エージェント・サイファー

黒陽 光

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Execute.03:ノエル・アジャーニ -Noelle Adjani-

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「――――うわぁっ!?」
 驚くノエルの素っ頓狂な声が響いたのは、それから間もなくのこと。新校舎に入り、上履きに履き替えようと彼女が昇降口の下駄箱を開けてすぐのことだった。
「ノエルちゃんっ!?」
「ど、どうしたノエル!?」
 珍しく、いや初めて聞いたぐらいなノエルの驚く声に、過剰なぐらいに反応した小雪と零士が振り返ると。その瞬間、蓋の開いたノエルの下駄箱から、ドバーッと大量に紙らしきものが溢れ出てくるのが二人の眼には映っていた。
「えっ、えっ……えっ?」
 溢れ出てきた山のようなそれが、戸惑うノエルの足元に流れ落ちる。どうやらそれらは全て、手紙を封じ込めた小さな封筒だった。
 そんな封筒が、山のようにノエルの足元へ積み上がっている。明らかに異常な量だ。凄まじいとか色々と通り越して、こんな量をあんな狭い下駄箱の中、何処に詰め込んでいたのか不思議になるぐらいに。
「なっ、なにこれ?」
 こんな具合に困惑するノエルの元へ、零士は無意識の内に右腰の内側、インサイド・ホルスターに隠したグロック26自動拳銃の銃把に右手を触れさせつつ、警戒しながらで彼女のすぐ傍まで近寄った。
 当惑し、立ち尽くすノエルの傍に跪き、落ちている封筒の一つを零士は拾い上げる。
「開けても構わないか?」
「あ、うん。レイなら別に」
 とりあえずノエルに一言断ってから、零士はその封筒を開封した。開封するのに、懐に潜ませていたビクトリノックス製の小さなアーミーナイフを使ってしまったが、しかし小雪の方は頭の上に疑問符を浮かべまくって思考をオーヴァー・ヒートさせていたから、どうやらそんな零士の行動も気にならなかったようだ。
「これは……」
 サッと封筒の封を解いた零士が、収められていた便箋を開き、そこに眼を走らせる。
「おいおい、マジかよ」
 が、ものの数秒で呆れきった顔になれば。大きな溜息とともに「ほら」とその便箋をノエルの方へと差し出していた。
「えっ?」
「いいから、読んでみろ」
 零士に言われて、ノエルは恐る恐るそれを受け取る。そして、書かれている内容に眼を通してみると…………。
「こ、これって……」
「ラブレターだな、要は」
 ――――ラブレター。言い方を変えれば恋文か。ノエルに対しての思いの丈を封じ込め、そして告白したいという気持ちを込めた手紙。
 恐らくは、ノエルの足元に散らばっているのも、まだ下駄箱の中に残っている物も。全部こんな感じだろう。あまりに阿呆らしすぎて、零士はもう溜息すら出ないぐらいだった。
 ちなみに内容は十人十色、千差万別といった具合で。男子生徒はおろか、明らかに女子と思しき名前の手紙までかなりの量がある始末だ。中身も拙い文章から、詩かってぐらいポエムっぽいモノ、洒落た言葉選びの文章まで。中にはノエルに合わせてか、明らかに機械翻訳を噛ませただろうっていうような、そんな拙いフランス語の一節が織り込まれたモノまであった。
「あはは……困っちゃうな、貰っても応えられないのに」
 それら全部を抱え、教室で一通りに眼を通し終えたノエルがそう、苦笑いをしながらで言った。あの顔は、完全に困った顔だ。
「ノエル、どうする気だ?」
「とりあえず、行けるところは行って、断ってくるよ。時間が被ってたりするのは仕方ないけれど、出来る限りはちゃんとお返事はしてあげたいし」
「律儀だな、君も」
 大袈裟に肩を竦めて零士が言うと、ノエルは「まあね」とまた苦く笑った。
 …………その後、ノエルは何日にも渡って、届けられたラブレターの返答を出来る限りしていった。放課後、それはそれは遅くなるまで。
 ノエル一人でも実力的には大丈夫なのだが、零士も荒事になった時の為にと影ながらそれに同行していた。二度と下手なことを出来ないぐらいに締め上げるなら、ノエルみたいな可憐な女の子よりも、零士みたく得体の知れない変人扱いされている男の方が、何かと都合がいいというモノだ。
 そうして、ノエルのお返事巡礼に付き合うこと数日。相手との会話を盗み聞くようで申し訳なかったが、傍から聞いていた零士は、毎回ノエルが断る言葉の中に入れている一節を耳にして、少しだけ胸に引っ掛かりを感じていた。
「――――ごめんね。もう僕には、好きなヒトが居るから。どうしようもないぐらいに、好きで好きで仕方のない。そんなヒトが、もう居るから」
 そんなノエルの言葉が、零士の中でほんの少しだけ、延々と引っ掛かり続けていた。
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