チルアカ

藍色綿菓子

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 気に入るはずなんだ、と確信を持っている様子のアルバートが私の手首をがっしり掴んで(酷く冷たかった)庭へ連れて行かれる。ドレスとともに用意されていたヒールのある靴が履き慣れなくて痛い。アルバートにそれを告げると、気付かなくてすまなかった、という言葉が降ってきて腰を抱かれた。意味あるのか。この腕に意味はあるのか。ゆっくり支えられながら歩く。近い。私の鼓動が速くなっている。
 満を持して見せられた庭は、アルバートがあんなにも見せたがっていたからにはそこそこなんだろうな……と冷めた気持ちでいたのが一気に吹き飛ぶ庭だった。圧倒される、小さな世界。日光が降り注ぐ下で輝くように存在を主張する草花。完璧に計算され尽くした造形、噴水まである。こぢんまりとしつつも、そこは完璧だった。置かれたベンチ、テーブルの位置まで黄金比でも使ったかのように美しい。花があふれている……。蔓の巻き付いた翼の生えた魔物の彫像。
「素敵な庭! ですね!」
 アルバートは懐かしむように目を細めていた。眩しいのかもしれない。屋敷の中でもここは日差しが強い。
「いつまででもいていいよ」
 アルバートは優しい。時々意地悪をされるけど、些細な冗談ばかりだ。多分性格が悪いのだろうとは思う。けど、なぜか私には優しい。
 私は庭に残った。いつまでいても飽きない庭だった。アルバートは仕事に向かった。花で冠を作って、翼の生えた鷹のような顔でライオンの体みたいな複雑な魔物の彫像にかぶせてあげた。アルバートには絶対に似合わない花冠だ。不自然なほど虫のいない花畑だった。人影もない。手入れをしている人がいるだろうに。
 昨日と同じように浴室に押し込められて、わしゃわしゃ洗われた。耳に水が入らないように優しく折られるのが気恥ずかしい。赤ちゃんじゃないぞ! 洗われた後には香油のようなものを塗り込められて、体中いい匂いにされてしまった。謎の女性達は言葉少なに立ち去っていく。
 ぐったりしながら夕食の席へ。アルバートは遅れてやってきた。彼は私と目が合うといつも微笑む。だから彼が歩いている際の、無表情の横顔を見て、端正な美人顔に不思議と恐怖を覚えた。美しすぎるものは怖いのか。真顔怖い。少し垂れ目なんだな。
 にこりと笑む彼とともに、食事をしながら庭の感想を話した。あんなにも美しい場所は初めてだと。そうだろうと彼は自慢げだった。「君のための場所だ」と言うから、冗談やめてくださいよと話した。一瞬彼が切ない顔をしたように見える。すぐに話は切り替わった。
「記憶は」
 医師のようだった。何がって、雰囲気が。カウンセリングとすごくよく似ている。私はカウンセリングを受けたことがあるらしい。なぜ受けたか覚えていないけど。学校の心の相談室みたいなところだった気がする。確か、ろくに効果が得られなかった……。
「すみません。思い出したいけど、頭が痛いから……」
「思い出せない? 思い出したくない?」
「思い出したくない……」
「無理をすることはない」
 アルバートは嬉しそうだった。特に家族のことが思い出せない。あんなに毎日顔を見ていたはずなのに。毎日? それならどうして忘れてしまったんだろう。一人暮らしだっけ。いや、いやいや、高校生だ。高校生だから一人暮らしじゃない、母と、父と、暮らしていたはずだ。あれ、片親だったかな……。
 不安になってしまった。だって全く、思い出せない。頭が痛い……。
「家族……」
「ん?」
「アルバートさん、家族の話……聞きたい」
「私のか? 家族ね。家族はいないんだ……欲しいんだが」
 頭が痛い。
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