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Chapter-03『BLACK EXECUTER』

第一章:戸惑い、揺れ動く紅蓮の乙女/09

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「……前にも申し上げましたが、お教えするワケにはいきません」
 自分をジッと睨み付ける、束ねられた六つの太い砲口。
 セラが右手で構えたガトリング機関砲を突き付けられても尚、遥は眉ひとつ動かさぬまま。彼女は目の前のセラに向かって淡々と、毅然とした態度で言葉を返す。
「この間は理由を訊き忘れてたわね。だから一応、訊かせて貰う。――――どうしてかしら?」
「簡単なことです。貴女に私のことを話してしまえば、私の周りの人たちに迷惑が掛かってしまう。だから……残念ですが、貴女に私のことをお話しすることは出来ません。お引き取りください、ガーネット・フェニックス」
「だったら、力尽くでも答えて貰うまでよ。セイレーン! この間のリベンジ・マッチと洒落込みましょう……!!」
「……やはり、こうなってしまいますか」
 ニヤリと獰猛に笑んで吠えるセラの態度を見て、遥は残念そうに肩を揺らし。すると彼女もまた、左手で握り締めていた細い槍……聖槍ブレイズ・ランスをセラに向かって突き付ける。
 間宮遥とセラフィナ・マックスウェル、本来なら二人とも知らぬ仲では無いはずだ。
 だが……互いに認識阻害という神姫が有する性質の壁に阻まれて、互いが見知った仲であることも知らぬまま、こうして刃を向け合っている。それはある意味では皮肉な光景で、そして……同時に、どこまでも哀しい光景でもあった。
「――――待ってよ、二人とも」
 そんな光景の哀しさを本能的に感じ取ってか、アンジェは自分を庇うように前に出ていた遥の後ろから飛び出し……今度は逆に遥を庇うように、彼女とセラとの間に割って入ってみせた。
「っ!?」
「ちょっと……アンタ、どういうつもりなの!?」
 背中では遥が構えたブレイズ・ランス、前ではセラが突き付けたガトリング機関砲が睨みを利かせている。
 そんな中に飛び込んだアンジェは、バッとセラの前に立ち塞がるかのように両手を大の字に広げていて。唐突に割り込んできた彼女の、そんな行動を目の当たりにすると……セラも、そして遥でさえもが信じられないものを見るような目で驚く。
「神姫同士がいがみ合う理由なんてない、さっき君は確かにそう言ったよね?」
 二人が驚く中、アンジェは突き付けられたガトリングの砲口に臆することなく、いつもと変わらぬ芯の強い声音で目の前のセラに告げる。
「それは……そうよ。でもそれとこれとは話が――――」
「別じゃない。僕らが戦う理由なんて、どこにも無いはずだよ」
「っ……! うるさいっ、アンタは引っ込んでなさい! 用があるのはそっちのセイレーンなのよっ!!」
 アンジェの言葉に戸惑っていたセラだったが、しかし譲る気はないと言わんばかりに立ち塞がるアンジェの言葉を耳にすると、今度は声を荒げて彼女にそう言う。退かないと撃つと言わんばかりに、ガシャリと右手のガトリングを構え直しながら。
「ううん、退かないよ」
 だが、それでもアンジェは怯まない。巨大なガトリング機関砲を前にしても、セラに凄まれても。それでも彼女は一切怯まぬまま、そのアイオライトのような瞳で真っ直ぐにセラの顔を見つめていた。
 アンジェの眼差しは、真っ直ぐすぎるぐらいに真っ直ぐで。そんな視線に見つめられていると、セラは一瞬だけ……自分は一体何をしているんだろうという気持ちになってしまう。
「っ……!」
 ――――だとしても、自分のやるべきことは変わらない。二度と、あんなことを繰り返さない為に。
 そう自分に言い聞かせながら、セラは胸の中に一瞬浮かび上がった迷いを無理矢理に振り払い。僅かに下ろしていたガトリングの砲口を再び上げ、アンジェへと向け直す。
「退きなさい!」
「退かない。だって退いたら、君は戦ってしまうから」
「っ……聞き分けのない!」
「ガーネット・フェニックス、っていうんだっけ。君が何を思って、僕たちに戦うなって言うのかは分からないよ。
 ……でもね、僕たちには僕たちの戦う理由があるんだよ。それぞれが、それぞれの守りたいものの為に戦っているんだ。決して薄っぺらい理由なんかじゃない。だから君がどんな理由で僕らに戦うなって言っても、僕たちは退くワケにはいかないんだよ。
 だから――――僕らは、戦いをやめたりしない。そして君とも戦わないよ、ガーネット・フェニックス」
 アンジェはそう言うと、再び左手のミラージュ・ブレス……下部にあるエレメント・クリスタルを光らせて。そうすれば今までのスカーレットフォームから、第三の姿に……速度特化形態のヴァーミリオンフォームへと姿を変えた。
「っ……!」
