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21話 カミングアウト
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「……う、うぅ……」
「マツリちゃん、起きた?」
微睡の底で、どこか優しい声がした。薄く瞳を開けても辺りは暗闇ばかりで、何も見えない。ただ、声の響きからすぐ近くに二人がいることだけは分かった。
「今、灯り点けるからな」
千紘がスマホのライトを起動させる。瞬間、眩しさに目が眩むが、ゆっくりと視界が馴染んでくる。
「僕、なんで……」
回らない頭で数度瞬きを繰り返すと、断片的な記憶が一気に繋がり、顔から血の気が引いた。
「寝てた……!?こんな場所で!?」
「起こしてあげようかとも思ったけど、その子も気持ちよさそうに一緒に寝ちゃったから、放っておいたんだよ」
「……その、子?」
市井が僕の膝元を指差す。反射的に視線を落とすと、暗闇の中、何か黒い塊が、膝の上に乗っていた。
「っ!?わっ!?なん、な──っ!」
「シーッ。まだ寝てるから。動くな」
跳ね起きて振り払おうとしたところを千紘に肩を押さえられ、動きを封じられる。驚きで鼓動が跳ねるが、よくよく見ると膝の上にいたのは、小さな三角耳と黒い毛並みを持つ生き物だった。
「……ね、猫……?」
「うん。ここに棲みついてるんだ。地下室で子猫産んでてさ、ときどき俺らが面倒みてるんだよ」
「可愛いだろ。お前に懐いたみたいだな」
唖然とするしかなかった。
僕が今日ずっと“勘違いしていた存在”──まさか、これ?
膝の上でゴロゴロと喉を鳴らして甘える猫に、言葉をなくす。
「ちなみに“一家殺人が起きた”ってのは嘘だよ。俺のじいちゃんの家。一昨年死んで放置されてたんだ」
市井が平然とカミングアウトしながら、僕の頭を撫でつける。思考が追いつかず、開いた口が塞がらない。
「お前が見たリビングのカーペットのシミは、コイツが手を滑らせてぶちまけた墨汁な」
「あはは。小さい頃にね。じいちゃんずっとそのままにしてたんだ」
市井の笑い声で目を覚ました猫が、千紘の膝へ移り、喉を鳴らしながら腹を見せて甘える。その無防備さに、本物の愛着がそこにあるんだと、否応なく理解させられた。
最初から全部、この二人にまんまと騙されていたのか。
「あ、でもマンションが建つのはホント。父さんが土地売ったからね」
肩から力が抜け落ちる。どこまでも僕を侮辱し、弄び、掌の上で転がすこの二人は、本当に悪魔の申し子なのではないか。
「ってことでお前は今日から俺らのモンだから」
「大丈夫だよ。こう見えて面倒見はいいから。大事にするよ」
「⋯⋯っ」
何かが、ぷつりと頭の奥で切れた。
考えないように押し込めていた感情が、塀を破って溢れ出す。
「なんで……」
声が上擦る。形になってくれるか不安なまま、言葉を続けた。
「なんで、僕なんですか……」
唯一の可能性。
絶対にあり得ないとわかっていても、願ってしまった。
「だって二人は……イケメンで……僕の学校の女子も、みんなアンタたちの話してて……」
奴隷のように扱われているのに、拡散した動画を消してくれたり、ヤクザから守ったり、放課後に遊びに連れ出したり──かと思えば、こんなに酷い仕打ちを受ける。
真意が分からない。知りたい。でも、怖い。
「……二人は、ホモなんですか……」
「なんでそうなるんだよ。違ぇよ。⋯⋯いや、そうなのか?」
千紘が頭を掻き、市井が苦笑する。
「マツリちゃん。俺たちさ、基本的に欲しいものは全部手に入ってたんだよ」
「……」
「金も権力も、それこそ女にだって困らない。でも⋯⋯ここまで歪んだ感情、表に出すなんて出来なかった」
「あぁ、信じられないだろうけど、普段の俺ら見たらビビって卒倒するだろうな。超優等生すぎて」
二人は遠回しに、しかし確かに伝えようとしていた。
僕は息を呑み、続きを待つ。
「ネットに上がってる動画のマツリちゃん見て、感動しちゃったんだよね」
市井がスマホを開き、僕の動画を見せつける。
そこでは、無理やり笑顔を作らされ、従順な操り人形のように動く僕が映っていた。
「こんなことされてるのに、逆らわず従順に従うなんて、よっぽど自分を持ってないんだなぁって最初は思ったよ」
「バカだなと思った。俺も」
何も言い返せず黙り込んでしまう。
そんなこと、誰より自分が一番分かっている。変わりたかったのに変われなかった、惨めな自分に、どれほど嫌気がさしていたか。
「それで、ふと思ったんだよ。こんな扱いされても何も言い返せないなら、俺らでもよくないか?って」
「いざ接近してみたら意外と反抗するし。そのギャップに益々欲しくなった」
「俺なんか、普通の女の子で勃たなくなったんだよ」
あの女好きのお前がなぁと、千紘が市井を誂う。それに対して、コスプレ姿に興奮する辰巳に言われたくないと、市井は言い返す。
二人が言い争いを始めようとした時、僕は静かに口を開いた。
「それは、つまり……」
理解できてしまう。
俯き、その真実を受け止める。
僕は、二人にとって都合のいい──
「……性処理の道具にしたいって、ことですよね」
言いながら胸が潰れそうになる。
愛玩動物。猫と同類。それが答えだと悟った瞬間。
「俺たちがそう言ったか?」
「愛情表現、伝わりにくかったかな?」
呆れたように否定され、今度はバカな僕にも理解できるよう、素直な言葉で表した。
「好きなんだよ、バーカ」 「好きだよ、マツリちゃん」
ほぼ同時に、二人は言った。
千紘は子どもみたいに不器用で、市井は勝ち誇ったように堂々としていた。
好き──?
