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第一部 青蝶編
17 署名
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夜使野は俺をにらんだまま、しばらく黙っていた。鼻息が荒い。肩で息をしている。いまにも俺に向かって突進してきそうだ。これじゃ青蝶というよりイノシシだな。水色のイノシシ。
夜使野は何か言いたげに口を開いたり閉じたりを繰り返していたが、やがて何かを吹っ切っるみたいに大きく深呼吸すると、腕を組んで仁王立ちになった。
「借りは返すから」
「へっ?」
いきなり何の話だよ。
「借りって、なんの……ああ、もしかしてさっきの聞いてたんですか。なんか陰口言ってたやつに、俺が反論したことですかね。ブスじゃねえしっていう……」
夜使野は着物の袖を振って、「シャラップ!」と叫び、俺を黙らせた。再び睨まれる。何なんだよ、いちいち怖えんだけど。心なしか顔が赤いのが、余計に怖い。
「そんなことより! あんたたち、この前の白月の生徒よね。何やってんのよ、人のクラスの前で」
「え? あ、えっと、夜使野先輩はいるかな~? って思って、見にきてました」
俺がそう言うと、夜使野は、ああん? というドスの利いた声を出した。
「何のためによ」
「もし学校に来てるなら、署名してくださいって頼もうかなって。っていうか、さっきの陰口……聞こえてたわけですよね……。なんつーか、その、大丈夫ですか?」
さすがにちょっと傷ついたりしたんじゃないだろうか。しかし、夜使野はふんと鼻から息を吐いて、アゴをつんと上げた。
「陰口は慣れてるから気にしないわ」
その口ぶりは虚勢を張っているようでもあり、本心を言っているようでもあった。
「慣れてるんすか、陰口」
「……」
「……陰口って、慣れなくていいやつじゃないですかね」
つい口からこぼれ落ちた俺の本音に、夜使野は「はあ?」って顔になった。
「いや、だって、ひどいこと言われて、それに慣れるなんていうのは、良くないですよ。世の中には慣れたほうがいいことと、慣れなくていいことがあって、陰口は慣れなくていいほうのやつだと俺は思います。慣れるってのは、つまりそれだけたくさん傷ついて我慢してきたってことですよね。そんな理不尽な我慢なんかしなくていい、
と俺は思うんすよ」
夜使野だけでなくオモチまで納得しかねる、という顔になった。オモチはもしかしたら、ひどいことを言われても気にしないようにするタイプなのかもしれないな。大事なことは言うけど、無駄な争いは避けるっていうやつか。
夜使野がイラついたような声を出した。
「……そんなこといったって、私にどうしろっていうの」
「言い返してやればいいんですよ、てめえら文句あるなら直接言いやがれ! ぐらいのことを言ってやって、話をしたらいいんじゃないですかね。向こうにも言い分あるだろうし」
なんせ夜使野は夜使野で問題のありそうなやつだからな。ジュースをこぼしたやつに土下座させたりとかさ。
「それで、一度がつんと言ってやって、腹を割って話し合えば、相手も陰口を言いづらくなるんじゃないですか。相手が言いづらくなれば、ひどいことを言われる回数も減って、陰口に慣れることもなくなります」
「何それ馬鹿じゃない?」
夜使野は笑い飛ばした。オモチまでかすかに笑みを浮かべている。なんでこの二人は表情がリンクしてんだよ。
「陰口たたくような連中は、何をしたって陰口言うわよ」
「そうっすかね……」
夜使野とオモチが同時に頷く。
「そうよ。世の中そんなに真っ直ぐにできてない。さてはあんた、あんまり賢くないわね」
くう、痛いところを突いてくる女だ。
「でも」
夜使野はにやりと笑った。
「たまには言い返してみるのもいいわね。今度あいつらに言ってやるわ。この浅ましくも醜く愚かなクズどもめが、死ね! ってね」
