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4.優しさ
しおりを挟むアイレッタとベアトリーチェの関係は、少々複雑である。
両親は、出会いこそ政略的な婚約・結婚であるものの、互いを想い敬う鴛鴦夫婦で、そんな二人の間に生まれた子供達は、皆美しく聡明。
長男のレトランテ、長女のアイレッタ、末娘のベアトリーチェ。顔立ちは、レトランテとベアトリーチェは母親によく似た儚く繊細な美しさをしており、アイレッタは父方の祖父によく似た迫力のある美貌を持っている。そして三人共、優秀な成績を収める優等生であった。レトランテは学生を終えた後も、父の傍でその優秀さを発揮し続けている。
絵に描いた様な理想的家族、完璧だという人もいる──姉妹の関係を除けば。
「ビーチェ、ここに居たんだね」
「兄様。お仕事は大丈夫なのですか?」
「伝書鳩役をしただけだからね。ビーチェの方も、大丈夫かい?」
「私は何も……」
「ビーチェがここに来る時は、大丈夫でない時だと思っているんだけど」
「……兄様は意地が悪いわ」
「ふふ、兄様を誤魔化そうなんて十年早いよ」
普段なら暖かな日差しに微睡める温室も、陽の沈んだ後は肌寒い。
硝子屋根の先に浮かぶ星空を見上げ、ぼんやりとしていたベアトリーチェの肩に、柔らかなブランケットが掛けられる。兄は全部お見通しだとでも言う様に、ブランケットと同じ柔らかな微笑みを浮かべていた。
レトランテの手が、白く滑らかなベアトリーチェの頬を滑る。慰める様な手付きで、ゆっくりと目元をなぞられたけれど、別にベアトリーチェは泣いてなど居ない。泣く程の悲壮感も、抱いていない。七つも歳が離れているからか、兄は自分を幼子のまま成長しないと思っている所があった。もう、指先を切っただけで泣いていた小さい女の子ではないというのに。
「少し考えていただけ。……姉様の事」
「…………」
「今度こそ、本当に嫌われてしまうかもしれませんね」
アイレッタに──姉に好かれていない事は、昔から分かっている。虐げられた事はないし、直接言葉にされた事もないけれど、両親も兄も、そしてベアトリーチェ自身も、アイレッタが妹に対して良い感情を持っていない事に気が付いていた。理由だけは、誰も知らないけれど。
「イヴとの事はビーチェのせいではないよ。むしろビーチェには、辛い想いをさせてしまって申し訳ないくらいだ」
「私は何も……」
「アヴィの事、きちんと整理する時間をあげられなかった」
アヴィとはベアトリーチェの一つ歳上で、金色の髪に赤い目をした幼い顔立ちをした少年の名だ。七年前、奴隷として売られていた所をアイレッタが引き取り、それからずっと、アイレッタの傍に控えて居る。
ベアトリーチェの、初恋の相手。
「整理も何も、初めからどうにもならないと分かっていましたから」
「それでも……折角の初恋を、苦い思い出にしてしまった」
「いいえ。恋を知れただけで、私は幸せ者ですわ」
歳の近い、可愛らしい男の子。無作法で、大雑把で、今まで出会った誰とも違う気安い関わり方が新鮮で、楽しくて。友への親しみから、恋い慕う感情へ変化するのは容易かった。
といってもそれはベアトリーチェの方だけ。アヴィにとってベアトリーチェは『アイレッタの妹』でしかなく、ベアトリーチェもこの恋が実らない事を知っていたから、何を伝える事もなく。花弁が一枚一枚落ちるのを、ただ眺めるだけの恋だった。
「将来、私の隣にいるのが誰になるかはまだ分かりませんけれど……この気持ちを知っているか否かで、見えるものも違って来ましょう」
そろそろ戻ろうと、兄を仰ぎ見た。
微笑みではなく真剣な表情を浮かべた、妖精を思わせる儚くも美しい顔立ちが、月明かりに照らされている。
「イヴは優しいから、きっと最後まで向き合うんだろうけど……俺は意地悪だからね」
「…………」
「アイレッタとの婚約は破棄されるよ。今は可能性なんて言ってるけど、いずれ必ずそうなる。その時、婚約者となるのはビーチェ、君だ」
イヴが可能性を強調したのは、ベアトリーチェに希望を持たせたかったからだ。姉の婚約者と結婚するなんて、周囲の反応は勿論、本人の気持ちや姉への思い、何処をとっても良い方向へは考えられまい。まだ可能性の段階から、そんな憂いを抱えさせたくはないという思い。
レトランテがこうして現実を告げに来たのは、希望を持たせる事が残酷だと思ったから。悪戯に引き延ばすくらいなら、いっそ一思いに断ち切ってしまった方が良い。そして早い段階からあらゆる方向への対策を練った方が、後々ベアトリーチェの為になろうという考え。
見た目も、中身も、全然似ていないのに。こういう所は本当にそっくり。
「……優しいですわ。イヴ皇子も、兄様も」
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