと働いている大人の女性というのが現実世界でのヘカテーの評価だ。
スレンダーな体型で、泣き黒子がチャームポイントの美人。性格も悪くなく、なぜ彼氏ができないのか不思議だった。
「まあ、ヘカテーさんのことは置いといてだ。フィルマはあんまりシュニーをからかうなよ」
「からかってるわけじゃないわよ。少しは焚きつけないと、関係が進まないんだもの」
「お前、それをここで言うなって」
シュバイドと同じく、フィルマもシンとシュニーを早く結び付けたいようだ。シュバイドと違うところは、かなり直接的に動いているところか。
「仕方ないでしょ。あなたがいなくなってからじゃ、手遅れだもの」
「……なるほど、聞いたのか」
シンが元の世界に帰る方法を探していることを、フィルマは知っていたようだ。
「そもそも、帰れる当てもないんだけどな」
「それならなおのこと、今のうちに動かなきゃでしょ。方法が見つかっちゃったら、アウトなんだから」
シンを見つめるフィルマに、いつもの軽い雰囲気はない。
「フィルマ、それ以上は――」
「悪いけどこの件に関しては、シンよりシュニーを優先させてもらうわ。理由は、わかるわよね?」
シュニーの言葉を遮って、フィルマが問う。もちろん、その意味をシンはわかっていた。
サポートキャラクターナンバー2、フィルマ・トルメイア。
彼女はシンのサポートキャラクターで間違いないが、本来の立ち位置はシュニーのサポートという設定だった。
そして、それはこの世界でもフィルマに影響を与えているようだ。
「あらためて、理解したよ」
「なら――」
「フィルマ!」
今度はシュニーがフィルマの言葉を遮る。語気を強めた叫びに、フィルマも動きを止めた。
「すみませんでした、シン。フィルマには、私から言っておきますので」
「ちょっとシュニー。あなたはそれでい――」
食い下がるフィルマの口に指を当て、シュニーは微笑む。
「私は、大丈夫です。それに、諦めるつもりはありません」
「……はぁ、わかったわよ。ここは大人しく引くわ」
シンの前ではっきり宣言したシュニーに、フィルマは小さく肩を竦めてうなずいた。
「でもね」
次の瞬間、フィルマがシュニーの不意を突いて軽いステップでシンに近づき、耳元に口を寄せる。
「今なら、あたしもついてくるわよ?」
そうつぶやいて、シンの頬に口づけた。
「なっ、おいこら!」
「フィルマ!?」
「シュニーもこのくらいしなきゃだめよ~」
言うが早いか、フィルマはリビングへ走り去ってしまう。
ここまでするかと、シンは頬を触りながらフィルマの背中を見送った。
「シュ、シュニーさん? 視線が痛いんですが」
じっと見つめられていることに気づきシンがたじろぐと、シュニーは無言で近づいてくる。
「……っ」
やがておもむろにシンの顔を両手でつかみ、そのまま口づけをしてきた。
一瞬前までの圧力が嘘のような、そっと唇をふれ合わせる優しいキス。
「このくらい……私にも、できます」
緊張していたのだろう。口づけを終えたシュニーは、スイッチが切り替わったかのように真っ赤になっていた。
「しょ、食事にしましょう! 皆さん待っています!!」
羞恥に耐えきれなかったのか、シュニーはそれだけ言って、フィルマ同様、リビングへ走り去ってしまった。
「……どうしたもんか」
シュニーを思うフィルマの気持ちも、自身に向けられるシュニーの気持ちも、わからないわけではない。しかし、シンはまだ、元の世界への帰還を諦めることができなかった。
「それがなけりゃ、すぐにでもOKなんだけどな」
帰ろう――そう言って死んだマリノの言葉が、シンの心に深く打ち込まれている。
シン自身も、元の世界への未練があった。
ティエラに過去の話をしたからというわけではないだろうが、自身が生まれ育った世界は、そう簡単に捨てられないのだと強く実感していた。
