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20(最終話)

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フィンリスは苛々としていた。

あのクソ野郎め、身分に傘立てて!いつもディアスに守られてばっかりで自分は大したことないのに!あんなやつよりもよっぽど俺の方がディアスに相応しい!

「ねぇ」
その時不意に声をかけられた。
振り返るとピンク髪のかわいらしい少女が立っていた。
「何だ?」
「私は伯爵令嬢よ!口のききかたには気をつけなさい!…って、そんなことじゃなくて。」
彼女はこほんと小さく咳払いをした。
フィンリスは美人なのに何だか嫌な感じのする奴だなと印象を抱いた。

「あなた、一緒に憎きシルヴィンに痛い目を見させてやらない?」
彼女の目はギラギラと輝いていた。
フィンリスは迷わず彼女の手を取った。



夕食の時間、シルヴィンは重い口を開いた。
「ねぇ、ディー。僕に何か隠してることない?」
「俺がシルに隠すことなど何もない。」
ディアスは平然としてそう答えたが、長い付き合いであるシルヴィンには嘘をつかれたことがわかった。
シルヴィンがディアスに嘘をつかれたことなど一度もなかった。隠し事は無しだと幼い頃から約束していたのに。
「ディーがそういう態度なら僕もそれなりの態度を取るよ。僕ってそんなに信用がなかったんだね。」
シルヴィンは怒ったような傷ついたような顔をし、ごちそうさまと言って自室に戻った。
「シル!」
「僕の気持ちが落ち着くまでしばらく話しかけてこないで。」
シルは1人部屋に戻って深いため息をついた。


「珍しいわね。今日はディアス殿下とはご一緒じゃないだなんて。」
アナイズの瞳には心配の色が映っている。
「お前らが喧嘩するなんて初めてのことじゃないか?」
デレクは少しおちょくる。
「やっぱりフィンリスさんのことが気になって…?」
アナイズは眉を顰める。
「フィンリスくん?それは関係ないよ。」
「ええ!フィンリスさんとディアス殿下の不貞を疑っているのではなくて!?」
「ディーが浮気?ありえないよ。ディーは僕のことを世界で1番愛してるんだから。それだけは絶対にない。」
はっきりと言い切るシルヴィンに、デレクはそういえばシルヴィンはこんな奴だったなと思い出す。ディアスがどれほどシルヴィンのことを愛しているかなんて、本人が1番分かっているのだ。
「じゃあシルヴィンは何に怒ってるわけ?」
「フィンリスさんに政略結婚がどうのこうのって馬鹿にされたって聞いたわ。その対応でディアス殿下に怒ってるのかしら?」
「僕たちは政略結婚って思われた方がいいから、それはいいんだ。」
「どうしてよ?」
「僕は男だろ?世継ぎが必要な王太子の婚約者に男は選ばれることは滅多にない。よほどその結婚に価値がある時くらいだ。だから、政略結婚と思われてもこの結婚には価値があるって思われた方が頭の堅い人たちにも認められるからさ。」
「じゃあ何に怒ってんだよ。」
デレクが首を傾げる。
「ディーが…、ディーが僕に隠し事してるんだ!何かはまだはっきりと分かってないけど、嘘をつかれたことなんて今まで一度もなかったのに!僕ってそんなに信用されてないのかな。僕も将来王家に連なる者なのに…。そう思うと悲しくて、悔しくて…。」
シルヴィンの長いまつ毛が頬に影を落とした。
「まぁ、元気出せよ。」
デレクがシルヴィンの頭を優しく撫でようとしたとき、
「シル!」
大きな声で名前が呼ばれた。

振り返るとディアスがいた。隣にはフィンリス。フィンリスは少しニヤけたような笑みを浮かべている。
「お前、ディアスを置いていくなんて酷いんじゃないのか~?ディアスが可哀想だぞ。お前のわがままに振り回されて!」
フィンリスは周りの人にも聞こえるように言う。
「フィンリス!言い過ぎだ。お前には関係ない。」
制止するディアスにフィンリスはムッとした表情を浮かべる。
フィンリスの言葉に学生たちは、やはりシルヴィンは悪役令息だったかなんて声もちらほらあがる。

「ディーは何か僕に言うことよね。」
「ない。それは絶対に言えない。」
ディアスの決意は固かった。
「じゃあしばらくお互い離れよう。僕も辛いんだ。」
シルヴィンはディアスを真っ直ぐ見つめる。
「じゃあこれからはディアスは俺と一緒に過ごそうぜ!昼メシも一緒に食おう!」
ギスギスとした状況に喜びを隠せないフィンリスにシルヴィンは耐えられなくなりその場を立ち去った。


