消された絵師と残された少年

ましゅまろ

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墨の密書

紅屋の奥にて

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夜の紅屋は静まり返っていた。
 通りに面した帳場には灯がなく、戸もぴたりと閉じられている。

 「ここが……すべての始まりの場所か」

 真魚が呟いた。

 千尋は、父がかつてここを訪れ、絵を託し、そして関係を断ったことを思い出していた。
 紅屋こそが、“消された絵師”たちの声を握りつぶしてきた場所。

 だがその奥に、今なお燃えずに残る“証”がある。

「行こう。証を見つけて、終わらせるんだ」

 裏手の板戸を抜け、真魚が道具箱から細い針金を取り出す。
 音を立てぬよう鍵を外し、ふたりは中へと忍び込んだ。

 紅屋の中は、妙に整理されていた。
 まるで、何かを“見せたくない者”が、誰かに見せる準備をしているような。

「気をつけて。これは“罠”かもしれない」

 だが、もう引き返すことはできなかった。

 蔵の奥、階段を降りた先にあったのは――**封印された地下の間(ま)**だった。

 そこに入った瞬間、千尋は空気の違いを感じた。
 湿って重く、墨と血の匂いが混ざり合ったような空気。

 ろうそくの明かりが、ひとつだけ灯されていた。
 その前にあったのは、黒い布に包まれた巻物。

 真魚が布を剥がすと、そこには一枚の絵が現れた。

 「……これが……写楽……?」

 その絵には、三人の人物が描かれていた。

 一人は、裃を着た男――権威の象徴。
 一人は、顔を塗り潰された仮面の男――白面。
 そしてもう一人は、描いている者自身。
 絵師が、自らを絵の中に描いていた。

 自画像として、描かれた写楽の瞳。
 その奥に、千尋は父と同じ“怒り”と“覚悟”を見た。

 「……この絵が、すべてを記録してる」

 真魚が震える声で言った。

「写楽は、“描くことで、全てを告発する”ことを選んだ。だから消された。……でも、消しきれなかった。“描かれたもの”は、もう誰にも殺せない」

 千尋は、写楽の絵に描かれた筆の角度、墨の重ね方、視線の動きを見つめた。

 これは絵ではない。
 これは、叫びだった。

「父さんの絵も、写楽の絵も……消されても、燃やされても、“見た人の中”に残るんだね」

 そのとき、背後で戸が軋んだ。

 白い足袋の音。
 そして、能面のような仮面。

 ――白面の政、現る。
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