21 / 102
【第一章】 乙女ホラーゲームの悪役なんて願ってない!
◆side story ジェーン
しおりを挟む幼い頃から勉強が好きでした。
学びは世界を広くしてくれます。
ですが、そう考えている令嬢は少数派なようです。
多くの令嬢たちは、頭に、遠い外国の言語や少数民族の文化についての知識を入れる要領があるなら、社交界で盛り上がる噂を入れた方が良いと考えています。
それは、生存戦略として正しいことだと思います。
令嬢が生きていくためには、社交界で上手く立ち回る必要があるからです。
ですが、商人の娘である私には、令嬢たちの生き方は肌に合いませんでした。
根っからの商人である父親も同じ考えで、勉強こそが成功への道だと豪語していました。
外国語を覚えれば商談がスムーズになり、各国の文化を知ることで品物の価値を見極められる。世界情勢を学べば物の需給を予測することができ、広い知識を得ることで詐欺に騙されなくなる。
そんな勤勉な父親のことを、私はとても尊敬していました。
そして父親のように賢い人間になりたいと考えた私は、ハーマナス学園に入学したいと思うようになりました。
女は勉強する必要がないと言われることの多い世の中ですが、私の家に限ってはそんなことはありませんでした。
すでに姉はハーマナス学園に通っており、私も姉のように学園に通いたいと伝えると、両親はとても喜んでくれたのです。
たくさん勉強して、姉とともに家を支えられる人間になってくれ、と力強く送り出してくれました。
問題は、私が通うことになったハーマナス学園には、令嬢らしい令嬢がたくさんいるということでした。
自分で言うのもなんですが、勉強では私の右に出る者はいませんでした。
私にとって学ぶことは苦痛ではなく趣味のようなものだったため、飽きずにいくらでも勉強をすることが出来たのです。
そして勉強をした分だけ、良い結果がついてきました。
授業はもちろんですが、ハーマナス学園には大きな図書館があり、学びたいことをいくらでも学ぶことが出来ました。
まさに天国だったのです…………人間関係を除いては。
「あなた、少し勉強が出来るからって調子に乗っているわね!?」
「いえ、そんなことはありません」
私は少しではなく、だいぶ勉強が出来ます。
「私たちのことを馬鹿にしているのではなくて!?」
「馬鹿になどしていません」
知識が足りないとは思いますが、それはあなたたちの生存戦略なので否定する気はありません。かなり知識は足りませんが。
「浅ましい商人の娘なのだから、もっと貴族を敬いなさいよ!」
「すみません」
商人が浅ましいとは思いませんし、学園内では全員が平等のはずですし、そもそもあなたに敬えるところが見当たりません。
このように、心の声を出さないようにはしていたのですが、態度に出てしまったのかもしれません。
気付いた頃には、私は多くの令嬢たちから嫌われていました。
「どうしたの、ジェーン。また寂しくなっちゃったの?」
「……なっちゃいました」
「あらあら。それなら今日は、私の部屋でお喋りでもしましょう」
勉強が出来ればそれでいいと思っていましたが、たまに一人ぼっちに耐えられなくなる日がありました。
そんなときは、高等部に通っている姉の部屋に潜り込み、夜遅くまでお喋りをして過ごしました。
「実は高等部には、王子殿下が通っているのよ。初めてお顔を拝見したけれど、あの顔を思い出すだけでご飯三杯はイケるわ」
「さすがにそれは大袈裟ですよ」
「これが大袈裟じゃないのよ。輝く金髪に宝石のような蒼い目、甘く優しい声に柔らかな物腰。童話に出てくる王子様そのものなのよ」
「そんな人間が存在するんですね」
「あと、用務員の中にもカッコイイ人がいるの。毎日いるわけじゃないけれど、この時期はよく外で落ち葉を掃いているから発見しやすいと思うわ」
勉強しか取り柄の無い私に、姉はたくさんの話をしてくれました。
学園にいる素敵な男性の話、食堂で食べられるおすすめのメニュー、令嬢たちの間で流行っている最新のドレス事情、学園内で付き合っている生徒は誰と誰なのか。
きっとこれが、他の令嬢たちが好むお喋りなのでしょう。
「お姉様がこんなに噂話好きだとは知りませんでした」
「いいえ、ジェーン。これは勉強の一環なのよ」
姉は一人部屋にもかかわらず、声を落として言いました。
「勉強はもちろん大切だけれど、商人たるもの噂をキャッチするアンテナや、話術を磨くことも大事よ。都合の良いことに学園には練習相手になる人間がたくさんいるから、利用させてもらっているの。それにコネクションを作っておいて損は無いわ」
私は、勉強しかしていなかった自分が恥ずかしくなりました。
姉はこんなにも柔軟に物事を考え動いているのに、私は知識を頭に詰め込むことしかしていなかったのですから。
「……というのも、もちろんあるけれど。単純に友人とのお喋りは楽しいものよ。この私が損得勘定を無視したくなるほどにね」
「お姉様が、ですか?」
「そう。商人になるために生まれてきたような、この私がよ?」
姉のこの感情は……私にはまだ分かりません。
いつか分かる日が来るのでしょうか。
「だからね、ジェーン。まずは、顔の良い男探しをしなさい」
「顔の良い男探し」
姉の話を聞く前の私なら、あまりにも時間の無駄だと思っていた行為です。
しかし、今は。
「分かりました、お姉様。私はこの学園にいる……いいえ、この町にいるすべての顔の良い男を見つけてみせます!」
「その意気よ、ジェーン!」
顔の良い男の情報を取っ掛かりにして、私も姉のように、良い人間関係を築けるように頑張ります。
そのうちに、価値観の変わるような出会いがあったら……私の人生は、もっと楽しいものになるかもしれませんね。
0
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
異世界転生した私は甘味のものがないことを知り前世の記憶をフル活用したら、甘味長者になっていた~悪役令嬢なんて知りません(嘘)~
詩河とんぼ
恋愛
とあるゲームの病弱悪役令嬢に異世界転生した甘味大好きな私。しかし、転生した世界には甘味のものないことを知る―――ないなら、作ろう!と考え、この世界の人に食べてもらうと大好評で――気づけば甘味長者になっていた!?
小説家になろう様でも投稿させていただいております
8月29日 HOT女性向けランキングで10位、恋愛で49位、全体で74位
8月30日 HOT女性向けランキングで6位、恋愛で24位、全体で26位
8月31日 HOT女性向けランキングで4位、恋愛で20位、全体で23位
に……凄すぎてびっくりしてます!ありがとうございますm(_ _)m
悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい
斯波@ジゼルの錬金飴③発売中
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。
※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。
※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
婚約破棄の、その後は
冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。
身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが…
全九話。
「小説家になろう」にも掲載しています。
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる