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【第一章】 乙女ホラーゲームの悪役なんて願ってない!
第20話
しおりを挟むそのあともウェンディとルドガーは会話に花を咲かせていた。
相変わらずルドガーのアタックをウェンディは上手くかわしている。
乙女ゲームとしてならこういったやりとりは微笑ましいのだが、実際に目の前で見ていると、だんだんルドガーが可哀想に思えてきてしまう。
がんばれ、青少年!
……それにしても、このウェンディはどのルートなのだろう。
ルドガーに会うために剣術部に来たのか、それとも試しに剣術部に来てみたらルドガーがいたのか。
両者は同じようで意味合いが全く違う。
前者ならルドガー狙いで確定だが、後者なら誰狙いなのかが全く分からない。
私の確認した限り、ウェンディルートのエンディングは全部で八つ。
五人の攻略対象のうちの誰かと結ばれる恋愛エンド、誰とも結ばれない友情エンド、全員から愛されるハーレムエンド、そしてバッドエンドだ。
『死よりの者』を退治するにあたってウェンディとは仲良くしておきたいから、ウェンディの恋路を邪魔することはしたくない。
気持ち的には、恋路の邪魔はしたくはないのだが……。
このゲームは、ウェンディが攻略対象とのイベントを行っている間に『死よりの者』が生徒を襲うシナリオなのだ。
犠牲者が出ることで、学園に『死よりの者』が現れたことに気付いたウェンディが、そのとき一緒にいる攻略対象とともに退治をしに行く。
そのため、もし犠牲者を出さないようにするなら、ゲームのシナリオに逆らって、ウェンディと攻略対象とのイベントを起こさせないようにする必要がある。
ウェンディには『死よりの者』が出た瞬間に、攻略対象との恋愛イベントではなく『死よりの者』退治のために動いてもらわなければならないから。
と、いうことは。
「ウェンディが誰との好感度が高い状態なのかを見極めれば、効率的に動けるわ」
いつ、どの攻略対象とのイベントが起こるのかは、ゲームを周回していたおかげで覚えている。
だから誰とのイベントを起こそうとしているのかが分かれば、それを防ぐことが可能かもしれない。
「ウェンディの本命が誰なのかを探って、その相手とのフラグを……折る」
全力でウェンディの恋路を邪魔しようとしている。
「……私、ウェンディと仲良くなれるかしら?」
ウェンディは全力で恋愛フラグを折ってくる人間と仲良くしてくれるだろうか。
聖女だから寛大な心で許してくれるかな。
「でも、そもそもフラグを折るのって難しいのよね。ランチのときに学んだわ」
今夜図書館で起こるセオとの恋愛イベントのフラグである、ウェンディが王子から図書館の鍵を借りる、は折ることが出来なかった。
だから、今夜は犠牲者を出さないのは難しいだろう。
一応、この後ウェンディに図書館に行かないようお願いしてみるつもりではあるが、期待は薄い。
けれど原作がホラーゲームだから、ある程度の犠牲者が出るのは仕方がない。
割り切った方が良い。
確か今夜犠牲になる予定なのは、二年生の生徒のはずだ。
だけど、昨夜ジェーンを助けたことで、帳尻合わせで今夜ジェーンが殺されることになったとしたら?
昨夜守り切ったことでジェーンを助けたつもりになっていたが、ジェーンは必ず死ぬ運命で、死ぬ順番が後ろ倒しになっているだけだとしたら?
だとしたら、今夜も何としてでも犠牲者を出さないようにしなければ!
…………………………私は今、何を考えた?
自分の残酷な考えに鳥肌が立つのを感じた。
犠牲者が出るのはホラーゲームだから仕方がない。
でも殺されるのがジェーンなら助けないと。
「私は今……殺されるのが知り合いじゃないから、見捨てようとしたの?」
最低だ。
私は、最低な人間だ。
「ローズ様? 体調が悪いのですか?」
自分のおぞましい考えに顔色を悪くした私を見たジェーンが、心配そうな声を出した。
だけど私は他人に心配してもらえるような人間ではない。
「気にしないで。自分が最低な人間だって気付いて落ち込んでいただけよ」
「ローズ様は最低な人間ではありません!」
「最低な人間、なのよ」
「いいえ、ローズ様は素晴らしいお方です。私が保証します!」
心からそう信じ切っているのだろうジェーンが眩しすぎて、目がくらんで吐き気がしてくる。
私はこの子にこんな風に言ってもらえる出来た人間ではないのに。
「お嬢様」
顔を上げると、ナッシュが微笑みながら私を見つめていた。
「私もお嬢様が最低だなどと思ったことはございませんが、もしご自分でそう思われるのなら、変わればいいだけの話です。お手伝いが必要でしたら手を貸しますので、何なりとお申し付けください」
どこから聞いていたのだろう。
独り言も聞かれていたのだろうか。
「私は喜んでお嬢様の手足になります。お嬢様の願望を叶えることが、私の幸せです」
心地いい言葉を口にしながら、ナッシュが私に手を差し出した。
……私は今からでも、変われるだろうか。
「これまで自分が最低だと気付くことさえ出来なかった私に、変わることが出来るのかしら」
「落ち込む時間があるのなら、自分のことを好きになれるような行動をした方がいいと思いますよ。そして自分を愛してあげてください」
「自分を、愛す……」
「公爵様も、奥様も、そして私も、お嬢様を愛しておりますが……私は誰よりもお嬢様自身に、お嬢様のことを愛してあげてほしいのです」
「自分を愛すために、行動する……?」
「はい。それが良いかと」
ナッシュの言う通りだ。
落ち込んでいても、それこそ仕方がない。
今の時点から出来ることを、全力でやってみるしかない。
ウェンディにお願いをして図書館に行くのを止めてもらおうなんて、他人任せの考えでは駄目だ。
自分が動いて、犠牲者を助ける確率を上げないと。
そうじゃないと、後悔するし、きっと私は自分のことを愛せない。
私が全ての力を使って犠牲者を出さないようにしないと。
……そのせいで、私が悪者になろうとも!
「ナッシュ。私の手足になるという考えは、それが悪い行いでも変わらない?」
「……お嬢様が決めたことならば」
「それなら。今から言うものを用意してちょうだい」
私に差し出されたままのナッシュの手を掴むと、勢いよく立ち上がった。
――――――ガチャリ。
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