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13 遭遇と獣狩
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昨日と別の方向へと山道を辿り、今までと少し違う種類らしい針葉樹の木立に入る。
心なしか、頭上の鳥の声も変わったように思える。
聴覚の警戒音域を調整する感覚で、ライナルトは残雪の山中を見回し、耳をそばだてた。
「ここも――大きな獣はいないようか」
「おお。しかし――」マヌエルが首を傾げた。「何となくだが、静かすぎるんでないか。いつもならもっと、野鼠なんぞの気配がしたと思う」
「そうなのか」
それぞれ不審の顔を見合わせて、警戒しながら進むことにする。
ジャリ、ジャリ、と融けかけの雪を踏んで、木立の奥へ。
しばらく歩み進めたところで、ライナルトの頭を、警鐘めいたものが掠めた、気がした。
――高所の鳥の音が、消えている。
急ぎ警戒レベルを上げて周囲を見回し、耳を澄ます。
「気をつけろ、何かいる!」
「え?」
小声で呼びかけ、四人の足を止めさせていると。
ガサ、と傍らの木の上から、音がした。
「ケヴィン、撃て!」
「おお!」
慌てて空を仰ぎ、ケヴィンは右手を振った。
赤い火球が放たれ。
ギャウ、と声が上がったのは、落下してきた薄茶の獣からだった。
成年女性より少し小さいかという体躯の毛むくじゃらが、地面に弾み転がる。
駆け寄り、ライナルトは剣を振るった。赤らんだ相貌の首が、血飛沫とともに刎ね飛ぶ。
「小鬼猿だ、他にもいるぞ!」
「おお!」
全員揃って、頭上を仰ぐ。
ところへ、同様の毛むくじゃらが二匹、飛び降りてきた。
「来た!」
「このヤロ!」
四人が次々と魔法を放ち、火と水がその落下する顔面を撥ね上げた。
怯んだ獣の着地とともに、ライナルトは剣を叩きつけていった。続けざまに、二つの首が飛ぶ。
ひと息つく余裕もなく、さらに二つの落下が続いた。
もう少し落ち着いて、四人が魔法で迎え撃つ。怯むところへ、大剣が振るわれる。
油断せず耳を澄ますと、もう気配は感じとれなかった。
「これで終わりか――いやしかしみんな、警戒は怠るな」
「おお」
「小鬼猿は賢い魔獣だ。気配を消して潜んだり、複数で息を合わせて襲いかかってきたりする」
「こんなの見るのは初めてだが――魔獣なんかい」
「ああ」
イーヴォに頷き返し、警戒を緩めずライナルトは一匹の首なし死骸に歩み寄った。
小刀で胸を切り開く。赤い心臓の横から、大きめの木の実ほどの黒っぽい楕円形が覗き出た。
「ほら、魔核があるんだ」
「本当だ」
魔獣は外観でふつうの獣と別分類しにくいものもいるが、体内に魔核を持つかどうかで判別される。
どういう理由で魔核を持つようになったかなどは解明されていないが、これによってふつうの獣より力が強くなる、凶暴性を持つ、などの傾向が想像されている。
たいていの場合魔獣の肉は食用に適さず、皮や角などが何らかの加工に重宝される種類もあるが、この猿種はまず何の役にも立たないはずだ。
ただ一般民衆には使い道がないが、王都の研究者などには魔核の需要があるということで、一応買値がつくことになっている。
当然この点でも猿種のものは小さいため廉価なのだが、残った死骸からイーヴォとケヴィンに魔核取り出しをさせることにした。
「今は五匹だったが、こいつらは下手をすると数十匹の群れで襲いかかってくることがある。決して油断するな」
「数十匹となったら、相手しきれねえかもしれんな」
「加えてこいつら、雑食だ。普段は木の実などを食っているらしいが、鼠や兎でも、人間でも襲って肉を食らう」
「うわあ」
「堪らねえな、そりゃ」
「他に仲間がいて、繰り出してくるかもしれん。今日はここで引き返そう」
「おお」
「今の奴らがそうだったように、こいつらは気配を殺しておいて木の上から襲いかかってくるのが常套手段だ。頭の上に最大限注意していこう」
年長者二人と頷き合い、死骸処理を終えた二人も立ち上がったところで、撤退を始めた。
もと来た道に木立の終わりが見えないまま、言われた通り頭上高くに警戒を怠らない。
しばらく無言の進行の末、前方が明るんできたのを見て、ようやく一同は少し緊張を解いていた。
ところが。上に注意を向けていて、前方への気配りがかけていたかもしれない。
木立を抜けて、平原に出たところだった。
先頭を歩くケヴィンが、いきなり片手を横に上げた。
「待て、猪だ!」
「わあ!」
声とともに、イーヴォが横に飛んだ。
こちらに向けて疾走する猪の巨体が、すでに十ガターほど先まで迫っていた。
「逃げろ!」
