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【第三章】 旧校舎で肝試し

第39話 真相の断片

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「呼ばれて飛び出て~、ローズ・ナミュリーで~す! 元気にしてた? あたしは~、超元気! あはっ!」

 呼んでもいないのにやたらと陽気に登場する相手も、二度目ともなれば慣れてくる。
 毎日が慌ただしいから、夜くらいは静かに寝かせてほしいものだが。

「あたしに会いたかったでしょ~? そうなんでしょ~? もしかしてあたしに会いたすぎて、お昼寝しちゃってたりして。でも残念、この魔法は夜にしか仕込んでないから、いくらお昼寝しても、昼にはあたしと会うことが出来ないの。一説によると、会えない時間が愛を育てるらしいから、日中はあたしへの愛をあなたの胸の中で育ててねっ!」

 私は会いたかったとも、ローズを愛しているとも、言っていない。一言も言っていない。

 冷静にツッコもうとして、このローズはただの記録魔法であり話は通じないと、昨日の夢で言われたことを思い出した。
 ということは、ローズは相手の反応も無いのに一人でこの記録魔法を用意しているということか。
 メンタル強っ!?

「そうそう、あたしとは、あたしが予定した以上に会うことは出来ないけど、その逆はありえるのよね。つまりあなたが夜に寝なかった日は、その日に見る予定だった記録魔法は見られないの。この記録魔法は日付ごとに仕込んでるから、見なかった記録魔法は翌日に繰り越しになるんじゃなくて、一生見られなくなっちゃうんだよね。せっかく仕込んだのにむなし~い! あなたもあたしに会える機会が減って悲し~い!」

 そんな大事なことは、最初の日に言っておいてほしい。
 うっかり、若い身体は徹夜をしても元気なのか!?なんて馬鹿なことを試さなくて良かった。

「だから、夜にはちゃんと寝てね? あなたも情報が少ないと困っちゃうでしょ?」

 言いながら、ローズはぱちりとウインクをしてみせた。
 ローズは変な人だけど、顔だけはものすごく良い。
 私がローズと同年代の男子だったら、今のウインクだけで骨抜きだっただろう。

「前置きはこの辺にして。何から話そうかな。あたしに成り代わるんだから、あたしの情報が必要よね。今は記憶喪失とか何とか言って誤魔化してるんだろうけど、いつまでもそうしていられるわけじゃないしね~」

 そういえば私は原作ゲームをプレイしているから何とかローズとして生活できているが、何も知らなかった場合は記憶喪失ということにするしかないのか。
 しかし、ある朝起きたら記憶喪失になっていた、というのは、かなり無理のある話だ。
 絶対に不信感を抱かれるだろうから、原作ゲームをプレイしておいて本当に良かった。

「あたしローズ・ナミュリーは、ナミュリー家の公爵令嬢であり、エドアルド王子殿下の婚約者。つまり、この国の王妃候補ってことね。まあ、エドアルド王子殿下にはお兄さんがいるから、お兄さんが即位する可能性の方が高いんだけど。でも王宮って、す~ぐ毒殺されちゃうからさ~、未来なんて分かんないよね~? 果たして第一王子は生き延びられるのか!? 王宮の未来やいかに!?」

 私が考えごとをしている間にも、ローズの話はどんどん進んでいく。
 この設定は知っているが、ローズはどさくさに紛れて物騒なことを言っている。

「……で、あたしに成り代わるにあたって一番の障害が、使用人のナッシュなのよね~。いつの間にか学園にもあたしの付き人として潜り込んでたし。この学園で誰よりもあたしのことを知っているのがナッシュ。つまりナッシュを騙せれば、勝ったも同然よ! ヤッタネ!」

 一体何に勝つというのか。
 私がそんなツッコミを入れている間に、ローズが急に真面目な顔つきになった。

「ナッシュの一家がずっとあたしの家に仕えているから、ナッシュとあたしは幼馴染でもあるの。無邪気な子どもの頃は一緒に遊んでいたわ…………あの事件が起こるまでは」

 これまでのおちゃらけた様子が嘘のように、淡々とした語り口でローズは話を続ける。

「ある日、あたしたちは、木の上に登って降りられなくなっている子猫を見つけたの。ナッシュは大人を呼んでくるって言ったんだけど、あたしは一刻も早く子猫を助けたかったの。だからナッシュに、あなたが木に登って助けて、って頼んだの。まだ子どもとはいえ、ナッシュは使用人一家の中で育っているから、あたしの頼みを断れなかったのかもね。木登りなんかしたこともなかっただろうに、ナッシュは木に登り始めたわ」

