役目を終えたはずの巫女でした

豆腐と蜜柑と炬燵

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第7章

学ぶ場所

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水曜日。
 休みを満喫しながら、勉強会の時間を待っていた。
 こうして休日をきちんと休めるようになったのは、やはり仕事をし始めたからだと思う。
 今は、月・火・木曜日が十六時まで。
 金曜日は元の世界に戻るため、王宮診療所での勤務は午前中のみ。
 土曜日は、向こうの世界で救急外来に立っている。
 少し不思議な生活だけれど、どちらの世界にも、もう役割がある。
 そんなことを考えていると、今日は二人そろって扉を叩く音がした。
 寝室とは扉一枚で区切られているが、この部屋は打ち合わせにも使われる場所だ。
 巫女仕様のため、机や椅子はやや豪華で、灯りも、長く座っていても目に負担がかからないよう調整されている。
 机を囲んで、三人が腰を下ろした。
 薬師のイルゼ・ノルマン。
 内科医師のクラウス・ベルトラム先生。
 そして、私。
「では、始めましょうか」
 イルゼがそう言って、小さな包みを机の上に置いた。
 中には、乾燥させた葉と、細かく刻まれた茎が入っている。
「今日は、解熱に使う薬草からにしようと思います」
「お願いします」
 三人がそろうと、話は自然と深くなる。
 医師と薬師では着眼点が違うし、そこに看護師である私の視点が加わる。
 忙しさもあって、一回目はイルゼだけ。
 二回目はクラウス先生だけ。
 三回目にして、今日が初めて三人そろっての勉強会だった。
「これは、熱を直接下げるというより、体が余分な熱を逃がしやすくする薬草です」
 イルゼの説明を聞きながら、私は頭の中で、向こうの世界の薬の知識と重ねていた。
(急激に抑えるわけじゃない……)
(体の反応を助ける、という考え方か)
 効き方は違う。
 でも、目指しているところは近い。
「日本では、どう扱っていたんだ?」
 クラウス先生が、興味深そうに問いかける。
「原因が分かっている病気が多くて、病態ごとに使う薬が分かれています。
 熱そのものより、理由を見ることが多かったです」
「なるほど」
 クラウス先生は腕を組み、少し考え込んだ。
「話を聞く限り、そちらの医療は、こちらより随分発達しているようだな。
 正直、うらやましいよ」
 イルゼが静かに頷く。
「ですが、原因が分からないなりに、
 “なぜそうなるのか”を考える視点は、とても参考になります」
 三人で話していると、それぞれの立場の違いが、はっきりと見えてくる。
 気がつけば、ただ教わっているだけではなくなっていた。
 時計を見ると、思っていたより時間が経っている。
「もう二時間ですね」
 そう言うと、イルゼが小さく息をついた。
「話し込んでしまいました」
「こちらこそ。つい質問が多くなってしまって」
 三回目になってから、私は思い切って声をかけた。
「このあと、簡単な食事を用意できますが、いかがですか」
 二人は、一瞬だけ視線を交わす。
「ここで、ですか?」
「はい。この部屋には調理場はありませんが、王室の食堂から運んでもらっています」
 そう言って、私は部屋の中で待機している護衛の騎士に声をかけた。
 騎士はその場を離れず、腰元から小さな通信石を取り出す。
「こちら巫女居室。王室食堂へ連絡を。三名分、簡易食をお願いします」
 短いやり取りのあと、騎士は通信石を戻して頷いた。
 巫女の部屋には台所はない。
 けれど、護衛の騎士を通せば、食堂から温かい食事を届けてもらえる。
 少しして、扉がノックされた。
「失礼します」
 部屋の中で待機していた護衛の騎士が扉を開け、外に控えていた別の騎士から、食事を載せたワゴンを受け取る。
 料理は手早く机の上に並べられた。
 パンと、温かいスープ。
 簡素だが、仕事終わりには十分すぎる内容だった。
「助かるな」
 クラウス先生は、素直にそう言って頷く。
「正直、この後、食事の支度をするのは面倒だと思っていました」
 イルゼも、少し冗談めかして同意した。
 それ以来、水曜日は自然とそうなった。
 勉強会が終わり、そのまま同じ部屋で、軽く食事をしてから帰る。
 食事をしながら、話題はさっきまでの続きになることもあれば、診療所での出来事になることもある。
 年齢はばらばら。
 けれど、同じ医療に関わる者同士、話は不思議と途切れなかった。
 この時間が、いつの間にか、私にとって楽しみなものになっていた。
________________________________________
 それが何度か続いた頃、診療所の中で、こんな声をかけられるようになった。
「水曜日のあと、勉強会を開催していると聞いたのですが」
 声をかけてきたのは、若い医師のユリウス・カーンだった。
 処置室での補助に入っている姿をよく見かける、まだ経験は浅いが、まじめで慎重な医師だ。
「薬草の話をしていると聞いて……。見学だけでも、よろしいでしょうか」
 控えめな口調だった。
 その翌週には、病棟で顔を合わせる看護師のマルタからも声をかけられた。
「桜、水曜日に勉強会をしているって聞いたわ。
 邪魔にならないなら、少しだけ参加してもいい?」
 断る理由はなかった。
 次の水曜日。
 部屋の机の端に、椅子が二つ増えていた。
 ユリウスは終始、話を聞く側に回り、必要なところだけ短く質問を挟む。
 マルタも基本は黙って聞きながら、看護の視点で気づいた点を、静かに補足した。
 イルゼとクラウス先生が主軸にいることは変わらない。
 話の流れも、これまで通りだった。
 それから少しして、参加を希望する声は、さらに増えた。
 中堅の看護師、ロッテ・フィッシャー。
 三十三歳。病棟を安定して回している、現場経験の長い看護師だ。
 もう一人は、若手の看護師、エミール・ヴァイス。
 二十六歳。まだ覚えることも多いが、観察力があり、質問をためらわないタイプだった。
「水曜日の集まりのこと、聞きました」
「ぜひ、参加してみたいです」
 二人とも、押しつけがましい言い方ではなかった。
 あくまで、邪魔にならないなら、という前提での申し出だった。
 ただ、全員がそろうことはほとんどない。
 診療所の勤務は交代制で、休みもばらばらだ。
 水曜日といっても、誰かが当直に入ることもある。
 さすがに椅子も机も足りず、全員がそろわないのは、むしろ都合がよかった。
 その場にいる者が、それぞれの知識を持ち寄って話す――
 そんな勉強会に、自然となっていった。
 人数が増えた分、時間の密度も、確かに濃くなっていると感じていた。
 その中で、一度だけ、外科医師のエルンスト先生が顔を出したことがあった。
 時間は短く、ほんの三十分ほど。
 手術の合間を縫って立ち寄ったのだと、あとで聞いた。
「今日は、随分と人が多いな」
 部屋を見渡してそう言ってから、エルンスト先生は小さく笑った。
 医師、薬師、看護師。
 肩書きも、経験も、それぞれ違う。
 それでも、誰もが同じ方向を向いて話をしていた。
「……いいな」
 思わず、口に出ていた。
「こうして、立場を越えて話ができるのは」
「診療所として、悪くない状態だと思う」
 忙しい人だ。
 長く腰を据えるつもりは、最初からないのだろう。
「現場は、個人の技量で回るものじゃない」
「こういう場があるなら、強くなる」
 それだけ言って、エルンスト先生は席を立った。
 短い滞在だった。
 けれど、その言葉は、静かに残った。
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