理不尽な異世界への最弱勇者のチートな抵抗

神尾優

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第4章 超越者の門出編

第112話 ダンジョンマスター……井上、随分と性格が歪んだな、あっ、元からか

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   Side   ーー???ーー

「一体どうなってるんだ!」

   ダンジョン入り口付近に、井上の怒号が響き渡る。そのあまりの苛立ちぶりに、辺りにいた宰相の手の者は皆一様に恐怖で肩を竦め、返事をせずに遠巻きに眺めていた。
   井上の苛立ちの理由、それは自分のパーティ編成の欄から次々と名前が消えていっているせいである。始めに窪の名前が消え、次は桃花。更に健一の名が消え、つい先程姫野の名が消えていた。
   それが何を意味するのか、井上自身薄々は気付いていたが、それを認めたくない井上は辺りに当たり散らしていた。

「おい、お前!」

   そんな井上は、宰相の手の者の中から見知った顔を見つけ、その者の側へと近付いていった。呼ばれた者はダンジョンに入る際『これでダンジョン内の様子はこちらで確認できる様になります』と、井上にリスを待たせた者である。
   その者は井上の怒気に当てられ、身が縮まる思いをしながらも何とかおどおどと井上の方へと向き直った。

「お前、確かダンジョン内の様子が分かるんだったよな」
「はい……映像と音声は井上様と共にリスが帰還している為に分かりませんが、【地図作成】によりダンジョン内のマップは網羅してます」

   映像と音声が分からないと聞き、井上はより一層不機嫌さを増し、顔を険しく歪める。

「ああっ?   映像が分からないだと!   だったら、何でリスをダンジョンに待機させとかなかった!」
「無茶を言わないで下さい……戦闘力の無いリスでは、ダンジョン内で孤立したらアンデット共にあっという間に殺られてしまいます。リスが殺られると、精神力を分け与えていた私に影響が出るのです」
「ちっ!   使えねぇ……で?   確かその【地図作成】とかいうスキルで窪達の動向を把握してるんだったよな、今どうなってる」
「……消えてます」
「はぁ?」

   【地図作成】持ちの男の聞き捨てならない言葉を聞き、井上はその男の胸ぐらを掴んで足が宙に浮く程持ち上げた。

「消えたってどういう事だ!   お前は窪達の監視が仕事じゃねぇのかよ!」
「くっ……苦しっ……」

   聞いているのに苦しがるばかりで答えない男を井上は舌打ちをしつつ地面に放り投げると、腰に手を当てながら腰をくの字に曲げ男の顔を睨みつけた。

「これで喋れるよな、で?   どういう事なんだ?」

   冷ややかに自分を見下ろす井上に、男は恐怖で震えながらも井上を刺激しない様、静かに説明を始める。

「一度マーキングをした者が地図から消えるには、二通りの方法しかありません。一つは地図の範囲内から外れる場合ですが、このダンジョン内にいる以上、この出入り口を通らずに地図の範囲から外れる程移動したとは考えられません」
「じゃあ、もう一つの理由で消えたんだな。それはどんな理由だ!」
「それは……」

   男は一瞬口籠ったが、言おうが言うまいが井上の機嫌が直る訳がなく、早くこの針のむしろから逃げたい思いで思い切って口を開いた。

「マーキングを付けた対象が死んだ場合です」

   男がそう打ち明けると、井上の顔がみるみる赤く染まってく。

「死んだだと……ふざけるな!   どうせ窪も桃花もあの足手まといの二人を庇って死んだんだろ!   勇者のくせに簡単に死ぬんじゃねえよ!   お陰で俺の手駒が無くなったじゃねえか!」