ひと声放って、ライナルトは前に出る。
魔法での減速は、間に合わない。自分以外の四人は接近戦では無力だ。
もし自分も逃げて他の者に猪が向かったら、まず無事では済まないだろう。
全速力のこの巨体を、大剣で止められる当てはないのだが。
惑う暇もなく、鞘払った剣を横に薙ぐ。
わずかに進路から身を外したが、鼻先を叩いた剣先から凄まじい衝撃が弾き返ってきた。
勢いに堪らず、ライナルトの身体は雪融け原に転がった。
数ガター先で、獣は向きを変えている。硬い鼻先に、傷もつけられていないようだ。息もつかせず、再疾走が始まる。
急ぎ身を起こし、腰だめ姿勢をとったが。剣を構えるのも間に合わず、辛うじて飛びかわす左肩に衝撃が走った。
横に弾き飛ばされ、二転三転。
「わあ、ライナルト!」
「まずい、逃げろ!」
起き上がるよりも早く、敵はまた向きを直している。
たちまち、突進が迫り来る。
ドドドド、と荒々しい足音。
姿勢を作る間もとれず、ライナルトは後方に身を倒しながら両手で剣を突き上げた。
硬いものに、突き刺さる手応え。掌から剣柄が奪われ、頭上へと巨体が行き過ぎる。
その足に踏みつけられなかったのは、幸いだった。
ズザア、と地響きを立てて、猪は地面に伏していた。
「え、え、わあーー」
「やった、やったのか?」
「無事か、ライナルト?」
離れていた四人が、一斉に駆け寄ってきた。
起き上がり、それらを手で制して、ライナルトは動きを止めた獣を覗き込んだ。
まだひくひくという動きは続いているが、起き上がることはないようだ。
猪の頭や鼻先は、ほとんど剣を通さない。最後の死に物狂いの刺突で、幸運に首元を突き通すことができたというわけだろう。
見守るうちに、生体の動きは失われていた。
伏した首の脇から、大剣の柄が覗いている。引っ張り出すと、血まみれの剣先まで折れや欠けなどはない。
安堵して、ライナルトは仲間たちを振り返った。
「息絶えたようだ」
「そうか、やったな!」
「ライナルト、怪我は?」
「肩を打ったが、骨まではやられていないと思う」
剣を置いて左肩に触れると、飛び上がりたくなるような痛みが走った。かなり酷い打撲と思われる。
表情を見て察したらしく、マヌエルが暗澹たる顔になっている。
「治療をせねば。急いで村に戻ろう」
「おう。こいつの死骸はこのままでいい。ライナルト、歩けるか?」
「足は大丈夫だ」
オイゲンに頷き返して、大きく深呼吸する。
ケヴィンとイーヴォが剣と荷物を預かり、四人に囲まれる格好で急ぎ山を下りていった。
心なしか、頭上の鳥の声も変わったように思える。
聴覚の警戒音域を調整する感覚で、ライナルトは残雪の山中を見回し、耳をそばだてた。
「ここも――大きな獣はいないようか」
「おお。しかし――」マヌエルが首を傾げた。「何となくだが、静かすぎるんでないか。いつもならもっと、野鼠なんぞの気配がしたと思う」
「そうなのか」
それぞれ不審の顔を見合わせて、警戒しながら進むことにする。
ジャリ、ジャリ、と融けかけの雪を踏んで、木立の奥へ。
しばらく歩み進めたところで、ライナルトの頭を、警鐘めいたものが掠めた、気がした。
――高所の鳥の音が、消えている。
急ぎ警戒レベルを上げて周囲を見回し、耳を澄ます。
「気をつけろ、何かいる!」
「え?」
小声で呼びかけ、四人の足を止めさせていると。
ガサ、と傍らの木の上から、音がした。
「ケヴィン、撃て!」
「おお!」
慌てて空を仰ぎ、ケヴィンは右手を振った。
赤い火球が放たれ。
ギャウ、と声が上がったのは、落下してきた薄茶の獣からだった。
成年女性より少し小さいかという体躯の毛むくじゃらが、地面に弾み転がる。
駆け寄り、ライナルトは剣を振るった。赤らんだ相貌の首が、血飛沫とともに刎ね飛ぶ。
「小鬼猿だ、他にもいるぞ!」
「おお!」
全員揃って、頭上を仰ぐ。
ところへ、同様の毛むくじゃらが二匹、飛び降りてきた。
「来た!」
「このヤロ!」
四人が次々と魔法を放ち、火と水がその落下する顔面を撥ね上げた。
怯んだ獣の着地とともに、ライナルトは剣を叩きつけていった。続けざまに、二つの首が飛ぶ。
ひと息つく余裕もなく、さらに二つの落下が続いた。
もう少し落ち着いて、四人が魔法で迎え撃つ。怯むところへ、大剣が振るわれる。
油断せず耳を澄ますと、もう気配は感じとれなかった。
「これで終わりか――いやしかしみんな、警戒は怠るな」
「おお」
「小鬼猿は賢い魔獣だ。気配を消して潜んだり、複数で息を合わせて襲いかかってきたりする」
「こんなの見るのは初めてだが――魔獣なんかい」
「ああ」
イーヴォに頷き返し、警戒を緩めずライナルトは一匹の首なし死骸に歩み寄った。
