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第四章

第五十四話・フォートランドへの帰郷⑤新しい出会い ”贈り物”

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 三日目の朝に、皆に見送られてサージェント家を後にした。前に宿伯したノーランドの宿屋に泊った後、フォートランドの二か所に宿泊すると、アレンが生きていた事を大喜びされ、またもや大歓迎の嵐になった。
 七日目の夕方にやっと、フォートランドの近郊を通り過ぎて大外門に着く。
 
 フォートランド城下街の大外門ではボイルの父親がちょうど当番でアレンを見つけると無事な生還を大喜びしてくれた。すると、他の門衛達も集まって来て万歳の嵐が起こり、それを聞いた街の人々がどんどん集まって来て馬車が進めなくなった。伯爵に促され窓から手を振って元気な姿を見せると、漸く人々は左右に別れて馬車を通してくた。
 そうして、アレンの無事生還の知らせは瞬く間に街中に広まり、やはり今度のお世継ぎ様は只者ではない魔力の持ち主だとの噂も囁かれた。
 それは、アレンがベイリュート川に落ちて行方不明になり、万策尽きた伯爵がアレンを見つけた者に賞金を出すと御触れを出したからであった。街の者達はあの崖から落ちて川に流されて助かる見込みは万に一つもないだろうと噂し、落胆もした。実際に、御触れでは”アレンの生死は問わない”となっていたからでもある。

 坂下門も無事に通り抜け、正門の二曲がり角を手前で馬車を止めて貰う。アレンは事前に買っておいた弔いの花輪を崖から投げてネルを弔った。伯爵もバルトもレオンも一緒に馬車を降りてネルの死を弔ってくれたが、アレンは暫くの間蹲りそこから動く事ができなかった。
  


 正門に着くと門は既に大きく開かれ歓迎ムード一色であり、アレンの心配は杞憂に終わった。レオンは反対に驚きの連続で門の立派さやお城の壮大さに感心することしきりで、アレンの心の負担はそのお陰で半分くらいに削がれている。
 お城の前庭の広場に馬車が到着した時には城中の人達が集まり整然と並んで待ち構えていた。まず、バルトが馬車から降りて辺りを確認し、次いで伯爵、その次にレオンが(先に降りてアレンを守ると言い張った)。そして、アレンが最後に降りると、万雷の拍手が轟きアレンとレオンを吃驚させる。
 拍手が止むと、レオンは皆の前でルイを召喚し、その豹の姿を見た城の者達の間のどよめきが起こった。
 どよめきが治まるとレオンは黒豹のルイと一歩前に出て宣言した。

 「僕は、レオポルド・フォン・べリング。これは僕の守護魔獣の黒豹ルイだ。もし、この中の誰かが、僕の兄弟であるアレンを傷付けたら、絶対に許さない。即座にルイの牙と爪に掛かり命を落とす事になるだろう!」

 すると、ぱらぱらと拍手が起こり、それは歓迎のムード漂う大きな拍手へとなって行った。
 (あれ?僕の思っていた感じと違うぞ。)レオンは忌避されると思っていたのだ。
 
 そう、アレン達には知らされていなかったが、カトリーネス婦人は離縁されグラバルと共にホービス侯爵家へと引き取られ、ケーヒルやその取り巻き達は処刑、また当日直接関わっていない者は回状が回された上、フォートランドから永久追放された。つまり、反アレン派、グラバル側の人間は一人残らず排除されていたのである。

 伯爵から、皆に挨拶があり正式にアレンを嫡男とする旨が発表されると万歳と歓呼の波と大拍手が起こり、アレンが挨拶するとまたまた、大拍手が起こるという終始お祝いムード一色の歓迎会が終わった。

 伯爵達はぞせぞれ部屋に引き揚げたが、レオンはアレンと一緒の部屋がいいと言い張るのでまた、同じ部屋で過ごす事になった。余りに広く豪華な部屋に圧倒されたらしい。

 部屋に引き揚げて間もなく、ジョエルがやって来た。
 
 「アレン!」「ジョエル!」ジョエルは部屋に入って来るなり、アレンを力一杯抱きしめる。
 「良かった、アレン・・生きててくれてありがとう。ご免よ、側にいなくて、君を守ると約束したのに・・・」
 「ううん、ぼくこそ・・・ネルやウィル・・ベルグ・・が・・」
 「し~、アレンのせいじゃない。・・・もう、終わった事だ。・・これからは絶対に側を離れないからね。」