それから2人が共にいるところを見なくなった。代わりに2つの噂が流れ出した。

「ディアス殿下とフィンリスは恋仲」
「シルヴィンはある女生徒を虐めている」

少しずつ誤解が解け、友達も増えてきたシルヴィンの周りにはまた人がいなくなっていった。それでもデレクとアナイズ王女は態度を変えなかった。


「本当よ。ぶたれたときは本当に痛かったわ。お庭を歩いていたら水を頭からかけられたことだってあったの!」
「まあ、ひどい!大変でしたね、セシリア様。セシリア様がそんなに辛い目に遭っていたなんて知りませんでしたわ。」
「きっと私がディアス殿下と少しお話ししたことが許せなかったのでしょうね。束縛がひどいと聞きますもの。」
セシリアは瞳を潤ませ、さめざめと泣く。
「本当にシルヴィン様は許せませんわ!」
令嬢たちがカンカンに怒っているのを見て、セシリアはニヤリと顔を歪ませた。


シルヴィンは校舎裏でたまたまフィンリスとすれ違った。しかし、シルヴィンは何事もないかのようにフィンリスを無視して平然と歩いた。それがフィンリスをまた苛立たせた。
「ディアス殿下が言ってたぞ!お前なんてもう嫌いだってな!婚約破棄されるぞ!」
その言葉にシルヴィンは歩みを止める。
「今、何て言った?」
「ディアスはお前のことなんて嫌いだって言ったんだ!お前の顔など見たくもないって!」
「もう一度言ってみろ。もし嘘だった場合、罪は重い。」
いつものホワホワとした空気感が消え、殺伐とした表情にフィンリスは少し怯える。しかし、その間にもシルヴィンはフィンリスとの距離を詰めてきた。鼻と鼻が触れ合いそうになるくらい近づく。

「そう言うことだったのか。」
急にシルヴィンはハッとした表情を浮かべ、納得したかのように呟いた。
「はぁ?どういうことだよ。」
「何でもないよ。ディーには少し悪いことをしてしまったな。謝らないと。」
先程まで冷気を漂わせていたのに、すっかり春の陽気のような暖かさを漂わすシルヴィンにフィンリスは戸惑う。

「もう仲直りすることに決めたよ。君にも迷惑をかけてごめんね。」
「はぁ?」
シルヴィンはそうとだけ言い残して去っていった。足取りは軽かった。


「ディー。」
放課後、ディアスの教室にシルヴィンが現れた。
「一緒に帰らない?」

「ディー、今まで素っ気無い態度とってごめん。ディーに隠し事されたことが悲しくて、ついあんな態度をとっちゃったんだ。」
「いや、俺も悪かった。昔シルと隠し事はなしって約束したのにな。」
「ディー…」
「でも、急にどうしてなんだ?」
「今日、フィンリスくんに話しかけられてね。ついつい僕怒っちゃって、彼の顔に近づいたんだ。その時見えたんだよ。メガネに隠されてた…彼の瞳を。」
「シルも気づいたか…。」
「うん。流石にね。あの黄色い瞳はオーギュスト王国の王族にしか現れない。」

彼の瞳は黄色く輝いていた。この国より北に位置する国、オーギュスト王国の王族の証。

「そうだ、そのことに気づいた俺はフィンリスについて調べた。そして思い当たったのが、今の王弟の隠し子なのではないかということだ。」
「王弟の?」
「ああ、彼は今から20年ほど前に、異国の踊り子と恋に落ちて駆け落ちしたようだ。そこから音信不通となったらしい。その時の踊り子の髪色は珍しい緑色だったそうだ。
今、オーギュスト王国では後継者問題が勃発している。今の国王の子供はどちらも女だからだ。あの国では基本的に男が国を治めることになっているからな。」
「それでフィンリスくんは後継者争いに巻き込まれるかもしれないということか。」
「今長女である王女に王になってもらうことで話がまとまってきている。今、フィンリスが現れたら厄介なことになる。だから、オーギュスト王国と内密に連絡を取ってフィンリスを保護しようと考えていたんだ。
他国の後継者問題に関わる話だ。シルを巻き込むわけにはいかなかった。しかし、この状況を知った以上は見逃すこともできず、父上から監視するよう命じられた。不安にさせて本当にすまない。俺はシルが1番大事なのに。」
ディアスは深々と頭を下げた。
「そんな!謝らないでよ。僕の方こそごめんね。ディアスの事情なんて知らなかった。」
ディアスは目をパッと輝かせる。
「じゃあ今日からまた一緒にいてくれるか?」
「もちろんだよ。」
「寝るのも?」
「もちろん。」
シルヴィンはクスクスと笑った。
シルヴィンも広いベッドで1人で寝ることに寂しさを覚えていたのだ。

