チルアカ

藍色綿菓子

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新しい日常

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「ナツミ!」
 顔がぼやけて見えない。でもその人は笑顔だった。いつも爽やかな笑い顔を向けてくれる。関わって、安心できる人だった。背格好は私と同じくらい。あまり高くないんだなぁ、でも少し私の方が低い。その人を呼ぶといつも安心したみたいな返事をくれたんだ。それがその日は返ってこなかった。
 なんでかなぁ。私の胸には後悔ばかり。どうしてこうなっちゃったのかなぁ。色々なことが……悪かったんだろうなぁ。その人はもう帰ってはこなくて、それで……だから……。
 目が覚めたとき、目頭がぼんやり熱くて、まばたきをしたらしずくが頬を伝った。あれは誰だったんだろう。
 用意されていた洋服を着る。ラベンダー色の上品なドレスで、重かった。着方がわからずうろうろ眺めていたら、例の如く部屋にどかどか入り込んできた雅で優雅なお姉様方が着付けてくれた。あれこれ触られた部分が気恥ずかしくて朝が来るのが怖い。着せてもらっておいてなんだけど、この服お嬢さんすぎて私に似合わないと思う。もっと猿っぽい服の方がいいんじゃないかな。
 食堂まで案内されて朝食の席に着くと、まるで久々に会えた喜びを表すかのように、アルバートに両手を握られた。朝の挨拶がある。距離の近さに引きながら返す。距離が近い。
 食卓には花のサラダ、透明なスープ、パンなど見た目受け付けられる物が増えている。ホッとした。
「君が食べられるものを増やしたよ」
 いかにも恩着せがましい様子でアルバートが言った。礼を言いながら皿を取る。
「ところで今口にしてるそれ、なんだと思う?」
 透明なスープの中に貝の中身のように見えるものがあった。味はまろやかでクリーミー。美味しい。アルバートはいやらしく笑う。悪い顔だ。
「知りたくないです……」
「残念」
 見ていると、アルバートは小食だ。赤いワインのような飲み物に頻繁に口を付けて、食べ物は放置しているか、申し訳程度につついている。朝は食べない人なのかもしれない。よくいる。付き合ってくれているのだろうか。昨日の晩餐は彼も食べていた。
 花のサラダが案外美味しくて気に入った。肉厚に品種改良でもされたらしい花弁が瑞々しくて美味しい。ただ、食事中ずっと視線を感じるのには慣れない。いつ見上げてもアルバートと目が合う。目が合うと微笑まれる。いつも彼が私を見ている。
「食事の後には庭を案内しようと思うんだ」
 朝だけど、深い夜の色を映す両の瞳が、蠱惑的に笑んでいる。
「仕事はどうしたんですか?」
「せっかくの客人だというのに仕事なんてしてられないよ」
 昨日と言ってることが違う……と思ったら、流石に冗談だったらしい。案内したら仕事に行くとのこと。これはさっさと食事をかっこんで庭に行けということだな、と理解した。
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