はなかすみ

敷咲 蜜

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はじまり

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 瑞波は、息を飲んだ。
 白いセーラーの襟にも、細い肩にも、スカートの裾にも桜が靡き、撫でるように舞う。
 霞のようなその景色の中に、少女一人が浮いていた。
 目の前の景色が現実では無いような、錯覚を覚えた。
 少女は横を向き、何かを見つめていた。何を見つめているのか、何が彼女の気を惹いているのか、瑞波は知りたかったが、それよりも美しいその姿から目を逸らせずに居た。

「あ…あの」

 思いがけず、瑞波は声を上げていた。
 風は強く、声を巻き込むように吹上げ、木々の枝を揺らした。少女の耳には届いていないようだった。

 ふと、少女は長い黒髪を耳にかけた。細い小指。小さな手が、現れては消えた。

 その黒い目の端に、何かを見つけたのか、少女はこちらを見た。

「あ…」

 大きな黒い瞳がこちらを見ている。
「あ、あの…」
 瑞波は口籠った。こんなとき、何というべきか、頭の中が真っ白になっていた。
 この少女と、自分だけが居るような、錯覚を覚えた。
 ざわざわと、桜の花が風を鳴らす。
 少女は不思議そうな顔をして、瑞波を見ていた。
「…こ」
 唇が情けないほど震えていた。
「こんにちは」
 笑顔も、引き攣っていたかもしれない。喉から、やっと出た声は、裏返りそうになった。
「こんにちは。桜の花が、とても綺麗ね」
 少女の唇が紡ぐ声。喉から伸びる声は、甘く高かった。
「あ、うん。そうだね」
 肯定して、そのまま言葉は終わってしまった。
 瑞波は、感じた。
 じんわりと、珈琲に溶けていく砂糖のように、重い何かが心に広がっていくのを。
「あ、あの、何を見てたの?」
 瑞波は、手を握った。春のひんやりと冷たい空気が、一層冷えていくようだった。
 少女は、瑞波の問いかけに対し、もう一度横を見上げた。
「…うん、マリアを…」
「マリア?」
 その視線の先には、聖母像が立っていた。
「私も、彼女のように、なれるかしら…って、そう考えていたの」
 少女はそう言って、再び、髪を掻き上げた。
 その横顔は、憧れに満ちた、眩しいほどの美しさが溢れる。

 瑞波は、その姿を見つめて、心に広がっていくもどかしさを感じていた。
 なんだろう。

 この重苦しい、気持ちは。
 
 どんどん広がっていく、敗北感に似た、何か。
 
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