小刀で胸を切り開く。赤い心臓の横から、大きめの木の実ほどの黒っぽい楕円形が覗き出た。
「ほら、魔核があるんだ」
「本当だ」
魔獣は外観でふつうの獣と別分類しにくいものもいるが、体内に魔核を持つかどうかで判別される。
どういう理由で魔核を持つようになったかなどは解明されていないが、これによってふつうの獣より力が強くなる、凶暴性を持つ、などの傾向が想像されている。
たいていの場合魔獣の肉は食用に適さず、皮や角などが何らかの加工に重宝される種類もあるが、この猿種はまず何の役にも立たないはずだ。
ただ一般民衆には使い道がないが、王都の研究者などには魔核の需要があるということで、一応買値がつくことになっている。
当然この点でも猿種のものは小さいため廉価なのだが、残った死骸からイーヴォとケヴィンに魔核取り出しをさせることにした。
「今は五匹だったが、こいつらは下手をすると数十匹の群れで襲いかかってくることがある。決して油断するな」
「数十匹となったら、相手しきれねえかもしれんな」
「加えてこいつら、雑食だ。普段は木の実などを食っているらしいが、鼠や兎でも、人間でも襲って肉を食らう」
「うわあ」
「堪らねえな、そりゃ」
「他に仲間がいて、繰り出してくるかもしれん。今日はここで引き返そう」
「おお」
「今の奴らがそうだったように、こいつらは気配を殺しておいて木の上から襲いかかってくるのが常套手段だ。頭の上に最大限注意していこう」
年長者二人と頷き合い、死骸処理を終えた二人も立ち上がったところで、撤退を始めた。
もと来た道に木立の終わりが見えないまま、言われた通り頭上高くに警戒を怠らない。
しばらく無言の進行の末、前方が明るんできたのを見て、ようやく一同は少し緊張を解いていた。
ところが。上に注意を向けていて、前方への気配りがかけていたかもしれない。
木立を抜けて、平原に出たところだった。
先頭を歩くケヴィンが、いきなり片手を横に上げた。
「待て、猪だ!」
「わあ!」
声とともに、イーヴォが横に飛んだ。
こちらに向けて疾走する猪の巨体が、すでに十ガターほど先まで迫っていた。
「逃げろ!」
ひと声放って、ライナルトは前に出る。
魔法での減速は、間に合わない。自分以外の四人は接近戦では無力だ。
もし自分も逃げて他の者に猪が向かったら、まず無事では済まないだろう。
全速力のこの巨体を、大剣で止められる当てはないのだが。
惑う暇もなく、鞘払った剣を横に薙ぐ。
わずかに進路から身を外したが、鼻先を叩いた剣先から凄まじい衝撃が弾き返ってきた。
勢いに堪らず、ライナルトの身体は雪融け原に転がった。
数ガター先で、獣は向きを変えている。硬い鼻先に、傷もつけられていないようだ。息もつかせず、再疾走が始まる。
急ぎ身を起こし、腰だめ姿勢をとったが。剣を構えるのも間に合わず、辛うじて飛びかわす左肩に衝撃が走った。
横に弾き飛ばされ、二転三転。
「わあ、ライナルト!」
「まずい、逃げろ!」
起き上がるよりも早く、敵はまた向きを直している。
たちまち、突進が迫り来る。
ドドドド、と荒々しい足音。
姿勢を作る間もとれず、ライナルトは後方に身を倒しながら両手で剣を突き上げた。
硬いものに、突き刺さる手応え。掌から剣柄が奪われ、頭上へと巨体が行き過ぎる。
その足に踏みつけられなかったのは、幸いだった。
ズザア、と地響きを立てて、猪は地面に伏していた。
「え、え、わあーー」
「やった、やったのか?」
「無事か、ライナルト?」
離れていた四人が、一斉に駆け寄ってきた。
起き上がり、それらを手で制して、ライナルトは動きを止めた獣を覗き込んだ。
まだひくひくという動きは続いているが、起き上がることはないようだ。
猪の頭や鼻先は、ほとんど剣を通さない。最後の死に物狂いの刺突で、幸運に首元を突き通すことができたというわけだろう。
見守るうちに、生体の動きは失われていた。
伏した首の脇から、大剣の柄が覗いている。引っ張り出すと、血まみれの剣先まで折れや欠けなどはない。
安堵して、ライナルトは仲間たちを振り返った。
「息絶えたようだ」
「そうか、やったな!」
「ライナルト、怪我は?」
「肩を打ったが、骨まではやられていないと思う」
剣を置いて左肩に触れると、飛び上がりたくなるような痛みが走った。かなり酷い打撲と思われる。
表情を見て察したらしく、マヌエルが暗澹たる顔になっている。
「治療をせねば。急いで村に戻ろう」
「おう。こいつの死骸はこのままでいい。ライナルト、歩けるか?」
「足は大丈夫だ」
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