王太子殿下は悪役令息のいいなり

19

シルヴィンは珍しく1人で廊下を歩いていた。デレクは用事があると言って教師のもとに行っていたのだ。

前から男子学生2人が歩いてくる。シルヴィンは横にずれた。

ボンッ

シルヴィンは目を丸くした。横にずれたはずなのに。
チラリと相手を見るとニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「ちょっと君たち。」
シルヴィンはそのまま行こうとする2人を呼び止めた。
こういうことには慣れていた。大抵は常識を持っているが、一部の人はシルヴィンに激しく嫉妬していた。

「なんすか？」
ぶつかってきた1人が挑発するように聞き返す。
「ぶつかってきておいて知らんぷりはよくないよ。」
シルヴィンはできるだけ柔らかく注意する。
「はぁ？俺らに謝れって言うんですか？避けられなかったそっちも悪いんじゃないんですか？」
「僕はきちんと避けようとしたよ。でもそんなことはどうでもいいんだ。僕が君たちに言いたいのはそれ以前の問題だよ。
子爵家長男アルバードくん、男爵家長男ローレンスくん、僕が誰だか分かってるの？」
名前を覚えられていると知った2人はビクッと体を揺らす。
少し反撃に出ただけでこの態度だ。それなら始めから喧嘩など売らなければいいのに。
「どちらの方が悪いかなんて関係ない。少しでも自分に非があった場合、爵位の低い者が先に謝るべきなんだ。」

「お前本当に最低なやつだな！」
その時最近よく聞くあの声が響いた。
「フィンリスくん…。」
「お前みたいな差別をするような奴がディアスの婚約者だなんて！ディアスは可哀想だ。そんなに身分が高いのが偉いのか？俺はお前みたいな奴が大っ嫌いだ！」

シルヴィンはフーッと息を吐く。
「君たちは学園では学問だけ学べればいいと思っているのかな。ここは学問だけではなく、社会の常識やマナーも学ぶ場なんだ。身分が高い人にへりくだれと言っているわけではないよ。ある程度の謙虚さと常識を持っていないと身を滅ぼすことになるって言いたいんだ。
社交の場で君たちがたまたま僕の肩にぶつかってきたとして、謝らなかったらどうなるかわからないほど馬鹿ではないよね？それを学園でも行えないようなら君たちに爵位を継ぐ資格はないよ。こんなことが続くようだったら君たちのお父上に助言してもいいんだ。貴方の息子さんに継がせない方がいいって。」

「「ご、ごめんなさいっ！！」
2人は顔を青ざめて謝る。
「きちんと学んだのなら問題はないんだ。学生のうちに失敗しておくことは大事だから。」
シルヴィンは出来るだけ怖がらせないように優しく微笑む。
「フィンリスくん、あまり軽々しく身分なんてどうでもいいと考えてると思われても仕方ないようなことを言ってはダメだよ。この社会は明確に身分が分かれ、それぞれがそれぞれの責任を負い、成り立っているんだ。そしてその身分の頂点に立つのは陛下だ。陛下を軽んじていると思われてしまうからね。」

フィンリスはキッとシルヴィンを睨みつける。

「それじゃあ、良い午後を。」
シルヴィンは颯爽と立ち去っていった。

フィンリスの手のひらには爪の跡がくっきりと残った。