儚げオメガは愛しいベータを落としたい

書鈴 夏(ショベルカー)

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性に逆らう

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 ぴんぽん、と来客を知らせるチャイムの音。狭いアパートの一室に響いたそれは、夢の世界に浸っていた俺を強制的に現実へと引きずり出したのだった。
 懐かしい夢を見た──なんて、思い返している場合ではない。

 慌てて顔を洗い、歯を磨き。途中棚にぶつかって物を落としつつも、簡単に着替えて外に出れば──にこりと微笑んだ、幼馴染の美しい笑顔が俺を出迎えたのだった。

「おはよ、リョウ」

「……はよ」

「あはは、今起きたでしょ? なんかばたばたしてたし、落ちる音とか聞こえたし」

「うん。……ねむ」

 あくびをひとつ。しかし、「駄目でーす。僕が来たんだからリョウも準備して」と言う幼馴染に背を押され、狭い玄関にふたりで入った。
 高校卒業後。俺たちは偶然にも同じ進学先へ進み、同じアパートに住むことになった。当然部屋は違うのだが、紡はこうしてちょくちょく遊びに来る。なんなら料理を作ってくれて、ふたりで食べたりもする。おかげでひとり暮らしでも寂しくないし、ひとりでは確実に崩壊していた栄養バランスが保たれている。ありがたいことだ。

 背負ったリュックを見るに、一限の準備はできているようだ。しかし、一番大切な抑制剤は持っただろうか。突然ヒートが始まったら、それこそ大変なことになってしまう。

「授業の準備はできてるだろうけど、薬は……」

「大丈夫。抑制剤は切らさないし、なにより──もし襲われたら、相手のことぶん殴って伸すから」

 ね?

 絵画のような綺麗な笑みを浮かべながら、口から飛び出てきたのは想像もつかないような攻撃性に溢れた言葉。

「……逞しいな、マジで」

「筋肉も目に見えてついてくれれば良かったんだけどね」

 確かにまあ、見た目は細い。華奢なところはそのままだ。その実──どこにあるかはわからないが筋肉が隠れているのだろう。
 首を保護するチョーカーを鬱陶しそうに指で触ってから、凪いだ表情で紡は口を開く。

「運命の番とやらが迫ってきても、ぶん殴ってやるよ」

 番──アルファがオメガの項を噛むことで成立する関係。これをすることによって、噛まれたオメガは番となった者にのみ効くフェロモンを放出するようになる。
 オメガは対象のアルファとのみ性行為が可能であり、万が一他の人間とした場合には酷い苦痛に襲われるという。しかし──アルファは番でないオメガと性行為をしても、なんの支障もないのだと。

 そして。運命の番というものが、ベータ以外の二種には遺伝子レベルで定められているようで。ひとたび出会ってしまえばオメガは発情期に入り、相手を誘惑するフェロモンを出す。そうして互いに相手を求め、番になるのだ。

 それが、中学の頃保健体育の授業で学んだ内容だ。クラスのほとんどがベータのため、聞き流していた生徒も多いけれど。

「性別で勝手に決められた運命とか反吐が出る。僕は好きな人くらい自分で決めたいんだよ」

「……そう、だよなあ」

 世間はそれを、“運命”と名づけるほどにはロマンティックだなんだと持て囃している。だけれど、幼馴染は眉根を寄せて憎々しげな顔をした。正直に言ってしまえば、当事者である紡の意見を聞くまでは俺も同じように考えていた。しかし──確かに、自分の意見など関係無しに相手を決められるのは、なんと残酷なことだろう。それがどんなに完璧なアルファでも、どんなに美しいオメガでも。

 もしも、紡に恋人ができるのなら。彼がきちんと自分の意思で好きになれた人であれば、俺は嬉しい。別に、無理に恋人を作る必要もないと思うけれど。
 特別な関係になりたいと思えた人と、親密になれれば。それは、どんな性別だって関係の無いことだ。

 しかし。入学して数ヶ月にはなるが、もう既に第一第二の性別問わず何人かに告白されたという話を聞いている。とんでもない美人が入学してきたと紡が話題になっていることくらいは、大学の噂に疎い俺ですら知っているのだ。誰かピンと来た人はいなかったのだろうか。

「……何人かには告られてるだろ? 良さそうな人、いない感じ?」

「んー……まあね。ド真ん中の人はいないね」

 まあ、なかなか見つかるものではないだろう。曖昧に頷いて返せば、小さく笑って紡は言葉を続けた。

「断ったとき、言われたよ。運命の番じゃないから駄目なのかよってさ」

「……なんて返した?」

「運命の番なんて要らないねって言った」

 きっと毒を孕んでいただろう他人の言葉。幼馴染は特段心を乱す様子もなくあっけらかんと言い放った。

「本能が知らないアルファを求めてたとしても──僕の心はそうじゃない。運命には抗いたくなるもんじゃん」

 口角を緩くつりあげてそう言う彼は、どこまでも男前だった。

「オメガとしては欠陥品かもね。でも、それでいい」

「…………少なくとも……俺にとってはすっげー尊敬できるやつだよ、お前は」

「……へへ、どーも」

 喜色を僅かに滲ませて、はにかむ。オメガとして模範的な生き方、なんてものはわからない。そもそもそんなものは無いと思うが──性別なんぞ関係なく、己の信念を突き通す生き方は人間として尊敬できるのだ。
 きっと、その考えに至るまでに多くの葛藤があったのだろう。そう思えば複雑な気持ちになるけれど。それを乗り越えてきた幼馴染は、誰よりも格好よく見える。

「ってか準備!! もー、話しちゃうから全然進まないじゃん!」

「え、俺のせい!?」

 早く早く、と綺麗に笑いながら急かす友人に俺も笑って、慌てて準備をすませる。
 その甲斐あってか、時間には余裕を持って自宅を出ることができたのだった。
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