お姉ちゃんは女王様

ましゅまろ

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第7話:温泉旅行と、二人だけの夜

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六月の終わり。少し早い夏休みの代わりのようなものとして、母さんとお父さんが温泉旅行を計画してくれた。

 「ヒロ、旅行なんて久しぶりじゃない? 楽しみね」

 「……うん」

 母さんはすっかり浮かれている様子だった。新しいお父さんと仲が良いのは見ていて分かるし、そんな母さんが幸せそうなのは、僕だって嬉しい。

 でも――

 (お姉ちゃんも一緒なんだよな……)

 車で温泉地に向かう道中、僕は後部座席でそっとお姉ちゃんの横顔を盗み見た。
 白いブラウスに淡い青のスカート。少しだけ口元を緩めて外を見ている綾香お姉ちゃんは、普段よりもずっと楽しそうに見えた。

 (……かわいい)

 そう思った瞬間、また胸がドキッと鳴る。
 慌てて目を逸らした僕に、お姉ちゃんがくすっと笑う声が聞こえた。

 「ヒロ?」

 「……な、なに?」

 「そんなに見なくても、旅行から逃げたりしないわよ?」

 「み、見てない……」

 「嘘。顔、真っ赤」

 お姉ちゃんはにやにや笑って僕の頭を撫でた。
 母さんとお父さんの前だから、あまりに露骨なことはしてこないけれど、それでもその手が僕の髪を梳くたびに、心臓が大きく跳ねた。



 温泉旅館に着いたのは夕方だった。
 立派な木造の建物で、廊下には畳の匂いがほんのり漂っている。浴衣に着替えた女将さんが丁寧に挨拶をしてくれ、母さんはすっかり舞い上がっていた。

 「はい、こちらがご家族のお部屋になります」

 案内された廊下で、女将さんが部屋の扉を示す。

 「こちらはご夫婦のお部屋、そしてこちらがお子様方のお部屋です」

 「……え?」

 僕は思わず声をあげた。
 「お子様方」――つまり、僕とお姉ちゃんだけの部屋ってこと?

 「よかったじゃない、ヒロ。綾香ちゃんと二人で気兼ねなく過ごせるわね」

 「そ、そんな……」

 母さんは楽しそうに笑ってお父さんと先に自分たちの部屋へ入ってしまった。
 僕とお姉ちゃんは廊下に二人きりで取り残される。

 「ふふ……」

 お姉ちゃんは扇子を口元に当てて、小さく笑った。

 「二人きりの部屋だって、ヒロ」

 「……お姉ちゃん」

 「なに?」

 「……悪い予感しかしない」

 「失礼ね。私だって旅行くらい普通に楽しみたいのよ?」

 お姉ちゃんはそう言いながらも、どこか楽しそうに目を細めていた。



 部屋に入ると、障子の向こうに広がる景色が見えた。
 山々の稜線が夕日に染まって、とてもきれいだった。

 「わぁ……」

 思わず声が出る。
 それを聞いたお姉ちゃんが僕の後ろからそっと抱きしめてきた。

 「ヒロが感動してる。かわいい」

 「っ……やめてよ、お姉ちゃん」

 「やーだ」

 耳元で囁かれて、全身がびくっとする。
 お姉ちゃんはそのまま頬を寄せてきて、僕の髪にそっと口づけた。

 「今日は誰にも邪魔されないのよ? 夜も……ずっと二人きり」

 「……そんなの、恥ずかしい」

 「ふふ……可愛いこと言う」



 夜になって、家族四人で夕食をとった。
 大広間で用意された料理はどれも美味しくて、母さんはお酒も入り上機嫌だった。

 「ヒロも綾香ちゃんも、温泉入ってきなさいな。今日は大きなお風呂よ」

 「う、うん……」

 僕は内心焦っていた。
 お姉ちゃんと二人きりで温泉なんて……。

 でも、旅館の大浴場は時間で男女の入れ替えがあるので、今は男湯の時間。
 さすがにお姉ちゃんと一緒には入れない。

 (……ほっ)



 しばらくしてお風呂から上がったタイミングで、廊下で浴衣姿のお姉ちゃんと鉢合わせた。

 「……ヒロ」

 「お、お姉ちゃん……」

 浴衣に身を包んだお姉ちゃんは、普段の制服姿よりずっと大人っぽく見えた。
 濡れた髪を軽くタオルで押さえ、首筋から鎖骨にかけての白い肌が薄暗い廊下の灯りに映えてどきっとする。

 「ねぇヒロ」

 「……なに」

 「お部屋、戻ろ?」



 部屋に入ると、すでに布団が二つ敷かれていた。
 女将さんが準備してくれたのだろう。

 「……なんか、やっぱり変な感じだね」

 「なにが?」

 「こうやって……お姉ちゃんと二人で、同じ部屋に泊まるの」

 「ふふ。変なのはこれからよ?」

 お姉ちゃんはそう言って、僕を軽く押し倒した。
 浴衣の袖から覗く細い腕に抱きすくめられて、畳の上にごろんと転がる。

 「お姉ちゃん……!」

 「ヒロ、顔赤い」

 「……当たり前だよ……」

 「可愛い」

 お姉ちゃんはそっと僕の頬にキスを落とした。



 それからしばらく、二人は同じ布団の上で並んで寝転がった。
 浴衣越しに触れるお姉ちゃんの体温が、いつもよりずっと生々しくてドキドキする。

 「ねぇヒロ?」

 「……なに」

 「ヒロって、ほんとに私のこと好き?」

 「……好きだよ」

 「他の女の子なんて見ない?」

 「……見ない。お姉ちゃんだけ」

 その答えに、お姉ちゃんはそっと微笑んだ。
 浴衣の裾から伸びる足がそっと僕の足に絡んでくる。

 「……お姉ちゃんもね、ヒロ以外いらないの」

 「……え?」

 「ヒロだけがいい。他の男の人に可愛がられるなんて、絶対に無理」

 普段あれだけ女王様みたいに強気なお姉ちゃんが、少しだけ弱い声でそう言った。

 (……そっか。お姉ちゃんも……)

 なんだかくすぐったい気持ちになって、僕はそっとお姉ちゃんの手を握り返した。

 「……僕もだよ。お姉ちゃん以外、考えられない」

 「ふふ……じゃあ、もっと安心させて?」

 「……なにを?」

 「言葉で。ちゃんと、“お姉ちゃんだけのものです”って」

 僕は一瞬恥ずかしくて躊躇したけれど、お姉ちゃんが少し寂しそうに眉を下げるのを見て、すぐに言った。

 「……僕は、お姉ちゃんだけのものです」

 その言葉を聞いた瞬間、お姉ちゃんは満足そうに息を吐き、ぎゅっと僕を抱きしめてきた。

 「……よし。これで、もう離さない」

 お姉ちゃんの浴衣の胸元から、少しだけ覗く柔らかい香りに目がくらむ。
 その夜、僕はずっとお姉ちゃんに抱きしめられながら、何度も「お姉ちゃんだけ」と繰り返し囁かされた。



 次の日の朝、窓の外から聞こえる鳥の声で目を覚ますと、僕はまだお姉ちゃんの腕の中にいた。
 お姉ちゃんは寝息を立てていて、その顔は昨日の女王様じゃなく、少し無防備な普通の女の子みたいに見えた。

 (……かわいい)

 胸の奥がまた温かくなった。

 お姉ちゃんは目を覚ますと、少し照れた顔で「おはよう」と言い、僕の髪にそっと口づけた。
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