 防御力を極限まで削ぎ落とし、速さに重きを置いた形態だ。身軽になった分かなり打たれ弱いが、それでもこの状態でなら通常時のミラージュフォームをも凌ぐ速度を……更なる領域での超加速を発動することが出来る。
 そんなヴァーミリオンフォームへとフォームチェンジをしたアンジェは、慣れない形態の負荷に一瞬だけ顔をしかめたが。しかし気力でそれを押し切ると、そのままバッと踵を返し……いつの間にやら槍を下ろしていた遥に接近し、彼女の身体をサッと抱き寄せた。
「アンジェさん……!?」
「遥さんは……戦いたくないんだよね?」
 急に抱きつかれて驚く遥に、アンジェはそっと耳打ちをする。
 すると、遥は「……ええ」とやはり細い声音で頷き返し、
「出来ることなら、あの方とは戦いたくありません。やり方は乱暴ですが……でも、決して悪いヒトではないと思いますから」
「うん、僕もそう思う。だから遥さん、ここは逃げよう?」
「ですが……この状況だと、逃げ切るのは少しばかり難しいかと」
 実際、遥が囁く通りだった。
 今の状況、この間のような……初対面で刃を交えた時とは色々な意味で勝手が違いすぎる。
 周囲の環境もそうだし、お互いに初見ではないということもそうだ。上手く目眩ましに使える遮蔽物も無ければ、土埃を巻き上げて目隠しに使えるような地面でもない。或いは遥が何かしらの必殺技を地面に向かって放てば、その隙に逃げられるかも知れないが……この場の見晴らしが良すぎることもあって、逃げ切るのはやはり難しそうだ。
「大丈夫だよ、僕が遥さんを担いで逃げるから」
 そう思い、遥は難しいだろうと囁いたのだが。しかしアンジェは自信満々といった表情で薄い笑顔を見せる。
「えっ? アンジェさん、それってどういう――――」
 そんなアンジェの言葉に、遥がきょとんとした顔で戸惑ったのも束の間。ニッと笑顔を見せたアンジェは「行くよ……!」と言って両腰のスラスターを点火した。
「っ、逃げる気!?」
 点火したアンジェの両腰にあるスラスター、そこから吹き出る青白い噴煙は……今までミラージュフォームとスカーレットフォームで見せたものとは比べものにならないほど大きく、巻き起こる風圧も半端じゃないもので。その強烈な噴煙は、とてつもない加速を否応なく予感させるほどのものだった。
 だからこそ、セラはアンジェが逃走を図っているのだと気付き、声を荒げるが。しかしアンジェは遥を抱き締めたままでフッと小さく笑むと、
「ブースト……!!」
 呟くと同時に、スラスターを最大まで吹かし。そのまま加速を始めると――――ほんの僅かに瞬きをした隙に、一瞬の内に彼女は遥を抱えたままその場から姿を消していた。
「消えた……!?」
 それは、アンジェが瞬間移動をしたのではとセラが錯覚するほどの速さだった。
 しかしアンジェは瞬間移動をしたのではなく、ただ地を蹴ったのだ。一瞬の内に音速を超える速度に到達しながら、そのまま彼女は遥を抱えて一瞬の内にこの場から離脱していたのだった。
「……なんて速さなの、アンジェ」
 ――――神姫ヴァーミリオン・ミラージュ最大の特性がスピードであることは、彼女が覚醒した時の戦いでセラも十分に心得ていた。
 だが、まさかここまでの速さを見せるとは思わなかった。自分よりもずっと大きな身体の遥を抱えているにも関わらず、アンジェはセラが瞬きをした一瞬で姿を消してしまったのだ。
 ひょっとすると――――アンジェは自分が思っているよりも、もっとずっと凄い才能を秘めているのではないか。
 これは予感というよりも、確信だ。今の加速を見てセラはそれを確信していたのだ。アンジェリーヌ・リュミエールが神姫として、凄まじい才能を秘めていることを。
「…………アンタには、アンタなりの戦う理由がある。そんなこと分かってるわよ、分かってるつもりよ………………」
 ――――でも。
「それでも、アタシは止めたいの。アンタやセイレーンがこれ以上戦うのを。これ以上余計な苦しみを背負わせたくないから……だから、アタシは」
 ただ独り取り残されたセラは、静かに呟きながら変身を解除し。その場に立ち尽くしたまま、何気なく頭上の空を見上げながら……至極哀しげな、悲痛すぎるほどに悲痛な顔でひとりごちる。
「神姫なんて、これ以上必要無いのよ……! もう二度と、キャロルと同じ目に遭うは見たくない……!! もうこれ以上、誰かにアタシと同じ苦しみを味わって欲しくない…………!!」
 ――――だから。
「だから……だから! バンディットは全部、アタシが倒す! これはアタシだけの役目、これだけは誰にも譲りはしない……!! 分かって頂戴、アンジェ……!! アタシは、アンタにまで重荷を背負わせたくないのよ……!!」
 空を見上げながら、震えた声でセラは虚空に向かって呟く。
 震える声の慟哭は――――他の誰でもない、彼女の心の奥底から滲み出てきたものだった。




(第一章『戸惑い、揺れ動く紅蓮の乙女』了)
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