幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』

Int.82:ブルー・オン・ブルー/Separation.

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 そうして、まどかは≪飛焔≫へと突撃を敢行し。突きの初撃を避け、空中で無防備を晒す白井の≪新月≫へ横薙ぎの追撃が命中する直前で、まどかは≪飛焔≫に衝突。激突した≪飛焔≫ごと、その一撃も引き受けるようにして一気に突き抜けていった。
『ええい、小癪なっ!!』
『っっ……!』
 衝突の衝撃とは違う、凄まじい衝撃がコクピット・ブロックを、まどかを揺さぶる。それが、自分の≪叢雲≫の腹に、咄嗟に≪飛焔≫が自分へ向けて破れかぶれに振った対艦刀の刃がめり込んだことによる衝撃だと、まどかは自ずと理解していた。
 だが――――ギリギリ、致命傷ではない。≪飛焔≫の対艦刀は人間でいう左の脇腹辺りに食い込みはしたものの、勢いが足りず半ばで止まっている。
『ええい、無粋な……!』
 オープン回線から、≪飛焔≫のパイロットの――――マスター・エイジの苛立つ声がまどかの耳にも聞こえてくる。
 それに、まどかは敢えてしてやったりといった笑みを浮かべ。そうしながら『残念でしたね』と、こちらも礼に応じてオープン回線で言い返してやった。
「いいから、まどかちゃん! 早く脱出しろっ!!」
『分かってます!』
 焦燥する白井の声に、まどかは普段通りの棘の強い、しかし何処かに安堵の色を織り交ぜた声で言い返す。
 どのみち、此処まで来れば機体も限界だ。後は脱出さえしてしまえば、此処で自分の役目は終わり。幸いにして、他の機体がもうすぐ援護に駆けつけてくれる……。
『……ありがとね、≪叢雲≫』
 最後に、白井さんを助けてくれて――――。
 己が愛機に、そんな最大限の礼を告げるまどかの表情は、彼女にしてはあまりに珍しいほどに慈愛に満ちていて。しかし、その中に一抹の哀しさも滲ませていた。
 言いながら、まどかは両手でシートの左右端にあるレヴァーを握る。黒と黄色のストライプ柄で塗られた、如何にも緊急用といった雰囲気を醸し出すそのレヴァーは、コクピット・ブロックの脱出装置を作動させる為のレヴァーだ。後はIFSの思考制御で前か後ろかの脱出方向を指示してやれば、これを引くだけで自動的に脱出装置が作動する。
『…………!』
 思考制御で後方へのブロック射出を指示しつつ、まどかは意を決して脱出装置のレヴァーを一気に引き切った。
 ――――だが。
『えっ……!?』
「どうした、まどかちゃん! さっさと脱出しろってのに!」
『う、動かない……!』
「えっ……?」
『動かないんですよ、脱出装置がっ!!』
 焦りながら何度も、何度もまどかは両手でレヴァーを引くが、しかし何度引いたところで一向に脱出装置は作動せず、ベイルアウトする気配も無い。
「まさか、故障……!?」
 そんな光景と、焦るまどかの声を聞きながら。唖然とした表情で見守る白井は、脳裏に過ぎった最悪の可能性を知らず知らずの内に口にしていた。
 そうしている間にも、限界を迎えた≪叢雲≫のスラスタは自壊し。爆発した背中から火を吹き始めれば、≪叢雲≫はその勢いを失う。ともすればマスター・エイジの≪飛焔≫もまた高度を下げ、≪叢雲≫に突進された格好のままの≪飛焔≫は後ろ向きに地面を滑走する形で着地し、そして静止した。
「う、嘘だろ……?」
『そんな、動いて、動いてよぉっ!!』
 ――――脱出装置が、故障した。
 まどかが脱出装置のレヴァーを何度必死に引き切っても、一向にベイルアウトの気配は無く。涙声のまどかが慟哭する叫び声と共に、ただガチャガチャという無機質な音がコクピット・ブロックに虚しく響き渡るだけだった。
『…………全く、とんだ無粋な真似をしてくれましたね。これでは、折角のお楽しみも興醒めです』
 至極苛立った声でマスター・エイジはそう言って、動かなくなったまどかの≪叢雲≫にしがみ掴まれた格好の拘束から容易く抜け出し、そして振り返ると、ちからなく膝を突くだけのまどか機と正対する。
『ちょっと、ねえ、ねぇって! 動いて、動いてよ≪叢雲≫ぉっ! お願い、お願いだから……っ!』
 懇願するように愛機に涙声で語り掛けながら、しかし≪叢雲≫のコクピット・ブロックは射出される気配をまるで見せず。その間にも≪飛焔≫は空いた左手の中に00式近接格闘短刀を射出展開させ、それをくるりと器用に手の中で回し、逆手に持ち替える。
