【R18】若衆歌舞伎の花、檻に憧れる

ましゅまろ

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紅の面影

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千弥が京の芝居座「天雅座」に立った夜、
客席には、ひときわ異なる沈黙が流れていた。

紅を引いた千弥は、
江戸時代のどの女形にもない“気配”をまとっていた。

それは、色香でも技巧でもない。
ただ――生きて、愛され、檻を越えて戻ってきた者の、影と光。

「この人は、……誰なの……?」
「声が……悲しいのに、胸にくる」
「……泣いてないのに、泣かされる」

芝居の内容は、
藩政の争いに巻き込まれた娘が、
ただ一人の男のために己の命を賭ける――というものだった。

だが、誰の目にも、
“それは芝居ではなかった”。

千弥が最後の台詞を口にしたとき、
彼の瞳には、誰か一人の男の姿だけが映っていた。

「愛されて、檻にいた……でも、
私は――舞台を愛してしまったのです」

扇を落とし、静かに伏す。

幕が降りたあと、
客席はしばらく動かなかった。

やがて、雷のような拍手が湧き起こる。



その夜、芝居座から離れた通りの陰に、
一人の男がいた。

黒羽織、無紋の袴。
背筋を伸ばし、何も語らず、
ただ“舞台の灯”を見つめていた。

――松平正典。

屋敷の誰にも告げず、
名を偽って、
ただひとり、千弥の舞台を見に来たのだ。

(……お前は、あれほど私を愛し、
それでも舞台を選んだ)

正典は、小さく微笑んだ。

「舞台の千弥は、私のものではない」
「だが、あの檻の中にいた千弥だけは――永遠に、私の中に生きている」

そう呟き、
正典は人知れず、背を向けて歩き去った。

千弥の“紅の面影”を、
心に焼きつけたまま。
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