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第3章 第三王女直属特別隊

第39話 アタランテと競走

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 アタランテと二人で同じお湯に浸かり、結構な時間が経つ。
 日が暮れ始めた頃に風呂へ入り、今ではすっかり日が落ちてしまっているのではないだろうか。
 そろそろ夕食を済ませて就寝したいのだが、アタランテがお湯から出ようとしない。
 しかし、せっかく女の子と一緒にお風呂へ入ったと言うのに、互いに会話も無く、ただただお湯に浸かっているだけというのはいかがだろうか。
 あと、一つ後悔しているのは、部屋の灯りを淡い光にしてしまった事だ。
 薄暗い良い感じの雰囲気なのだが、その暗さ故に、お湯の中が良く見えない!
 アタランテの猫耳や赤く染まった顔は良く見える。だが肝心のおっぱいや、そのスリムな身体が殆ど見えない!
 今からでも、光魔法を追加しようか。

「ん……」

 如何にして水の中にある身体を見ようかと思っていると、アタランテの方から俺に寄り掛かってきた。
 これは……これは、そういう事だなっ!
 水の中で恐る恐る肩に手を回すと、

「アタランテ……」
「もう……無理」

 ぐったりとしたアタランテが気を失ってしまった。

「あ、あれ? アタランテ?」
『ヘンリーさん! 何をしているんですか! 早くお湯から出してあげてください。長時間お湯に浸かり過ぎて、のぼせてますよっ!』
「えぇぇぇっ! どうして!?」
『だって、お湯から出たらヘンリーさんが穴が開くくらい凝視するでしょ? それが嫌だったんじゃないですか?』
「そ、そんな……って、ショックを受けている場合じゃないな。とりあえずベッドだ」

 具現化魔法で簡易のベッドを作り、空間収納魔法で街を出る前に買い込んでいたタオルと毛布を取り出す。
 毛布を敷いただけのベッドにアタランテを運んで寝かせると、風邪を引かない様にタオルで身体を拭いていく。
 仰向けに寝る全裸の猫耳少女をタオルで拭く……服を着ていた時は看病だと言い張ったが、これは流石に犯罪の香りしかしない。……しないんだが、濡れたままにしておけないもんね。
 ピンク色に染まったアタランテの肌は温かく、そして柔らかい。
 一旦、顔から足の先まで水を拭き取ったが、全裸のままというのは良く無い。だから服を着せてあげなければ。
 風呂へ入る前にアタランテが脱ぎ捨てた服から、真っ先に小さなピンクの布――もちろんパンツを手に取る。

『ヘンリーさん、鼻から血が垂れてます。あと、顔に近づけ過ぎじゃないですか!? というか、そのパンツをどうする気なんですかっ!?』
(アオイ。俺はもう、死んでも良いかもしれない)
『ダメですよっ! ヘンリーさんには魔族を、最悪の場合魔王を倒して貰わなくちゃいけないんですから! 勇者として立ち上がり、世界を救って貰わないと!』
(えっと、これはあくまで服を着せるためであって……先ずは右足からで良いかな?)
『どっちでも良いですし、というかもう一枚毛布を出して被せれば済む話ですよっ! というか、そんな事より私の話を聞いてました!?』
(ところでアオイ。何かこう、俺が見ているこの視界を鮮明に記録するというか、いつでもハッキリくっきり思いだせるようにするというか、超精密な絵として残すような魔法は無いか?)
『ありませんよっ! って、ヘンリーさん!? ……ヘンリーさん? あぁぁぁ、鼻から大量出血で貧血を起こすとか情けないんで勘弁してください! ヘンリーさーんっ!』

 危ない、危ない。
 アタランテの為とはいえ、眠っている全裸の少女にパンツを履かせる事がこんなに危険だとは思わなかった。
 この足元から見るこのアングル……いろんな意味で危ない。
 残念だが、俺のレベルではこれ以上先には進めないようだ。
 悔しいが、アオイのアドバイスに従い、もう一枚毛布を出して、アタランテに被せておこう。
 しかし、片足の足首だけに通されたパンツって、妙にエロいのは何なのだろうか。
 あ……ダメだ。これ以上血を流したら、本当に倒れてしまう。
 名残惜しい、本当に勿体無い状況なのだが、俺の身体がもたないので、空間収納魔法で俺の分の毛布も出して包まり、就寝する。
 そして翌朝。目覚めて身体を起こすと、寝ぼけた視界の中に、着替えを済ませて戦闘準備を完全に終えたアタランテが映った。

