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第1話
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「やあ。待っていたよ、フローラ」
「お招きいただき、ありがとうございます」
色とりどりのお菓子が並んだテーブルの前で、婚約者であるジュリアス王子に恭しくお辞儀をすると、王子は困ったように眉を下げながら笑った。
「そう固くならないでおくれよ。君と僕の二人だけのお茶会じゃないか」
目の前の男、ジュリアス王子は、公爵令嬢である私の婚約者だ。
幼い頃から何度も会っていたおかげか、彼は王子でありながらも私に対してはとても気安く接してくれる。
「ですがジュリアス王子殿下、立場というものが」
「夫婦になることが決まっているのだから、親しくするのは別に悪いことではないと思うよ?」
「それは、そうですが……」
家同士の決めた結婚は、本人たちが仲良くなれないことも多いと言う。
それを思えば、親しげに接してくれる婚約者はありがたい存在だ。
それも王子。彼と結婚すれば王妃が約束されている。
だけど。
私は、王宮で暮らしたくない!!!!!
自分で言うのもアレだが、陰謀渦巻く王宮での暮らしに私が耐えられるはずはないのだ。
日々暗殺の恐怖に耐えながら王妃としての仕事をこなすなんて、小心者の私には絶対に無理。
ジュリアス王子のことは子どもの頃から知っているし、優しく柔和な性格で、一緒にいて楽しい。
一方で、彼が公の場で見せる威風堂々とした態度には尊敬もしている。
だから、彼を傷付けたいわけではないのだが……だが。
やっぱり王子である彼との結婚は、私には無理!
とはいえ、私から婚約破棄の話を切り出せるわけもなく、こうして呼ばれるたびに一緒にお茶をしたり花を見たりと仲良く過ごしてしまっている。
おかげで周りからは、結婚秒読みだと思われている。
「いつもは王宮のパティシエが作っているお菓子を出しているけれど、今日は趣向を変えて、町で評判のお菓子にしたんだ。ここの店は人気店で、毎日店の前に行列が出来るらしいよ」
「あっ! このお菓子は見たことがあります。広場の近くのお店ですよね? なかなか手に入らないお菓子だとか」
「そう、そこの店。僕も今日、食べるのを楽しみにしていたんだ」
「ジュリアス王子殿下は昔から甘い物がお好きですよね」
私は昔を思い出して微笑んだ。
ジュリアス王子は小さな頃から甘党で、お菓子に目が無かった。
だから彼と会う際には必ずと言っていいほど、ケーキやクッキーを食べることが出来た。
小さな私はそのことが嬉しく、毎日のように彼に会いたいと親に駄々をこねていた。
今考えると、お菓子のために会いたいだなんて失礼な話だ。
「ジュリアスでいいって何度も言っているのに」
「しかし、まだ他人ですし。こういうことはしっかりしておかないと」
「他人と言われるのは寂しいな。せめて婚約者と言ってくれないかな?」
「あっ、すみません」
ジュリアス王子はいつでも優しい。
失礼な上に他人行儀で可愛くない私にでさえ優しく接してくれるジュリアス王子なら、きっと誰とでも上手くやれるはずだ。
それに王族な上に顔も性格もいい王子がフリーになったら、他の令嬢たちが放っておかないだろう。
だから婚約破棄をすれば、私よりももっと性格も器量も良い令嬢に巡り合えるはず。
婚約破棄は双方にとっていいことなのだ。
「あの、ジュリアス王子殿下、実は、伝えたいことが……」
「なんだい?」
「そのですね、私たち、えっと……」
「お似合いだってよく言われるよね。僕も臣下たちに羨ましがられるよ」
「そうなのですね……いえ、その、私が伝えたいことは、そういうことではなくて……」
王子に、私が婚約に乗り気ではないことを察してもらい、婚約破棄をしてもらおうと試みること数十回。
一度も上手くいった試しがない。
そのとき、突如として天からの啓示があった。
こうなったら、いっそ王子に嫌われてしまえばいいのでは!?!?
……しかし、どうやって?
子どもの頃からの仲だから、いまさら元々の性格を誤魔化すことは出来ない。
今からでも嫌われることの出来る理由は…………性癖?
そうだ!
実は私は、付き合った男に酷いことをするのが好きな悪い女、ってことにしよう!
これなら元々の性格と違っても、恋人の前でだけ性格が変わる、という説明が出来る。
これだ、これしかない!
