愛老連環の計

青伽

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幸せは悪夢のよう

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 妙に頭を冴えさせながら、王允は眠りから覚めた。
 着物が雑に着せられている。
 眠る前は殆ど感じなかった腹の傷が裂けるように痛み、あれは夢だったのかと疑った。隣で眠る貂蝉を見とめ、王允は目を見開き距離を取る。はだけた着物の下から、さらしが見える。肌も焼け、何も言わなければ貂蝉は少年のようだったが、それでも本物の我が娘であることは理解出来た。ぼんやりとしていた眠る前と違い、はっきりと貂蝉を認識した。
 待て……待て。儂は本当に娘と寝たのか!? ああ、儂は、儂は……娘を汚したのか……!? 
「夢だ……全部、夢」
 糸が絡まるような感情に襲われた。頭痛もし始める。刺した腹が、痛みを増していく。
「お義父様」
 目を覚ました貂蝉が、自宅にいた時と同じように微笑む。王允はあまりの懐かしさに、時が戻ったのだと錯覚する。
「貂蝉。ああ、会いたかった。
儂が留守の間無事やっていたようだな……貂蝉、何故そのような格好をしておるのだ。それではまるで……まるで」
 一気に現実へ引き戻される。王允は貂蝉に触れようと手を出し、半端な空で躊躇した。
「貂蝉、何故助けた?
 お前にこのような男の恰好までさせ、慰みのッ相手までさせるような、愚かな父を助けた所で何になるのだ!!」
 貂蝉は王允の手を両手で包んだ。
「私が勝手にした事です。そう落ち込まないでください。
お義父様、傷が治れば誰も知らぬ町へ行き、共に暮らしましょう」
 掴まれた王允の手が、震えだす。理由は王允にもわからなかったが、同時に腹の痛みは増していく。
「お義父様っ傷が開いたのですか」
 心配した貂蝉が、王允を安静にさせようとするが抵抗する。
「放って置いてくれ。儂など既に助ける価値はないのだ!」
「医者を連れてまいりますっ大人しくしていてくださいお義父様」
 部屋を出て行った貂蝉に王允はなお呼びかけた。
「……貂蝉、儂のことは全て忘れ、お前はどこか遠くで、幸せに生きておくれ」
 腹の痛みに耐えながら着物と帯を巻き、壁伝いに部屋を出る。廊下を苦しみながら歩いていると医者を連れた貂蝉と出くわした。
「お義父様! 何故動かれたのです」
 貂蝉に抱きかかえられ、王允はすぐ部屋に連れ戻された。気づかなかったが、傷口から血が流れていた。

「お義父様っ」
 治療を終え医者が去った後、横たわる王允に怒った貂蝉が頬を叩いてきた。勝手に動き回ったので怒る理由はわかるが、王允は再会時と今とで二度も叩かれた痛みに多少不快になる。
「お前は本当にあの貂蝉なのか? もっとしとやかであったであろう」
「以前にお伝えした通り、私はお義父様の為なら命は惜しみません。
なのでお義父様の為に強くなる努力を致しました」
 別れて随分と経過していた。
 人も変わるのだろう。
「……婚姻はどうなったのだ? 逃げて来たのか」
 同志の親戚に頼み良い家柄へ嫁がせたはずだ。
「先でお断りしました。相手も事情を知る身、理解してくれました。申し訳ございませんお義父様」
 王允は身体を起こした。貂蝉は王允の苦しさも、何もかも気付いている。
 だから男の恰好までし、儂を……。
 もう苦しみを隠すことはない。それなら謝罪ができる。王允は拱手し貂蝉へ頭を下げた。
「すまなかった貂蝉。お前をあのような目に遭わせようなどと、あれ程辛い役目だとは知らなかったのだ。
憎い相手に、身体を許し媚を売る事が、あれ程苦しいとは……っ」
「お義父様、私は」
 そう貂蝉は言いかけて、止まった。王允は董卓との情事を思い出し身体を震えさせた。
「本当に、お前でなくてよかった貂蝉……こうして謝罪もでき、もう何も思い残すことはない。
頼むからもう死なせておくれ。この王允の役目は、これにて終わったのだ」
 貂蝉はその場で跪いた。
「私の役目はまだ終わっておりません! お義父様を安全な場所へお連れして、生涯お世話をさせて下さい」
 貂蝉の申し出に意味を理解した王允は混乱し、苛立ちを禁じえなかった。
「死なせぬ事が良い事だとでも、本気で考えておるのかっ……女には儂の気持ちがわからぬか!?」
「私はただ、呂将軍と考えが同じだけなのです」
 王允は呂布の事を思い出す。
 呂布も、よくわからぬ男であったな。
 それでも董卓と比べれば良い男だった。しかしただそれだけの男だ。
「お前が、同じだと? 事もあろうに大臣の儂に想いを寄せるようなあんな男が、お前と同じ訳なかろう! 
貂蝉、お前を侮辱する者は例えお前自身であっても許さぬっ儂の大事な娘……一番侮辱したのは……儂、か……?」
 視界が揺らめきその波紋が脳まで刺激する。記憶が氾濫し混じり合っていく。
「ああ呂将軍には感謝せねば、娘を儂の手から守ってくれたのだからなっあれこそ真の英雄だ! 
お前の言う通り行かねばならぬ礼をせねば」
 王允は寝床から降りふらつきながら歩き出す。
「また貂蝉を守ってもらわねばっ儂が、儂がまた貂蝉に何かをさせる前に……貂蝉は儂の唯一残せる希望であるのに」
 数歩歩いた所で貂蝉が腕を広げ通路を塞ぐ。
「邪魔立てするな少年。お主に何の権限がある! 
儂を抱いただけでは足らぬかっ将軍の元へ行けぬのなら、儂は……儂は」
 貂蝉は、舌を出していた王允の口の中へすかさず手を突っ込んだ。
 王允は指を噛み切る勢いでくいしばる。
「ヴっ……お義父様、私です。貂蝉です! お義父様っ痛ッ」
 歯を食いしばる力が弱まっていく。王允は口内にある異物を舌で舐め確かめる。貂蝉の手を取り口内から抜いた。べっとりとした唾液が糸を引く。王允は歯型のついた指を撫でた。
「お主は、私が舌を噛み切ると思うたのか? 私が? 考えすぎだ」
「……お薬を飲まれたので混乱しているのでしょう。
お腹が空いていますよね、軽い物なら食してもいいそうなのでお食べになりますか?」
 貂蝉は痛む手を隠し、王允を寝かせた。
「お主がおると、ずっと夢を見ているような心地がしてならぬのだ……
目を覚ますと隣に董卓殿がおるような、そんな気がしてならぬ」
 王允ははっきりしない頭で、もしもこの夢が醒めぬなら隙を見て逃げ出し死のうと、考えた。
 夢であっても、娘を不幸にしたくない。
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