「貴方……競走しないかい?」
「競走? 一体何の事?」
「これだよ」

 良く分からないままに、アタランテが示す先を見ると、血の付いた毛布がある。俺の鼻血が垂れて、付いてしまったのだろう。

「これがどうかしたの?」
「ど、どうかしたの……って、この身体では初めてだったんだよ。なのに、私がのぼせて気を失っている間に……だから、競走しよう」
「ご、ごめん。話が全然見えてこないんだけど」

 俺の鼻血と競走が全く結びつかない。あと、初めてっていうのは何だろう。
 裸を見られたのが初めてって事か? 確かに胸は触っていたけど、見ては居なかったしな。

「生前の私は、結構モテたんだよ。でも、狩猟の女神様を信仰している私は処女を貫き通し、生涯独身で居るつもりだったんだよ」
「そんな……勿体無い。アタランテはこんなに可愛いのに」

 アタランテは胸が少し控えめなのが残念だけどソフィア程ではないし、見た目も悪くない上に猫耳という属性まである。これでモテない訳などないだろう。

「かわ……コホン。で、でも、余りに言い寄って来る男性が多いから、命を懸けて私に勝てたら結婚するって条件で、競走をしていたんだ」
「命を……壮絶だね」
「まぁね。私は当時世界で一番足が早かったから無敗だったんだけど、あの男性がリンゴの罠を……いや、この話はいいよ。とにかく、順番が逆になっちゃうけど、私の中のルールを守るためにも競走して欲しいんだよ」
「……よくわからないけど、とにかくアタランテと競走すれば良いんだね?」
「うん。お願い」

 一先ず俺も出発する準備をしようと毛布から立ち上がり、

「にゃぁぁぁっ……き、昨日、これが……」

 顔を赤く染めたアタランテが両手で顔を覆い、指の隙間から目だけ出して俺に――いや、俺の下半身を見ている?
 そういえば、随分とスースーするけど……?

「どわぁぁぁっ! しまった! ご、ごめん。アタランテ」
「い、いや。今更、もういいんだよ」

 良く考えたら、俺も昨日、風呂上がりの格好のままで寝てしまったんだ。
 まぁ昨日一緒にお風呂へ入った仲だし、今更と言われればそうかもしれないが。
 チラチラとアタランテの視線を感じつつ着替えを済ませ、具現化魔法で生み出した簡易の小屋を解除すると、景色が一転して山の中に。

「じゃあ、あそこに見える大きな樹をゴールにしよう。準備は良いかい?」
「俺は良いけど、アタランテはそんな大きな弓や矢を持ったまま走るの?」
「うん。今まで、この格好で走ってきたからね。条件は同じにしておきたいんだ……だから、お願い。私に勝って」

 アタランテの中で決め事があるのかもしれないが、矢まで持たなくても良い気がするんだけど。

『あの、ヘンリーさん。彼女の話と、条件を同じにするという話からすると、負けたら撃たれるんじゃないですか?』
(いや、流石にそこまではしないんじゃない?)
『甘い! 甘いです! 彼女は狩猟の女神を信仰していると言っていました。神聖魔法を使えないヘンリーさんにはピンと来ないかもしれませんが、信仰心って凄い――場合によっては怖いんですよ?』
(そうなのか? じゃあ、出来る事はしておいた方が良いかな?)
『そうしてください。敏捷性を上げるアジリティ・ブーストを使っておきましょう。……ヘンリーさんにとっては、勝っても負けても大変ですが』

 神聖魔法の身体強化は効果が凄過ぎるけど……まぁアタランテは世界一足が早かったと言っていたし、ハンデとしては良いか。

「じゃあ、この小石を投げて、地面に着いたらスタートって事にしよう。いくよっ」
「わかった。……アジリティ・ブースト……」

 小声で神聖魔法を使い、アタランテの投げた小石が地面に着いたと同時に走りだすと、

「え? あ、あれ?」

 自分でも怖いくらいの速度が出て、ぶっちぎりで勝利してしまった。
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