   苛立ちで子供の様に地団駄を踏む井上に、宰相の手の者達は恐れ慄きながらも、冷ややかな視線を向けていた。


   Sied   ーー博貴ーー

「ふう……これで全員送り届けたな」

   誰も居なくなったダンジョンのサンクチュアリ内戻った俺は、サンクチュアリの範囲外に群がる無数のアンデットを眺めながらホッと一息ついていた。

「これも、もう必要無いな」

   サンクチュアリ内に設置していたポインターを外して、再び辺りを見回す。
   健一達を送ったのだからもうここに用は無いのだが、どうしても気になる事があり、俺は再びここに戻っていた。
   気になる事とは、かつてマーキングを付けていた男の事。【地図作成】をチェックしてもらっていたトモの話では、あの男は地図の範囲外に出たわけでもないのに、忽然とこのダンジョンがある森から消えたらしい。
   そうなると考えられる可能性は二つ。一つは死亡した場合で、もう一つはーー

「アルファード!   ……いるんだろ」

   俺がそう叫ぶと、サンクチュアリを囲っていたアンデット共がゆっくりと後退していき、代わりに一人のローブ姿の長身な者が歩み出てきてサンクチュアリの範囲ギリギリの所に立ち止まった。
   その姿を見て、俺は嘆息を吐く。
   やっぱりそうか……もしやとは思っていたが、マーキングが消えたのは自分で作ったダンジョンに潜ったからだったんだな。
   可能性的には半々ぐらいに思っていた。しかし、実際にアルファードが出て来た事で予測は事実となり、俺はゆっくりと彼と対峙する。

「近くまで来ないのか?   このサンクチュアリは人にはなんの悪影響も無いぞ」
「お前の魔術の影響下で一対一になるのは、御免被る」
「ははっ、用心深いねぇ。俺は別にあんたと敵対するつもりは無いんだが」
「ふん……その言葉に信用性は皆無だ。なんせ、邪魔をされたのはこれで二度目だから……」

   あからさまに警戒するアルファードに対し、俺は肩をすくめた。
   危うい者には近づかない。まるで野良猫の様な警戒心だ。

「随分と用心深いんだね」
「人を信じて馬鹿を見るのは騙された側だけ……私は誰も信用はしない」
「それで、一人で強くなると?   こんなダンジョンの力を使って」
「私も別に自分が行ってる行為を正義だとは思っていない。だが、自分の身を守る為には仕方がないんだ」
「一人でやる事には限界があるぞ。あんたはこんな事を続けて敵だけを増やした挙句、人を恐れてこんな穴ぐらで生き続けるのか?」

   今までどれ程の時間こいつがこんな事を続けていたのか知らないが、幾らレベルを上げたところで一人ではやれる事は限られてくる。自己防衛とはいえ、こんな事を続けていたらいつか誰かに気付かれ、数に押されて優位に立てるダンジョンに籠るしか選択肢がなくなるのは目に見えている。
   俺はアルファードがそんな末路を辿るのが惜しいと考えていた。

「何が言いたい」

   俺の腹の内が読めないのだろう。今まで抑揚の無かったアルファードの言葉に、若干の苛立ちの色が見えた。

「俺の最終目標は仲間達と共にのんびりと暮らす事なんだ」

   突然目標を語る俺を、アルファードは鼻で笑う。

「ふん、のんびり暮らす?   お前はここから脱する為に転移の魔術を使ったな。そんな魔術を使う人間を私は知らない。それに今、目の前にあるこの魔術も神級のものだろう。これ程の力を持った者を周りが野放しにすると思っているのか?」
「思っていないさ。だから俺は、俺達に口を出してくる連中が口を出せなくなる程の力が欲しいんだ。アルファード、あんたもそれが欲しいんじゃないのか?」

   そう言うと、アルファードがビクッと身体を震わせあからさまに動揺を見せた。俺はそれをチャンスと考え、一気に畳み掛ける。

「アルファードがどんな仕打ちを受けて他人を信じられなくなったか知らないが、あんたが望んでいるのは復讐か?   それとも平穏か?   もし、平穏だというのなら俺と一緒に来ないか?」
「私の力を望むと言いうのか?   ふふっ、何も知らずによくもそんな事を……」