 ああ、嫌な予感がする。
 『事件』というからには、この後の展開は決して良いものではないのだろう。

「なんとか子猫を捕まえることは出来たんだけど、木の上でナッシュはバランスを崩したの。そして落ちた……木の下で待つ、あたしの上に」

 ローズは話しながら自身の後頭部を触った。

「運の悪いことに、近くには大きな石があってね……あたしは後頭部を石に強く打ち付けて、気を失ったわ。後で聞かされた話だと、あたしの頭からは血が大量に出ていて、治療をしたお医者様はお手上げだと言っていたらしいの」

 ローズは公爵令嬢だ。
 彼女のことは腕の良い医者が診たに違いない。
 その医者がお手上げだということは、つまりそういうことだろう。
 しかし……ローズは高校生まで成長している。
 この時点では、死ななかったはずだ。

「みんながあたしの最期を悲しんでいる間、あたしの意識は地獄のような場所にいたの」

 ローズはいきなり突拍子もないことを言い出した。
 死の淵でお花畑を見るという話は聞いたことがあるが……地獄?
 まだ息を引き取ってもいない段階で、少し気が早いのではないだろうか。

「地獄のような場所は、全てが白黒の世界だったわ。そこにいる魔物もみんな白黒だった。そしてここに居続けたら、あたしもあの魔物たちのようになるって直感的に分かったの。だからあたしは『元の世界に帰りたい』『あたしの怪我はナッシュのせいにされているだろうから、そうじゃないって伝えたい』『生き返りたい』そう強く念じたの」

 ローズは後頭部を触っていた手を、いつの間にか胸元へと移動させていた。
 そして両手で心臓のあたりを押さえる仕草をした。

「すると、自分の中の魔力が吸い取られる感覚があって……気が付くと、目の前に赤い扉が現れていたわ」

 …………赤い扉?

「あたしは迷わず扉を開けたわ。どうしてかは分からないけど、開けるべきだと思ったの。扉の向こうには、色のついた世界が広がっていた。今いる場所が地獄だと思っていたあたしは、扉の向こうの世界へと踏み出したわ。すると扉は消え、あたしは白黒の世界から色のついた世界へと抜け出していたの。そして、その世界では声が聞こえたわ。よく知るみんなの声……ここで幻想の世界は終わり。あたしは現実世界で目覚めた」

 よく分からないが、奇跡の生還を果たしたということだろうか。
 医学のそれほど発達していないこの世界で死の淵から蘇ることが出来たのは、奇跡と言えるだろう。

「あたしが死んだと思っていた両親やお医者様は、あたしが目を開けたことで、歓喜の声を上げたわ! ……ナッシュは部屋の隅で泣いていたわね」

 ローズが困ったように溜息を吐いた。
 話の最初にローズは「この事件が起こるまではナッシュと一緒に遊んでいた」と言っていた。
 つまりこれ以降は、ナッシュと遊ぶような仲にはなれなかったのだろう。

「まあ、そんなこんなで無事に目覚めたあたしだけど、あの白黒の世界をただの夢だと結論付けるには、おかしな点があった。目覚めたあたしの髪が、真っ黒になっていたの。目覚める前までは真っ赤な髪だったのに。これは、あたしがあの白黒の世界に干渉してしまった後遺症だと思うわ」

 ナッシュも、ローズの髪が昔は真っ赤だったと言っていた。
 だからローズの言う白黒の世界が何なのかは分からないが、この事件でローズの髪の色が変わったことは事実なのだろう。

「つまり~、学園では『黒薔薇の令嬢』なんて呼ばれているけれど、元々は真っ赤な髪の可愛い女の子だったの。だけどこの一件以来、黒髪になったことで、あたしは……『可愛い』から『美しい』女の子になっちゃったってわけ! どうあっても隠せない自分の顔の良さが怖いわ~!」

 真剣な顔で語っていたローズは、いきなりケラケラと笑い始めた。
 真面目とおふざけの緩急がすごい。

「それに困ったことに…………って、ごっめ~ん。もう時間みたい!」

 ローズは時計でも用意していたのか、いきなり話を打ち切った。

「今回はかなり重大なことを話したから、ちゃんと覚えておいてね~? ま、あたしの話に重大じゃない部分なんて一つもないんだけどね~?」
「待って! もっと情報をちょうだい!」

 意味が無いと分かりつつも、私はローズを引き留めようとした。
 しかし無情にもローズの姿は薄くなっていく。

「じゃあまた、次の夜に会いましょ~!」



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