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第一章 これは恋じゃない
1話 光と影
しおりを挟む1番好きなものはキラキラした世界、2番目に好きなものは多くの人が喜んでいる姿。ここは私の好きなものが2つも見れる最高の場所。とはいえ、それ以上に忙しいのだけれど。
「宮坂!アンコールの変更点だ。すぐに出来るな?」
「はい!」
本番中、上手から下手まで駆け足で移動すると途中で先輩から紙切れが渡される。すぐに読んで目の前の梯子を駆け上がると、機材を動かしていた後輩が一瞬振り向き安堵の表情を見せた。私は隣にしゃがみ、先ほどの紙を後輩に渡す。後輩はごくりと唾を飲み込んで、左手を軽く上げた。
「やっぱり、トップアーティストのライブは緊張しますね」
場所を交代して、後輩が床に座り込む。大して休む時間はないけれど、そこは彼もわかっているだろうから適当に相槌を打つ。
「そうだね。ただ、この瞬間が最高に震えるよ」
耳を裂くような歓声と熱気。仕事中にも関わらず飲まれそうで、機材を持つ手に力を入れる。今日がラストなんてもったいないくらい。携わってきた中で間違いなく最高峰だと言える。
「最後に俺たちの名前を覚えて帰ってくださーい!」
デビュー時と変わらぬ挨拶で、会場を虜にする。5人が手を繋いで、上に上げてからお辞儀をした。
「「「「「俺たちが、Re:veilだー!」」」」」
歓声とともに銀テープが発射される。何度経験しても言葉にできない高揚感と達成感。私はこの時間が大好きだ。Re:veil……Revolution Veil、ベールに身を隠した革命児。日本で知らない人はいないくらいのアーティストだというのに、その私生活は未だに謎に包まれている。今年も彼らのライブに携われて、幸せだった。
打ち上げにも参加して、帰宅したのは日付が変わった後。家に帰ると廊下で彼氏が仁王立ちしていた。
「来てたんだ」
スマホを確認したけど、連絡は来てない。欠伸をしながら浴室まで直行すると、後ろをついてくる。どうしたのかと振り向けば、彼は不機嫌そうに口を開いた。
「打ち上げ行ったの?男もいるのに」
「男もって……。そういうのじゃないじゃん」
打ち上げに参加するのは毎度のことなのに、何で不満そうなのか。
「俺いないところで何かあってもわかんねーじゃん」
「何もないって」
疲れてるのに喧嘩したくなくて、簡潔に返すと彼の声が低くなる。
「毎回行くなって言ってんのに何で言うこと聞かないの?」
「……ライブの余韻壊したくないじゃん」
途中で帰るって言って雰囲気壊したくないし。何を今更、と思ったけど彼はそうじゃないみたい。
「そもそも若葉って俺のこと好きじゃないじゃん」
「何でそうなるの?」
どっからその話が出て来たの?お互いの仕事時間以外は会ってるし、合鍵だって渡してるのに。
「だって言うこと聞かねーじゃん。どっか冷めてるっていうか、俺が後輩の子に好かれてるって言っても嫉妬しないし」
「冷めてるって言われても……」
自覚ないしどうすることも出来ない。人に好かれることは良いことだと思ってるし、それで浮気するなら彼氏に問題があるとしか……。
「俺さ、後輩と付き合うことにしたから。別れよ」
「はぁ……?」
それだけだから、と彼は家を出て行く。それを言いに来たんだ、とまず最初に呆れた私はやっぱり愛が薄いのかもしれない。でも、燃えるような恋とかよくわかんないし。たださすがに過去に付き合った人たちにも同じようなこと言われてきたからさすがに堪えるっていうか……。
「29歳の年末に別れるとかあります?」
2年ぶりの彼氏で、1年続くなんて珍しかったのに。シャワーを浴びる気も起きず、そのままソファに倒れ込む。疲労と失恋によるダブルパンチに、翌日起きたのは13時だった。
「先輩……?」
スマホを確認すると、不在着信が入ってる。昨年別の会社に移動した、私の教育係だった先輩からですぐに折り返す。
「もしもし宮坂です」
『遅い』
開口一番の文句に眉を顰める。
「昨日まで仕事だったので。どうしたんですか?」
『来年2月、手伝いに入ってほしくてさ。人手足りないんだよ』
先輩の頼みなら協力したくて、日程を聞きながら手帳を確認する。独立した先輩からの何度目かの頼みに、慣れた感じで聞く。その時期なら手伝いに入っても大丈夫そう。基本は会社経由の仕事だけど、たまに他の仕事手伝いに入る時もある。
「アーティストは誰ですか?」
まだ2月のライブの情報は入ってなくて、聞き返すと
『Voystだ』
「……はい?」
先輩の言葉に思わず聞き返す。この7年、色んなアーティストと関わってきてそれ以外にも多くのアーティストはベテランから新人までチェック済みだ。さすがに抜けてるわけじゃなさそうだし、先輩の説明を待つ。
『動画投稿サイトMovingで活動する覆面バンド。今人気で今度アリーナでライブするんだよ』
「動画サイトの活動者ですか」
スマホで検索をかけながら相槌を打つ。出て来たのは男性4人と女性1人のバンドで、全員が派手なメイクにサングラスやマスク、眼帯などで顔を隠している。
「変わった人たちですね」
あ、私と同世代なんだ。同い年の人もいる。独特のセンスでバズりそうだなと思った。あとで曲聞いてみよう。
『まぁ格好はな。しかしアーティストたくさん知ってるから、動画投稿者もチェック済みかと思ったわ』
不思議そうに言われて苦笑する。
「仕事する可能性ある人はチェックしてるだけです。インディーズバンドは関わりないですし」
『結構儲かってるらしいよ。俺も仕事が増えて願ったり叶ったりだわ』
しかも先輩の会社に依頼するってことはそれなりに舞台セットにこだわりそうだし。
「先輩そんなに忙しくて奥さんと喧嘩しないんですか?」
まだ新婚なのにと思って聞くと、変な笑い声が聞こえてくる。
『大丈夫だよ、理解してくれてるしその分一緒にいる間は全力で向き合ってるし』
「向き合う、ですか……」
ため息を吐いた私に、また別れたのか?と先輩の驚く声が聞こえる。
「恋愛するの向いてないんで、わかってたことです」
『そういうの向いてないとかより相性だからな。次行け次』
寝起きに先輩の元気な声はきつくて、適当に返事してから電話を切った。ソファに寝転がりVoystの曲を再生する。重厚感のある音楽に繊細なメロディー、心に直接響くような歌声に私は一瞬で目を耳を奪われた。夢中でプレイリストを再生する。この時の私は考えてもみなかったんだ。忘れようとしていた苦い思い出も、最初のときめきも一気に呼び起こされることになることを。
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