「行くか」
小さくため息をついて、シンもリビングへ向かった。
†
「これが、真打ですか」
「へぇ、光世や宗近が得意げになるわけだわ」
「ふむぅ……」
食事を終え、完成した真打を渡された安綱、国綱、恒次の反応は、3人一緒とはならなかった。
喜びや感心といった感情を露わにしたのは安綱と国綱のみで、恒次は渋い顔をしている。
「ええと、恒次はどうしたんだ?」
「うむ、どうやら、儂はこれに意識を移すことができないようでな」
恒次によると、復刻版は器としての容量がまるで足りないとのことだった。
「復刻版じゃダメなのか」
今までの経緯を考えると、意識を移せるのはいちから打ったものか、ゲームのイベント時に手に入れたもののみなのだろう。
「さすがに、もう1回あれは勘弁してほしいな」
『数珠丸』を打つことはできるが、そうなれば『童子切安綱』のときの苦行をもう一度繰り返すことになる。
武器のレシピはそれぞれ違うので、天下五剣の1本が打てたからといって、他の4本が打ちやすくなることなどないのだ。
「いや、ここまでしてもらったのだ。儂はもう我がままは言わぬよ」
残念だと全身で表現していたが、恒次は納得してくれた。
「おお、某はこうなるのか!」
「私は、予想通り宗近寄りだったみたいですね」
肩を落とす恒次の隣で、真打仕様となった安綱と国綱が喜びと驚きを露わにしていた。
安綱は細身ながらもより筋肉がつき、顔立ちも精悍になっている。技を鍛え、経験を積んだ若き武将を彷彿とさせる。
国綱は宗近同様、美しさに磨きがかかっていた。違いといえば、髪の艶や肌の白さよりも、出るところはさらに出て、引っ込むところはいっそう引っ込むという女性的なスタイルが向上している点だろう。
「無念じゃ……」
喜ぶ2人を見て、恒次が深く肩を落とす。
「宗近といい国綱といい、ふざけんじゃないわよーっ!!」
そして、すでに真打になっている光世が、泣いているのか怒っているのか判断のつきにくい叫び声を上げた。
「シン!! もう1回よ。もう1回強化するのよ! そうすれば、そうすれば私も2人みたいになるはずなのよぉお!」
変化の違いに納得できずシンに迫ってくる。
「で、きなく、はな、い、けどな……っと、光世の場合、むしろ望みと逆になるパターンだって考えられるんだぞ。あっちとは、明らかに変化の仕方が違うからな」
襟首を掴まれ前後に揺すられていたシンは、どうにか光世の手を振りほどき言った。
「そ、そんなわけ……」
「いや実際、ドワーフみたいに小柄で強いやつらもいるわけで」
ちなみに、ドワーフ全員が小さいわけではない。NPCが他種族と比べて小さい設定というだけだ。ただ一般論として、シンの言うことも的外れではなかった。
「なんでよ。なんで私だけ……」
「こればっかりは、俺からはなんとも言えないな」
初期状態からして光世は、宗近や国綱とは見た目の設定が違っていた。その影響かもしれないとシンは思ったが、はっきりとしたことなどわからないので明言は避ける。
「諦めろ。儂なぞ真打にすらなれんのだぞ」
「わかってるわよ。少し甘えただけじゃない」
拗ねたように言いながら、光世は大きく深呼吸した。
切り替えたのだろう。一息ついたあとの光世には、数秒前までの不機嫌さはなかった。
「お主が、我ら以外に甘えを見せるとはのう」
「……何が言いたいのかしら?」
黒い笑顔を向けてくる光世に、恒次はおどけるように笑って返す。
「感情表現が豊かになったのう。まあ、そう怖い顔をするでない。爺の戯言じゃよ」
「しかし、本当に真打を借りていいのか? 再現できるとはいえ、シンにとって貴重なものには変わりないだろう」
話題を変えて話しかけてきた宗近に、シンはアイテムカードの束をふたつ取り出した。