   俺の勧誘を受け、アルファードの雰囲気が不穏な物へと変わっていく。
   あら、もしかして地雷を踏んじゃったかな……
   剣呑な雰囲気を滲ませるアルファードを前にして、俺は冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべた。

「私の様なスキルを持つ者を、お前は他に知っているか?」

   私の様なスキル?   【迷宮を作りし者】や【ネクロマンサー】のことを言ってるのか?
   突然の問い掛けに素直にかぶりを振ると、アルファードはそうだろうと言わんばかりに大きく頷いた。

「俺のスキルは勇者なら絶対に取得しない、いわばクズスキルと呼ばれる物ばかりだ」
「あっ、やっぱりアルファードって勇者だったんだ」

   俺がボソッとそう言うと、アルファードが一瞬固まった後、大きくため息を吐いた。

「お前、そんな事も知らないで勧誘しようとしてたのか……」
「いやー、そうかもとは思っていたけど、アルファードって名乗られたから確信は持てなかったんだよね」
「……まあ、いい……それで、何故私がクズスキルしか持っていないと思う?」
「それは……スキルの効果を理解出来なかったから?」

   俺の様にナビゲータースキルを持っていなければ、スキルの効果はスキル名だけで予想しなければいけない。だからそう答えたのだが、俺の答えに対し、アルファードは大きく首を左右に振った後、大袈裟に項垂れて見せた。

「私はな……モルモットにされたのだよ」
「モルモット?」
「ああ、当時私と共に勇者としてこの世界にやって来た者の中に、やたらとゲーム慣れした奴がいたんだ。クズっぽいスキルの中にも使えるスキルがあるかも知れない、というそいつの好奇心を満たす為に、私はクズスキルを取らせ続けられたのだよ」

   そう言いながら顔を上げたアルファードは、自虐的な笑みを浮かべていた。

「私は当時仲間に全幅の信頼を寄せていた。だから、そいつの言われるままにスキルを取得し、結果、この様な自ら戦う事も戦いの補助も出来ない勇者になってしまった」

   吐き捨てる様にそう語るアルファードに、俺は小首を傾げた。

「戦う事も補助も出来ない?   こんなにすごい能力を持ってて?」
「なんだと?」

   俺の言葉にアルファードはどう言う事だと言わんばかりに視線を向けてくる。

「だってそうだろ。さっきトラップに引っかかって死にかけてたのは今季の勇者だぞ。勇者四人を追い詰めるスキルがクズスキルなわけないだろ。例えば、アルファードがダンジョンを作り、そこに俺達が敵を誘い込む。それだけで俺達が優位に立てるんじゃないか?   こんなに凄い援護はそうそう無いと思うけどな」
「……くくっ……あっはははっ……」

   俺のスキル利用法を聞き、アルファードは身体を仰け反らせて笑い出した。

「……はっはははっ……成る程、ダンジョンに誘い込んで共闘か……そんな事考えた事が無かった……」
「どう?   悪く無いと思うけど、アルファードのスキルは他にも色々と利用方法があると思うよ。俺と一緒に来ない?」

   此処ぞとばかりに誘ってみたが、アルファードは笑いを止め首を左右に振った。

「この世界に来て一番魅力的な誘いだったが、悪いが私はまだ人を信用する事が出来ない」
「そう、それは残念だ」

   断られたのなら仕方がない。勧誘の続きは次の機会にしますか。
   あまりしつこくしても次に会った時の心象が悪くなると思い、この場は大人しく引き下がる事にする。
   時空間転移を準備し発動する瞬間、俺はもう一度アルファードを見た。

「アルファード、ダンジョンに冒険者を引き込む手口は効率も悪いし、敵を作る恐れがある。やるなら人があまりいない所で強い魔物を引き込む方法に変えた方が良い。ダンジョン内で自分が戦うのも良いし、魔物同士が戦っても倒れた方の経験値はアルファードに入るんだろ」

   そんなアドバイスを与えてる内に、転移により俺の視界からアルファードが消えた。

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