アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

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「じゃあホルガー、やってみろ」
「うん」

 兄貴分に促されて、元気よく幼児は前に出た。
 今し方のコンラートを真似て腰を屈め、左肘の外に右手を構える。
 間もなく、その指の先に小さく火が点った。ゆっくり次第に膨れ、自分の掌より大きいほどになる。
 火の球を大きく作ることに関して「カンペキさあ」と答えていた点、大口を叩いたわけでもなかったらしい。

「よし。それで、手を振るのと一緒に頭の中でそれを飛ばすのを念じるんだ。手の振りより、頭の中のイメージの方が大切だからな」
「分かった」

 大きく頷いて、深呼吸を一つ。
 それから、うん、と唸って、ホルガーは手を振った。当然ながら、お手本の年長者よりは振りが鈍い。
 それでも、火の球は前方に飛び出した。しかし間もなく、ぽやぽやと下に落ちてしまう。

「わあ、ダメだあ」
「言ったろ、いくら手に力を込めて踏ん張っても仕方ないからな。イメージを大切にして、練習してみろ」
「うん」

 続けて二回、三回、四回、とホルガーは射出を試みた。
 しかしやっぱりどれも壁まで届かず、力が抜けたみたいに土の床に落ちていく。
 続けるうち少しくらいは、最初より飛行距離を伸ばしただろうか。
 そうして、十回も続けたかと思われる頃。

「わあ!」

 幼児の口から、悲鳴が漏れた。
 あたしの位置から見にくいけれど、火球が落ちた地面から炎が立ち昇ったみたいだ。
 ここからちょっとだけ赤い頭が見える程度なのだから、大きな火の手ではない。

「あら、なんか落ちていたかねえ」

 驚いた様子もなく、ロミルダがそちらに手を伸ばした。
 見ると、いきなり炎の真上に水の球が出現。すぐに落ちて、ジュウ、と音を立てる。
 それを二回くり返して、炎は消えたようだ。
 コンラートがそちらを覗き込んで、すぐに振り返った。

「小さなが落ちてたみたいだ。その上にちょうど落ちたんだね。ごめん、俺気がつかなかった」
「気をつけなさいよ、火だけはこういうことがあるからね。ホルガーも覚えておくんだよ。火魔法を使うときには、近くに燃えるものがないか確かめること」
「うん、分かった」

 ロミルダの注意を、男の子二人で神妙に聞いている。
 二人とも普段は何処か悪戯っ子めいた言動をしそうな見た目だけど、どうも火魔法に関しては厳しく躾けられているらしい。
 見ながら、あたしは別のことが気になっていた。
 さっきのロミルダのは水魔法だろうけど、手の先から飛ばしたのではなく、直接炎の上に出現させたように見えた。
 ロミルダの座った位置から炎まで、大人の足で四~五歩分は離れている。

――あんなに離れて、魔法の水を出せるんだ。

 あたしにとっては、新しい発見だ。
 見ていた誰もその点に驚いた様子はないから、みんなにとっては常識なんだろうけど。

――ということは、他の人にもできるんだろう。つまり、あたしにも。

 すぐにも試してみたいけれど、みんなの目があるところではためらわれる。父から禁止命令を受けたことだし。
 今の出来事をきっかけに、魔法練習は終わりにしたようだ。
 興味津々に観戦していた女の子たちも、またツァーラを中心にした遊びとお喋りに戻っていた。

「ね、ね、コンラートの火魔法、かっこいいよねえ」
「だねえ。コンラートは日頃から熱心に練習しているからねえ」

 小さな女の子の言葉に頷き返して、ツァーラは少年の方を振り返った。

「村のために戦えるように鍛えているんだものね、コンラートは」
「まあ、な」

 幼馴染とか、日頃から仲がいいんだろう女の子に呼びかけられて、コンラートは少し無愛想に肩をすくめた。
 ぽんぽんと、小さな女の子はツァーラの膝を叩いた。

「いいないいな、火魔法だと悪い獣と戦えるんよね。あたし、水だからあ」
「水ならまだ、助けになるかもだよ。あたしなんか、風だもの。そんなとき何の役にも立てない」
「どっちにしても、女の子は無茶しちゃダメだよ。そういうときは邪魔にならないように隠れるのが務めさ」

 ツァーラの言葉に、ロミルダの隣の女の人が声を被せた。
 女の子たちは少し不満げながら、「はあい」と返事している。
 一方で、コンラートと並んで座ったホルガーは拳を握っている。

「俺は男だもん。魔法も剣も鍛えて、獣なんか退治してやるんだ」
「ホルガーも勝手に無茶したらダメだよ」ロミルダがそちらを睨みつけた。「火魔法だって、まだまだしばらくものの役に立たないんだし。コンラートだってそうだろ。ちゃんと的に当てられるようになったら、村まで獣が下りてきたときに離れたとこから迎え討つ援護役だけはやってもらう、それ以上近づくのは絶対禁止、って言われているはずさ」
「うん」
「ここにいる子どもたちは、そういう役目のコンラート以外、大人の邪魔にならないように逃げているのが務めなんだからね。絶対まちがうんじゃないよ」
「はあい」

 小さな子五人、少し大きな子二人、とりどりに頷いている。
 いつもは優しい様子の大人の女の人がこのように厳しい言い方をするとき、絶対逆らってはいけないと学習済みなんだろう。
 少し黙った後、コンラートがぼそりと続けた。

「今はまだまだ役に立てないけどさ、俺もっと火魔法と剣を練習するんだ。ライナルトのおっちゃんに教えてくれるよう頼んでいるとこさ」
「いいないいな、俺もお」
「ホルガーはまだダメだよ。せめてコンラートぐらい大きくなってからさ」
「ちぇぇ」

 即座に母親に斬り捨てられて、男の子は頬を膨らませていた。
 それにしても――父の名前がいきなり出てきて、あたしはびっくりしていた。
 どうも父は、そうしたコーチ役としても期待されているらしい。
 そんなことを思いながら。
 大人二人の注意が奥の子どもたちの方を向いているところで、

――いい機会。このチャンスを活用すべし。

 と、そっと逆方向の土間に向けて念を送ってみた。
 狙いを定めた辺り、土の上の空中。そっと小さな水の球が出現して、すぐに落下する。

――成功!

 あたしにも、この程度離れて水魔法を発現できることが確かめられた。
 あとは、精度を高める練習次第だろうか。
 さっきのホルガーの試行を見ていると、
 火球を作るだけなら、小さい子にも比較的容易にできる。
 それを飛ばすには、かなりの鍛錬が必要。
 実際に手で飛ばす腕力などは要らないが、頭でイメージを固めなければならない。
 ――といった辺りが常識らしい。
 たぶん、水も同じようなものだろう。

――後で、練習しながら確かめよう。

 それ以上は周囲に知られないように実践を控えて、あたしは考え巡らせていた。
 そうしているうち。
 バタン、と乱暴に戸口が開かれた。

「おい、薬を出してくれ!」

 男が三人、並ぶようにして急ぎ入ってくる。
 見ると、両側から抱えられた怪我人らしいのは、父だ。

「オータ!」

 叫んで、あたしは身を伸ばした。

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