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5.兄と妹
しおりを挟むレトランテには、二人の妹がいる。五つ下の妹は、あまり似ていない。昔見た祖父によく似た鋭い美貌のアイレッタ。七つ下の妹は、自分とよく似た顔立ちをしている。髪色、目の色、顔の造形、全て母に似ていて、母に似た自分にもよく似ているベアトリーチェ。
可愛い妹達。アイレッタが生まれた時は、小さなその存在を天使の様だと思ったし、ベアトリーチェが生まれた時は、幼いながら守らねばと心に決めた。
アイレッタは成長が早いのか、子供らしい我儘の言わない子だった。聞き分けが良く大人びていると言えば聞こえは良いのだろうけど、実際は家族と一定の距離を置いて警戒していただけだ。特にベアトリーチェに対しては、話し掛ける事はおろか近付こうとさえしない。姉を慕っていたベアトリーチェはいつしか姉に気を遣う様になり、そんなベアトリーチェを兄である自分が慰める。時折両親がアイレッタに注意していたけれど、何故かベアトリーチェへの警戒心を強める結果になった。
「レト、ここに居たのか」
「お久しぶりです、皇子様。伝書鳩が帰って来るか心配で探しに来られたのですか?」
「レト……」
「ごめんごめん、言葉が過ぎたね」
「いや……嫌な役を押し付けた自覚はあるからな」
「元々俺の仕事だよ」
顔を背けて煙を吐く。レトランテが煙草に手を伸ばすのは、頭の中を整理したい時。今回は面倒な仕事を一つ終えて、次の仕事について考える為に人気の無い喫煙場所へと足を伸ばしたのだが。レトランテがイヴについてよく分かっている様に、イヴもレトランテの事をよく分かっている。
「そっちこそ、ビーチェに話したんだろう? それこそ『嫌な役』だと思うけどね」
「巻き込んだのは俺だろう、彼女も、君も」
「それを言うなら、君も巻き込まれたと言うべきじゃない? アイレッタとの婚約破棄について」
「こちらの都合だ」
「原因はあの子だよ」
そして現状を作り上げたのはレトランテだ。アイレッタとの婚約が破棄になったとしても、次の相手にベアトリーチェを選ぶ様なイヴではない。自分の案が無ければ別の相手が選ばれ、アイレッタもイヴ以外の王族に嫁ぐ事になっていただろう。
それを阻止した自分は、イヴにとってもベアトリーチェにとっても、そしてアイレッタにとっても加害者と言えるかもしれない。
「全ては俺の計画な訳だし、全部俺のせいにすればいいのに」
「レトの提案を受け入れたのは俺だ。この方法が国にとって最も有益であると判断した」
「……ほんと、そういう所だよ」
国の為に切り捨てる覚悟を持っているのに、清く正しく繊細。冷酷さと優しさの両方を兼ね備えているのは統治者として素晴らしい限りだが、人としては生き難かろう。合理主義極まれる自分の方が、ずっと冷たく、ずっとずっと生き易い。
「君だから、この案を授けた」
皇太子としても、人としても、素晴らしいと知っている。そんな彼だから、大切な妹を預けられると思ったし、同じだけ友人に素晴らしい伴侶をと願った。その為にもう一人の妹には犠牲になって貰う事にはなったが、それは仕方がない。
アイレッタでは、この国の皇后にはなれない、出来ない。
「ビーチェの事は、よろしくね」
「……あぁ」
「複雑そうな顔、するべきは俺じゃない?」
苦しそうな、でも仕方ないと知っている様な、変な顔。イヴは自分の前だと、冷酷なんて嘘みたいに情が深い。レトランテが既に割り切っているのだから、気にしなくてもいいのに。
大事な妹、生れて初めて天使を見たと思った、可愛いアイレッタ。君にも幸せなって欲しかったのは、嘘じゃない。
(ごめんね)
それでも、君を切り捨てられる兄で、ごめんね。
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