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8.明くる日
しおりを挟むベアトリーチェが帰宅した時、他の家族はまだ帰っていなかった。姉との話し合いが長引いているのか、他の理由かは分からないが、一人部屋に籠れる状況はありがたい。
部屋に入ってすぐにドレスを脱ぎ捨ててルームウェアに着替えた。くしゃくしゃなまま足元で横たわる鮮やかなドレスを放って、綺麗に整えられたベッドに横たわる。
慣れ親しんだ温かさ、柔らかさ。ここで朝起きて、夜に眠る。時々部屋を抜け出して夜風に当たり、兄に見つかって秘密のココアを飲んだりとか。
そんな日は、きっともう訪れはしないのだろう。
「…………」
もそもそと上体を起こすと、大きな窓の外に輝く月が見えた。明日から、ベアトリーチェの生活は一変する。貴族令嬢だった今までとは比較にならない程の注目、好奇の眼差しを向けられるだろう。姉を知らぬ者には値踏みされ、知る者には侮蔑される。想像するだけでも随分と茨の道。
胃の辺りがキリキリして、息が止まってしまいそうだった。いつもよりずっと早い心臓の音が耳の奥で鳴り響いている。
逃げられないと分かってからの方が緊張してしまうのは何故だろう。逃げられないという事実のせいだろうか。挑むしかないと理解しているから、失敗がより恐ろしくなるのだろうか。
「……しっかりなさい、ベアトリーチェ」
強く深く息を呑んで発した言葉は、思っていたよりもしっかりとした輪郭をしていて、空気に溶けてしまう儚さはなかった。その事に、泣きたくなる程に安心した。
大丈夫、私は、私が思っているよりもずっと強い。
「なすべき事を、成すのです」
なすべき事を、成す人を支えるのです。その為に出来る事は何か、考え続けるのです。この立場に生まれた以上、多くの命の前に立つ以上、蹲る事は許されない。そして自分以上にそうあらねばならないイヴの背を、護られながら支えられる女にならなければ。
「ッ……」
ぺちん、と。何とも情けない音が鳴った。自分では力一杯両頬を打ったつもりだったが、こんな軽くて小さい音しか出ないとは。
この音が、今のベアトリーチェの実力だ。軽くて小さい。この国にとって、国民にとっての存在価値。今いる場所が見えたなら、後はただ進むだけだ。使うのは頭、用いるは権力、要するは立場。
「ふぅ……よし、寝よう」
こんな子供騙しな儀式で、腹は決まったりしない。そんな簡単に定まる感情なら、きっと揺らぐのも簡単だ。ただ何の根拠もなく、大丈夫だと思って眠れる。それだけで明日を迎える覚悟は出来た。
整えられた布団を手繰り寄せる様にして、柔らかな温もりの埋もれた。頭まですっぽり隠れると、無敵の要塞に守られている様で。日の出の光にすら起こされる事無く、ただゆっくりと眠る事が出来た。
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