「ジュリアス王子殿下! 私、今まで言えなかったことがありまして!」
「どうしたんだい!?」
突然ハキハキと話し始めた私を見て王子は驚いたらしく、目を見開いている。
「私、実は、付き合った男性には酷いことをしたいタイプなんです!」
「なんだって!?」
「罵声を浴びせたいし、縛りたいし、踏みつけたいんです!!!!!」
「なんだって!?!?!?」
よし、反応は上々だ。
ジュリアス王子は混乱している。
それはそうだろう。
婚約者がとんでもない性癖の持ち主だったのだから。
これでドン引きした王子が婚約破棄をしてくれれば作戦成功だ。
婚約破棄までいかなかったとしても、結婚を考え直すきっかけになってくれればいい。
よく考えてくれれば、私のような可愛くもない令嬢よりも自分にはもっと相応しい令嬢がいることに気付くだろう。
王子のことは友人として信頼しているから、婚約破棄されたとしても、公爵家として王家には金銭的な協力をしていくつもりだ。
婚約破棄の理由を説明するのは恥ずかしいが、きちんと説明をすれば両親もきっと納得してくれる。
私自身も婚約破棄を喜んでいて、ジュリアス王子は好きだが結婚するなら彼よりも自分と合った男性が良い、と告げれば王家と公爵家との関係が壊れはしないだろう。
我が親ながら娘に甘い子煩悩な親だ。きっと大丈夫。
「たとえば」
「へ?」
私が考えごとをしている間に冷静になったらしいジュリアス王子が口を開いた。
「たとえば、僕に浴びせたい罵声とはどんなものかな」
「罵声ですか!?」
「怒らないと約束するから、僕を罵倒してみてほしい」
「今からですか!?!?」
今度は私が混乱する番だった。
まさかこの場で実践を要求されるとは。
罵倒の言葉など何も考えていない。
「えっと、その…………ジュリアス王子殿下のバーカ」
「そんなものか?」
「いいえ! うーん、と……ジュリアス王子殿下の女顔! 甘党!」
「もっとやれるだろう?」
「王族だからと言って誰もが自分のことを好きだと思ってるんじゃないよ、この自意識過剰の豚が! 偉そうに人間様の真似をして椅子に座って菓子なんか食ってないで、早く豚小屋に帰ったらどうだい!?」
「………………」
…………あ。やりすぎた。
これまで一度も誰かを罵倒なんかしたことがなかったから、加減が出来なかったみたいだ。
どうしよう、と王子の顔を見ると、王子は無言で考え込んでしまっている。
最初に怒らないとは言ってくれたが、さすがにここまで罵倒されるとは思っていなかったのだろう。
これで婚約破棄してくれるのなら当初の計画通りだが……王族侮辱罪で処刑されたらどうしよう。
自分のやってしまったことの重さに気付き、急激な寒気が襲ってきた。
もしかして私、怒った王子に処刑を言い渡されても文句を言えないようなことをやってしまった!?
しかし王子の口からは、処刑よりも驚くべき言葉が返ってきた。
「……いいかもしれない」
「へ!?」
「僕を罵倒するフローラ、アリだな」
「へ!?!?」
――――――――――――――――――――
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もしよければ、ブックマークを頂けるととても励みになります!
なお、この話は数話で完結する短編の予定です。
普段は『悪役令嬢は扉を開ける~乙女ホラーゲームの悪役なんて願ってない!~』という長編を投稿していますので、お暇でしたらそちらもお読みいただけると嬉しいです!
「お招きいただき、ありがとうございます」
色とりどりのお菓子が並んだテーブルの前で、婚約者であるジュリアス王子に恭しくお辞儀をすると、王子は困ったように眉を下げながら笑った。
「そう固くならないでおくれよ。君と僕の二人だけのお茶会じゃないか」
目の前の男、ジュリアス王子は、公爵令嬢である私の婚約者だ。
幼い頃から何度も会っていたおかげか、彼は王子でありながらも私に対してはとても気安く接してくれる。
「ですがジュリアス王子殿下、立場というものが」
「夫婦になることが決まっているのだから、親しくするのは別に悪いことではないと思うよ?」
「それは、そうですが……」
家同士の決めた結婚は、本人たちが仲良くなれないことも多いと言う。
それを思えば、親しげに接してくれる婚約者はありがたい存在だ。
それも王子。彼と結婚すれば王妃が約束されている。
だけど。
私は、王宮で暮らしたくない!!!!!
自分で言うのもアレだが、陰謀渦巻く王宮での暮らしに私が耐えられるはずはないのだ。
日々暗殺の恐怖に耐えながら王妃としての仕事をこなすなんて、小心者の私には絶対に無理。
ジュリアス王子のことは子どもの頃から知っているし、優しく柔和な性格で、一緒にいて楽しい。
一方で、彼が公の場で見せる威風堂々とした態度には尊敬もしている。
だから、彼を傷付けたいわけではないのだが……だが。
やっぱり王子である彼との結婚は、私には無理!
