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第一部 青蝶編
6 落ちこぼれの分際で
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「んだよ、いまの誰だ、クソが。殺すぞ!」
俺がすごむと、クラスメートたちもいきり立った。
「ああ? 落ちこぼれの分際で何だって? おもてに出ろよ、ぶっろしたる」
思わず笑ってしまう。
「なんだよ、ぶっろすだって? 普段は上品ぶってるくせに、随分と口が悪いんだな」
まるで俺に張り合うみたいに、クラスの連中も笑い声をあげた。
「はっ、ごみ相手に言葉遣いを気にしたってしょうがねえからなあ」
「大体さあ、こんな地域で育ってりゃ、自然とガラも悪くなるに決まってるっての。でも大学進学までには直さねえとな。……だってぇ、あたしぃ、育ちのいいお嬢様キャラで大学デビューしたいんだもん」
「そうだよなあ、それなのに汚い言葉遣いを教室に持ち込む白月は、ほんと目障りだよ。バラして海に捨ててやりてえわ」
「腎臓抜いてからってか?」
「腎臓だけじゃねえよ、角膜もだ」
景条館の生徒の大半は、この族流無県の出身、つまり治安が悪い地域で育っている。ヤバめな親族のいる生徒も多い。育ちが悪いのはお互いさまってわけだ。くそ、やっぱりちょっと恫喝したぐらいでは動じないか。
ちなみに族流無県では、「殺す」と相手を脅すとき、「こ」は発音しないのが一般的だ。はっきりと殺すと言ったら殺害予告だの脅迫罪だのになるから、それを避けるための小細工であろう。殺すを「おろす」などと発音するチキンもいる。くっそダサいよな。だから俺はあえて「殺す」と、KOをはっきり発音するのを心がけている。それが俺の生き様ってやつだ、文句あるか。
「おまえみたいな落ちこぼれは、内臓ぐらいしか使い道がないんだ。それを自覚しろよ」
クラスメートたちは、わざとらしいぐらい大きな声で笑った。
「ぶっ殺す!」
俺がそう宣言するやいなや背中に衝撃と痛みが走った。がくんと視界が揺れた。背中を蹴られたのだ、そう認識するより先に次の攻撃を受けた。今度は腰だ。くそ、本気の蹴りをかましやがったな。それを合図にクラスメートたちが一斉に襲いかかってきた。くそ、後ろから奇襲とか卑怯すぎるだろ。俺も手当たり次第殴り返した。ほとんど空振りだったが、何発かは入れることができた。
ふいに頭蓋骨が揺れるほどの衝撃を受けた。頭を殴られたのか、蹴られたのか、どっちだ……。とっさに蹴り返した。手応えがあった。
「はは、ざまあみろ……」
そこで意識が遠のいた。
目が覚めると、職員室の床だった。
先生たちの臭いサンダルが目の前を行き来している。呻きながら体を起こすと、誰かに背中を踏まれて、床に押し戻された。
「まだ寝てていいぞ」
声から察するに担任だ。中年の男で、名前はたしか蛾棟ってやつだ。
「ゆっくりしていけ」
「いえ、そろそろ起きたいと思います」
「いやいや、顔が腫れて酷いもんだ、休憩したほうがいいぞ」
ぐいぐいと背中を踏まれる。はねのけようと体に力を入れたら、殴られたところが痛んで、思わず呻いた。それで抵抗する気力を失ってしまった。無様に床にはいつくばる姿勢のまま、呼吸を整える。
「教室で乱闘とは、不登校児のわりには元気じゃないか」
「あれは、あいつらが先に手を出してきて……」
「そんなことはどうでもいいな」
体重をかけられて息が詰まる。
「藪島は白月だよな。白月は何をされても文句は言えねえんだよ、わかるな」
「わかりませ……ぐっ」
脇腹を蹴られた。
「おまえは偏差値はいくつだっけ?」
「えっと、最後に受けた模試では59でした」
「だよなあ、それっぽっちしかないんだよなあ。でも、おまえが殴った生徒は偏差値が70あるんだぞ」
「……」