この二人が?
僕のことを──?
「そ、そんなの……信じられないです」
どれだけだって卑屈になって疑える。
好きな相手にレイプなんてしない。
弱みを握って脅すようなこと、しないだろ。
普通なら。
「別に、信じなくていい」
「え……?」
「そうだね。信じられないだろうし。ただ、俺たちはお前を手放す気はないけど」
二人の目的は、両想いになることではなく、“支配し続けること”だった。
もし好きな相手が同じなら取り合うのが普通なのに、二人は当然のように共有を選んだ。
模範的な優等生ならば、そんなことしない。
歪んでいる。
正常じゃない。
だけど。
どこかで、ずっと、ずっと欲しかった言葉でもあった。
「僕は……二人のことを好きじゃないです」
「そんなのあとからどうとでもなる」 「いつか絶対、好きにさせてみせるよ」
また同時に重ねられた言葉。
ほんの少しだけ心が浮いた。
イケメンで、人気者で、誰もが憧れる二人が、僕を“好き”だと言った。
僕は絶対、何があっても、この二人を好きにはならない。
なっちゃいけない。
そう思えば、今度は僕が主導権を握れる。
必死に追いかけてくる二人を、上から見られる。
「せいぜい……頑張ってください」
僕は、歪な関係をこの瞬間に受け入れた。
絶対にこんな奴ら好きにならない。
固い誓いを胸の奥に隠して、従順なふりを続ける。
その感情を知ってか、知らずか。
二人は、すべてを見透かすように、不敵に笑った。
「マツリちゃん、起きた?」
微睡の底で、どこか優しい声がした。薄く瞳を開けても辺りは暗闇ばかりで、何も見えない。ただ、声の響きからすぐ近くに二人がいることだけは分かった。
「今、灯り点けるからな」
千紘がスマホのライトを起動させる。瞬間、眩しさに目が眩むが、ゆっくりと視界が馴染んでくる。
「僕、なんで……」
回らない頭で数度瞬きを繰り返すと、断片的な記憶が一気に繋がり、顔から血の気が引いた。
「寝てた……!?こんな場所で!?」
「起こしてあげようかとも思ったけど、その子も気持ちよさそうに一緒に寝ちゃったから、放っておいたんだよ」
「……その、子?」
市井が僕の膝元を指差す。反射的に視線を落とすと、暗闇の中、何か黒い塊が、膝の上に乗っていた。
「っ!?わっ!?なん、な──っ!」
「シーッ。まだ寝てるから。動くな」
跳ね起きて振り払おうとしたところを千紘に肩を押さえられ、動きを封じられる。驚きで鼓動が跳ねるが、よくよく見ると膝の上にいたのは、小さな三角耳と黒い毛並みを持つ生き物だった。
「……ね、猫……?」
「うん。ここに棲みついてるんだ。地下室で子猫産んでてさ、ときどき俺らが面倒みてるんだよ」
「可愛いだろ。お前に懐いたみたいだな」
唖然とするしかなかった。
僕が今日ずっと“勘違いしていた存在”──まさか、これ?
