金蝶の武者 

ポテ吉

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14 佐竹。裏切る

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「臣下を妨害するための流言ではないのか」
清幹はゆっくりと首を振った。

「小者は竹原城を目指したが街道が封鎖され迂回して府中にきた。佐竹は小幡や片倉を囲んでいるそうだ」
小幡城、片倉砦は江戸重通の最南端の要地で大掾領と接している。
小者が府中にたどり着くのに二日も掛かったのはそのためらしい。
小者の話しには真実味がある。
流言ではない。
では、何故、佐竹は江戸を攻め滅ぼしたのか。

大掾臣下に合わせて? あっ⁉ ── 
初めから大掾を攻め滅ぼすつもりだったと思えば合点がいく。
臣下承諾は佐竹の謀略。
小田原不参陣の裏を知る両家の抹殺だ。

江戸重通は、佐竹が大軍を率いて水戸城に向かってきても、己が攻められるとは思いもしない。
不参陣でも加増されるべき大きな貸しがあるのだ。

率いた軍勢は大掾家臣の佐竹臣下を望まない者を押さえるため、とでも言えば警戒などするはずがない。
江戸は無防備のまま攻められ、重通は逃げるしかなかった。
支城は水戸城からの急報で兵を集めることができた。
佐竹が包囲しているのは城に籠ったからだろう。

「お、叔父っつま! 四郎叔父はどうした。竹原城は!」
予定通りなら、既に佐竹義重が竹原城に来ている。
案内役の義国も警戒などしていない。
無防備のうえ、身分の低い者は城に近づかないよう言い含めているはずだ。

「使いは出した。返答は‥‥ まだない」
俯いて答える清幹の肩に、春虎は手を置いた。
「真壁に落ちるのも手だ。あとは俺がやる」
信用できない義兄であるが、清幹の妻子が懇願すれば、落ちて来た義弟の首をはね差し出すような真似はしないかもしれない。
たとえ清幹はだめでも、妻子が生き残れる可能性はある。
頭を上げた清幹の目が、みるみる光を帯びた。

「すまない。腑抜けていた。わたしは常陸平氏正統大掾家当主。佐竹ごときにやられはせぬ」
大声で近習を呼ぶと甲冑の用意をさせた。

「竹原城に行かせてくれ。叔父上が気になる。騎馬武者を五人を借受けたい」
予定通りなら、既に佐竹義重が竹原城に来ている。
江戸攻撃に手間取り遅れているとも考えられる。
四郎叔父のことだ、むざむざとやられはしまい。
竹原城で佐竹の侵攻を食い止める。
そのためにも竹原の現状を知らなければならない。

「虎兄ぃ自らがか? よし、分かった。出撃を整えておく。いつでも伝令を寄こしてくれ」
本郭を出ると岡見が家臣を引き連れ向かって来るのが見えた。
春虎は呼び止め、簡単に状況を話し清幹を補佐するように命じた。

岡見は仰天したが、そこは歴戦の武者である。
目に物見せてくれると気勢をあげた。
これなら大丈夫だろうと、春虎は更に命じた。
「女子供を城下の寺に落とし、家臣ら全員を連れて府中城に入れ」
「外城を捨てろと⁉ しょ、承知しました」
かなりの間があった。

春虎が厩舎に駆け込むと既に五人は来ており、馬の用意も出来ていた。
「将監様。甲冑を御付けください」
皆鎧兜姿だ。
春虎の甲冑は外城に置いてある。
借りるにしても、時間が惜しかった。
「いらぬ」
狩衣姿のまま馬に飛び乗った。
春虎は逃げる商人らで混雑が予想される水戸口を避け、北の岩間口に馬を進めた。
   


掃き清められた大手門に続く道を義国は既に二度ほど行き来していた。
朝から準備は滞りなく終わらせていたが、室に構えていると、あれやこれやと気になって足が大手門に向いてしまうのだ。
義国は佐竹義重を竹原城で迎え府中城まで案内する役だ。
大掾家家老として当然な役命だが、どうしても気に障ることがあった。

長年領地を巡り戦ってきた香澄の海北岸の薗部、大高、手賀ら領主が、佐竹家臣として府中城に来ることだ。
佐竹従属など一時の凌ぎだと義国は思っている。
徳川との繋がりも出来た。
またぞろ世が乱れれば、真っ先に隣国の領主らが敵になる。
特に小川城の薗部正孝には取手山の領地を取られたままで、真っ先に戦う相手だ。
敵に己の城内を見せる馬鹿などいるはずがない。
悩んだ末、ある解決策が浮かんだ。
偶然頼みだが、北から来る佐竹義重が先に着けばいいのだ。
東から来る領主らを城外に待たせ、義重を急き立てて府中に向えば城に入れずにすむ。
そう思うと自ずと足が大手門に向いてしまうのだ。