とはいえ、私から婚約破棄の話を切り出せるわけもなく、こうして呼ばれるたびに一緒にお茶をしたり花を見たりと仲良く過ごしてしまっている。
おかげで周りからは、結婚秒読みだと思われている。
「いつもは王宮のパティシエが作っているお菓子を出しているけれど、今日は趣向を変えて、町で評判のお菓子にしたんだ。ここの店は人気店で、毎日店の前に行列が出来るらしいよ」
「あっ! このお菓子は見たことがあります。広場の近くのお店ですよね? なかなか手に入らないお菓子だとか」
「そう、そこの店。僕も今日、食べるのを楽しみにしていたんだ」
「ジュリアス王子殿下は昔から甘い物がお好きですよね」
私は昔を思い出して微笑んだ。
ジュリアス王子は小さな頃から甘党で、お菓子に目が無かった。
だから彼と会う際には必ずと言っていいほど、ケーキやクッキーを食べることが出来た。
小さな私はそのことが嬉しく、毎日のように彼に会いたいと親に駄々をこねていた。
今考えると、お菓子のために会いたいだなんて失礼な話だ。
「ジュリアスでいいって何度も言っているのに」
「しかし、まだ他人ですし。こういうことはしっかりしておかないと」
「他人と言われるのは寂しいな。せめて婚約者と言ってくれないかな?」
「あっ、すみません」
ジュリアス王子はいつでも優しい。
失礼な上に他人行儀で可愛くない私にでさえ優しく接してくれるジュリアス王子なら、きっと誰とでも上手くやれるはずだ。
それに王族な上に顔も性格もいい王子がフリーになったら、他の令嬢たちが放っておかないだろう。
だから婚約破棄をすれば、私よりももっと性格も器量も良い令嬢に巡り合えるはず。
婚約破棄は双方にとっていいことなのだ。
「あの、ジュリアス王子殿下、実は、伝えたいことが……」
「なんだい?」
「そのですね、私たち、えっと……」
「お似合いだってよく言われるよね。僕も臣下たちに羨ましがられるよ」
「そうなのですね……いえ、その、私が伝えたいことは、そういうことではなくて……」
王子に、私が婚約に乗り気ではないことを察してもらい、婚約破棄をしてもらおうと試みること数十回。
一度も上手くいった試しがない。
そのとき、突如として天からの啓示があった。
こうなったら、いっそ王子に嫌われてしまえばいいのでは!?!?
……しかし、どうやって?
子どもの頃からの仲だから、いまさら元々の性格を誤魔化すことは出来ない。
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そうだ!
実は私は、付き合った男に酷いことをするのが好きな悪い女、ってことにしよう!
これなら元々の性格と違っても、恋人の前でだけ性格が変わる、という説明が出来る。
これだ、これしかない!
「ジュリアス王子殿下! 私、今まで言えなかったことがありまして!」
「どうしたんだい!?」
突然ハキハキと話し始めた私を見て王子は驚いたらしく、目を見開いている。
「私、実は、付き合った男性には酷いことをしたいタイプなんです!」
「なんだって!?」
「罵声を浴びせたいし、縛りたいし、踏みつけたいんです!!!!!」
「なんだって!?!?!?」
よし、反応は上々だ。
ジュリアス王子は混乱している。
それはそうだろう。
婚約者がとんでもない性癖の持ち主だったのだから。
これでドン引きした王子が婚約破棄をしてくれれば作戦成功だ。
婚約破棄までいかなかったとしても、結婚を考え直すきっかけになってくれればいい。
よく考えてくれれば、私のような可愛くもない令嬢よりも自分にはもっと相応しい令嬢がいることに気付くだろう。
王子のことは友人として信頼しているから、婚約破棄されたとしても、公爵家として王家には金銭的な協力をしていくつもりだ。
婚約破棄の理由を説明するのは恥ずかしいが、きちんと説明をすれば両親もきっと納得してくれる。
私自身も婚約破棄を喜んでいて、ジュリアス王子は好きだが結婚するなら彼よりも自分と合った男性が良い、と告げれば王家と公爵家との関係が壊れはしないだろう。
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「へ?」
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「罵声ですか!?」
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もしかして私、怒った王子に処刑を言い渡されても文句を言えないようなことをやってしまった!?
しかし王子の口からは、処刑よりも驚くべき言葉が返ってきた。
「……いいかもしれない」
「へ!?」
「僕を罵倒するフローラ、アリだな」
「へ!?!?」
――――――――――――――――――――
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