  「・・・ねえ、アレンの知ってる人?」一人置いてけぼり状態のレオンが堪らず声を掛ける。
 「ごめん、レオン。ジョエルだよ、僕を最初に弟にしてくれたんだ。衛士で、僕の側仕えも兼ねてる。ジョエル、こちらはレオン。僕の命の恩人のべリング兄弟の内の一人だよ。ラベントリーで凄くお世話になったんだ。」
 「有難う御座います、アレンを助けてくれて。心から感謝するよ。」ジョエルは握手する為に手を差し出すと、間髪入れずにレオンはその手を握り返し力強く上下に揺さぶった。
 「良かったよ、アレンに力強い味方がいて。」レオンは感銘を受けたようだ。

 「そうだ、アレン。君にお客が来てるんだ、執務室に来るように伝言を預かってる。」
 「え?僕に・・・だれだろう。」
 「とにかく、執務室に急ごう。君はここで待っていてくれるかい?」
 「ええ、分かりました。待ってます。」レオンはアレンに軽く手を振ると、ソファの方に移動しルイと長々と横になり、足を投げ出した。一眠りするようだ。

 アレンとジョエルは客の待つ執務室に急いだ。扉の前の衛士に合図し中に入れて貰うと、ソファに座っていた人物が二人立ち上がる。
 それは、ウィルの妻ミールと、その子供のゲイルだった。
 アレンがフォートランドに帰ったら、一番先に会いに行こうと思っていた相手だ。

 アレンは謝ろうと口を開き掛けたが、何と言っていいか分からず固まってしまった。
 「あの・・・・」

 「アレリス様、よく生きて戻って来てくださいました。ウィルも生きていたら大変喜んだと思います。」
 「でも、・・・ウィルは僕の所為で・・・」
 「いいえ、ゲイルから聞きました。この子の命を守って頂いたと、是非お礼が言いたくてお尋ねしました。ほんとうに有難う御座いました。」そう言うと、ゲイル共々深く頭を下げた。
 「やめてください、お礼なんて・・・彼は・・・・」アレンは最後まで言葉にできなかった。
 
 「ええ、ウィルの事はとても残念でなりません、でも、ウィルはアレリス様とゲイルの為に命を掛けて守れた事を誇りに思っている事でしょう。それは私も同じです。もし、あなたがゲイルを守る為に命を落としていたら彼は自分を到底許せなかったでしょうね。今日は是非、その事をお伝えしたかったのです。」そう言うと、婦人はアレンの方に近寄って来た。
 「見てください。」抱きかかえている包みをアレンにも見えるように傾げると、それは眠っている小さな赤ん坊だった。
 「無事に生まれたんですね。よかった。・・・ウィルも凄く楽しみにしてた・・・」そう思うと涙が零れた。
 「そうね、でもきっとどこからか見守ってくれていると思いますよ。」ミール婦人は優しく諭すようにアレンに言う。それは、自分に言い聞かせているようでもあった。
 「・・・そうですね。彼ならきっと。」アレンは涙を拭い、婦人と笑顔で頷き合った。
 
 「今日はもう一つお願いがあって来たのです。」
 「なんでしょう、ぼくにできることならなんでも言ってください。」
 「恐れ多いことですが、この子にアレリス様からお名前を頂けないかと・・・」
 「・・・僕の名前を?・・・僕の名前なんかでよければ、どうぞ使ってください。」
 「できれば、名前も付けて頂けないかと、女の子なんです。」
 「ええ、僕が名前を付ける?・・・」
 「ぜひ、お願いします。」
 「アレリス、名付けてあげなさい。きっと、ウィルも喜ぶ。」じっと黙って聞いていた伯爵が横から促した。
 「・・・分かりました。」
 「・・・女の子の・・名前・・・アレス・・は男名だし・・・レリス・・う~ん。・・・アリ・・ス、アリス!」
 「「アリス」」
 「うん、”アリス”どうですか?」
 「有難う御座います、とても可愛い名前ですわ。」どうやら、ミール婦人は大変気に入ってくれたようだ。隣のゲイルも頷いている。
 「ありがとう・・ございます。アレリス様。」ゲイルもアレンに頭を下げてお礼を言った。どうやら、呼び方が元に戻ったようだ。
 (せっかく、前はアレンと呼んでくれてたのに・・・)アレンは少し寂しく思った。
 