膝の上でゴロゴロと喉を鳴らして甘える猫に、言葉をなくす。
「ちなみに“一家殺人が起きた”ってのは嘘だよ。俺のじいちゃんの家。一昨年死んで放置されてたんだ」
市井が平然とカミングアウトしながら、僕の頭を撫でつける。思考が追いつかず、開いた口が塞がらない。
「お前が見たリビングのカーペットのシミは、コイツが手を滑らせてぶちまけた墨汁な」
「あはは。小さい頃にね。じいちゃんずっとそのままにしてたんだ」
市井の笑い声で目を覚ました猫が、千紘の膝へ移り、喉を鳴らしながら腹を見せて甘える。その無防備さに、本物の愛着がそこにあるんだと、否応なく理解させられた。
最初から全部、この二人にまんまと騙されていたのか。
「あ、でもマンションが建つのはホント。父さんが土地売ったからね」
肩から力が抜け落ちる。どこまでも僕を侮辱し、弄び、掌の上で転がすこの二人は、本当に悪魔の申し子なのではないか。
「ってことでお前は今日から俺らのモンだから」
「大丈夫だよ。こう見えて面倒見はいいから。大事にするよ」
「⋯⋯っ」
何かが、ぷつりと頭の奥で切れた。
考えないように押し込めていた感情が、塀を破って溢れ出す。
「なんで……」
声が上擦る。形になってくれるか不安なまま、言葉を続けた。
「なんで、僕なんですか……」
唯一の可能性。
絶対にあり得ないとわかっていても、願ってしまった。
「だって二人は……イケメンで……僕の学校の女子も、みんなアンタたちの話してて……」
奴隷のように扱われているのに、拡散した動画を消してくれたり、ヤクザから守ったり、放課後に遊びに連れ出したり──かと思えば、こんなに酷い仕打ちを受ける。
真意が分からない。知りたい。でも、怖い。
「……二人は、ホモなんですか……」
「なんでそうなるんだよ。違ぇよ。⋯⋯いや、そうなのか?」
千紘が頭を掻き、市井が苦笑する。
「マツリちゃん。俺たちさ、基本的に欲しいものは全部手に入ってたんだよ」
「……」
「金も権力も、それこそ女にだって困らない。でも⋯⋯ここまで歪んだ感情、表に出すなんて出来なかった」
「あぁ、信じられないだろうけど、普段の俺ら見たらビビって卒倒するだろうな。超優等生すぎて」
二人は遠回しに、しかし確かに伝えようとしていた。
僕は息を呑み、続きを待つ。
「ネットに上がってる動画のマツリちゃん見て、感動しちゃったんだよね」
市井がスマホを開き、僕の動画を見せつける。
そこでは、無理やり笑顔を作らされ、従順な操り人形のように動く僕が映っていた。
「こんなことされてるのに、逆らわず従順に従うなんて、よっぽど自分を持ってないんだなぁって最初は思ったよ」
「バカだなと思った。俺も」
何も言い返せず黙り込んでしまう。
そんなこと、誰より自分が一番分かっている。変わりたかったのに変われなかった、惨めな自分に、どれほど嫌気がさしていたか。
「それで、ふと思ったんだよ。こんな扱いされても何も言い返せないなら、俺らでもよくないか?って」
「いざ接近してみたら意外と反抗するし。そのギャップに益々欲しくなった」
「俺なんか、普通の女の子で勃たなくなったんだよ」
あの女好きのお前がなぁと、千紘が市井を誂う。それに対して、コスプレ姿に興奮する辰巳に言われたくないと、市井は言い返す。
二人が言い争いを始めようとした時、僕は静かに口を開いた。
「それは、つまり……」
理解できてしまう。
俯き、その真実を受け止める。
僕は、二人にとって都合のいい──
「……性処理の道具にしたいって、ことですよね」
言いながら胸が潰れそうになる。
愛玩動物。猫と同類。それが答えだと悟った瞬間。
「俺たちがそう言ったか?」
「愛情表現、伝わりにくかったかな?」
呆れたように否定され、今度はバカな僕にも理解できるよう、素直な言葉で表した。
「好きなんだよ、バーカ」 「好きだよ、マツリちゃん」
ほぼ同時に、二人は言った。
千紘は子どもみたいに不器用で、市井は勝ち誇ったように堂々としていた。
好き──?
この二人が?
僕のことを──?
「そ、そんなの……信じられないです」
どれだけだって卑屈になって疑える。
好きな相手にレイプなんてしない。
弱みを握って脅すようなこと、しないだろ。
普通なら。
「別に、信じなくていい」
「え……?」
「そうだね。信じられないだろうし。ただ、俺たちはお前を手放す気はないけど」
二人の目的は、両想いになることではなく、“支配し続けること”だった。
もし好きな相手が同じなら取り合うのが普通なのに、二人は当然のように共有を選んだ。
模範的な優等生ならば、そんなことしない。
歪んでいる。
正常じゃない。
だけど。
どこかで、ずっと、ずっと欲しかった言葉でもあった。
「僕は……二人のことを好きじゃないです」
「そんなのあとからどうとでもなる」 「いつか絶対、好きにさせてみせるよ」
また同時に重ねられた言葉。
ほんの少しだけ心が浮いた。
イケメンで、人気者で、誰もが憧れる二人が、僕を“好き”だと言った。
僕は絶対、何があっても、この二人を好きにはならない。
なっちゃいけない。
そう思えば、今度は僕が主導権を握れる。
必死に追いかけてくる二人を、上から見られる。
「せいぜい……頑張ってください」
僕は、歪な関係をこの瞬間に受け入れた。
絶対にこんな奴ら好きにならない。
固い誓いを胸の奥に隠して、従順なふりを続ける。
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二人は、すべてを見透かすように、不敵に笑った。
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