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少年期
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しおりを挟むレーヴェの顔つきが変わる。それこそ鈍感なランベルトにもはっきり理解できるように露骨に。憎悪に満ちた表情は、7歳の子供がするものではなかった。
「父上は私のことを憎んでいるのに、ですか?」
「なにを……」
「父上は母上を殺した私が憎いのです。だから碌な教師を寄越しもせず、私をいたぶって満足しているのです」
「そんな嘘を言うな!父上はそんなお方ではない!……俺は知っているぞ!レーヴェは教師が気に入らないと権力を身勝手に振るい、辞職するように追い込んでいるとな!陰険な奴め!俺に父上の悪口を吹き込むなんて何の企みだ!」
激昂したランベルトは、レーヴェを指差して糾弾する。張り上げた声が大理石の床に響く。売り言葉に買い言葉で、レーヴェも珍しく声を張り上げた。
「嘘も何もこれが真実です!兄上!なぜ私が晩餐に出ないのかですか?そんなことは簡単ですよ!ずっと用意された料理なんて食べたら殺されるかもしれないと幼少期から怯えて過ごしたからだ!」
「……なおも嘘を重ねるか!」
「真実を見ようともしない兄上には耳が痛い話でしょう!」
「真実だと?嘘つきのお前が使っていい言葉ではない!父上のような立派な方が使う言葉なんだ!」
あまり会わない実の弟よりも、毎日顔を合わせてランベルトを導く実の父親のほうが信頼するに値するのは至極当然である。
父親が素晴らしい人間だということを否定されたくない一心でランベルトは言ったのだ。それがレーヴェにとっての逆鱗だとは知らず。
「……っ、立派な方……ですか。呆れてものも言えない」
「父上は厳しいお方だからレーヴェには父上の愛が伝わっていないだけだろう!俺のように役目を果たせば父上はお前のことを認めて下さる」
当事者がランベルトであれば、その言葉は正しいのだ。
「私の……レーヴェの苦しみを知らぬ貴方にそんなことを言われるとは!虫唾が走る!」
ゲームのレーヴェは他人からの愛に飢えていた。遊び人だと噂されるほど、その場限りの恋を繰り返していた。プレイヤーは最初、そうやってレーヴェに引っ掛けられた女の子に過ぎなかった。
しかし共に過ごすうちに真実の愛に変わっていく。あの過程こそがレーヴェを最推しとする喪女には尊いものだった。
だが逆に言うと、それほどまでに愛に飢えた生活を送っていたのだ。
『君は私に初めて愛というものを教えてくれた。君がいなければ、私は一生虚しい世界に取り残されていただろう』
レーヴェの蕩けるようなボイスも昨日のように思い出せる。レーヴェ自身が言っていたのだ。愛なき虚しい世界に居たんだと。
だがランベルトは?
第一王子であることを当たり前に享受し、自身に満ち溢れ、我が道を行く彼に何が分かる?
レーヴェは——いや、レーヴェをこの世で最も愛する者として、歯止めの効かない怒りが全身に駆け巡る。ランベルトを睨み据え、今にも懐に隠し持った短剣を手に取ってしまいそうだった。
「殿下!」
「レーヴェ様!」
第一王子と第二王子の口論に使用人たちが手を回したらしく、それぞれの従僕が大慌てでやってきた。
少し冷静になり周囲を見渡すと、こちらを遠くから伺う使用人たちで溢れかえっていた。まるで晒し者だ。
「それでは失礼します。訓練がありますゆえ」
レーヴェが一方的に会話を打ち切って、ランベルトに背を向けた。従僕がレーヴェとランベルトの間に立って仲裁するような姿勢を取ったことで、ランベルトもこれ以上口論を続けるのは悪手だと気づいた。
互いに背を向けて離れていく。
(これを喧嘩というには生温い気がするけど、ゲーム通りならばランベルトはこの後レーヴェと仲直りしようとするはずだ)
これはシナリオ通りのはずだ。ハンスが死ぬ日はある理由によって判明している。その日はもうすぐだ。だから、正しいはずなんだ。
(この激しい怒りの感情はどちらの?レーヴェを批判された前世の私か、それとも父上のことを擁護されてしまったレーヴェとしてのものか)
いいや、とても分離できるようなものではない。
それを本能的に身体で感じ取っていた。
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完結確約 9話完結です。
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