 「ゲイルは今も、あそこに住んでいるの?」アレンはあの楽しかった誕生日会を思い出して聞いた。
 「ううん、引っ越したんだ・・です。」
 「ありがたい事に、伯爵様から城下街の方に両親と住める大きな家を頂きました。一階は食堂が開けるくらいの大きさがあって、内装も台所も食器類も全て用意して頂き、ほんとうに有り難い事です。食材もお城から融通して頂いて、食べる事も一生心配しないようにご配慮してくださって勿体無い限りです。」
 アレンは伯爵を振り返ると、彼は頷いて見せた。
 「ウィルは立派に職務を果たし、アレリスを守ってくれた。その恩義に報いているだけだ、まだ、何か困った事があればいつでも言って来るがいい、遠慮はいらん。」
 「僕は学校にも行ってるんだよ、学費も、赤ん坊の服もミルクも、全部、伯爵様にお世話になってる。」ゲイルは嬉しそうにアレンに話した。
 「ほんとに、有り難いことです。」ミール婦人は又、頭を下げた。
 
 こうして、アレンの大きな憂いが一つ晴れることになり、ミール親子のその後の生活の心配も無く安心して部屋に戻ることができた。家も無く父親のいない生活がどれだけ大変か、一番よくアレンが分かっていたからだ。

 その日は部屋でゆっくり過ごすことになり、アレン、レオン、ジョエル。それに、ルイとクッキーが混じって賑やかにひと騒動起こしながら楽しく食事をした。

 夜、二人でベットに入りながらレオンに、「フォートランドって、凄く良い所だな。」と言われたアレンは躊躇うことなく、「そうだよ。」と返事することができた。

 そうしてアレンは、眠りに着く前に”フォートランドに帰って来て良かった。”としみじみ思いながら、目を閉じた。


 次の日の朝、ジョエルはアレンとレオンを執務室に連れて行き、そこで新しい側仕えが紹介された。
 「お前の気持ちを考えるとまだ早いかも知れないが、やはり警護する者はどうしても必要なのだ。」伯爵はそう前置きを言うと、バルトを促した。
 「新しい側仕えのダンテとメイグだ。髭で大きい背の方がダンテ、若い方がメイグ。」バルトはあっさりと紹介すると、二人に話を振る。
 
 「初めまして、ではないですが正式な引き合わせは初めてですね。アレリス様。」ダンテの言葉にアレンは頷く。二人の顔は見知っていたが挨拶程度で話をした事はなかった。衛士である二人は城内の警備を担当しており、執務室やアレンの部屋の警護等で何度か顔を合わせたことがあった。
 「私はダンテ・フローブと申します。武骨者ですが、よろしくお願い致します。」そう言うと、二コリと笑って頭を下げる。髭でいかついが笑うと親しみ易く見え、バルトと同じ三十代だ。
 「メイグ・ブルーナと申します。身命を賭してアレリス様をお守りすると誓います。よろしくお願いします。」メイグは硬くなって挨拶を口にした。まだ、若くベルグを彷彿とさせるのがアレンには少し辛かった。
 アレンは僕の為に命を懸けるのは止めてと言いたかったが、彼等もその覚悟で側仕えと言う職務を受けているのが分かっているので黙って頷いた。そして、アレンの表情が余りにも強張っていたので部屋の中に緊張が漂う。
 
 「アレリス様はお優しい方ですね、心配ご無用。我々は殺されたって死にゃーしません。」ダンテはそう言うとアレンに近付き、脇の下にさっと手を入れて彼を軽々と持ち上げて自分の肩に担ぎあげた。
 「わっ!」アレンは落ちまいと、咄嗟に彼のモシャモシャの頭を掴む。
 「どうです、力持ちでしょう。あなた一人くらい軽いもんです。」そう言うと、部屋の中をのしのし歩き始め皆を呆気に取らせた。
 アレン自身も驚いたが、上から見下ろすとみんなの吃驚した顔が目に入りいつの間にかクスクスと笑いが込み上げて来た。
 「そうです、あなたはいつも笑っていた方がいい。まだ、子供なのです、全てを背負う必要はありません。」ダンテの囁きにアレンはハッとさせられた。先ほどのメイグの挨拶の後、アレンの表情が見る間に強張ったので彼は泣きそうな表情をしていた。きっと自分の挨拶が不味かったと気付かせてしまったのだ。
 「ほら、又、強張ってますよ、無理して笑う必要はありません、でも、深く考える必要もありません。まだ、何も起こっていませんよ。何も起こっていないのに心配してもしょーがない。心配事は伯爵様やバルト様にお任せすればいい。」
 「おい、ちゃんと聞こえているぞ。こっちに戻って来い。」バルトが声を掛けた。
 「じゃ、あっちに行きますか、アレリス様。」再び、のしのしとソファの方へ行くと、アレンをくるりと一回転させて、ソファに座らせる。
 「え、え、」アレンにも一瞬なにが起こったか分からなかった。
 「すげー。」レオンは横で吃驚して呟いた。
 「こら、こら、取り扱いには気を付けろ。」バルトが、からかい気味に言った。
 「僕は荷物じゃないよ。」アレンの抗議に、皆が一斉に笑って和やかなムードになり執務室を後にした。

