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Chapter-01『覚醒する蒼の神姫、交錯する運命』

第三章:Long Long Ago, Dear my Memories/04

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「…………」
 ――――それから少しの時間が経過した、夕暮れ時。
 間宮遥は独り、堤防沿いの道の路肩に停めた自分のバイク……黒いニンジャZX‐10Rに寄りかかりながら、独りぼうっと夕暮れ空を見上げていた。
(今回の敵も、無事に倒すことができた。でも……あの時取り逃がしてしまった一体は、まだ見つけられていない)
 そうして夕暮れ空を眺めながら、遥は独り物思いに耽る。戦いが終わった後、こうして独りでぼーっと景色を眺めながら考え事をするのが、遥にとって最近の習慣みたいなものだった。
 考えるのは、あの時取り逃がしてしまった敵のことだ。
 真夜中の倉庫地帯で作業員たちを襲っていた、二体の敵。その内の一体はその場で倒せたが、しかしもう一体を取り逃がしたまま、遥は未だその行方を掴めずにいる。
 どうにも、そのことが気掛かりだったのだ。
 幸いにして、今日遭遇した敵は逃げる暇も与えずに倒すことが出来た。だが……あの時に取り逃がしてしまった一体は、未だ倒せずじまいだ。遥はそのことが気掛かりで気掛かりで仕方なかった。
「……私は、どうしてこんな力を」
 と、物思いに耽りながら独り言を呟き……遥は何気なく、自分の右手の甲に視線を落とす。
 そこにあるのは、ほっそりとした白く綺麗な乙女の右手だ。前に店の常連客、篠宮有紀から綺麗な手をしていると褒められたこともある。
 そう、普通の手なのだ。今彼女が視線を落としている右手は、ごく普通の右手。
「…………」
 だが――――彼女が意識を集中させた途端、その右手に眩い閃光が生まれ。そうすれば、次の瞬間には……彼女の右手の甲に、奇妙な装具が現れていた。
 ――――セイレーン・ブレス。
 ガントレット(籠手)のような形状と喩えるべきなのか。一瞬生まれた閃光が収まった後にはもう、彼女の右手にそんな奇妙な何かが出現していたのだ。
 綺麗な蒼と白のツートンカラーが目立つそれは、一見すると単なる装飾品にも思えるが……しかしそれは、彼女の右手と直に繋がっているものだ。
 そんなセイレーン・ブレス、かなり神秘的な見た目をしている。
 手の甲を覆う部分には大きな、宝石のように綺麗な石が嵌め込まれていて。更にその下、腕の甲を覆う部分にも大きなクリスタルのような物が埋め込まれている。
 一見すると、古代文明で何かの儀式に使っていた物のようにも見えるが……しかし、ブレスには経年劣化どころか傷ひとつ見受けられなかった。
「私の知らない過去、私は何処で何をしていたの……?」
 そんなセイレーン・ブレスを見つめながら、遥がボソリと小声でひとりごちる。
 ――――右手のそれは、彼女が神姫しんきである何よりもの証だ。
 彼女が、間宮遥が超常の力を有した戦士、神姫ウィスタリア・セイレーンである証。それこそが、今彼女の右手で光り輝く……蒼と白のセイレーン・ブレスだった。
「この力で、私は何をしていたの? 本当の私は一体何者で……どんな使命を帯びて、あの敵と……バンディットと戦っていたというの…………?」
 そんなこと、考えたって分かるワケがない。だって今の遥からは、過去の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっているのだから。
 この力のことを、自分が神姫であると自覚したのは、戦部家で居候を始めて少し経ってからのことだった。
 最初は、あの感覚――――バンディットが出現すると頭の中に響く、あの耳鳴りのような甲高い感覚が何なのか分からなかった。分からぬまま、本能で飛び出していたのだ。
 そうして飛び出していった先で遭遇した敵に相対し、遥はそのまま無意識に神姫の姿へと、ウィスタリア・セイレーンへと変身。そうしてハッと彼女が我に返ったのは、現れた敵を一刀の下に斬り捨てた後のことだった。
 それから暫くは、ずっと不安だった。自分が何者なのか、本当の自分を知るのが怖かった。
 ……いや、本当の自分を知るのが怖いという意味では、今だってそうだ。自分が何処の誰で、なんで神姫の力なんて持っているのか……それを知るのは、今でも凄く怖い。
 それでも、この力で奴らと戦うことが正しいことであると、いつしか遥は信じるようになっていた。神姫として誰かを守るために戦うことが、きっと正しいことであると。呼ばれるまま、無意識に神姫として戦う内に、いつの間にか遥はそう思い始めていたのだ。
 遥が自分の意志で神姫として、ウィスタリア・セイレーンとして戦うようになったのは、そう思うようになってからだ。
 以降……遥はずっと敵と、バンディットという異形の敵と戦い続けている。戦部家で居候を始めてからこの一年半ずっと、誰にも悟られることなく。
 でも、時々こうして不安になるのだ。本当の自分はどういう人間で、どういう使命を帯びて奴らと戦っていたのか。それが……無性に怖くなるのだ。
 正直言って、記憶を取り戻すことが怖い。恐らくは間宮遥という名前ではないだろう、本来の自分を取り戻すのが遥は怖いのだ。この一年半、戒斗やアンジェと一緒に暮らしてきた、間宮遥という自分が塗りつぶされてしまいそうで。居なくなってしまいそうで…………。
 それに、戒斗たちにこの力のことを知られたくなかった。
 明確な理由はない。ただ、知られたくないと思う自分が居る。自分が神姫ウィスタリア・セイレーンであることを、超常の力を有した、ヒトを超越した存在であることを……戒斗やアンジェに知られたくないと思う、そんな自分が遥の中には居るのだ。
 だから、なのだろう。彼女がいつだって誰にも理由を告げぬまま、こうして独りで飛び出しては……人知れず敵と戦っているのは。
「……私は」
 と、そんな風に遥がひとりごちていた時だ。
「あのは……」
 ふぅ、と息をつきながら右手のセイレーン・ブレスを再び消滅させ、何気なく周囲を見渡してみると――――すると、少し離れた場所で独り階段に座り込んでいる、悲しそうな顔をした学生服の少女を遥は見つけたのだ。
 あのセーラー服、少なくともアンジェが通っている神代学園のものではない。歳も彼女よりずっと下だ。
 そんな見慣れない制服を身に纏った少女は、雑居ビル一階のシャッターが閉まった店舗入り口の階段に座り込み、独りじっと俯いていた。それはそれは悲しそうな顔で、今にも泣き出しそうなぐらいに暗い顔をして。
 正直に言えば、放っておいてもよかった。所詮は他人だ、幾ら悲しそうな顔をしていたとしても、自分から関わりに行く道理はない――――。
「あの、どうかしたんですか?」
 だが、ここで放っておけるような人間なら――――遥は始めから、神姫として誰かの為に戦ったりなんかしない。
 だから遥はバイクを手で押しながら少女の傍に近づいて、悲しそうな顔で俯き座り込む彼女へと、そんな風に優しい声音で声を掛けていた。
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