夜使野は教室のドアを勢いよく開けて、だが、ふと何かを思い出したように振り返った。
「あんたたちって、景条館では見かけないタイプ。ちょっと面白いわ。……またね」
不敵な笑みを浮かべると、和服姿とは思えないほどの大股で教室に入っていった。
「え、今、「またね」って言ったか?」
なんだ、どういうことだ。
「うん……。またボクたちと会ってくれるってことなんだろうね。だけどさ、ゼクウ、クラスメートに死ねって言うのは、さすがにどうなのかな……」
「へっ? いや、まあ……うん……まあ……うん……」
俺がクラスメートにぶっ殺すって言っちゃってることはオモチには内緒にしておこう。
さて、それじゃあ、今度こそ保健室に行くぞと話していたら、背後から声を掛けられた。
「おまえたちは白月の生徒だな?」
一瞬、因縁をつけられたのかと思い、臨戦態勢に入りかけたが、振り向くとそこにいたのは、いかにもスポーツが得意そうに日焼けしたガタイのいい男子生徒だった。
「ああ、団長じゃないっすか」
確かにちょっとハスキーな声だったなと、肩から力を抜きながら思う。
「さっきのは青蝶の団長だな?」
「はい。夜使野っていう人です」
俺がそう言うと、団長はじっと俺を見つめた。団長のまっすぐな目に見つめられると、自然と背筋が伸びる。
「白月の活動を頑張ってくれているようだな。山田が見込んだだけのことはある」
団長はオモチにも視線を送った。
「そっちの君もだ。今年の1年は頼もしいな。だが、二人とも、くれぐれも無理はするなよ。俺としても、うちのチームから退学者は出したくない」
団長は俺たちの肩を軽くたたくと、行ってしまった。団長も教室移動の途中だったようだ。
その数日後。
夜使野が署名した。
オモチや副長の言葉に、彼女なりに感じることがあったのだろう。そういえば妙にオモチとシンクロしてたな。二人は気が合う……そうかな、合うかな? 合わなさそうだが……でも意外と仲良くなったりしてな。わかんねえけどさ。
なにはともあれ、かくして青蝶、陥落である。
夜使野は何か言いたげに口を開いたり閉じたりを繰り返していたが、やがて何かを吹っ切っるみたいに大きく深呼吸すると、腕を組んで仁王立ちになった。
「借りは返すから」
「へっ?」
いきなり何の話だよ。
「借りって、なんの……ああ、もしかしてさっきの聞いてたんですか。なんか陰口言ってたやつに、俺が反論したことですかね。ブスじゃねえしっていう……」
夜使野は着物の袖を振って、「シャラップ!」と叫び、俺を黙らせた。再び睨まれる。何なんだよ、いちいち怖えんだけど。心なしか顔が赤いのが、余計に怖い。
「そんなことより! あんたたち、この前の白月の生徒よね。何やってんのよ、人のクラスの前で」
「え? あ、えっと、夜使野先輩はいるかな~? って思って、見にきてました」
俺がそう言うと、夜使野は、ああん? というドスの利いた声を出した。
「何のためによ」
「もし学校に来てるなら、署名してくださいって頼もうかなって。っていうか、さっきの陰口……聞こえてたわけですよね……。なんつーか、その、大丈夫ですか?」
さすがにちょっと傷ついたりしたんじゃないだろうか。しかし、夜使野はふんと鼻から息を吐いて、アゴをつんと上げた。
「陰口は慣れてるから気にしないわ」
その口ぶりは虚勢を張っているようでもあり、本心を言っているようでもあった。
「慣れてるんすか、陰口」
「……」
「……陰口って、慣れなくていいやつじゃないですかね」
つい口からこぼれ落ちた俺の本音に、夜使野は「はあ?」って顔になった。
「いや、だって、ひどいこと言われて、それに慣れるなんていうのは、良くないですよ。世の中には慣れたほうがいいことと、慣れなくていいことがあって、陰口は慣れなくていいほうのやつだと俺は思います。慣れるってのは、つまりそれだけたくさん傷ついて我慢してきたってことですよね。そんな理不尽な我慢なんかしなくていい、