侍烏帽子に直垂姿の義重は、落ち着きなく髭を弄りながら、時折、立ち止まり雲一つない虚空の空を見上げ溜息をついた。
馬鹿らしく惨めだと思った。
だが、部屋で待っていることが出来なかった。

大手門に降りる途中の高台で義国は北に目を向けた。
水堀の先に街道から城に続く小道がうねりながら伸びている。
その街道を黒点が見え隠れしながら城に近づいて来る。馬だ。
義国は慌てて大手門に駆け降りた。
佐竹義重来城の先触れが来たのだと思った。

「佐竹殿から先触れだ。皆の者、心してかかれ」
これなら、薗部らより義重の方が早く着く。
義国は、ほくそ笑んだ。が。 ──
「あれは、先触れではありませぬぞ」
「なにっ!」
大手門の前に出て、よたよたと駆けてくる騎者を見た。
野良着姿だ。
佐竹の先触れではない。
佐竹義重を迎えるにあたって、頭以上の家格の者だけを参集した。
城勤めの小者や下人はいるが、低い身分の者は城に近づくことを禁じている。

「不埒者め! 召し取れ」
大手門の警固役数人が、太刀手をかけ男めがけて駈け出した。
御触れを破ったうえ、大手道を馬で駆ける暴挙だ。
「ま、待て。手荒く扱うな。あ奴を連れてこい」
義国は男を知っていた。
領地外れの地侍の倅で名は中野といったはずだ。
触れを破るような若者ではない。

「た、大変だ。お、小幡が落ちた。さ、佐竹が攻めてくる」
警固役が駆け寄ると、嘉兵衛は馬から転げ落ち荒い息で叫んだ。
義国も駆け寄った。小幡城が落ちた? 理解が出来なかった。
「な、何があった! 話せ」
胸倉を掴み引き立たせると、中野は苦しそうに顔を歪めたが、何度も頷いた。
気を効かせた警固役が水を与えた。
門前の打ち水用だが何杯も飲んだ。

「今朝方、小幡城が炎上しました。佐竹です。やったのは佐竹です」
中野は義国の目を見てきっぱりと言い切った。
「小幡城が、燃えた?」
誰もが言葉を失った。考えが追い付かない。

「小幡は水戸の江戸重道の城だろう? 佐竹が攻めた? 味方の城を?」
誰とも解らない呟きに、皆が頷いた。
江戸は佐竹にかなり前より従属している。
既に家臣だ。
家臣の城を攻めた。分かれというのが無理な話だ。

「嘘じゃねえ。水戸も落ちたと商人が言っていた。だから、俺は小幡まで行ってきたんだ」
「商人?」
「そうです。小幡から逃げて来た商人です」
義国の目が見開かれた。

「美作! 物見を出せ!」
 割れ鐘のような怒声が飛んだ。
すぐに北に向かって騎馬が走り去った。
「中野でかした。あとで褒美をやる。帰って沙汰をまて」

義国は大手門に戻り腕を組んで考えた。
江戸重道の謀反が発覚した可能性もある。
大掾臣下で油断を誘い、その日に合わせ攻撃を仕掛けたというものだ。
だが、臣下承認自体が、初めから佐竹の謀略だったとすれば大掾も危ない。
竹原城も府中城も戦備えはしていない。
陣触れを出したところで間に合うはずがない。

義国は首を振って己の考えを打ち消した。
「まだ甲冑を着こんではならぬぞ。備えだけだ。一の館に弓、鉄砲を集めろ。急げ。急げ」

武装して迎えることなどできるわけがない。
それを理由に謀反を言い立てられる可能性がある。

城の天辺の一の郭なら、戦準備をしていても佐竹に気付かれることはないはずだ。
何事も無ければ佐竹義重を三の郭で接待すればいい。
それに従来の常陸国の戦は、敵を根絶やしにするまでの攻撃はしない。
降伏すれば条件を飲まされるものの許されていた。
敵に寛容な事も支配者には求められていて、常陸源氏嫡流の佐竹が騙し討ちなどの卑怯な振舞いにでるとは思えなかった。
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