 取り敢えず、見せたい物があるからとジョエルを先頭に五人で厩舎に向かう。



 厩舎前に着くと、待っていた使い走りの少年がぺこりと頭を下げて中に駆け込んで行った。暫く待っていると厩舎長のナリスが一頭の馬を引いてやって来た。
 「おはようございます、アレリス様。御無事のお帰りたいへん喜ばしく思っております、この仔馬は伯爵様からアレリス様への贈り物で御座います。」厩舎長のナリスはその馬の馬体をアレンによく見えるように横に向ける。

 仔馬は、みごとな青毛の馬で、額に三日月型の曲星きょくせいがあった。
 「・・・もしかして?」アレンは厩舎長に問い掛けながら、ゆっくりと仔馬の方へ近付いて行き、馬の顔に手を伸ばす。その手は少し震えている。
 厩舎長のナリスはその様子を見て満足げに微笑み、手綱をアレンに渡しながら答えた。
 「さようでございます。リュゲルの子供でございます。毛色も体格も父親譲りの青毛で、二歳になったばかりでこれから、馬体の方も胸板の方ももう少し大きく立派になってゆくでしょう。足も速いです。」
 「ああ、ありがとう。言葉で言い表せないくらい嬉しいよ。」アレンはそう言うと、ナリスの手を感謝を込めてぎゅっと握りしめた。
 「可愛がってあげてください、それがなによりでございます。」ナリスもアレンの手を握り返してから放した。

 リュゲルの子供は興味深そうにアレンを見つめている。
 「アレン、名前を付けてあげたら?」ジョエルが教えてくれる。
 「まだ、名前が?」
 「はい、正式には付けておりません。是非、名付けて頂ければと思います。」ナリスが答えた。

 アレンも、もう一度仔馬の方を振り返って、目をじっと合わせ見つめ合う。
 
 「・・・・お前の名前は・・・マッティア、そう”マッティア”だ。」仔馬はそれを聞くと緩く頭を振り嬉しそう嘶いた。
 「”マッティア”?」レオンが聞き返した。それはアレンを除く全員になじみのない言葉だ。
 「古い昔の言葉で、””と言う意味があるんだ。」アレンは嬉しそうに振り返って言った。
 「へえ~、よく知ってたね。」
 
 アレンはそれには答えず仔馬の顔を両手に挟んで額同士をくっつけて何かを囁き始めた。
 それを見ていたダンテやメイグは、はらはらした。普通、初対面の馬の顔の前に手や顔を差し出すと、驚いた馬に時には咬まれたり、指を食い千切られたりすることがあったからだ。(もちろん、初対面でなくてもそういう事故は起こり得る。)
 
 アレンはそんな心配を余所にマッティアと真剣に向き合っている。
 
 (僕はのマッティア、だからお前は僕のマッティアだよ。)目を見て心の中で呟くと、仔馬は静かに一度嘶いた。
 
 アレンは再び額同士をくっ付けると囁き始めた。
 
 「どうか、怪我などせず、無事に、元気に、大きくなりますように。そして、絶対に死なない様に。」アレンは祈るように言葉を紡ぐと、突然彼の身体に青いほむらが立ち、その焔が瞬く間にマッティアまで飲み込んだ。

 そこに居る全員が息を呑んで見つめた。実際にまじかに初めて見たのだ、アレンが炎を纏うのを。
 レオンは二度目だが、やはり何度みても見とれてしまう。呪縛のように。

 他の者達は、炎が仔馬にまで回ってしまったので、いつマッティアが燃えてしまうのか息を殺して見守った。
 やがて焔はゆっくり終息して消えた。だが、誰もその場所から動く事ができなかった。

 すると、マッティアは皆の心配を余所に元気に嘶きを上げ、アレンに顔を擦り寄せた。
 アレンを主人と認めたのである。

 
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第五十五話・フォートランドの日常再び①炎の馬・水の馬 



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