「ディー、大好きだよ。」
小さく呟いたシルヴィンの声はしっかりとディアスの耳に届いたようだ。
ディアスはシルヴィンをお姫様抱っこし、そのまま自室へと向かった。


「あれ?もう仲直りしたんだ。」
「デレクにはたくさん心配かけちゃったね。」
シルヴィンは恥ずかしそうに微笑む。
「すまない、迷惑をかけたな。」
謝るディアスはとても幸せそうだ。
「何はともあれ、幸せそうで良かったよ。」
「ああ、本当に幸せだ。」
ディアスはそう言ってシルヴィンの手に口付けた。


「何よあれ!なんでもう仲直りしちゃってるわけ!?」
「知らねぇよ!なんか急にシルヴィンが納得して仲直りするとか言い出したんだよ!」
「はぁ?それってあんたのせいなんじゃない?」
「俺のせいにする気か?元はと言えばお前の計画が杜撰だったんだろ!」
「私が頑張ったおかげであの噂が広まっだんだからね!」
2人はいがみ合う。今にも殴り合いが始まりそうだ。

「セシリア嬢、ちょうど良かった。探していたところだ。」
そこにディアスたちが現れた。
「ディアス様…。」
「前に言ったことを覚えてるな?」
セシリアの顔が青ざめる。
「嫌っ!違う!こんなはずじゃなかった!」
取り乱すセシリアに周囲の好奇の目が集まる。
「処分は後々発表する。それとフィンリス、」
フィンリスは冷たい目線がこちらに向いてドキリとした。
「話したいことがある。放課後、談笑室に来てくれ。」
ディアスは観衆たちの方を向いた。
「今、不名誉な2つの噂が流れていると思うが、どちらも事実無根だ。私が不甲斐ないばかりに大切な人を困らせ、皆にも心配をかけた。私はシルヴィン・セカーシスト・マリンバルトだけを愛している。」
観衆はわっと拍手をおくる。
腰を抱かれたシルヴィンは恥ずかしそうに俯いている。
「シル、本当にすまなかった。」
「もういいってば。」
シルヴィンはディアスの頬に軽くキスをする。
観衆から歓声が上がる。
ディアスは普段からは想像もつかないような赤い顔ではにかんだ。


セシリアは退学となり、フィンリスはしばらくの間休学となった。しかし、お騒がせな2人がいなくなったにも関わらず大して話題にはならなかった。
なぜならもっと話題になるものがあったから。今までにも増して2人の空気は甘くなったのだ。

「あの一件以来、更にディアス殿下の溺愛が酷くなったな。」
「愛が深まったからかしら?」
デレクとアナイズは顔を見合わせて笑う。生徒たちの目線の先にはカリスマ性漂う、美しい王太子と、そんな彼を健気に支える婚約者の姿。

顔を寄せ合い、にこにこと談笑している。互いの指にはお揃いの指輪が輝いていた。

人々は口々に言った。

「王太子殿下は溺愛する婚約者の言いなりだ。」





今まで応援ありがとうございました。また私の作品を読んでいただける日を楽しみにしております。

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みんなの感想(6件)

たまご
2023.05.15 たまご

あれ?もやっとしたまま終わっちゃった……。
面白かったのに残念です。

白兪
2023.05.15 白兪

御感想ありがとうございます😊自分の実力不足を感じます😢次は上手に終われるように頑張りますので応援よろしくお願いします🙇‍♀️

解除
Madame gray-01
2023.05.15 Madame gray-01

シルヴァン…出来る人ですねぇ…

これくらいの人でないとディアスの相手にはならないと言う事は…ハードル高いねぇ(笑)

新作の予定あり‼️楽しみにしてます😊

白兪
2023.05.15 白兪

御感想ありがとうございます😊新作はまだまだ先になるとは思いますが、初めての長編に挑戦しようと考えておりますので、よろしければ応援よろしくお願いします🙇‍♀️

解除
じゅら
2023.05.14 じゅら

え~!次で完結ですか!
もう少し、続くかと思ってました(T0T)
でも楽しみにまってます。

白兪
2023.05.14 白兪

御感想ありがとうございます😊この作品は明日で最終話ですが、次の作品も書き始めているので、是非次も読んでいただけると嬉しいです🙇‍♀️💕

解除
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