「いいさ。頼りにできるやつは多いほうがいい。それとだ。瘴気対策に、これ渡しとく」
受け取った宗近は、カードの絵柄を見てもどのようなアイテムかわからなかったようで、小さく首を傾げている。
「これは?」
「こっちが装備品。こっちが使い捨て。使い方は簡単で、装備品ならそのまま装備する。使い捨てなら、瘴気に触れさせればいい」
シンが渡したのは、一定量以下の瘴気を無効化したり、溜まった瘴気を打ち消したりするアイテムだ。使い捨てのほうが効果は大きいが、当然1回きり。装備品は使い捨てよりも効果は低いが、持続時間は比較にならない。
一長一短のそれらを組み合わせれば、よほど濃い瘴気でなければ対処できる。
「何から何まで、すまないな」
「気にしなくていい。ここを落とされたら俺も困るしな。それにユズハの仲間……って言っていいのかわからないけど、カグツチに何かあるとユズハが落ち込むだろうし」
そう言ってシンが視線を向けた先には、テーブルの上でじゃれ合うヒヨコカグツチとユズハの姿があった。
「そういえば、カグツチの力は戻ってきてるのか?」
「ああ、結晶化した本体があっただろう? シンたちが国綱を探しに行ってからしばらくして、あの結晶化が解けたのだ。以前のヒヨコの姿は意識があるだけの分身のようなものだったが、今ではあれが本体だ」
ユズハと同じく、姿はある程度変えることができるという。ただ、人型にはなれない。
「あれで、あの姿も気に入っているようだぞ。抱きかかえられると落ち着くらしい」
「そういえば、ユズハも似たようなことを言ってた。元が巨大だし、そういう経験がなかったんだろうな」
成長したユズハも、なんだかんだで子狐モードが気に入っていた。眠るときも、シンの寝具に潜り込んで丸くなっていることがよくある。
ゲームでもプレイヤーに試練を与える役割だったからか、人懐っこいのだ。
「ぴよ!」
「む、そうか……シン、カグツチが話があると言っている。お仲間も集まってもらえるだろうか?」
宗近の肩に止まり、小さく鳴いたカグツチ。
シンたちが集まると、一旦外に出るように促された。
全員が外に出ると、ヒヨコモードだったカグツチが宗近の肩から飛び立つ。それと同時に、カグツチが巨大な黄金の炎と化した。
「本来の、カグツチか」
黄金の炎は次第に嘴や翼を形作り、数秒で巨大な鳳に変わった。
火の粉がきらきらと輝きながら宙を舞うが、まったく熱を感じない。
「コタビノコト、世話ニナッタ」
カグツチの口から、姿に見合った重厚感のある声が発せられる。重々しい響きは、神獣としての威厳を感じさせた。
「礼トシテ、我ガ神炎ノ加護ヲ贈ル」
カグツチの言葉と同時に、シンたちを黄金の炎が覆う。こちらもまったく熱くなく、ほんの数秒で消えた。
シンのメニュー画面の称号欄に『NEW!』の文字が浮かび上がる。
思考操作で称号欄を開くと、『神炎ノ加護』という称号がしっかりと追加されていた。
効果は、一定以上の炎属性のダメージを軽減。それ以下は無効化するようだ。
具体的にはシュニークラスの攻撃でないと、満足なダメージを受けない。炎属性無効とすら言えそうな、強力な加護だった。
「いい、のですか?」
つい「いいのか?」とタメ口で聞きそうになったシンだが、さすがに今のカグツチ相手にはマズイかと思い直し、とっさに言い直す。
カグツチは気にした風もなく、「ヨイ」とだけ言ってヒヨコモードに戻ってしまった。
「ぴよぴよ」
ヒヨコ状態で羽を小さく上下させながらうなずく仕草を見ていると、「いいから、もらっとけ」とでも言われているような気になってくる。
「わかった。ありがたく受け取っとくよ」
カグツチの用事はそれだけだったようで、一行は月の祠に戻った。
一夜明けると、いよいよ下山となった。
「あらためて、世話になった。またいつでも訪ねてきてほしい」