「やめろ……!」
 そのマスター・エイジの仕草から、彼が何をしようとしているのか。それを理解してしまったからこそ、白井は顔を蒼くし、叫ぶ。
「やめろ、やめてくれぇぇぇっ!!!」
 しかし、それに対してマスター・エイジが向けるのは、酷く冷え切った氷のような視線だった。≪飛焔≫の真っ赤な双眼式カメラ・アイ越しに見下ろすまどかと≪叢雲≫へ彼が向ける視線は、本当に氷のようで。一切の慈悲も躊躇も無い、そんな瞳の色にマスター・エイジの双眸は変わり果てていた。
『いえ、やめてあげませんよ』
 そして、マスター・エイジはそんな死刑宣告めいた氷の一言を口にして――――。
「やめろぉぉぉぉぉっ!!!」
 白井の慟哭が響き渡る中――――逆手に握ったその近接格闘短刀の刃を、真っ直ぐに≪叢雲≫の胸部へ向けて突き立てた。
『きゃぁぁぁぁっ!?!』
 ギィィィンという、工場のグラインダーにも似た近接格闘短刀の独特な甲高い切断音を混じらせながら、まどかの悲鳴が木霊する。
『ふっ――――』
 そうして、マスター・エイジは胸の浅いところを斬り裂くようにして、左手の刃を右斜め上方へと手前に引き抜き。そうしてから、≪叢雲≫の左脇腹に食い込みっ放しだった対艦刀の柄を右手マニピュレータで握り締めれば、
『……さよならです』
 ――――それをそのまま更に≪叢雲≫へ食い込ませ、逆袈裟のようにして左方へと思い切り振り上げた。
『あ――――』
 ちからのない、生気のまるで無いまどかの漏れ出す声が、小さく聞こえる。
 腹から斜めに両断された≪叢雲≫の上半身は一気に弾け飛び、そして――――ちからなく、地面に落下した。血の色にも似た赤黒いオイルを、アスファルトの地面に染み込ませながら。
 ――――そして、データリンクで共有されていたまどかのバイタル・データ信号が、喪失ロストする。
「っ…………!」
 何も、することが出来なかった。
 襲い来る無力感と、腹の奥底から湧き上がる怒りと、そして全身が押し潰されそうな哀しみ。そんな複雑な感情の渦が入り混じり、白井は声すら出すことが出来なかった。
『――――らい、さん』
 しかし、希望の光明は見えた。まどかの声が、再び聞こえてきた。
「ま、まどかちゃんっ!?」
 網膜投影に映るウィンドウには、ただ"NO SIGNAL"とだけ表示されていて、もう顔は見えない。しかしまどかが生きていることだけでも、白井にとっては救いだった。
『……馬鹿な人です、貴方は本当に』
「待ってろ! 今、助けに」
『もう、間に合いませんよ。この傷じゃあ、どのみちもう助からない……』
「そんなこと! やってみなきゃあ……」
『――――白井さん。いいえ、アキラ』
 なんとかしてまどかを助けに行こうとした白井だったが、しかし己を下の名で呼ぶ彼女の声に制され、白井は立ち止まってしまう。
『……ううん。もう、今更隠すことないですね。……あっくん、そう呼んだ方が分かりやすいでしょうか』
 ――――"あっくん、今日は何して遊ぶの?"
「っっっ!?!?!」
 まどかの優しげな呼び声が、嘗ての記憶と重なって。遠い遠い、ときの彼方に追いやったはずの、彼女の記憶と――――嘗て別れた、あの"まあちゃん"との忘れられない思い出と重なって、白井は酷く狼狽した。
『その様子だと、気付いていなかったんですね……。本当に、貴方は昔から変わらない。ずっとずっと、馬鹿で無鉄砲で、そして一途なあっくんのままです』
「う、そ、だろ……? だって、まあちゃんは……」
『"間宮まみやまどか"。……私の、本当の名前。親戚筋を辿る内に、苗字は変えましたから』
「あ、あ、あ……! そんな、そんな……っ!!」
 ――――今、目の前で死にかけている彼女は、まどかは、間違いなくあの"まあちゃん"だ。
 なんで、こんな時に至るまで、気付けなかったのか。白井はひどく己を責めた。彼女は、幾つもヒントをくれていたはずなのに……。
『――――カズマ、霧香! アタシたちで囲む!』
『承知……!』
『任されて! ――――うぉぉぉぉぉっ!!!』
 そうしていると、そんな声と共に空から降ってくるのは、三機の機影。FSA-15Eストライク・ヴァンガードと≪新月≫、そして――――純白の、≪閃電≫・タイプF。
『おっと……!』
 ともすれば、マスター・エイジは飛び込んで来る一真の初撃を避けてみせ。そうしながら、ステラに霧香、そして一真と交戦を開始する。
『……ステラちゃん』
『馬鹿、もう喋らなくて良い。皆まで言うんじゃないわ』