と俺は思うんすよ」
夜使野だけでなくオモチまで納得しかねる、という顔になった。オモチはもしかしたら、ひどいことを言われても気にしないようにするタイプなのかもしれないな。大事なことは言うけど、無駄な争いは避けるっていうやつか。
夜使野がイラついたような声を出した。
「……そんなこといったって、私にどうしろっていうの」
「言い返してやればいいんですよ、てめえら文句あるなら直接言いやがれ! ぐらいのことを言ってやって、話をしたらいいんじゃないですかね。向こうにも言い分あるだろうし」
なんせ夜使野は夜使野で問題のありそうなやつだからな。ジュースをこぼしたやつに土下座させたりとかさ。
「それで、一度がつんと言ってやって、腹を割って話し合えば、相手も陰口を言いづらくなるんじゃないですか。相手が言いづらくなれば、ひどいことを言われる回数も減って、陰口に慣れることもなくなります」
「何それ馬鹿じゃない?」
夜使野は笑い飛ばした。オモチまでかすかに笑みを浮かべている。なんでこの二人は表情がリンクしてんだよ。
「陰口たたくような連中は、何をしたって陰口言うわよ」
「そうっすかね……」
夜使野とオモチが同時に頷く。
「そうよ。世の中そんなに真っ直ぐにできてない。さてはあんた、あんまり賢くないわね」
くう、痛いところを突いてくる女だ。
「でも」
夜使野はにやりと笑った。
「たまには言い返してみるのもいいわね。今度あいつらに言ってやるわ。この浅ましくも醜く愚かなクズどもめが、死ね! ってね」
夜使野は教室のドアを勢いよく開けて、だが、ふと何かを思い出したように振り返った。
「あんたたちって、景条館では見かけないタイプ。ちょっと面白いわ。……またね」
不敵な笑みを浮かべると、和服姿とは思えないほどの大股で教室に入っていった。
「え、今、「またね」って言ったか?」
なんだ、どういうことだ。
「うん……。またボクたちと会ってくれるってことなんだろうね。だけどさ、ゼクウ、クラスメートに死ねって言うのは、さすがにどうなのかな……」
「へっ? いや、まあ……うん……まあ……うん……」
俺がクラスメートにぶっ殺すって言っちゃってることはオモチには内緒にしておこう。
さて、それじゃあ、今度こそ保健室に行くぞと話していたら、背後から声を掛けられた。
「おまえたちは白月の生徒だな?」
一瞬、因縁をつけられたのかと思い、臨戦態勢に入りかけたが、振り向くとそこにいたのは、いかにもスポーツが得意そうに日焼けしたガタイのいい男子生徒だった。
「ああ、団長じゃないっすか」
確かにちょっとハスキーな声だったなと、肩から力を抜きながら思う。
「さっきのは青蝶の団長だな?」
「はい。夜使野っていう人です」
俺がそう言うと、団長はじっと俺を見つめた。団長のまっすぐな目に見つめられると、自然と背筋が伸びる。
「白月の活動を頑張ってくれているようだな。山田が見込んだだけのことはある」
団長はオモチにも視線を送った。
「そっちの君もだ。今年の1年は頼もしいな。だが、二人とも、くれぐれも無理はするなよ。俺としても、うちのチームから退学者は出したくない」
団長は俺たちの肩を軽くたたくと、行ってしまった。団長も教室移動の途中だったようだ。
その数日後。
夜使野が署名した。
オモチや副長の言葉に、彼女なりに感じることがあったのだろう。そういえば妙にオモチとシンクロしてたな。二人は気が合う……そうかな、合うかな? 合わなさそうだが……でも意外と仲良くなったりしてな。わかんねえけどさ。
なにはともあれ、かくして青蝶、陥落である。
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