「絶対また来なさいよ! 絶対よ!」
「光世が爆発しないうちにお願いしますね」
「道中、お気をつけて」
「心配はいらんだろうがのう」
「ぴよ!」
宗近、光世、国綱、安綱、恒次、カグツチに見送られ、シンたちはフジを降りる。
次に目指すのは、エルトニア大陸に船を出している港町だ。
アオキガハラを抜けてから馬車を出し、カゲロウに引かせて街道を走る。
フジに向かうときとは違い、あまり目立たぬよう、商人や旅人、冒険者の集団などとすれ違うときは、普通の馬車程度の速度に落としておいた。
なぜなら、フジにほど近い街で、街道を爆走する謎の馬車の噂を聞いたからだ。
国綱を探しに行くときもかなりスピードを出していたので、噂が広まっているようだった。
幸い目撃証言から、シンたちが向かう港町とは反対方向に出没すると思われているらしい。カゲロウを幻影魔術で馬に見せれば、注目されることはなかった。
†
「港町だけあって、魚がすごいな」
目的地に着くと、林に隠れて馬車をカードにし、徒歩で入った。
適当に歩くだけで、新鮮な魚を売りにした店が多く見られる。現実世界でも見慣れた魚から、この世界特有のモンスターの魚肉までさまざまな商品が扱われていた。
「2週間は、長いわね」
渡航者用の船の予定を聞き、ティエラがため息をつく。ちょうど1日前に出たばかりのようで、次まで時間が空くとのことだった。
急ぎの旅ではなかったが、あまり娯楽もない港町で2週間も足止されるのは無駄なので、引き続きエルトニア大陸に向かう商船を探した。
1時間ほど船乗りに聞き込みをして、2日後に出る船があると聞き、さっそく乗せてもらえないか交渉をする。
余裕がないと最初は渋られたが、護衛もするということで了承を得た。
シンやティエラはまだ冒険者ランクが低いが、シュバイドはランクAの冒険者カードを持っている。
これは、シュバイドが正体を隠して活動するためのもう1枚のカードだ。冒険者ギルドに貸しが多く、特例で認められているらしい。
「俺たちだけじゃ、乗せてもらえなかったかもな」
「そうね。シンはDだし、私なんてまだFよ? 師匠はカード上でCだけど、足手まといを連れているように思われたでしょうね」
ティエラはバルメル防衛戦の後片付けの際にFに昇格している。
もっと上にとの意見もあったが、敵を切り裂いたあの弓の威力はティエラ本人の力だけではないということで、1ランクのみの昇格になった。
シンのほうは功績が功績だけに、ギルド内で話し合いが続いていた。何やら揉めているらしかったので、当時は結果だけ後で聞こう、とキルモントヘ出発しようとしたのだ。
その矢先に教会とのあれこれがあり、実は今、シンが何ランクなのか、誰も知らなかったりする。
「海は陸よりも危険が多いからな。初めて海で戦ったときは、勝手が違ってやりにくかったもんだ」
護衛の依頼ひとつとっても、海は陸上よりも数段ランクが上がるのだ。
「Aランクの冒険者に、パーティメンバー全員がスキル継承者となれば、護衛として十分でしょう」
シュニーの言うとおり、いまやティエラもスキル持ちだ。シンが教えた【分析】以外にも、攻撃用、補助用などのスキルを発現させている。
ティエラは弓が使え、シュバイド、シュニー、シンはスキルによって水上および水中戦闘ができると交渉したことで、すでに乗船していた専属護衛との役割分担でも揉めずにすんだ。
船の護衛手段は基本的に遠距離攻撃がメインとなる。しかしシンたちなら、いざというときに囮となって敵を船から引き離し、そこを狙撃してもらうという戦法が使える。
船と自分たちの安全を考えれば、専属護衛のパーティも反対することはなかった。
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