照明スタッフの私が、絶対好きになってはいけない演者ーー初恋の人と再会してしまいました。

桜咲ちはる

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第一章 これは恋じゃない

15話 強情

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 野菜の入った紙コップをもらってうさぎに餌をあげる。気まずい。吉川くんもうさぎを可愛がるだけで何も言わないし、私はレタスを食べるうさぎをじっと見る。自分が気になってなんだけど、ここ選んだの失敗したかも……。

「あの、」

 気まずさに耐えきれずに口を開く。吉川くんが顔を上げ、こっちを向いたのがわかった。何を話そう。どう話そう。言おうと思ってたことを口に出していいものか迷う。

「宮坂さんは、俺のこと嫌い?」

 ずるい質問。私は俯いて首を横に振る。嫌いだったら、もっと上手く接してる。距離を取れないなんて、私らしくない。ベンチについた手に、吉川くんの指が触れる。心臓がドクドク鳴って、離したいのに離せない。

「じゃあ、どうしたら……」
「アーティストだから!」

 吉川くんの息が耳にかかって、私はバッと手を上げた。立ち上がって振り向くと、吉川くんと目が合う。周りの視線が私の方に向いてて、私は逃げるようにふれあい広場から外に出た。

「待って」

 吉川くんが追いかけてくる。私は振り向いて、手を前に出した。吉川くんが足を止める。

「私は、人を好きになるのが怖いんです……。自分が自分じゃなくなるみたいで、恥ずかしくて怖くて」
「それなら、」

 ああ、これ言うのも恥ずかしい。だけど、言わなきゃ吉川くんは納得してくれなそうな気がするから。

「それに、吉川くんはアーティストだから……。私は、演者とは付き合えません」

 初めて、声に出した私の気持ち。私は立ってるのもしんどくて、その場にしゃがんで目を瞑る。怖い。恥ずかしい。自分がおかしくなりそうだった。

「俺は、芸能人じゃない」
「……でもダメなんです。私の中では譲れない」

 自分の気持ちを受け入れられない以上に、再会した時点で何かが始まるわけがなかった。吉川くんは優しいから、きっとわかってくれる。恐る恐る目を開けると、吉川くんが一歩下がったのが見えた。

「じゃあ、ダメだね」

 吉川くんの優しくて低い声に、胸が張り裂けそうになる。

「俺は……、Voystを捨てられないから」

 うん、わかる。あんなに魅力的なんだもん、手放せるわけない。それがわかってるから、本音を言った。私はずるい、卑怯者だ。吉川くんがしゃがんで、私に手を差し伸べる。

「わかった。もう困らせないから。サクたちと合流しよう」

 これで本当に終わったんだ。終わっちゃったんだ。吉川くんの言葉に、私は手を取らずに立ち上がる。

 「わかってくれて、良かったです」

 やっと息が吸えると思ったのに、何でこんなに苦しいんだろう。何でこんなにもやもやしてるんだろう。それを振り払うように私は歩き出す。舞花先輩と連絡を取って、レストランで合流しようってことになった。

「あの、その、友達と来てて」

 歩いてると後ろから吉川くんの困ってそうな声が聞こえる。振り向くと、吉川くんが3人の女性に囲まれていた。

「じゃあその友達と一緒に回りましょう」
「連絡先教えてください」

 ああ、顔隠してるからとかそんなんじゃなかった。Voystじゃなくても、吉川くんは高校の時も人気があって。そんな人気者が私を好きになるなんてありえなくて、一瞬の気の迷いで。そう思えば楽なのに、楽なはずだったのに……。吉川くんの姿が見れなくてひたすらに前に進む。

「若葉ちゃん!」

 舞花先輩が私を見つけて手を振ってくれて、私は舞花先輩に駆け寄った。

「あれ?とわくんは?」
「あそこに」

 舞花先輩の言葉に吉川くんの方を指差すと、足立くんがため息を吐いた。

「あいつまた……。てか、あんた助けなかったの?」

 探るように、責めるように足立くんが私を見る。私は右手で左腕を掴んだ。

「私には、関係ないから」
「あっそ」

 足立くんが興味なさそうに言って、舞花先輩に耳打ちする。舞花先輩が吉川くんに駆け寄って救出する。

「宮坂ってひどいよな。昔も、今も」

 待ってる間、足立くんが口を開く。私は顔が上げられない。

「あれだけ吉川のこと見てたのに、彼氏作って好きじゃないフリして。今も関係ないなんて。弄ぶのやめろよ」

 足立くんの言葉がグサッと来る。私は居た堪れなくて立ち上がった。

「帰ります」
「えっ、若葉ちゃん?ちょっと孝作何言ったの?」

 子供みたいでバカみたいだけど、これ以上傷つきたくなくて。私は走って逃げる。帰りの電車で舞花先輩から謝罪のメッセージが来て、自分のせいだと一言入れる。

 Movimgや音楽アプリを開けば出てくるVoystの名前に、スマホの電源を切って目を瞑る。胸がズキズキ痛むけど、きっとこの選択は間違ってない。そう、信じたいんだ。

「大丈夫」

 再会する前の自分に戻るだけ。昔だって平気だったんだから、今度こそきっと大丈夫。寝るに寝付けなくて居心地の悪さを感じながら、私は最寄り駅まで電車に揺られていた。

 まさか、これが最後じゃないなんて思わなかったんだ。
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