「59が70を殴るなんて許されるわけないだろ?」
「どんな事情があってもですか?」
「ああ」
担任が足をどけたので、俺は振り仰いだ。蛾棟は何の表情も浮かべず、妙にゆっくりと口を動かした。
「どんな事情があっても、馬鹿は人に逆らうな」
次またやったら退学だぞと宣告されて、放免された。
退室するとき、書類の置いてある机のそばを通った。少し歩く速度を落として、書類を凝視しながら、ゆっくりとドアへと向かった。
職員室を出ると、廊下を歩きながら、おそるおそる頬を触ってみる。
「痛えし熱いし……」
かなり熱を持っている。顔を集中的に殴られたようだ。あちこち腫れてるし、今の俺はかなり派手な顔立ちに変化しているに違いない。あと殴られていないはずの額も熱かった。ひょっとすると熱が出ているのかもしれない。熱が出ているということは、どっか骨が折れてるのか? でも動けるってことは、骨折じゃなくてヒビかな。体をあちこち触って調べてみたら、腰のところにひどく痛む箇所があった。
「腰の骨とか勘弁してくれよ」
俺があした学校を休んでも、それは不登校でもサボりでもなく、マジの病欠ってやつだからな。そんなことを考えてみたりする。
「大体さあ、偏差値59をすげえ馬鹿みたいな扱いするけどさ、59はそんな言うほど馬鹿じゃないよな。むしろ良いほうだって。まあまあ賢いっての」
思わず愚痴がこぼれた。こんなことを景条館で言ったところで何にもならないのはわかっているが。
廊下を歩いていたら、何人かの生徒とすれ違ったが、俺のぼこぼこに殴られた顔をみても誰一人として驚いたりなんかしなかった。もちろん声もかけてこない。相変わらず他人に関心のない連中だ。
外から運動部の生徒たちのかけ声が聞こえてきた。俺が気絶している間に、体育祭のミーティングはもう終わってしまったのかもしれない。
俺は教室に向かうため、階段を上り始めた。
さっきのクラスの連中、まだいるといいけど。今行くから待ってろよ、こんちくしょう。
……うう、階段しんどいな。地味に骨に響く。
俺がすごむと、クラスメートたちもいきり立った。
「ああ? 落ちこぼれの分際で何だって? おもてに出ろよ、ぶっろしたる」
思わず笑ってしまう。
「なんだよ、ぶっろすだって? 普段は上品ぶってるくせに、随分と口が悪いんだな」
まるで俺に張り合うみたいに、クラスの連中も笑い声をあげた。
「はっ、ごみ相手に言葉遣いを気にしたってしょうがねえからなあ」
「大体さあ、こんな地域で育ってりゃ、自然とガラも悪くなるに決まってるっての。でも大学進学までには直さねえとな。……だってぇ、あたしぃ、育ちのいいお嬢様キャラで大学デビューしたいんだもん」
「そうだよなあ、それなのに汚い言葉遣いを教室に持ち込む白月は、ほんと目障りだよ。バラして海に捨ててやりてえわ」
「腎臓抜いてからってか?」
「腎臓だけじゃねえよ、角膜もだ」
景条館の生徒の大半は、この族流無県の出身、つまり治安が悪い地域で育っている。ヤバめな親族のいる生徒も多い。育ちが悪いのはお互いさまってわけだ。くそ、やっぱりちょっと恫喝したぐらいでは動じないか。
ちなみに族流無県では、「殺す」と相手を脅すとき、「こ」は発音しないのが一般的だ。はっきりと殺すと言ったら殺害予告だの脅迫罪だのになるから、それを避けるための小細工であろう。殺すを「おろす」などと発音するチキンもいる。くっそダサいよな。だから俺はあえて「殺す」と、KOをはっきり発音するのを心がけている。それが俺の生き様ってやつだ、文句あるか。
「おまえみたいな落ちこぼれは、内臓ぐらいしか使い道がないんだ。それを自覚しろよ」
クラスメートたちは、わざとらしいぐらい大きな声で笑った。
「ぶっ殺す!」
