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第一章 これは恋じゃない
16話 大型フェス
しおりを挟む年に何回かある大きな仕事。チーフも先輩たちもみんな気合が入って設営に挑む。今日は各芸能人が集まる、大型フェスの日だった。先週から忙しなく働いてると、Re:veilやFlameTone。オーラのあるアーティストの皆さんが入ってくる。眩しくて、同じ事務所でもたまにしか揃わない上に今日は他の事務所の皆さんもいるからファンにとってもスタッフにとってもお祭り事。
「今日はよろしくお願いします」
各々挨拶する皆さんに返事して、作業を進めているとゴンッと鈍い音がした。慌てて振り向いて、駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
誰か怪我したら大変だ。と思った私は周りにいた人物に、「え」と思わず声が出た。恐れていると俯いてた人が顔を上げてこっちを見る。
「大丈夫です」
「何、で」
吉川く……とわさんがへらっと笑ってそこにいる。額に張り付いた前髪の隙間から、赤くなった肌が見える。
「宮坂さん、こんにちはー」
「俺らも呼んでもらったんだ」
気まずい私たちに気づかず、みゅうみゅうさんと響さんが口を開く。ネット活動者が、このフェスに参加するなんてそんな……聞いてない。
「あんたいいのかよ、仕事は」
「あっ、いえ。戻ります」
びっくりしたびっくりした。足立くんに言われて、慌ててその場を後にする。持ち場に戻ろうとして、ふと立ち止まった。すごい勢いでぶつけてたよね、頭……。きっと痛むよね。私は同僚に声かけて、財布を持って外に出る。まだ休憩時間じゃないから急いで走って、私は氷を購入した。会場に戻ってとわさんを探す。でも演者もスタッフも大勢いて、簡単には見つからない。
「あれ?宮坂さん、どうしたの?」
名前を呼ばれて振り向くと、FlameToneの彩葉さんがいた。緩く巻いたおさげ髪に広がったスカート、相変わらず今日も可愛らしい。
「彩葉さん……、Voyst見かけませんでしたか?」
「ぼいすと?」
首を傾げる彩葉さんにハッとする。そうだ、そのまんま言っても伝わんないか。
「顔を隠した派手髪の5人組のバンドで」
「ああ、その人たちならあっちにいますよ。ほら」
と彩葉さんが指を差して教えてくれる。お礼を言って、私はとわさんに駆け寄ろうとした。
「連絡先教えてください」
「ご飯だけでも、いいじゃないですか」
Voystの皆さんが共演者やスタッフに囲まれていて、とわさんの両手に女性が抱きついている。サングラスにマスクでとわさんの表情は見えなくて、もやもやした。
「とわさん!」
とわさんの名前を呼ぶと、とわさんが顔を上げる。
「宮坂さ、ん」
「氷、持ってきたんで冷やしてください!」
ぐいっと人並みをかき分けて、とわさんの額に氷を入れたタオルを押し当てる。顔が見えても見えなくても、人気者で嫌い。
「何、とわさんにアピールして」
「私が先なのよ」
可愛らしい声に耳を塞ぎたくて、急いで距離を取ろうとするととわさんの顔が肩に乗る。
「助けて」
小さな声で、だけどはっきりと。そんな事を言う吉川くんにビクッとする。ずるい。気にしないようにしたいのに。とわさんなら、すぐ他の人を好きになるって……。そう思いたいのに、そう思うのがつらい。
「Voystの皆さん困ってますから。それにリハーサル始まりますよ。あとにしましょう」
ぐいっととわさんに近づく女性を押して、引き剥がそうとする。その時ちょうどアナウンスがして、Voystの周りにいた女性陣は仕方なく去っていった。
「ありがとう」
「私は何もしてません」
結局私の言葉じゃなくてアナウンスで離れただけだし。気まずくて、足早にその場から立ち去る。持ち場に戻って、ホッとした。この距離ならVoystと遠い。今までがおかしかっただけなんだ。なのに、なのに心が落ち着かない。仕事してるはずなのに、気づいたら吉川くんを追いかけている。まるで高校の時みたいだった。ただの普通の高校生だった私と、学校じゃ人気のバンドのギター。同じクラスになったこともあるのに遠くて、ほんの少ししか話したことなくて。だけど、吉川くんの笑った顔やふわふわした感じからいつの間にか目が離せなくなったんだ。
「苦しい」
「え?何か言いましたか?」
胸を押さえて呟くと、隣のスタッフさんに聞き返される。大丈夫ですと断って、私は吉川くんから目を逸らした。距離を取ったら楽になると思ってた。このまま自分の気持ちに気づかないフリしたら落ち着くと思ってた。なのに神様は吉川くんを忘れさせてはくれなくて、会うたびに胸が苦しい。呼吸を整えようとしても上手くいかない。
「次は、Voystの登場です!」
フェスが始まって、Voystの出番が来る。初登場のVoystは2曲披露するだろうか。響さんの歌声が胸に響く。明るく力強い響さんの声なのに、今はすごく泣きたくなった。
「次は、メンバーのとわが作詞した新曲です。とわ」
響さんがマイクをとわさんに渡して、ギターを受け取る。え……、吉川くんが歌うの?ドキドキして、体が熱くなる。とわさんがマイクを握って、音楽が流れ始めた。
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