 マスター・エイジの≪飛焔≫と交戦を始めたステラに語り掛けるまどかに、ステラは戦いながらでそう言い返す。
 すると、まどかはフッと小さく笑って、
『…………彼のこと、よろしくお願いします。多分、貴女にしか任せられない』
『馬鹿言ってんじゃないの。……アンタは、必ず生きて返す』
『無理ですよ、この傷じゃあ。それに、もうすぐ機体も……』
 諦めたように言うまどかに、ステラも何を言って良いのか分からなかったのか、それ以上を返すことはしなかった。事実、別離したまどか機の上半身は、今にも爆発してもおかしくなかった。
『…………あっくん。貴方は、私のことは忘れて生きてください。貴方の背負う十字架は、白井彰の十字架は、この橘……。ううん、間宮まどかが持って行きますから』
「い、今助ける! 今助けるから……! だから、まあちゃんっ!!」
 必死の形相で、白井はスラスタを吹かし。そしてまどか機の方へと飛んでいく。
『……もう、良いんです。私は、十分すぎるぐらいに楽しかったですから。それに、あっくんとももう一度、こうして逢うことが出来た』
「やめろ、やめてくれ! そんなこと……! そんなこと、言うんじゃないっ!!」
『あっくんは、十分に強くなりました。……もう、私が助けてあげる必要も、ないくらいに』
「やめてくれ、まあちゃんっ!! もう……! もう俺の前から、居なくなったりしないでくれぇっ!!」
『でも、詰めが甘いのは、相変わらずですね。昔から、貴方は最後の最後で詰めが甘い……。でも、そういう所も、好きだったんですよ?』
「やめ、てくれ……!」
 目尻から涙が流れ落ちるのも気にせず、白井はスラスタを吹かす。だが途中でスラスタが息をつき始め、そして炎が掻き消えると、白井とボロボロの≪新月≫はそのままの勢いで大地に叩き落とされた。
「畜生、こんな時に……!」
 こういう時に限って、推進剤切れだった。
『…………ステラちゃん、ひとつお願いが』
『……何よ、言ってみなさいな』
『彼のこと、よろしくお願いします。ステラちゃんなら、あっくんを任せられる』
『…………っ』
 それに、ステラはすぐに答えようとしなかった。悔しげに唇の端を噛み、言い淀む。
『……分かった。アイツのことは、アタシが最後まで面倒を見る』
 そして、意を決してステラが頷いてやると。するとまどかはフッと小さな笑みを浮かべ『安心しました……』と、今にも掻き消えそうなぐらいに小さな声で頷く。
「まあちゃん、まあちゃん……っ!!」
『あっくんは、強い男の子です。もう私が居なくても大丈夫ですよね?』
「大丈夫なわけ、あるか! 俺は、俺は……!」
 大地を走る白井の≪新月≫が、まどか機の傍まで近寄ったその時だった。遂に限界を迎えた機体の右脚が、膝からポッキリと千切れ飛んでしまったのは。
「うわっ!?」
 受け身も取れずにうつ伏せで転がると、白井はこれ以上≪新月≫が使い物にならないと知る。
「くそっ……!」
 そうすれば、乗降ハッチを開き。≪新月≫から降りると、白井はその身体ひとつでまどか機の方へと駆け出していく。
『……あっくん。私は幸せでした。貴方と、もう一度逢えて。少しの間だけでも、貴方と一緒に居られて』
「まあちゃん……! まあちゃんっ!!」
『"苦しいときほど、笑って過ごせ。笑っていれば、いつかそれを本当に笑える日が来る"……。
 昔、貴方に言いました。だから、笑ってください。貴方の泣き顔は、あっくんの泣き顔は、見たくありませんから』
「分かった、分かったよ! 帰ったら幾らでも笑ってやる! だから――――」
『愛していました、貴方のことを。ずっとずっと昔から、今まで。
 ……そして、愛しています。今から、そしてずっとずっと――――』
 駆け寄った白井の、無意識に伸ばす手が。今にも触れそうな距離に近寄った。
 ――――瞬間、巻き起こるのは大爆発。衝撃で吹き飛ばされ、地面に寝転がった白井が見たのは、炎の中に消えていく≪叢雲≫の上半身だった。
「あ…………」
 目の前で、消えていく。彼女の生命いのちが、消えていく。探し求め、恋い焦がれていたはずの彼女の灯火が、爆炎の中に消えていく。
 へたり込み、唖然とした表情でその火柱を眺めながら。白井はもう、声すら出せなかった。声すら出せないまま、それを眺めていた。消えていく、生命いのちの灯火を……。
「あ、う、あああああぁぁぁぁぁ――――――っっ!!!」
 ――――ただ、涙を伴う慟哭の雄叫びだけを、暗い夜空に木霊させて。
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