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7.立場の変化
しおりを挟む「ビーチェ、ティーセットの用意が出来たから、こちらにおいで」
「ありがとうございます、兄様」
「どういたしまして。疲れただろう? 今日はゆっくり休むといい。明日からも忙しくなるだろうからね」
「……姉様は」
「父様達と話しているよ。朝一で旅立つ事になるだろうね」
「お会いする事は、出来ませんか」
「止めておいた方が良い、としか言えないかな」
二人切リになった室内で、兄から手渡されたカップで両手を暖める。自覚はなかったが、相当気を張っていたらしい。冷たくなった指先に血が通い、ジンジンと熱を持っていくのが分かった。
「今のビーチェとアイレッタでは立場が違いすぎる。廃位された訳ではないけれど……家族と呼ぶには、あまりにも」
「……そこまで、来てしまったのですね」
「手は尽くしたよ、君も、俺達も。それでも届かなかったのだから、後は距離と時間を取るしかない」
「兄様の言う通りです。それは分かっております……全てお任せしてしまって、ごめんなさい」
「これも俺の仕事だよ。側近としても、兄としてもね」
美しく微笑む兄に、年齢以上の差を感じた。それは経験値の差で、これからベアトリーチェが身に付けなければならない技術の話でもあった。胸中渦巻く蟠りなど欠片も伺わせず、優しい世界で幸せに笑っている様に見せるのも、この地位に座った者の責務である。厳しい世界を切り開くのが男なら、その世界を幸せに見せるのは女の仕事だ。
「さて、これからの事は想像していると思うけれど」
「はい。ですが今一度確認してもよろしいですか?」
「勿論。今日は一先ず家に戻るけど、準備が済み次第、皇城に移るから。城での事はイヴに聞いた方が早いだろうけど、俺もいるから何かあったら訪ねておいで」
「はい、ありがとうございます」
式典での反応を見るに、皇城でも似た様な考えの人は多かろう。覚悟の上とは言え、四面楚歌の中一筋の光があるとないでは、重量が大きく違ってくる。
「二人とも、ここにいたのか」
「おかえり、イヴ。思っていたよりも早かったな」
「挨拶だけだからな。時間のかかるものではないだろう」
「まぁ、そうだね」
自分達を追ってきたイヴの登場に慌てて立ち上がろうとしたベアトリーチェを制して、レトランテが慣れた動作で出迎える。きっと仕事の時はこうして並び立っているのだろうと、簡単に想像出来た。
これからはベアトリーチェも、そこに並ぶ一人になる。
「おかえりなさいませ、イヴ様」
「……ただいま、であっているのだろうか」
「ふふ。ここはまだ会場内ですし、それだと不思議な感じがしますね」
空気が和やかに感じるのは、さっきまで張り詰めた空間にいたからだろうか。決して気を抜ける場ではないけれど、自然に笑みを浮かべられる程度には肩の力が抜けているらしい。
怖いくらいに凛としていた皇太子も、ここではイヴという一人の青年でいられる。それは決してベアトリーチェの功績ではなく、レトランテという無二の親友の存在があるからだけれど。
「俺はまだ残るけれど、君は先に帰るといい。今日は気を張って疲れたろう」
「お気遣いは有難いですけれど、イヴ様が残るなら私も残った方が」
「君は自分の仕事を完璧にこなしてくれた。後は俺とレトがすべき事だから、ゆっくり休みなさい」
「……はい、ありがとうございます」
婚約者になったからと言ってベアトリーチェに出来る事は何もない。卒業パーティーで美しい笑顔を崩さない事、それが今のベアトリーチェに求められる全てであり、これ以上は出しゃばりの謗りを受ける域だ。正式な妻となれば、それこそ嫌と言う程に仕事は増えるし、美しさを求められながら貶される矛盾の中を乗り切らねばならない。残り少ない少女の期間だけが、ベアトリーチェの人生で最後の自由時間となるだろう。
「ではお言葉に甘えて、お先に失礼させていただきますね」
「あぁ、お疲れさま」
「ゆっくりお休み」
「お二人も、ご無理をなさらないでくださいね」
迎えに来たマクシス家の執事に従って部屋を出る。ちらりと背後に視線を向けると、気付いた兄が手を振っている。イヴの方はすでに背を向けていて表情は伺えなかった。
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