俺がそう宣言するやいなや背中に衝撃と痛みが走った。がくんと視界が揺れた。背中を蹴られたのだ、そう認識するより先に次の攻撃を受けた。今度は腰だ。くそ、本気の蹴りをかましやがったな。それを合図にクラスメートたちが一斉に襲いかかってきた。くそ、後ろから奇襲とか卑怯すぎるだろ。俺も手当たり次第殴り返した。ほとんど空振りだったが、何発かは入れることができた。
ふいに頭蓋骨が揺れるほどの衝撃を受けた。頭を殴られたのか、蹴られたのか、どっちだ……。とっさに蹴り返した。手応えがあった。
「はは、ざまあみろ……」
そこで意識が遠のいた。
目が覚めると、職員室の床だった。
先生たちの臭いサンダルが目の前を行き来している。呻きながら体を起こすと、誰かに背中を踏まれて、床に押し戻された。
「まだ寝てていいぞ」
声から察するに担任だ。中年の男で、名前はたしか蛾棟ってやつだ。
「ゆっくりしていけ」
「いえ、そろそろ起きたいと思います」
「いやいや、顔が腫れて酷いもんだ、休憩したほうがいいぞ」
ぐいぐいと背中を踏まれる。はねのけようと体に力を入れたら、殴られたところが痛んで、思わず呻いた。それで抵抗する気力を失ってしまった。無様に床にはいつくばる姿勢のまま、呼吸を整える。
「教室で乱闘とは、不登校児のわりには元気じゃないか」
「あれは、あいつらが先に手を出してきて……」
「そんなことはどうでもいいな」
体重をかけられて息が詰まる。
「藪島は白月だよな。白月は何をされても文句は言えねえんだよ、わかるな」
「わかりませ……ぐっ」
脇腹を蹴られた。
「おまえは偏差値はいくつだっけ?」
「えっと、最後に受けた模試では59でした」
「だよなあ、それっぽっちしかないんだよなあ。でも、おまえが殴った生徒は偏差値が70あるんだぞ」
「……」
「59が70を殴るなんて許されるわけないだろ?」
「どんな事情があってもですか?」
「ああ」
担任が足をどけたので、俺は振り仰いだ。蛾棟は何の表情も浮かべず、妙にゆっくりと口を動かした。
「どんな事情があっても、馬鹿は人に逆らうな」
次またやったら退学だぞと宣告されて、放免された。
退室するとき、書類の置いてある机のそばを通った。少し歩く速度を落として、書類を凝視しながら、ゆっくりとドアへと向かった。
職員室を出ると、廊下を歩きながら、おそるおそる頬を触ってみる。
「痛えし熱いし……」
かなり熱を持っている。顔を集中的に殴られたようだ。あちこち腫れてるし、今の俺はかなり派手な顔立ちに変化しているに違いない。あと殴られていないはずの額も熱かった。ひょっとすると熱が出ているのかもしれない。熱が出ているということは、どっか骨が折れてるのか? でも動けるってことは、骨折じゃなくてヒビかな。体をあちこち触って調べてみたら、腰のところにひどく痛む箇所があった。
「腰の骨とか勘弁してくれよ」
俺があした学校を休んでも、それは不登校でもサボりでもなく、マジの病欠ってやつだからな。そんなことを考えてみたりする。
「大体さあ、偏差値59をすげえ馬鹿みたいな扱いするけどさ、59はそんな言うほど馬鹿じゃないよな。むしろ良いほうだって。まあまあ賢いっての」
思わず愚痴がこぼれた。こんなことを景条館で言ったところで何にもならないのはわかっているが。
廊下を歩いていたら、何人かの生徒とすれ違ったが、俺のぼこぼこに殴られた顔をみても誰一人として驚いたりなんかしなかった。もちろん声もかけてこない。相変わらず他人に関心のない連中だ。
外から運動部の生徒たちのかけ声が聞こえてきた。俺が気絶している間に、体育祭のミーティングはもう終わってしまったのかもしれない。
俺は教室に向かうため、階段を上り始めた。
さっきのクラスの連中、まだいるといいけど。今行くから待ってろよ、こんちくしょう。
……うう、階段しんどいな。地味に骨に響く。
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