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第1話
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鏡に映る深紅の髪の少女は、私。
リディア・フォンブラット——この王国で最も忌み嫌われる「悪役令嬢」だ。
「お嬢様、そろそろお時間です」
侍女のマリアの声に、私は長い溜息をついた。今宵は星の祭りの前夜祭。アルティシア王国で最も華やかな祝典の一つだ。本来なら胸を躍らせるべき場所なのに、私にとっては己の仮面を被り続ける苦痛の時間でしかない。
「わかったわ、マリア」
琥珀色の瞳に浮かぶ影を誰にも見せないよう、私は顔を上げた。控えめな装いながらも、フォンブラット伯爵家の一人娘として恥じぬよう、高価な深紅のドレスに身を包む。ドレスの色は私の髪と同じ——血の色と囁かれる不吉な色だ。
「今夜はエドガー様もいらっしゃいます。笑顔を忘れないでくださいね」
マリアの言葉に小さく頷いた。エドガー・ロムフェルト——私の婚約者であり、ロムフェルト公爵家の次男。温和な笑顔と碧眼の美しい青年。私にとって唯一の希望の光だった。
『この婚約だけが、私の居場所を保証してくれる最後の砦』
窓の外に目をやると、夕暮れの空が赤く染まっていた。不吉な予感が胸をよぎる。赤い空——それは十年前の「あの日」を思い出させる。六歳の私が遭遇した「赤い雨の事件」。記憶の大半は曖昧だが、空から降り注いだ赤い雨と、周囲の悲鳴だけは今でも鮮明に覚えている。
あの日以来、私は「災いをもたらす子」として恐れられるようになった。魔力が暴走して事件を引き起こしたと噂される私を、人々は避け、蔑み、時には罵った。真実を知る者は誰もいない。私自身にさえ、あの日の記憶は断片的にしか残っていないのだから。
王宮の大広間は、星の祭りを祝う貴族たちで溢れていた。きらびやかなドレスと宝石の輝き。華やかな笑顔と会話。そして、私が入場するたびに必ず生まれる、不快な沈黙の波。
「あの子が来たわ…」
「フォンブラット家の災厄の子ね…」
「よくもまあ、公の場に顔を出せるものだわ」
囁き声が耳に届く。十二年間、慣れたはずなのに、いまだに胸の奥が痛む。私は何も言わず、凛とした表情を貼り付けて進んだ。この場では私も一つの役を演じているだけ。「誰も寄せ付けない冷たい悪役令嬢」という役を。
「リディア」
声の方を振り向くと、金色の髪を持つ若い男性が微笑んでいた。エドガー・ロムフェルト——公爵家の次男であり、私の婚約者。碧眼で端正な顔立ち、常に礼儀正しく紳士的な彼は、周囲の目から私を守ってくれる唯一の人だった。
少なくとも、私はそう信じていた。
「エドガー様」
私は礼儀正しくお辞儀をする。心の奥で少しだけ安堵の息をついた。彼がいれば、この苦痛の夜も乗り切れる。
「美しいドレスだ。君によく似合っている」
エドガーは穏やかに微笑んだが、その目が私の瞳を真っ直ぐに見ていないことに気づいた。何か…違和感がある。いつもの彼とは何かが違う。
「私をこの場の中央へ案内してくれないか?」
私たちが大広間の中央に立つと、自然と周囲の人々が輪を作り始めた。王太子殿下も視線を向けている。緊張で指先が冷たくなる中、エドガーが私の手を離し、一歩前に出た。
「本日をもって、私エドガー・ロムフェルトは——リディア・フォンブラットとの婚約を解消することを、ここに宣言します」
リディア・フォンブラット——この王国で最も忌み嫌われる「悪役令嬢」だ。
「お嬢様、そろそろお時間です」
侍女のマリアの声に、私は長い溜息をついた。今宵は星の祭りの前夜祭。アルティシア王国で最も華やかな祝典の一つだ。本来なら胸を躍らせるべき場所なのに、私にとっては己の仮面を被り続ける苦痛の時間でしかない。
「わかったわ、マリア」
琥珀色の瞳に浮かぶ影を誰にも見せないよう、私は顔を上げた。控えめな装いながらも、フォンブラット伯爵家の一人娘として恥じぬよう、高価な深紅のドレスに身を包む。ドレスの色は私の髪と同じ——血の色と囁かれる不吉な色だ。
「今夜はエドガー様もいらっしゃいます。笑顔を忘れないでくださいね」
マリアの言葉に小さく頷いた。エドガー・ロムフェルト——私の婚約者であり、ロムフェルト公爵家の次男。温和な笑顔と碧眼の美しい青年。私にとって唯一の希望の光だった。
『この婚約だけが、私の居場所を保証してくれる最後の砦』
窓の外に目をやると、夕暮れの空が赤く染まっていた。不吉な予感が胸をよぎる。赤い空——それは十年前の「あの日」を思い出させる。六歳の私が遭遇した「赤い雨の事件」。記憶の大半は曖昧だが、空から降り注いだ赤い雨と、周囲の悲鳴だけは今でも鮮明に覚えている。
あの日以来、私は「災いをもたらす子」として恐れられるようになった。魔力が暴走して事件を引き起こしたと噂される私を、人々は避け、蔑み、時には罵った。真実を知る者は誰もいない。私自身にさえ、あの日の記憶は断片的にしか残っていないのだから。
王宮の大広間は、星の祭りを祝う貴族たちで溢れていた。きらびやかなドレスと宝石の輝き。華やかな笑顔と会話。そして、私が入場するたびに必ず生まれる、不快な沈黙の波。
「あの子が来たわ…」
「フォンブラット家の災厄の子ね…」
「よくもまあ、公の場に顔を出せるものだわ」
囁き声が耳に届く。十二年間、慣れたはずなのに、いまだに胸の奥が痛む。私は何も言わず、凛とした表情を貼り付けて進んだ。この場では私も一つの役を演じているだけ。「誰も寄せ付けない冷たい悪役令嬢」という役を。
「リディア」
声の方を振り向くと、金色の髪を持つ若い男性が微笑んでいた。エドガー・ロムフェルト——公爵家の次男であり、私の婚約者。碧眼で端正な顔立ち、常に礼儀正しく紳士的な彼は、周囲の目から私を守ってくれる唯一の人だった。
少なくとも、私はそう信じていた。
「エドガー様」
私は礼儀正しくお辞儀をする。心の奥で少しだけ安堵の息をついた。彼がいれば、この苦痛の夜も乗り切れる。
「美しいドレスだ。君によく似合っている」
エドガーは穏やかに微笑んだが、その目が私の瞳を真っ直ぐに見ていないことに気づいた。何か…違和感がある。いつもの彼とは何かが違う。
「私をこの場の中央へ案内してくれないか?」
私たちが大広間の中央に立つと、自然と周囲の人々が輪を作り始めた。王太子殿下も視線を向けている。緊張で指先が冷たくなる中、エドガーが私の手を離し、一歩前に出た。
「本日をもって、私エドガー・ロムフェルトは——リディア・フォンブラットとの婚約を解消することを、ここに宣言します」
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